第43話 謁見




コンコンコン


「失礼致します。ミカド様、セシル様、ティナ様。

ゼルベル国王陛下のご準備が整いましたので、謁見の間までご案内させて頂きます」

「わかりました」


ティナと一悶着あったすぐ後、俺達が居る待合室のドアを叩く音が聞こえる。すると僅かな間を置いて20代半ば位の女性が部屋に入って来た。


どうでも良い話だが、この女性は一目でメイドさんだと分かった。彼女は白と黒を基調とした、ビクトリア王朝時代風のロングスカートのメイド服を綺麗に着こなしていたからだ。


俺が元居た世界ではメイド服=ミニスカートみたいな風潮があったが、メイド服は断然ロングスカート派の俺にとって、ここのメイドさんはまさに理想の通り。

ドストライクな見た目だった。


やっぱりメイドさんはロングスカートに限る。


「「よろしくお願い致します」」


目の前に居るメイドさんの事を頭の片隅で考えながら、元気に返事をしたセシル・ティナ。そして俺は、メイドさんに先導して貰いゼルベル国王陛下と会う場所【謁見の間】に向かった。


「こちらが謁見の間になります。国王陛下は直ぐに御入来されますので、暫しお待ちくださいませ」

「「「わかりました」」」


メイドさんは謁見の間に通じるだろう大きな扉の前で頭を下げ、謁見の間に入れと、手を扉の方に向ける仕草をする。


謁見の間の扉の前には左右に1人づつ煌びやかな装飾が施された服を着た衛兵が立っており、俺達が扉の前に行くとゆっくり扉を開けてくれた。


ギギィ......


「おぉ...... 」


重厚な音が響き、謁見の間がその姿を見せる。

謁見の間の中は、俺の予想以上に広々としていて開放的な空間が広がっていた。


この謁見の間だけで、確実に100坪は超えているだろう。

天上には7匹の龍を象ったドーム型のステンドグラスで出来ており、太陽の光を受けてキラキラと神々しい輝きを放っていた。


謁見の間に入って丁度真っ直ぐの所にある大きく、細部にまで細かな装飾が施されている椅子があるが、あれが玉座だろう。


俺は思わず謁見の間を見て声が出てしまった。


それにしても...... この謁見の間には俺の予想とは反し、誰も居なかった。


もっと大勢の大臣とか軍人が居るんだろうなと想像していたから拍子抜けだが、余計な視線が無い分多少気楽になったな。


「なぁ、ティナ。お前全然緊張してない様だけど、国王陛下と謁見をした事があるのか?」


俺は隣でガチガチに緊張しているセシルを横目に、特に緊張した様子も無いティナに話しかける。


「えぇ。魔術研究機関の仕事の関係で何度か謁見した事があるわ」

「なるほど。通りで余り緊張してない訳だ。あ、ちなみに俺達謁見の時の礼儀作法とか全く知らないんだけど...... 」

「はぁ!? そう言う大事な事はもっと早く言いなさいよね!」


お前が俺に加護の事をしつこく聞いて来なければ、言うタイミングは沢山あっただろうに...... と心の中で愚痴る。


当然口には出さない。

何を言われるか分かったもんじゃない。


「ごめんね...... ティナさん」

「あっ、別にセシルは気にしないでいいのよ!? ミカドが悪いんだから!全く...... 仕方ないわね。必要最低限の事は教えてあげるわ」


全部俺の所為ですか。そうですか。

まぁ、別に良いけど......


「すまん、助かる」

「ありがとう。ティナさん」

「本当にもう...... 感謝しなさいよね」


それからラルキア王国国王陛下がいらっしゃる迄の僅かな時間に、俺とセシルはティナに必要最低限の礼儀作法を教えてもらった。

教えてもらったのは跪き方や、受け答え方だ。


そして約5分後、俺達が入って来た扉とは別の、謁見の間の奥の方にある扉が開かれ、そこからゼルベル国王陛下の執事、ギルバードさんが入って来た。


「ゼルベル国王陛下の御入来である!」


ギルバードさんは声高らかにそう言うと、そのままカツカツと靴を鳴らし、玉座の右後ろに控えた。

ギルバードさんが玉座の後ろに控えると同時に、彼が入って来た扉の向こうから、威厳たっぷりの顔付きの初老の男性が入って来た。


俺は先程ティナに教わった跪き方を頭の中で再生しながら、ぎこちなくも跪き頭を下げた。立ち位置は俺を中心に右にセシル、左にティナだ。


足音が複数聞こえる。国王陛下以外にも何名かこの謁見の間に入って来たのか......


「其方達が、余の娘ユリアナを救ってくれた英雄達か...... 」


何とも言えない...... 包容力のある神秘的な響きの声が俺達を包み込んだ。

顔を下に向けているので断言は出来ないが、恐らくこの声の方が俺が今居る国、ラルキア王国の頂点。ゼルベル・ド・ラルキア国王陛下だろう。


「3人共、面を上げよ」

「「「はっ」」」

「ご機嫌麗しゅう御座いますゼルベル国王陛下。此度はこのラルキア城にお招き頂き感謝に耐えません」


ティナは顔を上げ、玉座に腰掛けている男性を見上げて声を掛けた。


それに遅れる事1秒後。

俺の目は、立派な髭を蓄えた男性を捉えた。


セシルが以前、ゼルベル国王陛下は今年齢60になると言っていたが、玉座に腰掛けていらっしゃる男性は、まだ40半ば位にしか見えない若々しい顔付きをしている。


この髭を蓄えた男性こそ、俺が今居る国の頂点。

ラルキア王国 国王陛下のゼルベル・ド・ラルキア国王陛下その人だった。


「あ...... 」


ゼルベル陛下の左側に顔を向けると、白いフリルの付いた青いドレスを着ているユリアナが微笑んでいた。その顔を見て、俺もつられ笑みを零す。


そしてユリアナの左隣には、紅いドレスを着た10歳位の金髪の女の子が興味深そうにこちらを見ている。少しウェーブのかかったプラチナブランドの髪が、如何にもお嬢様という雰囲気を醸し出している。


背丈や幼い顔付きから考えるに、あの女の子はユリアナの妹かな?


