第72話 カリーナ・アレティス





「本当...... ミラさんにそっくり......」

「あら〜貴方達、妹の事を知っているのかしら?」


総隊長室の中に居た女性は俺とセシルが無意識に呟いた言葉を聞き、可愛らしく小首を傾げる。


改めて声を聞いて思ったが、聞いている人が眠くなる様なホンワカした声色だ。


見た目は凛々しいミラと瓜二つなのに、その仕草と声色のギャップが凄い......


と、言うか妹?


「え、えっと...... 失礼ですが、貴女はノースラント村ギルド支部のミラ・アレティスの姉君なのですか?」

「えぇそうよ〜 初めまして。私は、このラルキア王国軍第7駐屯地の300人を率いる総隊長、【尉校】カリーナ・アレティスよ。

一応男爵なのだけど、堅苦しいのは苦手だから、気軽にカリーナお姉さんって呼んでね〜」

「え、は...... はぁ...... 」


ダメだ。

見た目がミラにそっくり過ぎて、違和感しか感じねぇ!


ん......?

男爵? この人、今男爵って言ったか?

男爵って古代ヨーロッパとかの爵位の、あの男爵か......?

つまり、このミラ亜種は貴族!?


「し、失礼しました! カリーナ様が男爵とはつゆ知らず、ご無礼を!」

「そんなにかしこまらなくても良いのよ〜。 さっきも言ったけど、私堅苦しいのは苦手だから」

「わかりました...... カリーナ......さん」

「む〜。カリーナお姉さんって呼んでくれないの〜?」

「それは......許して下さい...... 」


俺は申し訳ないと思いつつ頭を下げた。ミラそっくりの見た目でお姉さん呼びの強要は勘弁してくれ......


何か、こう......心臓に悪い。


「もう...... なら、カリーナさんで許してあげるわ。クリーガちゃんやアルちゃんも、総隊長なんて呼ばないで、いつも通りに姐さんって呼べば良いのに...... 」

「総隊長...... 外部の人が居る時にそんな事は言わないで下さい...... 」

「折角彼等に仕事の出来る男だって所を見せようとしたのに...... 」

「あらあら〜 それは悪い事をしたわね〜 ごめんなさい? 」


このやり取りで思い出したが、そう言えばミラと初めて会った時、堅苦しいのは苦手だからラフに話せって言われたな......

カリーナさんもミラと姉妹なだけあってか、根っこの部分も似ているのかも知れない...... 性格は真反対だけど。


そしてこのカリーナさんはマイペースな人の様だ...... 強面で屈強なクリーガやアルをちゃん付けで呼んでいる辺り、この人の底知れない力を感じる......

もしかして、この駐屯地に居る強面連中皆をちゃん付けで呼んでるんじゃないだろうな。


と言うか、クリーガとアルよ。俺達の前だからカッコつけようと思って猫被ってたのか.....


「で、では、改めて自己紹介を...... 」

「その必要は無いわよ。ミカドちゃん」

「えっ?」


軍隊とは思えないカリーナさん達の緩い会話を聞きつつ、タイミングを見計らって自己紹介しようとしたが、カリーナさんの言葉に遮られた。


「貴方達の事は、ミラちゃんから手紙で聞いているわ〜。 最近ギルドに、面白そうな黒髪で黒瞳の男の子が入ったって。それって、君の事よねミカドちゃん?」

「は、はぁ...... 面白そうかはどうか知りませんけど...... 多分俺の事で合ってると思います」

「ふふっ、合ってたみたいね〜 良かったわ。 それで〜、そこの可愛い金髪の子はセシルちゃんね?

そこのエルフの子はマリアちゃん、獅子の獣人の子はレーヴェちゃん、黒龍人の子はドラルちゃんで合ってるかしら?」

「は、はい! 私がセシルです」

「ん...... 合ってる......」

「お、おぅ! 僕がレーヴェだ!」

「初めまして、ドラル・グリュックです」

「マリアちゃん達は色々大変な目に遭ったそうね..... その出来事を忘れる事は無理かも知れないけど、貴女達はきっと大丈夫...... 困った事があれば、何時でも私達に相談してね?」

「「「っ...... はぃ......」」」


どうやらカリーナさんは、ミラ経由で俺達の事を知っているみたいだ。

面白そう...... とか、一体何を書かれいたのやら......


