第91話 報告と昇格




「陛下、何から何までお世話になりました。本当にありがとうございました!」

「「「「お世話になりました!」」」」

「うむ、達者でなミカド・サイオンジ。セシル・イェーガー。グリュック三姉妹よ。また何時でも訪ねて来ると良い」

「皆さんお元気で!」

「またね〜!」

「あぁ! ユリアナもローズもまたな!!」

「さようなら〜!」


ワォォォォ〜ン!


パラストで朝食を終え軽く身なりを整えた俺達は、まだベルガス反乱の爪痕が残る街中を歩きラルキア城に向かった。

ゼルベル陛下がノースラント村まで送りの馬車を用意してくれる事になっているからだ。


ラルキア城に着き門番の近衛兵にこの事を伝えると、早速別の場所で待機していたのだろう豪華な馬車を門まで誘導してくれた。


その馬車を見てセシル達は驚きの声を上げる。


この馬車はこれまで乗ったギルドの馬車等と明らかにランクが違ったからだ。聞けば、この馬車は貴族と呼ばれるやんごとなき方々がラルキア城に招待された際等に利用する馬車らしく、白い車体に金の装飾が施された豪華絢爛な馬車を見て、改めてラルキア王国が豊かな国である事を実感した。


そしていざ出発するぞと言う時、なんとゼルベル陛下とユリアナそしてローズが見送りに来てくれた。俺達はゼルベル陛下達との別れを惜しみ、馬車の窓から体を乗り出して陛下達が見えなくなるまで手を振り続ける。


何かを忘れている様な気がするが、俺は馬車の心地よい揺れと、小鳥達の静かな声に包まれ、つい意識を手放してしまった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



俺は夢を見ていた。


それは前も見た事のある、幼い頃の俺と女の子が遊ぶ夢だった。


女の子が楽しそうに森の中を駆けて行く。


小さな俺もその女の子の後を追って、笑いながら森を駆ける。


なんだろうこの感覚は。

これは夢の筈なのに、妙にリアリティが有ると言うか、まるで実際に体験した事があるみたいだ。


だが俺はこの子の事は知らないし、この女の子の顔には相変わらず靄のような物がかかり、その表情を見る事が出来ない。


せめて顔さえ見れれば‥‥‥

だが、それは叶いそうになかった。


なぁ、君は誰だ?


そう言いながら女の子へ手を伸ばした時、何処からか俺を呼ぶ声が聞こえた。


「どうしたのミカド? セシルだよ? それよりミカド、ノースラント村に着いたよ」

「んぁ‥‥‥あぁ俺寝ちまってたのか」


暫くして俺を呼ぶ声と、体を揺さぶられる感覚に俺は不思議な夢から目を覚ました。

あの夢はなんだったのだろう。

俺の記憶から抜け落ちた幼い日の出来事なのだろうか。


「ミカドさん何か夢を見てたのですか? 寝言を言ってましたけど」

「あ、いや。何でもないよ」


不思議な夢の事を考えていると、向かい側に座るドラルが不思議そうに俺の顔を覗き込んで来た。

俺があの女の子の事を訪ねた時、寝ぼけて声に出していたらしい。


ここでドラル達に夢の話をしてもその答えが見つかる訳無い。俺はそう考えて、愛想笑いを浮かべながら気にするなと手を振った。


「変な奴。それよりノースラント村に着いたぜ」

「早く降りる‥‥‥ 」

「ん、了解。待たせて悪かったな。降りよう」

「「「「はーい!」」」」


微かにボヤける頭を完全に目覚めさせる為に、自分で頬をパンと叩きながら俺は立ち上がった。




▼▼▼▼▼▼▼▼



「ミカド様ぁぁあ! ロルフちゃんが! ロルフちゃんがぁ!!」

「おわっ!? アンナ、どうした?」


御者さんにお礼を言いノースラント村ギルド支部に足を運ぶと、支部に入った直後、顔面蒼白のアンナが俺の胸に飛び込んで来た。

それを何とか受け止めつつ、今にも泣き出しそうなアンナを宥める為に軽く頭を撫でながら、その小さな顔を見つめる。


「ロルフちゃんが‥‥‥ 少し目を離した隙に‥‥‥ 居なくなっちゃったんですぅ!」

「あぁ‥‥‥ 」


本当に泣き出してしまったアンナの言葉を聞いて、その理由が分かった。

やっぱりロルフは俺達がペンドラゴに向かった後、勝手に俺達の後を追ってノースラント村を出で来てしまったらしい。


それにアンナは責任を感じて、今に至ると。


「あ、あのアンナさん。ロルフならそこに‥‥‥ 」


ウァウ?


