第93話 グラースアイデ




シャァァア!


「マリア! そっちに行ったぞ気を付けろ!」

「っ‥‥‥!」

「やぁっ! 大丈夫マリアちゃん!」

「援護します!」

「セシル、ドラルありがと‥‥‥」

「ちっ! 中々やるじゃねぇか!」


ノースラント村ギルド支部で依頼を受注した俺達5人とロルフは、そのまま依頼の標的がいる平原に来ていた。

ここは始原の森から少し離れた場所で、ノースラント村の皆には【安らぎの草原】と呼ばれている。


この草原は風も穏やかで清々しく、名前が示す様にとても安らげる。そんな場所だった。


今日は依頼を受注した後、そのまま依頼に取り掛かるつもりで武具をギルド支部に持って行っていたから、無駄なタイムロスも無かった。



今日中にはこの依頼を終わらせる事が出来るだろう。



ちなみに今回受けた依頼はマリア達のギルド級に合わせて、ビショップ級の討伐系依頼だ。

標的の名前は角蜥蜴グラースアイデ

通称【小さな荒くれ者】と呼ばれ、コモドドラゴンに小さな角が沢山生えた攻撃的な外見をした小型魔獣だ。


アンナから聞いた情報では、このグラースアイデは10月から3月の寒い時期に活発になる魔獣で、基本は穏やかだが縄張り意識が強く、テリトリーに入って来た者は誰彼構わず襲って来るらしい。

ここに付け加えると、この魔獣達は常に5匹から10匹程度の群れで行動するとか。


俺達はこの近くに住む人達がこのグラースアイデのテリトリーに誤って侵入し、襲われる事件が多発していると聞いて今回の依頼を受けた。


助けを求める人の為に戦う‥‥‥ 俺達ルーク級ギルド部隊【守護者ヴィルヘルム】の初依頼としてこれ以上の依頼は無い。

それにこの標的はビショップ級ギルド組員向けに出されていた物だから、これまで高い戦闘能力を発揮して来たマリア達なら無事に問題なく打ち倒せるだろう。


今回はノースラント村を経由して安らぎの草原に来た関係で銃火器は持ち合わせていない。

だが、相手は低レベルの魔獣だしロルフも居るから大丈夫だろうと思っていたのだが‥‥‥


「なぁミカド! 此奴等って多くて10匹位の群れで行動してんだよな!?」

「アンナの話を聞く限りそうらしいな!」

「でも明らかに40匹は居ますよ!?」

「しかもすばしっこいから攻撃が当てにくい‥‥‥!」

「囲まれたらちょっとマズイかも!」


習性とは異なる規模のグラースアイデの群れに、俺達は劣勢に立たされていた。


迫るグラースアイデ達は複数の群れが合流しているのか、その数は40匹に迫る勢いだ。


アンナの情報が確かなら、グラースアイデは同種間でも縄張り意識が強く、同士討ちをする事もある魔物らしい。

つまり、俺達だけを執拗に狙ってくるのは明らかに変だ。


此奴等の平均レベルは10前後と低めで単体としての脅威度は低いが、数の優位を生かし攻撃してくるので厄介な事この上ない。


更に厄介なのが、此奴等はロルフの威嚇にも全く恐れずロルフにも積極的に攻撃してくる事だ。

その所為で単体ならグラースアイデに負けないだろうロルフも常に複数のグラースアイデに囲まれ、終始押され気味な状況だ。


ガァァァウ!


ギャン!?


「ナイスだロルフ! 喰らえっ!」


それでもロルフがレベル11のグラースアイデにタックルをお見舞いし、転倒させる。

俺はその隙をついて、すかさず手に持った太刀を振り下ろした。


「はぁぁぁあああ!!」


ザシュッ!!


キュゥゥウ!!?


今の1匹を合わせて何とか1人1匹、計5匹のグラースアイデを倒すことが出来た。


「よし! 今ので討伐したグラースアイデは5匹だ! 依頼された最低条件は満たから一旦撤退するぞ! 牙の剥ぎ取りは体制を整えてからだ!」


以前ヴラウンヴォルフの大群に襲われた事を思い出し、胸騒ぎを感じた俺はこの依頼の最低条件、【グラースアイデを最低5匹討伐する】と言う目的を達成したのを確認して、この状況から体制を整える為に一時撤退を選択した。


「て、撤退って言っても!?」

「ミカドさん! 私達グラースアイデに囲まれつつあります!」

「一点突破しない限り厳しい‥‥‥」

「な!? いつの間に!」


レベル11のグラースアイデを倒し後ろを振り返ると、まだ30匹以上も居るグラースアイデが距離を取りつつも確実に、そしてゆっくりと俺達を四方から取り囲んでいた。


こりゃ結構マズイな。

今回ばかりは咲耶姫も助けてくれるんじゃないか?


