第94話 魔術研究機関からの依頼



「あらセシル達も一緒だったのね」

「ティナちゃん!こんちには〜」

「こんちには。表にヴァイスヴァルフが居たから、もしかしたらと思ったけど正解だったみたいね。 あの子が前に言ってたロルフかしら?」

「そうだよ〜 可愛いでしょ?」

「ふふ、そうね。毛並みも綺麗で可愛かったわ」


元気にギルドに入って来た喧しい少女、ティナ・グローリエは白い魔術研究機関の制服を身に纏っていた。


銀髪の髪と相まってか、何処か神々しくさえも見える。


此奴の制服姿を見るのは魔力式爆弾の解析を依頼しに行った時以来だが、改めて魔術研究機関の制服を見ると、ヴィルヘルムとは対照的な色合いでこれはこれでカッコいい。


馬子にも衣装か。


まぁ、こんな事ティナに言ったら殴り飛ばされそうだから、絶対に言葉には出さないが。


「それよりどうしたんだ? 制服なんか着てここに来るなんて。何かあったのか? 」

「と、そうだった。実はミカド達に依頼があるのよ」

「依頼?」


セシルと和気藹々と雑談に花を咲かしていたティナは、懐から手紙を取り出した。


「そ。と言ってもこの依頼は私個人からと言うより、魔術研究機関に所属している技術官としての依頼なの」

「でもティナさん。手紙を書いたなら、わざわざ手渡ししに来なくても良かったのでは?」

「それは私も考えたけど、どうせ今ドラル達の所にはラルキア王国中から依頼の手紙が来てるんでしょ?」

「なんでそれを‥‥‥?」

「だいたい想像は付くわよ。私も論功行賞式のミカド達のパレードを見たからね。

あんた達は魔獣を引き連れてペンドラゴを練り歩いたのよ?

しかもギルドに登録してるなんて宣伝された日には、商人やら貴族があんた達に依頼を出すのは目に見えてるわ」

「おぉ、当たってる。すげぇなティナ!」

「ありがと。ま、そう言う人種は新しい物や珍しい物に対して妙に興味を持つものよ」


やれやれとティナは少し困った様な表情を浮かべた。

国の機関に所属しているだけあって、そう言った人種と交流する機会があるのだろうティナの言葉は説得力があった。


「話を戻すけど‥‥‥こうして直接依頼を頼みに来た方がミカド達と色々相談出来るでしょう? この手紙は後から依頼の内容を見返せる様に一応書いて来た訳。

制服に関しては、一機関として正規の依頼をしに来たんだから正装するのはマナーだから‥‥‥ てな具合よ」

「ふむ、とりあえず俺達に依頼なんだな? 依頼の内容は?」


俺は得意げにセシル達に語りかけるティナから手紙を受け取った。


手紙にはティナのサインと魔術研究機関の封蝋が押されている。


つまり、先程ティナも言っていたが、これはティナ個人としての依頼ではなく、魔術研究機関所属ティナ・グローリエからの依頼という事になる。


魔術研究機関からの依頼か。


魔術研究機関はその名が示す様に、魔法や魔獣の生態等の研究をしているラルキア王国の政府機関だ。


いわばこの依頼はラルキア国からの依頼と捉えても差し支えない。


だが、一体俺達になんの依頼だ?


俺やセシル達は魔法は使えないし、魔獣の生態に関してもほぼ素人だ。俺達の中で唯一ドラルが低級魔法を使えるが、それでも所詮魔術士の中では下の方に位置する。


可能性があるとすれば、魔獣関連の依頼だとは思うのだが。


「実はミカド達にある魔法具の開発に協力して貰いたいの。 大きな声では言えないんだけど、これがちょっと行き詰まってて‥‥‥ そこでミカド達に助けて貰おうって事になったのよ」

「ま、魔法具の開発?」

「僕達にか?」

「でも、私達魔法具は詳しくない‥‥‥ 」

「だからこそよ! あんた達はベルガス反乱時に使われた、あの最低な魔法具の仕組みに気付いたのよ?

魔法具の素人だからこそ、私達には見えない点や発想があるかも知れない‥‥‥ 私やダルタス局長はそう考えてるの」


魔法具の開発に協力して欲しいと言われ、困惑しているドラルにレーヴェ、マリアにティナは満面の笑みを浮かべた。

ティナの話を聞く限り、この依頼には魔術研究機関局長のダルタスも関与しているみたいだ。


で、俺達が選ばれた理由は、先のベルガス反乱時に使われた魔力と人の命を燃料とした悪魔のような魔法具‥‥‥ 魔力式爆弾の仕組みに気が付いたからだそうだが、果たして力になれるだろうか?