「えっ、あっ‥‥‥あぁ!? ロルフちゃんん!? 心配したんですよぉぉお!?」


キャウン!?


ポロポロと大きな涙を零すアンナを見て動揺するセシル。

そんなセシルがゆっくりと入り口の方を指差すと、ドアの隙間からロルフが小首を傾げながらアンナを見つめていた。


それを見たアンナは一目散にロルフへ駆け寄り、タックルみたいな勢いで抱き付けば「無事で良かったですぅう!」と叫び声を上げる。


「何かあったのか!?」

「あ、ミラ。ただいま」

「ミカド! 帰ってたのか!? それより大変だ! ロルフが居なくなって‥‥‥ ん?ロルフが居る?」


この騒ぎが聞こえたのか、血相を変えてこの支部の暫定的トップ、ミラも奥の副支部長室から飛び出して来た。

ミラに軽く手を振りながら挨拶をすると、ミラもアンナ同様ロルフが消えたと声を荒げたが、入り口の近くでアンナに抱き締められているロルフを見ると、珍しく混乱した様な表情を見せた。


ミラもこんな顔をするんだな! と言ったら間違いなく怒られそうだから言わないけど。


「あ〜、実はな」



混乱するミラとアンナに、俺はペンドラゴであった出来事を苦笑い混じりに話した。



「はぁ!? ロルフはミカド達を追ってペンドラゴに向かって論功行賞式にまで参加したと!?」

「そ。それが俺達とロルフが一緒に帰って来た理由だ」

「だ、大丈夫だったんですか!?」

「はい。初めは皆さん困惑してましたけど、ミカドさんが起点を働かせてくれたお陰で何事もなく済みました。ね? ロルフさん?」

「むしろ最終的に、皆ロルフの事をマスコットみたいに見てたぜ? な〜ロルフ?」

「ん‥‥‥ 怖がってる人も居たけど、特に問題は無かった‥‥‥ ねーロルフ」


ワウン!


