第44話 ローズ・ド・ラルキア




「ローズ!?」


今俺達が居る部屋の扉が勢い良く開け放たれたと思った瞬間、ユリアナが着ている蒼いドレスとは対照的な、燃えるように紅いドレスを身に纏った女の子がユリアナに抱き付いていた。

ユリアナに抱き付いたその子を良く見ると、先ほど謁見の間でユリアナの隣に立っていた女の子だと気が付いた。


「こ、こら!ローズ!お客人の前ですよ!」

「むぅ......久しぶりの再開なんだから細かい事は気にしなくても良いじゃない......」

「ローズ...... ローズ第2王女殿下!?」

「はい。ラルキア王国第2王女ローズ・ド・ラルキアです。初めまして!」


紅いドレスの女の子はユリアナに抱きついたまま、ニッコリと笑う。

ローズと言う名前を聴いたティナは驚き、直ぐに跪いた。


俺とセシルは一瞬、呆気にとられてしまったが、直ぐにティナの言った言葉の意味を理解した。ユリアナはこのラルキア王国の第1王女。そして今、目の前にいる女の子は第2王女...... つまりはこの女の子はユリアナの妹と言う事だ。


ローズは幼い見た目相応の天真爛漫とした笑顔を見せる、物腰の柔らかい姉のユリアナとは違い、ローズは無邪気で元気一杯の子供という印象を受けた。


「「し、失礼いたしましたローズ第2王女殿下!」」


俺とセシルも、ティナに続くように膝を着き頭を下げた。いくら俺より年下でも相手は王族。ユリアナは例外として、それなりの態度で接しなければ。


「頭なんて下げなくて良いから、3人とも顔を上げて?それよりも〜 私にもユリアナ姉様と話してた時みたいに話して欲しいな~」

「え?」


ローズの反応は想像とは違ったが、さっきまでの会話を聴かれていたのか...... ローズの言葉を聴き俺達は跪いたまま顔を上げる、ローズは俺達の前に屈みこむと、甘える様な声を出してニコニコと無邪気な笑顔で俺達を見つめる。


「そ、それは......」


反応に困った俺達は助けを求めるようにユリアナの方に顔を向ける。そのユリアナは頭に手を置き「はぁ......」と短くため息を付いていた。


「ローズ、ミカド様達を困らせる事を言ってはいけませんよ」

「えぇ~!姉様だってさっきまで皆と友達みたいに話してたじゃん!

ズルイ!姉様だけズルイ!姉様が良いなら私だって良いじゃん~!」

「私は家臣達が居ない時だけ、さっきの様に接してもらっているのです」

「なら私も!家臣が居る前では気を付けるから!ねぇ~良いでしょ~?」

「はぁ...... 全く、仕方ありません...... ローズも私と同じ様に家臣達が居ない時だけ、さっきの様に接すると言うなら、許可しましょう」

「え!?いいの!?」

「ローズは言い出したら聞かないでしょう。これは仕方なくです。

ただし、私達は王族です。家臣達の前でミカド様達と接する時は公私混同せず、王族が臣民に接するようにする事。

それが守れない様でしたら、ミカド様に接し方を変えていただく様にして頂きますよ?」

「は~い!家臣達の前では気をつけます!」


俺達を差し置いて会話が進んでいるが、ユリアナとは友達の様に接して、妹のローズにだけ他人行儀で接するのも可哀相だから、ローズさえ良いなら普通に接するつもりだったから別に良いけど。


それにしても......

無邪気に喜ぶローズを見て、俺は少し前のユリアナを思い出した。

ローズも恐らく王族という生い立ちから、周囲に友達と呼べる存在が居ないのではないだろうか......

まだ幼い彼女の周りには、世話係りのメイド達など、大人達ばかりなのではないか.....


「あ、勝手に話を進めて申し訳ありません......構いませんか......?ミカド様、セシル様、ティナ様?」

「あぁ。俺はローズ殿下さえ良いなら、ユリアナと同じ様に接するつもりだったから別に構わないぞ」

「わ、私もローズ殿下さえよろしければ」

「私も構わないわよ」

「やった!ありがとう!セシル姉様!ティナ姉様!ミカド兄様!」


俺、セシル、ティナの言葉を聴き歯を見せて笑うローズを見て、幸せな気持ちになる。

ん?兄様?


「あっ......兄様って呼んじゃダメだった.....?」

「あ、いや、兄様って呼ばれるなんて想像してなかったから驚いただけだよ」

「良かった~!あのね、私兄って存在に憧れてたの!