マリア達の境遇も知っているみたいで、カリーナさんの放つ言葉からは、聞いている人の心を解き解す力がある様な...... そんな温かさに満ちていた。


お陰でミカドちゃんと呼ぶのを止めてくれとは言い出せないけどな...... 満腹食堂の女将さん位だぞ、俺の事ちゃん付けで呼ぶの......


「 ...... それじゃ俺達が何故ここに居るのか、簡単に説明させてもらいます」

「えぇ。お願いね〜」


横で微かに涙を浮かべているマリアの頭を軽く撫でた俺は、何故ペンドラゴに居るのか......その経緯を1から説明した。


もしかしたらミラ経由で俺達がラルキア王国で起こっている爆破事件を調査している事を聞いているかも知れないが、俺達も事の経緯を復習すると言う意味で、改めてカリーナさん達へ事細かに詳細を説明を始めた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「なるほどね〜。ミカドちゃん達はラルキア国王で起こっている爆破事件の調査をして、そこから導き出される最悪の可能性をゼルベル陛下達に伝える為に、今朝ペンドラゴに来たと」

「そんな大事おおごとに...... 」

「流石にヤベェな ...... 」


これまでの経緯を1から説明している間、カリーナさんやクリーガ、アルは何も言わず黙って聞いていてくれた。


まず説明したのは、昨日ミラ達と話した4つの可能性の事だ。


( 今回の爆破事件の後に予想される出来事には大分憶測が含まれているが......)