「おわっ!?」

「あっ! レーヴェちゃん!?」


ギュゥウウ!!


「なっ!?」


流石にこの状況なら咲耶姫が助けてくれるんじゃないか? と期待して、一瞬胸ポケットに入っている馗護袋に目を落とす。


これがいけなかった。

俺の意識が馗護袋に向けられると同時に、少し離れた場所に居たレーヴェが地形に足を取られ転倒してしまった。


そして次の瞬間には、近くに居たグラースアイデがレーヴェに飛び掛っていた。


「しまった!」


戦場での余所見は自分は勿論、仲間を危険に晒す事になる。


戦場で隙を見せてしまった事を心の底から後悔しつつ、レーヴェの方に駆け出す。

が、グラースアイデは既に攻撃モーションに入っていた。


クソ! 余所見さえして無ければ確実に間に合ったのに! 万事休すか!?


『レーヴェ殿危ない!』

「えっ‥‥‥ 」

「だ、誰!?」


間に合え! と念じながらレーヴェに手を伸ばした俺の頭の中に、突如男性とも女性とも取れる不思議な声が響く。

まるで咲耶姫が馗護袋を使い話しかけて来た時と似た様な感覚だが、咲耶姫の声色とは全く違った。


この不思議な声はセシル達にも聞こえたみたいで、目を見開いたセシル達は周囲を見渡す。


何だこの声は!?


ガァァァァァアォォオ!!


ギュゥゥウ!?


慌てて周囲を確認しようとすると、獣の咆哮と断末魔が響き渡った。


俺の横をロルフが雄叫びを上げて飛び出し、レーヴェを今まさに襲おうとしたグラースアイデを鋭い爪で引き裂いたのだ。


『大事ないかレーヴェ殿!』

「お、おぉ‥‥‥ 」

『さぁ各々方、敵は怯みましたぞ! 今こそ好機! 一気に包囲を突破せん!』

「あ、あぁ! 誰か知らねぇけどその通りだ! 皆、ロルフのお陰で包囲に綻びが出来た! そこを突いてグラースアイデの包囲を突破するぞ!」

「わかったよ!」

「は、はい!」

「了解‥‥‥」

「くそっ! もうさっきみたいなドジはしねぇぞ!」


謎の声に話しかけられ動揺するレーヴェ達を尻目に、俺はロルフがグラースアイデを倒してくれた事で出来た隙を綻びを突き、何とかグラースアイデの包囲網を突破した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「つ、疲れたぁぁ‥‥‥」