ミカド兄様は私より年上みたいだったから良いかなって......えっと、兄様って呼んでも良い......?」


ローズは鼻息を荒くし俺に詰め寄る。

ローズはまだ幼く背丈も低い為俺を見上げる様にして、体を密着させてきた。ローズの潤んだ瞳が俺を捕らえる。


「あ、あぁ。別に良いよ」

「本当!?わぁい!ありがとうミカド兄様!」

「おっと、ローズ。いきなり飛びついてきたら危ないだろ?」

「こら、はしたないですよローズ!」

「えへへ~ごめんなさ~い」


正直、俺が一国の王女に兄と呼ばせていると噂が広がったら、皆から白い目で見られる事になるだろうが、ローズにここまで迫られて断る奴なんか居ないだろう。


少なくとも俺には無理だ。


それに元々一人っ子だった俺は妹や弟が欲しいと思った事が多々有った。

そんな邪な考えも多少あり、俺はローズの申し出を受ける事にした。許しを貰えたローズは満面の笑みを浮かべ、抱きついてきた。


飛びついてきたローズをしっかり抱きかかえ、軽く注意してみる。

ローズにとっては注意される事さえも嬉しい様で、口では謝罪しているが、その表情は幸せに満ちていた。


その様子をユリアナはため息をつき、ティナは苦笑い、セシルは女神みたいに慈愛に満ちた笑みを浮かべて俺とローズを見守っていた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



その後は俺、セシル、ティナ、ユリアナ、そしてローズの5人でささやかなお茶会となった。

話した内容はお互いの好きな食べ物の事だったり、趣味だったりと取り留めのない物だった。


そして気が付けば既に日はだいぶ傾き、部屋に差し込む日の光はオレンジ色になっていた。


チラッと腕に付けている腕時計を見てみると、時刻は17:00を指していた。

楽しい時間はあっという間だな。

そろそろ帰らねば.....


「っと、すまんなユリアナ、ローズ。俺とセシルはそろそろ帰らないと...... 」

「私もそろそろお暇させてもらうわ。流石に長居しすぎたから」

「えぇ~!皆もう帰っちゃうの?」

「なんでしたら、皆さん泊まって下さっても良いんですよ?」

「そこまでユリアナちゃんやローズちゃんのお世話になるのは流石に申し訳ないよ......」


この数時間のお茶会の間に皆はだいぶ親しくなっていた。

初めの内はユリアナとローズに遠慮がちに接していたセシルも、いつの間にか2人の事をちゃん付けで呼ぶようになっていたし、ローズに至っては俺の膝の上に座っている。ローズ曰く、兄の膝の上に座るのが憧れだったらしい。


初めはユリアナに「はしたない」と言われたローズだが、移動する事を断固拒否し勝手に膝の上に居座ってしまった。

俺としても王女がこんな事をしても良いのか...... と言う気持ちは合ったがローズの気持ちを尊重し、彼女のなすがままの状況を甘んじて受けている。


「私の膝の上に座った事なんて小さい時しかな無かったのに......」


と、ユリアナがショボンと拗ねていたのも印象的だった。


ティナはティナで、ユリアナやローズの事を普通に呼び捨てにしていた。

俺も呼び捨てで呼んでいたが、ティナは王国の機関に勤めている身。

いくらユリアナ達から親しい友達のように接してくれと言われてもマズイのでは?と思い、ティナに耳打ちすると


「こうするようにと言ったのはユリアナ殿下達よ?なら私はそれに答えるだけ」


なんとも男らしくスッパリと言い切ったティナは、優雅に紅茶を口に運んでいた。


「そうですね...... 私達の我侭で皆さんに迷惑をかけてはいけませんね...... ではミカド様とセシル様をノースラント村まで送る為の馬車を用意させましょう」

「本当か?助かるよ。よろしく頼む」

「え~...... もう少しくらい良いでしょ~ねぇミカド兄様~!」


物分りの良い姉のユリアナと違い、まだまだ子供のローズは俺の膝に座ったまま首を後ろに向け、俺を見つめる。その声色は歳の割りに色っぽく感じる。


「ごめんな。家で待ってる家族にご飯をあげなきゃいけないんだよ。

もう会えなくなる訳じゃないんだから、今日は我慢してくれ。な?」

「むぅ...... わかった。我慢する......」

「よし。良い子だ」


俺は困り顔で、ローズの顔を見つめながら説得する。

ちょっと卑怯だと思ったが、家族...... ロルフの事をダシに使った結果ローズはしぶしぶ納得してくれた。


口ではわかった、と言っているがその表情は本心から納得していないという気持ちが溢れていた。こりゃ今度ローズと会う時は、何かお土産でも持ってきて機嫌を取らなきゃかもな...... 