現在進行形でペンドラゴが攻撃されている事もあり、このペンドラゴへの攻撃は爆破を指示した黒幕によって引き起こされた可能性が高いという事も伝えた。

この他にも先程、俺達を敵と勘違いした王国軍の部隊に攻撃された事も報告している。


内容が内容なのだが、狼狽するクリーガとアルとは打って変わり、カリーナさんは終始冷静だった。


「はい。とは言え、その事をゼルベル陛下達に伝える前に、こんな事になってしまいましたが...... 」

「ミカドちゃんの所為じゃないわよ。そこまで自分を責めないで?」

「そう言ってもらえると助かります...... 」

「そう言う事なら私達第7駐屯地はミカドちゃん達を守る義務が有るわね〜。さっきみたいな勘違いおバカさん達が来ても、私達が追っ払ってあげる」

「あ、ありがとうございますカリーナさん! あ、それと...... 可能なら、今ペンドラゴがどう言う状況なのか詳しく教えて欲しいのですが...... 」

「えぇ、別に構わないわよ。教えられる範囲で良ければ...... だけどね?」

「ありがとうございます! 助かります!」


クリーガ達と会う前、ラルキア王国軍の一団に襲われた事も説明したお陰で、カリーナさんから保護してもらえる言質もしっかり取った。

これで少なくとも、他の王国軍から攻撃される事は無くなった筈だ。


次に今のペンドラゴの状況もわかれば、少なくとも敵やその目的の目星が付くだろう。


「ちょっと待ってね〜 えっと〜...... 現在爆破が確認されているのは、此処第1城下街と第2城下街だけみたいね〜。

ゼルベル陛下達がいらっしゃる王城周辺や、軍やギルドの本部、近衛兵団本部とかがある第3城下街では爆破は確認されていないみたいだけど...... 」


カリーナさんは机の上に置かれていた書類の山の中から、現在のペンドラゴの状況を書き記したと思われる紙の束を手に取った。


「その、第1城下街や第2城下街というのは?」


カリーナさんの説明を聞き、ドラルが疑問の声を出す。

俺もその第1城下街やらの事は知らなかったから、ちょうど良い。

ペンドラゴの地形を勉強させて貰おう。


「ならこれを見てちょうだい〜。この第1城下街や第2城下街と言うのは、この王都ペンドラゴを形成する3重の城壁内にある街の事よ」

「ミカドの兄ちゃん達もペンドラゴの地形を見てるから分かると思うが...... まず、1番外側に位置する城壁と、2番目の城壁の間にある此処。

俺達が居る第7駐屯地の本部も在るこの場所は、第1城下街と呼ばれている。ちなみに第7駐屯地は、この第1城下街の外れ...... 此処にある」

「そんで、2つ目の城壁と3つ目の城壁に囲まれている所が第2城下街。

3つ目の城壁とゼルベル陛下達が住まう居城、ラルキア城の城壁の間にあるのが第3城下街って言うんだ」


ドラルの疑問に、カリーナさんが引き出しから紙を取り出した。

その紙を机の上に広げると、紙には3つの星が3重に描かれている。

これは王都ペンドラゴを真上から見た地図の様だ......


そしてクリーガ達がこの地図を指差しながら説明してくれる。俺達が今居る第7駐屯地は、第1城下街の西側にポツリと小さく描かれていた。


こうして図で見ると改めて王都ペンドラゴの巨大さを実感する。

この王都ペンドラゴは、俺が居た世界で良く敷地の広さの例えに使われる某ドームで換算すれば、数千個分に届くだろう。


「と、言う事は...... まだ敵は第3城下街やラルキア城の周辺には居ないって事になるのか?」

「あぁ。朝の8:00に最初の爆破があって、今は9:30...... 現時点まで第3城下街とラルキア城の周辺で爆破は確認されていない。 第3城下街とラルキア城周辺は近衛兵団や軍の精鋭が守ってるから、不用意に近づけないんじゃないか?」


なるほど。でも妙だ......


敵はラルキア王国の最終拠点で、警備が何処よりも厳重な王都ペンドラゴに攻撃を加えて来ている。

それなのに、近衛兵や精鋭部隊が守っていると言う理由だけで、敵が攻撃を諦めるだろうか......?


ペンドラゴを攻撃するという事は、軍の中枢である軍司令部や、国の心臓とも呼べる国王のゼルベル陛下達を狙ったからだと思ったのだが......


「...... ちなみに、今のペンドラゴに住んでる一般人はどうなっている?」


俺は不安そうに呟くカリーナさんの言葉を聞き、微かな不安を覚えつつも、ペンドラゴに住む人達の事を聞いた。

ペンドラゴに着いてから、以前は溢れんばかり居た人達の姿が全く見えなかったから、気になったのだ。


「今、ペンドラゴには国家防衛戦闘態勢よりも強制力の高い、【王都戦闘態勢】がゼルベル陛下の名の下に発令されてるわ...... これは、非戦闘員は軍の管理に置かれて、外出は絶対禁止...... と言う命令よ」

「もし、外出したら...... 」

「さっきの兄ちゃん達みたいに、勘違いした軍の連中に攻撃されるだろうな。

王都戦闘態勢が発令されると同時に、怪しい奴が居たら敵対勢力として対応しろって丞相から命令も出ている...... 」

「付け加えるなら、王都が攻撃を受けるなんて100年前のエルド帝国との戦争時にだって起こらなかった。始めて王都を攻撃された怒りと焦り...... 更にはお偉方からの命令で、軍の連中は異常な程殺気立ってるんだよ」

「ミカドの兄ちゃん達だから無事に切り抜けられただろうけど、一般人には無理だったろうな...... 」


ふむ...... やはり今のペンドラゴには、先に発令された国家防衛戦闘態勢よりも高位の命令が発令されている様だ。

聞けばこの王都戦闘態勢と言う命令は、非戦闘員...... 一般人の自由な外出すら認めていない。


そんな中ペンドラゴに来てしまった俺達は、任務を忠実に守っていたラルキア王国軍に敵と勘違いされて攻撃されたと......


「あ、あの...... 敵は? ペンドラゴを攻撃している敵の正体は分かっているんですか?」


不意にセシルがオドオドしながら発言した。


そうだ、これが1番重要だ。


俺達がペンドラゴに来た時、周辺には敵と思しき大規模な部隊は無かった。

つまり、敵は少数精鋭でこのペンドラゴを攻撃している...... そう見るのが理にかなっているが......


