第63話 襲撃
ヒヒィーン!!
「おわっ!?」
「きゃっ!」
王都ペンドラゴからノースラント村に戻る為に馬車に乗ってから1時間後...... ノースラント村と、ペンドラゴの丁度中間地点。
周囲に人工物が無くなり、青々とした木々に囲まれた森に馬車が差し掛かった時、それは起こった。
馬車を引く2匹の駿馬が、雄々しい鳴き声を響かせたと思った次の瞬間、馬車が大きく揺れ急停止したのだ。
「な、何かあったのでしょうか...... 」
「わからない...... でも嫌な気を感じる...... 」
「それに馬も怯えてるみたいだせ?」
「ミカド...... 」
ドラルにマリア、レーヴェとセシルがそれぞれ不安そうな声を出す。
ふむ...... まだノースラント村に着くには早過ぎるし、停り方から察するに、停車したと言うよりも、馬が何かに驚き思わず停まってしまった印象を受けた。
それにマリアが言う、嫌な気と言うのも気になる......
「御者さんに何があったのか聞いてくる!」
最近、嫌な事や違和感を感じる事が多過ぎた所為か、少し深読みする癖が付いてしまっている......
背筋に冷たい物を感じたが、一先ずは、御者さんに何があったのか聞かないと!
「どうどう! 落ち着け! 大丈夫だから!」
「どうかしましたか?」
「あぁ...... ミカド様。 はい...... 見て貰えばお分かりいただけると思いますが、この少し前に、木が道を塞ぐ様に倒れていまして...... それに馬が驚いて、思わず急停止してしまったのです」
馬車の客車から飛び降りると、興奮した馬を御者さんが必死に宥めていた。
御者さんの言葉と目線に導かれる様に、俺も視線を前方に移す。
今、俺達は左右を木々に囲まれた小さな渓谷の道に居る。
その渓谷に作られた道の5m程前に、直径数m程ある大木が道の端から端を塞ぐかの様に、その身を地面に横たわらせていた。
妙だ......
数日前、ノースラント村からペンドラゴに向かった時にも同じ道を通った筈だが、その時は木は倒れていなかったし、地盤が緩む程の大雨や、落雷も無かった......
それにこの大木はまだ瑞々しく、寿命で朽ちた様にも見えない。
率直に感じた事を言うなら、この木はまるで俺達を足止めするかの様に倒れているみたいに感じた。
「ミカド! どうだった?」
「あっ! 木が倒れてる...... 」
「本当だ...... 」
「...... 」
何故木が道を塞ぐ様に倒れているのか...... 思考にふけっていると、俺を待っていられなかったのか 、セシルが客車から降りて駆け寄ってきた。
ドラル達も客車から降り、マリアは訝しげに周囲を見渡している。
「あぁ、どうやら木が倒れて道を塞いでいたみたいだ。皆で力を合わせれば何とか退かせるかもしれ..... 」
「ぐぁぁぁああぁっ!?」
「「「「「!?」」」」」
俺の言葉は最後まで発せられる事は無かった。
俺が言葉を言い切る前に、御者さんの絶叫が俺の言葉を遮ったからだ。
慌てて振り返ると....
そこには一目で即死と判る程、矢を胸に深々と突き立てた御者さんが横たわっていた......
「なっ!?」
矢!? 矢だと!?
何故こんな木しか無い様な場所で矢が飛んで来るんだ!?
この近くにはギルドか狩場として認めている指定地域は無い筈だ。ギルド組員や、それに準ずる人達の流れ矢が飛んでくる事はまずあり得ない。
となれば、残された可能性は......!
「まさか敵襲! 皆散れ! 一箇所に纏まるな! それぞれ周囲を警戒しろ!」
落ち着け。
クールになれ西園寺 帝...... 敵に奇襲された時程、何時も以上にクールになるんだ!
ここで混乱してしまったら、それこそ御者さんを射止めた敵の思う壺だ!