「ふぅ、危なかったぜ‥‥‥」

「何とか逃げ切ったな」

『うむうむ。皆怪我も無く一安心ですな』


暫く走り今回の依頼の拠点としている小高い丘に着くと、緊張の糸が緩和された皆は一斉に腰を下ろす。

俺も乱れた息を整えながら地面に敷いた布の上に座ると、また咲耶姫とは違う独特な‥‥‥ 侍が使う様な堅苦しい口調が頭の中に木霊した。


「なぁ皆。この声聞こえてるか?」

「ん、聞こえてる。なんか変な口調‥‥‥」

「サクヤヒメさんと似てる様な似てない様な‥‥‥ 」

「不思議な声だよね」

「聞こえてると言うより、直接頭に語りかけてきてるみたいだぜ?」

「ま、まさか‥‥‥」


いや、まさかな。あり得ない。


自分に言い聞かせる様に呟いた俺は、首をゆっくり後ろに向ける。


この声は俺やセシル達の物ではないし、俺の胸ポケットに入っている馗護袋は咲耶姫が通話してくる時の赤い光を放っていない。


と、すれば可能性があるとしたら‥‥‥


『どうなされた各々方。不思議そうな顔をして我輩を見つめて』

「ろ‥‥‥ 」


「「「「ロルフが喋ったぁああ!?」」」」


「おー‥‥‥」


俺達の後ろで大人しくお座りをして、キョトンとロルフが首をかしげると、あの声がまた頭に木霊した。


これは疑いようが無い。

ロルフが喋った。


セシル、ドラル、レーヴェは目を見開き、マリアは目をキラキラと光らせていた。


『ふむ。正確に言うならば、我輩は言葉を念で主人殿達に送っておるので、喋っているとは言えぬがな』

「いやいやいや!? そんな細かい事よりもさ!? もっとこう‥‥‥何かあるだろ!?」

「ろ、ロルフいつから話せる様になったの!?」

『いつから話せる様になったか‥‥‥か。詳しい事は我輩にも分からぬ。

ただ、先程レーヴェ殿の危機に居ても立っても居られず声を張り上げたら主人殿達に通じた‥‥‥ といった具合での』

「えっと、主人殿達って、私達の事ですか?」

『何を異な事を。当然であろう? ドラル殿達以外に誰が居ろうか』


慌てる俺達を尻目に、冷静なロルフは淡々と言葉を俺達の頭に送ってくる。


うん、ちょっと混乱してきた。落ち着こう。 とりあえず、1回深呼吸をさせてくれ。


「すぅぅ‥‥‥ はぁ‥‥‥ よし、ロルフ。いくつか質問しても良いか?」

『うむ。構いませんぞ主人殿』

「まず、その主人殿って言うのは俺の事か?」

『その通り。貴殿は我輩を幼き頃より育ててくれた親代わり。 人間と動物の関係だとこの様な場合、主人と主人に仕える使役獣と言うのでは無いか? 主人殿も、先日そう仰っておったではないか』

「まぁ、間違いではないな。ん? 待て。 俺達が親代わりだって分かってるって事は、ロルフお前‥‥‥俺がお前の親を‥‥‥」

『主人殿。それ以上は言わなくても良い。

我輩達が生きている世界では良くある事だ。 我が親と主人殿達は生きる為に戦い、我が親は敗れた‥‥‥ それは自然の摂理。そこに善悪は無い。

故に主人殿達が気を病む必要は無いし、我輩も気にしてはおらぬ』

「ロルフ‥‥‥ 」


此奴‥‥‥ ロルフは俺達よりも原始的な‥‥‥ただ生きて子孫を残すと言う本能に従って生きてきた元野生動物なだけあって、ロルフの言葉とその考えは達観‥‥‥と言うよりも、ある種この世界に生きる人間より昇華した生死観を持っていた。


『その様な顔をなさるな主人殿。我輩はむしろ主人殿に感謝しておるのです。

もし幼きあの日、主人殿達に育ててもらっていなければ、我輩はこの場に居る事すら叶わなかったのだから』

「ん‥‥‥ そう言って貰えると救われるよ。 それじゃ、質問に戻るけど、ロルフは前から俺達の言葉を理解出来ていたのか?」

『うむ。言葉を発する事は出来なんだが、主人殿達の言葉の意味は幼き日より理解は出来ていた。 実際、こうして主人殿達と話せて困惑しておるがな』

「魔獣がテレパシーで会話出来るなんて聞いた事ありません‥‥‥ 」

『そうなのか? 詳しい事は我輩にも分からぬが、中には鳴き声で仲間に意思を伝える魔獣もおるぞ?』


あ、これは聞いた事ある。


俺が居た世界の動物に限った話ではあるが、クジラやイルカ、カラス等の高度な知能を持っていると言われている動物は、超音波や鳴き声で仲間に意思を伝える事が出来るとかなんとか。


ロルフがある種のテレパシーで俺達と会話出来るのは、上記の動物達の能力の上位互換的な物になるのか。


とは言え、魔獣の生態の事は良く知らないし理解出来ないのだが。


「とにかく、ロルフがテレパシーで会話出来るって事が分かった事だし、任務に戻ろう」

「と、そうだな。そろそろグラースアイデ達もあの場所から散った頃だろ」

「ん、後はグラースアイデの牙を採取してギルドに持って行けば依頼完了‥‥‥ 」

「また囲まれると大変だから用心して進まなきゃね!」

「でしたら私が先行して、上空から敵が居ないか索敵しますよ」

「そうだな。ドラル頼む。皆も警戒を怠らない様にして進むぞ!」

「「「はい!」」」

「ロルフも敵が近づいて来たら教えてくれよ?」

『御意。では主人殿、参ろうか!』

「あぁ! チャチャッと剥ぎ取って今日は帰るぞ!」


休息を兼ねたロルフへの質疑を終えると、俺達は再度武器を握り締め、少し前まで死闘を繰り広げていた場所へ向かった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「ルーク級ギルド部隊ヴィルヘルム、依頼完了したぜ〜」