ペンドラゴでの出来事を話し終えると、ある意味さっきよりも困惑した表情を浮かべるミラと、何とか泣き止んだアンナが俺達に詰め寄って来た。

そしてドラルにレーヴェ、マリアが補足の説明をしつつ、ロルフのモフモフした頭を撫で回す。


どうでもいい事なのだがドラルも随分とロルフに慣れた様だ。

ロルフと初めて会った時は少し怖がっていた印象があったが、今では普通に触れ合える位には慣れている。


うんうん、喜ばしい事だ。


「そ、そうか。なら良かった‥‥‥ いや待て良くない。良くないぞ!? 陛下は!?ゼルベル陛下は何も言わなかったのか!?」

「んー、特に何も言わなかったな。 むしろロルフに興味を持ってた様だったし。 少なくとも、ロルフに対して否定的な感じは無かったぞ。

それにカリーナさんや軍の皆もロルフに悪い印象は持ってなかった‥‥‥あっ!?」


俺もマリア達と同じ様にロルフを撫で、カリーナさん達の事を思い出していると、あの事を思い出した。


ミラから頼まれたカリーナさんへの伝言を伝え忘れていた。


俺がペンドラゴを出る前に何かを忘れていると感じた正体はコレだったか。


「どうしたミカド? はっ‥‥‥ お前まさか、姉さんへの伝言を忘れたのか?」

「わ、悪い! 論功行賞式の時に会ったんだけど、色々あってついうっかり‥‥‥」


不敵にミラがニコッと微笑む。

何故だろう。笑っているはずなのに怖い‥‥‥ 凄く怖い‥‥‥


あ、口元は笑っているけど目が笑ってないんだ。


「はぁ。 いや、ミカド達も忙しかったろうからな‥‥‥ 仕方ない。 それに私達もロルフの面倒を見ると言う約束を守れなかったからな。これでおあいこだ」

「そう言ってもらえると助かる」

「ん、待て。論功行賞式の時に姉さんに会ったと言う事は、姉さんも論功行賞式に参加したのか?」

「はい! カリーナさんは苦戦してる近衛兵達が態勢を立て直すキッカケを作ったって、確か最優秀指揮官章? って言う勲章を貰ってましたよ」

「ほほぅ! 最優秀指揮官章とは‥‥‥姉さんめ、中々高位の勲章を賜ったんだな。 なら、祝いの手紙を書かなくては。

姉さんへの小言はその手紙についでに書くとするさ」


カリーナさんが勲章を貰ったと聞いたミラは口調こそ淡々としているが、その顔は柔らかく綻んでいた。

姉の活躍が評価されて嬉しいんだな。


「と、手紙で思い出した。ミカド。お前達宛に手紙が届いているぞ」

「手紙?」

「そうでした! えっと‥‥‥ あった!」


微かに赤い目をゴシゴシと擦ったアンナは、ミラの言葉を聞いてゴソゴソと、いつも座っている机を漁り、一通の手紙を差し出して来た。


何の手紙かわからず受け取ると、その手紙にはギルドの紋章の封蝋が押されていた。


「それは先日ミカド様達が討伐したクヴァレルの件に関する報告書になっているとの事です。

私達もまだこの件の内容は知りませんが、この手紙を持って来た職員の反応を見た限り、悪い事は書かれていないみたいですよ?」

「へぇそいつは何よりだ。えっと、なになに‥‥‥ 」


その手紙にはこう書かれていた。


『クヴァレル討伐に関する報告書。

先日ノースラントギルド支部より報告を受け、各地のギルド支部等を対象としてミカド・サイオンジ様方が討伐した、【軟体魔獣クヴァレル】の依頼状況を調べた所、ギルド本部にてルーク級の部隊向けにクヴァレルの討伐依頼が出されている事を確認いたしました。


並びに上記同様、クヴァレルを討伐したと報告を受けた場所を調査した所、クヴァレルの死骸を確認。ミカド様方がクヴァレル討伐に成功した事をギルド本部にて承認致しました。


本来でしたら今回の一件は【不可抗力的遭遇戦】として処理する所、ドラル・グリュック様並びにレーヴェ・グリュック様、マリア・グリュック様はルーク級部隊構成員に必要な規定の級に達しておりませんでしたので、本部が協議した結果、ドラル様方はビショップ級の実力を有していると判断。マリア様、レーヴェ様、ドラル様はポーン級からビショップ級へ昇格とする事となりました。

付きましては、最寄りのギルド支部にて新しい級のギルド手帳、並びにクヴァレル討伐成功の報奨金の80万ミルを受け取ってください』


「だとさ」

「えっと、つまり‥‥‥ 僕達ギルドのランクが上がったのか?」

「みたいだな」


この手紙を要約すると、俺達は‥‥‥ と言うか俺はルーク級の人が率いる部隊じゃないと戦う事が出来ないクラゲ魔獣、クヴァレルを討伐した。

それに伴ってこの討伐の帳尻を合わせる為に、ギルド本部はマリア達をポーン級からビショップ級に上げる事で、俺かセシルを隊長としたルーク級のギルド部隊がクヴァレルを討伐したと処理する事に決めたらしい。


まるで俺がルディを倒した時の様な処遇だな。


「級が上がったか! いや、そんな気はしていたのだが、良かったな」

「おめでとうございます!」

「所で、この不可抗的遭遇戦ってどう言う意味だ?」

「ん、それはギルド組員が依頼を遂行している時や、予定外の場所で別件で依頼されている魔獣と遭遇した時に発生する名目だな」

「詳しく説明するなら、基本的にギルド本部は全組員に対し、自分達の手に余る魔獣と遭遇した時は逃げる様にと指導しているのですが‥‥‥

今回ミカド様達が体験した様に、ごく稀にですが、移動中や依頼を遂行している際に別件で討伐依頼が出ている魔獣に遭遇しそれを撃退、もしくは討伐する組員がいらっしゃるのです」

「そう言った場合、ギルドはその討伐した魔獣との戦闘を書類上、不可抗的遭遇戦と処理しているんだ」

「つまり、俺がルディを討伐した時みたいな感じか?」

「確かに状況はほぼ同じですね」

「だが少し違うな。あの時も確かに不可抗的遭遇戦だったが、あの時ミカドはギルドに登録していなかっただろう?