俺は突然の攻撃に動揺しているセシル達に大声で指示した。今の俺達はほぼ一箇所に固まってしまっている。
先程の矢が俺達を狙っての攻撃なら、一箇所に固まっている今、敵にとっては絶好のタイミングだ。
セシル達に指示を飛ばし、俺は360度どの方向から攻撃されても対応出来る様に、重心を下に落とし周囲を観察する事と心を落ち着ける事に集中した。
その瞬間、世界が静寂に包まれる。
俺の五感は周囲の状況と、敵に関する情報しか入ってこなくなった。
「撃て」
確かにそう聞こえた。
俺とそう歳の離れていない様な...... 何処か幼さを残す男性とも女性とも取れる声が、俺の耳にはハッキリと聞こえた。
方角は俺から見て9時の方向.....丁度道の脇...... 鬱蒼と茂る木々の方から聞こえた。
御者さんに当たった矢の向きから考えても、この声の持ち主が矢を放ったか、攻撃を指示したに違いない。
敵はこの木々の何処かから攻撃しているみたいだ......
刹那。
俺達が周囲に分散する直前、20本程の矢が空を覆い、飛翔してきた。
「っ!
「わかった!」
「はいっ!」
「ん...... !」
「おう!」
セシル達4人は返事をすれば、それぞれ風を身に纏いバックステップや飛び込み前転をして矢を躱す。
よし...... 見た所、誰も怪我をした様子は無い。敵の居る方角も目星がついた...... だが、どうする...... 幾ら敵の居る方角が分かっても、こちらには攻撃手段が......
「ミカド! これ!」
「! ありがとうセシル!」
矢を躱したセシルに呼ばれ、振り向くとセシルが俺に何かを放り投げた。
半ば反射的に放り投げた物を掴むと、俺は何を投げて貰ったのかを察した。
それは以前、俺が召喚した太刀だった。
俺達は王都ペンドラゴに来る前、ノースラント村付近でマリア達にポーン級の依頼を受けて貰おうと考え、武器を持ってノースラント村に行ったのだが、そのままペンドラゴに向かう事となり、武器もそのまま持って来ていたのだ。
セシルは細身のレイピア、マリアは刃が湾曲したククリナイフ、レーヴェは無骨なバルディッシュ、ドラルは自然な光沢を放つ木製の短弓を其々構え、敵の二次攻撃に備えていた。
最近はHK416Dやベレッタばかり使っていた所為で、太刀を実戦で使うのは久しぶりだが...... 手に馴染む......やっぱ武器が有るのは心強い!
「ほぅ...... やるな...... 」
「!? お前...... 誰だ! 」
鞘から太刀を抜き放ち、邪魔になった鞘を投げ捨てると、先ほど聞こえた男の声が静かな森に響いた。
スッ...... と音も無く木から降りた声の持ち主は黒いレザーアーマーを身に纏い、顔を見られない様にか、レザーアーマーと同じ黒いフードを深々と被っていた。
この時、口元から覗く顔から、チラッと頬に彫られた眼の様な刺青が見えた。
この顔に刺青がある男...... フードやレザーアーマーを身に纏っているから良く分からないが、体格はそれ程ではない。体型は比較的細く、身長も俺より一回り小さい位だった......
だが......
雰囲気は、まるで戦慣れした歴戦の傭兵みたいな印象を受ける。
そして何より...... ハッキリ感じられる程の殺気を纏っていた。
「ふっ、ここで馬鹿正直に自己紹介する筈がないだろう?」
呟く様に語る此奴の頭の上には、ポゥ...... と【暗殺者】と言う文字が浮かんでいた。
以前ユリアナを追っていた鎧武者の上には、騎士と浮かんでいたが、これは明確な悪意や殺意を持っている人物の上に浮かぶのか?
この浮かび上がっている暗殺者の文字が本当なら、此奴は暗殺者という事になるのだが......
試してみるか......
「そりゃそうだ...... なら、言い方を変えようか。お前達は俺達を狙ってるのか?」
「あぁ、仕事でな」
「成る程ね...... 」
どうやこの浮かび上がった文字に嘘はないみたいだ......
なら、何故暗殺者が俺達を狙うのか?
理由はコレしかないよな......
「それにしても、報告で聞いていたが中々の身のこなしだ。
そこの獣人やエフルに龍人の情報は貰っていないが...... いやはや...... 今の斉射を躱されるとは思っていなかった」
そう言いながら、全身黒づくめの男は静かに右手を挙げた。
ガサガサガサ......
それを合図とした様に、同じ様な格好をした黒づくめの男の集団が、道の左右から生える木々の間から姿を現した。
人数はリーダー格と思しき男を含めて21人
この21人は、11人と10人の2つのグループに分かれ、道の左右に立っている。
俺達は今居る道の左右の脇から挟まれる形になっていた。
この男.....
俺達を狙って攻撃したのは間違いないみたいだ......