「はぁ、ローズは全く......誰か!誰かいますか!」

「失礼致します。お呼びでしょうか。ユリアナ様」


ユリアナはため息をつくとパンパン!と手を叩いた。暫くしてゆっくり扉が開き、メイドさんが部屋の中へ入って来た。


「えぇ。今からミカド様とセシル様がお帰りになられます。

急ぎ馬車を用意し、ノースラント村まで送って差し上げて」

「かしこまりました。ただちに」


メイドさんが優雅にお辞儀をして部屋を後にしてから数分後。

再びメイドさんが部屋に訪れ、馬車の用意が出来た事を教えてくれた。


「では、ラルキア城正門までご案内致します」


と言ったメイドさんの申し出をありがたく受け、俺とセシル、ティナは帰る為に立ち上がった。

ちなみにティナはここ王都ペンドラゴに住んでいるらしく、歩いて帰れるので馬車に乗る必要は無いからラルキア城正門まで一緒だ。


「では、お見送りしましょう」

「私もお見送りします!」

「あ、お気持ちは光栄なのですが、そこまでして頂かなくても良いのですよ?」


俺達が立ち上がるとユリアナ、ローズも一緒に立ち上がった。

今は目の前にメイドさんが居るので、俺もユリアナも意識して堅苦しい口調で会話をする。


それに、いくら友達になったとは言え、ユリアナとローズは王族だ。

流石に王族に玄関正門まで見送ってもらうのは流石に気が引ける.....


「私達がお見送りしたいのです。変に気に病む必要はないのですよ?」

「わかりました。ユリアナ殿下、ローズ殿下ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」


お互いさっきまで軽い口調で話し合っていたのに、堅苦しい口調で会話をして皆思わずクスッと声を出して笑ってしまった。


そして正門までメイドさんに案内されると、俺達がここまで来る時に乗って来た馬車と同じような見た目の馬車が一台止まっていた。


「お見送りありがとうございます。ユリアナ殿下、ローズ殿下」

「本日はお会いできて光栄でした!」

「ユリアナ殿下方とお話出来て、本日はグローリエ家にとって大変名誉な日となりました。ありがとうございました!」

「いえいえ、また会える日を楽しみにしてます」

「またお会いしましょうミカド様!セシル様!ティナ様!」


俺、セシル、ティナ、ユリアナ、ローズの順で言葉を紡ぐ。

俺はユリアナ、ローズ、ティナに向かい頭を下げ「では、これで失礼します!」と言いながら馬車に乗り込んだ。


今は時刻17:30

この調子だと家に付くのは20:00頃になりそうだ......

ロルフの奴、また怒ってるだろうな......


そんな事を考えながら馬車に揺られ、俺達は帰路に付いた。




「あれがユリアナを救った英雄か...... 」




嗄れた男の声が薄暗い部屋に響いた。

この部屋は、丁度ラルキア城の正門が見える位置にあり、声の持ち主は窓越しから馬車に乗り込む帝やユリアナ達の姿をギョロッと大きな目で凝視している。


「くっ...... 彼奴らのせいで計画の修正を余儀なくされた...... 恨めしい」

「やはりユリアナ暗殺には人数が足りなかった!

戦乙女の異名を持つユリアナとその配下の騎士団...... それと同数の暗殺者を送るなど、結果は目に見えていたはずだぞ!」

「しかし、貴殿も小娘達相手なら、あの程度の数で事足りると申していたではありませぬか?

それに送った暗殺者ギルドの面々も、それなりに名の通る者達。

今回の件はユリアナ達の力が我々の想像以上だった事に他ならない」

「いや!計画は途中までは上手くいっていたと報告を受けている!

全てはあの小僧達が現れてから予定が狂ったのだ!」


薄暗い部屋に複数の男の声が飛び交う。

その声にはユリアナを敬う気持ちは微塵もなかった。


「皆の者静まれ。確かにユリアナ暗殺は失敗に終わったが、まだ如何様にも対処出来る」

「ですが閣下、何か策がお有りなのですか?」

「なに、簡単な事。本来は計画の最終段階で障害となりうるユリアナを早い段階で消したかったが、こうなってしまっては出来るだけ早く最終段階に移行し、その際同時に対処すれば良いだけだ」

「おぉ、さすが閣下。我らの様な小心者とは肝の座り方が違う」


窓越しから帝達を見ていた【閣下】と呼ばれる人物は、椅子に座ると口角を僅かに上げ不気味な笑みを浮かべる。

他の男達も同様に笑みを浮かべていた。


「幸いまだユリアナやゼルベル達に我々の動向を気取られた様子は無い。ダラダラと時間をかけ、ボロが出てしまう前に全てを終わらせるぞ」

「「「御意」」」

「さて...... では各々方。最終段階に移行する為の準備に取り掛かってくれ。最終段階は、本日から1ヶ月後に発動せよ!」

「「「はっ!」」」


閣下と呼ばれた男がそう締めくくると男達は薄暗い部屋を後にした。


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