あのルディの一件は、ギルド組員が討伐した場合に発生する不可抗的遭遇戦とは処理されず、【特例遭遇戦】と言う別の名目で処理された筈だ。

これはギルドに登録していない民間人が、ギルドから依頼が出されている魔獣を討伐した時等、特殊な事案の時に発生する物なんだ。 この話は長くなるからまた今度ゆっくり説明してやろう。とにかく! 昇格おめでとう!」


アンナとミラが交互にしてくれた説明を聞いて俺は感心した。


ギルドは大きな組織なだけあって、そこら辺の事故処理は細部まで徹底されているのか。

正直、ミラとアンナの説明はニュアンスしか理解出来なかったが、マリア達のギルド級が上がったと言う事は分かった。


今はマリア達の級が上がった事を喜ぶとしよう。


「ありがとうございます。と言っても、私達はクヴァレルにいい様にヤられてましたけど‥‥‥ 」

「そうだね、あの時ミカドが居なかったらどうなっていたか‥‥‥ 」

「ドラル、セシル‥‥‥ それ以上は言わないでくれ‥‥‥あの時の事は思い出したくねぇ」

「レーヴェに同感‥‥‥」

「あ〜! ちくしょう! ビショップ級に上がったってのに、あの時の事思い出すと納得いかねぇぇええ!!」


マリア達の級が上がった事を喜んでくれるミラとアンナだが、セシル達女性陣は一様に複雑な表情を浮かべ、レーヴェに至っては悔しそうに地団駄を踏み、頭をガシガシと掻きむしっている。


無理もない。

あの時レーヴェ達は文字通り手も足も出せず、今回のビショップ級への昇格もクヴァレル討伐時の報告の帳尻合わせの意味合いが強い。


つまり、悪い言い方になるがレーヴェ達は書類処理のついでに昇格した様なものだ。

この2つの理由が原因で‥‥‥ いや、レーヴェは純粋にクヴァレルに手も足も出なかった事が悔しいだけだろう。


兎に角、本来なら喜ぶべき所だが、皆其々思う所があり心から喜べないらしい。


「なぁミカド! 帰ったら訓練に付き合ってくれよ! モヤモヤしたままじゃ気持ち悪い!」

「私も‥‥‥セシル付き合って」

「わ、私も! もっと訓練したいです!」

「ふふっ。なら、土産話やミカド達の胸の勲章の話を聞くのは次の機会だな」

「ん、そうだな。今度皆で飯でも食いながら話そうか」

「本当ですか!? ご馳走になります! 楽しみにしてますね!」


あ、飯は俺が奢るのね。まぁ別に良いけどさ。


「あ〜! モヤモヤする〜!」

「わかったわかった! 帰ったら訓練でも何でも幾らでも付き合ってやるから、少し落ち着け!」

「あはは‥‥‥ それじゃミラさん、アンナさん今日はこれで失礼しますね」

「あぁ、論功行賞式ご苦労だったなセシル。 これから大変になるだろうが、頑張れよ?」

「? あぁ。それじゃまたな!」


ミラの意味深な言葉に首を傾げつつ、俺はレーヴェに腕を引っ張られ、ミラとアンナに別れの挨拶をして見慣れた道を歩く。


「ミラ副支部長、ミカド様方に言ったあの言葉の意味は‥‥‥ 」

「そのままの意味さ。恐らくあと2日3日も経てば、彼奴らも私の言葉の意味を理解するだろう。くくくっ! 楽しくなりそうだ!」

「はぁ‥‥‥ ?」


俺の背後から楽しそうなミラの笑い声と、釈然としない返事をしたアンナの声が聞こえたような気がした。




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