「本来なら、標的に姿を見せる様な真似はしないんだが...... 今回は俺達の攻撃を躱したお前達に敬意を払って特別に...... 直接殺してやる......
それより! 斉射の前に矢を撃ったバカは誰だぁ!」
「!?」
リーダー格と思しきこの人物は、落ち着いた雰囲気から一転。
更に殺気を滾らせ、獰猛な獣の様に、姿を見せた男達に怒鳴り散らした。
「ゼードルの奴です隊長。こいつ1人で、そこの黒髪男を殺すつもりだったらしいですぜ」
「ち、違います隊長! そんなつもりは! 」
「黙れ。俺が命令する前に勝手に攻撃すんじゃねぇよ! クソが!」
声を荒げるこの男は、やはり21人のリーダー...... 隊長の様だ。
部下達は部下達で、慣れた雰囲気を醸し出しながら、薄ら笑いを浮かべて命令を無視をした他の部下を指差した。
次の瞬間、隊長と呼ばれたフードの男は腰からぶら下げていた短剣を抜き放ち、許しを請う男めがけて短剣を投げつけた。
「がぁあ!? 」
「次こんなヘマをしたら殺す。覚えておけ」
「此奴......!」
「なっ!?」
「酷い...... 」
「クズ野郎が...... 」
「......っ」
隊長が投擲した短剣は、ゼードルと呼ばれた男の右腕に吸い込まれる様に命中し、断末魔の絶叫を森に響かせながらゼードルは蹲った。
セシル達の息を呑む声が聞こえる......
それもそうだろう。この男はさも当然の様に...... 当たり前の様に...... 自分の部下を、まるで壊れた物を捨てるかの如く、何の躊躇いも無く殺したのだ。
「さて...... 見苦しい所を見せた。バカへの仕置きも終えた事だし、仕事を再開させてもらおう。各個矢を放て」
「「「「「はっ!」」」」」
「くっ! 皆避けろ!」
部下にナイフを投げつけたこの男は、罪悪感をまるで感じていないかの如く、落ち着いた雰囲気に戻り淡々と部下に新たな命令を発した。
そして男の命令を受けた部下達が一斉に矢を放つ。
前後から迫る矢を何とか避け、少しセシル達の様子を見たが、それぞれ身を捩って避けたり、手にした武器で矢を弾き落としたりと、何とか攻撃を防いでいる。
「耐えろ! 矢にも限りがある筈だ! それまで耐えれば隙も出来る! それまで持ち堪えろ!」
「う、うん!」
「ちっ! 攻められっぱなしってのはムカつくぞ!」
「わかった......」
「ドラル! もし可能なら弓で奴らを攻撃してくれ!」
「はい!」
俺は希望的観測を踏まえながらも、皆を鼓舞し、ドラルに弓で攻撃する様に指示しながら迫り来る矢を太刀で叩き落とした。
「まさかここまでとは...... こりゃ久しぶりに生きの良い標的に当たったな」
攻撃を受け始めてから数分後。
俺達の周りには地面に突き刺さる矢や、矢の残骸の山が出来上がっていた。
それでも前後から攻撃され、直撃が無いのは其々の身体能力の高さと、戦闘へのセンスを示している。
「はぁ...... はぁ...... そいつは光栄だ......どうした? 怖気付いたか?」
「息を荒げながら凄まれても、全く迫力が無いぞ? ミカド・サイオンジ」
「......」
「隊長、もう矢が...... それに何人かあの龍人に取られましたぜ」
目論見通り、敵は矢が尽きた様だ。
それとゼードルと言う男性を除き、これまでドラルの放った弓は3人に命中し、21人居た敵は17人にまで人数を減らしている。
幾ら固定した的に対して百発百中のドラルでも、荒事に慣れ、素早く動き回る敵には中々命中しなかったみたいだ。
それでも3人も仕留めた事は賞賛に値する。
「あぁ、そうだろうな。まさかこんなに耐えるとはな...... お前達、剣を取れ。接近戦で仕留めるぞ」
リーダーの言葉を聞き、黒づくめの男達は腰からぶら下げた剣を抜き放つと、渓谷に降り、俺達を囲む様にジリジリとその距離を縮めてきた。
「さぁ、第2ラウンド開始だ」
リーダーの男も剣を抜き、戦いを楽しんでるかの様な怪しい笑みを浮かべた。
キラリと剣が太陽の光を反射させ、冷酷な笑みを見せる男の顔を明るく照らしていた......
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