「それがね...... ハッキリ言ってしまうとまだ敵の正体は分かっていないのよ......

ペンドラゴの各地が爆破されているから、敵は確かに居るはずなんだけど、警戒網を敷いている軍でさえ敵の姿は確認出来ていないの...... 」


ドォォォオオオン!!!


「「「「「!?」」」」」


無力さを噛み締める様にカリーナさんが呟いた。その時、大きな落雷の様な轟音が部屋に木霊した。

この轟音は俺がこの世界へ転移してから聞いた音の中でもトップクラスの大きさだった。 以前聞いた、白狼ルディの遠吠えに負けず劣らずの轟音だ。


この轟音...... 恐らく何処かが爆破された。

その爆発の衝撃波が第7駐屯地の建物を揺らす。 窓枠がガタガタ! と激しく音を立てた。


「っ! 今の音の方向...... ペンドラゴの中心部からか!?」

「「なにっ!?」」


アルが声を荒げ、ペンドラゴの中心部の方に造られている窓に駆け寄る。

俺とクリーガも、アルにつられ窓に駆け寄った。


そして......


窓からは、大きな黒煙が空へと登っていく様子がハッキリと確認出来た。


「クリーガちゃん。アルちゃん」

「はっ! 第7駐屯地に駐在している全300名中、現在1個中隊90名が貧民街の警備に付いている筈っす。

なので、現在第7駐屯地で即時対応可能な部隊は、待機中の2個中隊180名と後方支援1個小隊30名です!」

「そろそろ貧民街の警備に着いているシュターク中官率いる1個中隊が帰還する時間です! 彼奴等が戻って来れば、第7駐屯地の全兵力が揃います!」


ペンドラゴの中心部から登る黒煙を見たカリーナさんは、クリーガとアルを見据える。


その声色は先程までのおっとりとした声とは違い、冷静で剃刀の様な鋭さを持っていた。

更に顔からは笑みが消え、力強く光る目はジッとクリーガとアルを捉えている。


そのカリーナさんの目線を受け、クリーガとアルの表情も一変。カリーナさんが聞きたい事を察したのか、大きな声で第7駐屯地の兵員状況を報告する。

今、この総隊長室に居る軍の面々は、戦地に赴き、己が命を任務に捧げる軍人の顔になっていた。


「姐さん! 大変だ!」

「シュターク!」

「ミカドの兄ちゃん!? なんで此処に......」

「シュタークちゃん。お帰りなさい...... 」

「あ、姐さん! 第1中隊、貧民街より帰還しました! それより!」

「えぇ...... 言いたい事は分かるわ〜。だから、命令を伝えます。

シュタークちゃん、クリーガちゃん、アルちゃん。第7駐屯地に居る全員に出撃準備をさせて? 第7駐屯地全ての兵を持って、ペンドラゴ中心部へ向かうわよ」

「「「っ...... 応!」」」


ビシッと見惚れる様な敬礼をしつつ、帰還報告をしたシュタークを含め、総隊長室に揃った強面3人組にカリーナさんは淡々と命令した。


カリーナさんを始め、この第7駐屯地に居る300名全員でペンドラゴの中心部...... 先程教えてもらった第3城下街へ向かうみたいだ......


カリーナさんから命令を受けた3人は総隊長室を飛ぶ様に出て行った。


「そういう訳だからミカドちゃん。申し訳ないのだけど、貴方達は此処で少し待っていてくれないかしら?」

「え...... 」

「心配しなくても、王都の外れにあるこんな小さな駐屯地を敵は攻撃しては来ない筈だから...... 」

「ま、待ってください! 俺達は一緒に行かせてもらえないんですか!?」

「ミカドちゃん達は戦闘能力はあるみたいだけど、私から言わせればギルドに所属しているだけの一般人なのよ〜

私達はミカドちゃん達を守る義務が有るの。 危険があると分かっている場所に、ミカドちゃん達を連れては行けないわ」

「そ、そんな...... 」


知り合いになったシュタークやクリーガ、アル達が今から出撃すると言うのに、此処で待っている様に言われた俺は、か細い声を漏らした。



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