「ふむふむ。具体的に俺達は何をすれば良いんだ?」

「引き受けてくれるのね!」

「待て待て早まるな! ひとまず話を聞くだけだ! 」

「え〜 」

「え〜 じゃねぇ。実際俺達の所にはバカみてぇな量の依頼が来たんだ。 だから受ける依頼の優先順位を決める必要があるんだよ」

「そう言う事なら仕方ないわね‥‥‥ ならどこか静かな所に移動しましょう。って事で、アンナ! ミカドに依頼を頼むから、その時はよろしくね!」

「かしこまりました。話がまとまりましたらまたお越し下さい。 それとミカド様、こちらグラースアイデ討伐の報酬です。

グラースアイデ1匹討伐は5万ミルですので、今回は5匹で計25万ミルのお渡しです」

「サンキュー。それとアンナ。あの手紙を貰えるか?」

「えぇ、手紙はこちらに纏めておきましたよ。 こちらが依頼の手紙が入った袋と、こちらがヴィルヘルムへの入隊希望の手紙が入った袋になります」

「ありがとう。よっと‥‥‥」


とりあえずティナから詳しい依頼の内容を聞くため、何処か静かな場所に移動する流れになった。


俺はアンナからグラースアイデ討伐の報酬金と、依頼や入隊希望者の手紙が入った袋と受け取り、そこから部隊の登録料を払ってギルド支部を出る。


ロルフが会話出来るようになった話は有耶無耶になってしまったが、別に重要な事でもないから後日改めて報告しよう。


「悪いロルフ。待たせたな」

『いや、問題ない。報告は完了か?』

「あぁ、一度今回の件をミラ達と話し合うって言ってたよ。

ま、ひとまず俺達が出来る事は終わった。

もしかしたら大規模討伐依頼が出るかもしれないから、その時はロルフも協力してくれ」

『承った』

「ねぇセシル。ミカドはさっきから何してるの?」

「あはは‥‥‥実はね 」


ロルフに語りかける俺を見て、訝しげな表情を浮かべるティナがセシルに耳打ちした。そんなティナの質問に答えたセシルは思いっきり苦笑いしている。


どうでもいいが、ロルフと会話をするにはロルフが言葉を伝えたい人に意識を向けなければならないらしい。


「はぁぁぁぁあ!? ロルフが喋れるようになったぁぁあ!?」

「うるさいぞティナ。少し落ち着け」

「これが驚かずにいられる!? 魔獣とコミュニケーションが取れたのよ! こんな事前例がないわ!」


まるで新しいオモチャを貰った子供の様に目を輝かせたティナは、鼻息を荒くしてロルフに歩み寄った。

軽くロルフが引いている様な顔に見えるのは気のせいだろうか。


『ごほん‥‥‥ ティナ殿。こうして話すのは初めてですな。我輩はロルフ。 主人殿達が何時も世話になっている』

「はっ!? あ、いぇ‥‥‥こ、こちらこそ。 わ、私ティナ・グローリエです」

『うむ。存じ上げている。ティナ殿、今後とも主人殿達をよろしくお願い致す』

「は、はぃ!よろしくお願いされました」


ロルフから堅苦しく名前を呼ばれテンパったのか、自分の想像した口調と違ったのか、いつもより大人しくなったティナがロルフにペコリと頭を下げる。


口調も可笑しくなっているが、自己紹介も終えた事だし移動するとしよう。


「さて、静かな所ね。 何処か良い場所はあるか?」

「ん〜この時間なら満腹食堂で良いんじゃないかな? 丁度御飯時も過ぎたから、空いてる筈だよ」

「なら決まりだな。ついでに飯でも食おう。皆〜 移動するぞ〜」

「「「「は〜い!」」」」

『心得た。しかし、我輩も同席して構わぬのか?』

「女将さんもロルフの事を知ってるから大丈夫だろ?」

『それもそうだな。では、参ろうか』

「はっ!ちょ、ちょっと待ちなさいよあんた達! 私を置いて行くなぁ!」


と、ドタバタしつつも俺達は満腹食堂へ足を運ぶのであった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「ご馳走様でした!」

「「「「「ご馳走様でした!」」」」」

『馳走になった』

「それじゃ、お腹も膨れた所で早速依頼の詳細を説明させて貰うわね?」

「おう。頼む」


時刻は19:45。


少し遅めの晩飯を食べ終え人心地つくと、ティナが何時になく真剣な顔付きで俺達を見つめた。

その表情を見たセシル達も身体に力を込めてティナの言葉を待つ。


俺達への依頼は魔法具の開発の手伝いらしいが、ティナのこの真剣な顔付き‥‥‥


これは一筋縄ではいかなそうだな。


「私達魔術研究機関は今、ゼルベル陛下の指示でとある魔法具の開発をしてるの。

開発している時期にベルガスの反乱が起こって完成時期が伸びちゃってたんだけどね‥‥‥ で! さっきも言ったけど、ミカド達にその開発に協力して欲しいの。その魔法具と言うのは‥‥‥」


ティナが周囲をキョロキョロと見渡し、顔を俺達の方へ向け、小声で話し始めた。

今店内は人が少ないが、それでもこれ程警戒するとは。


やはりこの依頼はそれなりに大変な仕事になりそうだ。


「離れた所にいる人と会話が出来る‥‥‥と言う魔法具なのよ」


‥‥‥ は?