「お帰りなさいレーヴェ様。皆様もお疲れ様でした」


拠点とした小高い丘を下り、数体のグラースアイデが横たわる場所に着いた俺達は周囲を警戒した。

しかし既に周囲にグラースアイデは居なかった。

安堵した俺達は倒したグラースアイデの死骸から討伐成功の証拠となる牙を剥ぎ取る。


そして大地がオレンジ色に染まり始めた頃、俺達はノースラント村ギルド支部に帰還した。


一応依頼は達成出来たが、まだあの周辺にはグラースアイデの群れが屯しているかも知れないから、その事をアンナに報告しなければならないが。


時刻は16:30分。


元気に声を出しながらレーヴェがアンナに依頼達成の報告をすると、何時もの席に座って居たアンナが優しい微笑みを浮かべ出迎えてくれた。


「ただいまアンナ。これがグラースアイデの牙だ」

「はい、確かに受け取りました」

「それとアンナに報告しなきゃいけない事があるんだ」

「はい、何でしょうか?」


グラースアイデの牙が入った袋を差し出しアンナがそれを受け取ると、俺は通常とは違う行動をしていたグラースアイデの事を報告した。


「40匹近くの群れですか‥‥‥ わかりました。この件はミラ副支部長に報告しておきます。 ミカド様達の話が本当なら、大規模討伐も検討しなければ‥‥‥」

「それにしても‥‥‥あのグラースアイデ達って、まるで前ミカドがヴラウンヴォルフの群れに襲われた時と似てるよね」

「そうだな。あの時のヴラウンヴォルフ達はルディから逃げて俺の前に出て来たみたいだけど」

「でも今回は何かから逃げてる様子はなかった‥‥‥‥」

「ふむふむ。でしたらこの件は魔術研究機関の方にも調査依頼を出す事にしましょう。 魔獣が通常とは違う行動をするのは、必ず理由がある筈ですからね」

「通常とは違うと言えば‥‥‥ミカド、あの事アンナさんに伝える?」

「あ〜、そうだな。一応アンナにも伝えておくか」

「何かございましたか?」

「えっと‥‥‥ロルフが喋りました」

「‥‥‥すみません。最近働き詰めで疲れてる所為か、幻聴が聞こえたみたいです。

申し訳ありませんが、もう一度言ってもらえますか?」

「いや、だからロルフが喋ったんだって」

「ロルフちゃんは魔獣ですよ?」

「うん‥‥‥ でも喋った」

「えっと‥‥‥ え?」


ドラル、レーヴェ、マリアの言葉を聞いたアンナの頭には幾つもハテナマークが浮かんでいるのが見えた。

アンナは、「うわ、何言ってるんだこの人達‥‥‥」 と、俺達を心配して哀れんだ様な目線を向けている。


うむ、そんな目線を送りたくなる気持ちも分からなくもないが、実に心外だ。


なら実際に見てもらうとしよう。



『なぁ、ロルフ。ちょっと良いか?』

『何用か主人殿』


俺はもしやと思い、頭の中でギルドの外で待っているロルフに語りかけると、ロルフが侍口調で反応してくれた。


咲耶姫との通話とは違い、テレパシーで会話をするロルフへ頭の中で語りかけると少し離れていても言葉が通じるのでは? と思い試してみたが、案の定俺の言葉はロルフに届いたようだ。


頭で念じた言葉が離れた場所にいるロルフに伝わった点から察するに、もしかしたら、もう少し距離が開いていてもロルフと会話出来るのではないか?


これは要検証だな。

もし離れた場所からでもロルフとコミュニケーションが取れれば、後々役に立つかもしれない。


『実はアンナにロルフとコミュニケーションが取れるって所を見せてやりたいんだ』

『なるほど。それは構わぬが主人殿。その前に来客だぞ』

「え、来客?」

「ミカドどうかしたの?」

「なんかロルフが来客だって‥‥‥」

「こんにちは! ミカド達は居るかしら!」

「ティナ?」


頭の片隅でロルフの可能性に考えを巡らせつつギルドの入り口の方を見つめると、バン! と、扉を壊しそうな勢いで魔術研究機関のティナ・グローリエが扉を開け放ち、元気に入室して来た。






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