「「「!?」」」

「あ? どう言う事だ?」

『‥‥‥』


静かに深呼吸したティナは満を辞して、俺達へ依頼をする事となった魔法具の正体を呟いた。


が、正直拍子抜けした。


ティナの言っている言葉が理解出来ず首を傾げるレーヴェは別として、何故セシルにドラル、マリアが驚愕の表情を浮かべているのか理解出来ない。

ロルフはロルフで、変に口を出すつもりはないのか、横になりながら俺達を見つめていた。


「えっと‥‥‥そんだけ?」

「えぇ、そうよ。それが何か?」

「なんだ、変に緊張して損したぜ」

「なっ!? み、ミカド! これがどれ程重要で偉大な事かわからないの!?」

「そ、そうだよミカド! そんな魔法具が完成したら歴史に名前が残るよ!?」

「そうですよ! 東のルノール技術王国でさえ、そんな魔法具は開発出来ていません」

「ミカド‥‥‥ティナの言っている事がよく理解出来てないの‥‥‥?」

「いや、レーヴェは理解出来てないみたいだけど、俺は理解してるぞ」

「?」


うがー! と俺に掴みかかる程の勢いで体をテーブルに乗せるティナやセシル。そしてドラルとマリアを尻目に、俺はポリポリと頭を掻いた。


俺が元居た世界では電話やインターネットが普及してそれが当たり前だったから、今更離れた場所に居る人と会話をする魔法具を作っていると言われてもなんら驚きはない。


ティナ達が開発中の魔法具とは、言うなれば電話や通信機の類なのだろう。


この世界の人達からしたら驚異的なのは間違いないのだろうが。


「まぁ良いわ‥‥‥ 話を戻すわよ? その魔法具の試作品を作ったまでは良かったんだけど、色々と行き詰まっててね。

で、ミカド達を見込んで依頼をお願いしたいの」

「えっと、つまり私達は魔術研究機関の元でその魔法具の開発のお手伝いをすれば良いの?」

「えぇセシルの言う通りよ。ゼルベル陛下からは特に製作の期限とかは言われなかったんだけど、私達としては少しでも早く実用化したいって方針なのよね。

ベルガスの反乱で完成時期が伸びてるから尚更ね。だから、出来る事ならミカド達に協力して貰って、1日でも早くこの魔法具を実用化したいのよ!」

「なるほどね」


ふむ‥‥‥ 依頼の詳細はわかったが、ここで即決で依頼を受けるとは言えない。


今、俺達の元には依頼が大量に届いている。


ティナの依頼は特に期限は設けられていないから、一度届いている大量の依頼の内容を見てから決めても遅くない筈だ。


「一先ず依頼の内容は把握した。でも受けるかどうかは先に届いてる依頼の内容を確認してからになるぞ」

「む〜‥‥‥」

「不満そうな声を出すな。さっきも言ったけど、届いてる依頼の中で優先順位を決めなきゃならねぇの。依頼の中に緊急を要する物があるかも知れないだろ?

もし、緊急を要する依頼が無かったらティナの依頼を真っ先に受けてるからさ」

「まぁ仕方ないわよね‥‥‥わかったわ」

「ん、悪ぃな」


渋々と言った感じだが、ティナは俺に手紙を差し出した。その手紙は、後で依頼の内容を見返せる用にとティナが書いてくれたものだった。

俺はその手紙を受け取り、ティナに苦笑いを向ける。


「それじゃ、今日の所はこれで解散かしらね」

「ティナちゃん、この後はどうするの?」

「今日は流石に陽も落ちたからノースラント村の宿に一泊するわ。セシル達は依頼帰りなんでしょ? 付き合ってもらって悪かったわね。私の事は気にせずに、早く帰ってゆっくり休みなさい。それじゃお先に失礼するわ」

「あぁ、またな」

「またね! ティナちゃん!」

「お疲れ様でしたティナさん!」

「またな〜」

「バイバイ‥‥‥ 」

『ティナ殿、道中気を付けられよ』

「えぇ、皆もまたね」


ティナは早口でまくし立てるようにそう言えば、俺達に手を振りながら1人でそそくさと満腹食堂を後にした。ここはティナの気遣いに有り難く甘えさせてもらおう。


「んじゃ俺達も帰りますかね」

「そうだね〜、今日は流石に疲れたよ」

「はい、早くベットに横になりたいです」

「なんだ2人してだらしねぇな」

「レーヴェが元気過ぎなだけ‥‥‥」

「うっせ」

『ふふ、相変わらず仲が良い事だ』

「そう言うむず痒くなる事は言わなくていい‥‥‥」

『おや。それは失礼した』


皆の声が街灯に照らされた街道に広がる。


ロルフが喋れる様になったお陰で、いつもより賑やかさが2割増し。

ロルフは口調こそ硬いが言葉は柔らかい印象を与える。そのギャップが実に面白い。


こうしてティナから依頼の詳細を聞いた俺達は、和気藹々と雑談に花を咲かせながら帰路に着いたのだった。


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