その紅いドレスの女の子と目が合うと、その子はクスッと可憐な笑みを見せてくれた。

ユリアナが見せる笑みとは違う、何て言うか..... 色気みたいな物を感じたのは気のせいだろう......


そんな事を考えていたら、ゼルベル国王陛下が口を開いた。


「其方、確か魔術研究機関のティナ・グローリエか?」

「左様で御座います。魔術研究機関の末席を汚させて頂いておりますティナ・グローリエで御座います」

「こうしてじっくり話すのは初めてだったな。

其方の発見した魔龍石のお陰で、我がラルキア王国は建国以来の富を得る事が出来た。この場を借りて改めて礼を言う」

「勿体無いお言葉、恐悦至極に存じます」


へぇ。


以前ダンさんがこの国で発見された特殊な鉱石、【魔龍石】のお蔭でラルキア王国は人間大陸随一の富を得たと言っていたが、その魔龍石を発見したのがこのじゃじゃ馬娘、ティナだったとは驚きだ。


それにしても、ティナは堂々としている。

何度か謁見の経験があるとは言え、国の長と話すのは多少、緊張すると思うが......


「して、そこの見慣れぬ者達がユリアナを救った勇者か」


ティナとの話に区切りをつけたゼルベル陛下が、俺とセシルに視線を向け、ジッと俺達の顔を見つめてきた。澄んだ灰色の瞳と目が会う。


「はっ!ノースラント村の外れ、始源の森に住む西園寺 帝と申します」

「お、同じく!始源の森に住むセシル・イェーガーです!」


俺とセシルは互いに自己紹介をし、首を垂れる。


ティナ曰く、国王陛下に初めて謁見する人は自分が住んでいる地域、又は生まれた土地を名乗る。その後に自分の名前を名乗る...... というのがこの世界の作法らしい。


「ユリアナから話は伺っておる。此度は大儀であった。ユリアナを救ってくれた英雄達よ。ありがとう......」

「私からも改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました」

「本来なら、この国の王女の危機を救った英雄達を大々的に迎えたかったのだが、国内で王女が襲われたと臣民達に不安感を与えたくなくてな...... 非公開での謁見になった事を心苦しく思う...... 申し訳ない」

「えっ!?」


ゼルベル国王陛下とユリアナは俺達に向かってゆっくりと頭を下げた。


まさか国王陛下に頭を下げられるとは思っていなかった俺は、不作法を承知で声を荒げてしまった。


国の長とその娘に頭を下げられるのは心臓に悪い。


「ゼルベル国王陛下!? ユリアナ王女殿下も頭をお上げ下さい! 自分達は当たり前の事をしたまでです!」


俺は頭を下げた国王陛下に慌てて頭を上げてもらう様に言った。

ゼルベル国王陛下は少し間をおいて頭を上げてくれた。


「其方らは余が頭を下げるに値する事をしてくれたのだ。礼はしっかり言わせてくれ」

「はっ...... 恐縮でございます」

「それと、其方らに褒美を授けねばならぬな。余が与えられる物なら何でも与えてやろう」

「褒美...... で御座いますか?」


セシルは恐る恐るゼルベル陛下に声をかける。声をかけられたゼルベル陛下は優しい笑みを浮かべた。


「ユリアナを救ってくれた其方らに余が与えられるのは、金や財宝の類しか無い。遠慮は要らん、何でも申してみよ」


褒美...... 褒美か...... まさか褒美を貰える事になるとは考えていなかった。

俺は別に褒美が欲しくてユリアナを助けた訳では無い。


故に何が欲しいと聞かれても俺は即答出来なかった。


「ゼルベル国王陛下。私は今回その場にたまたま居合わせただけで、何もしておりません。褒美は隣に居るミカドとセシルにお与え下さい」

「ふむ...... と、ティナ・グローリエは申しておるぞ。ミカド・サイオンジ、セシル・イェーガーよ」


ティナの言葉を聞いたゼルベル国王陛下は少し考え込むような仕草をして、俺とセシルの方を見た。


「ゼルベル国王陛下...... 国王陛下のご好意痛み入ります。ですが、自分は褒美が欲しくてユリアナ王女殿下を助けた訳では御座いません。

先程も申し上げた通り、この国に住む者として当たり前の事をしたに過ぎません。

ゼルベル国王陛下の申し出は大変光栄なのですが、自分はゼルベル国王陛下のそのお心だけで充分で御座います」

「私も! 私もユリアナ王女殿下がご無事ならそれで良いのです!」

「そうか...... 遠慮せずとも良いのだぞ?」


俺とセシルの言葉を聞いたゼルベル国王陛下は微かに口角を上げて俺の目を見て語りかける。

口元は笑っているが、その目は笑ってない様にも見えた。


「自分は今の生活が続けられればそれで満足です」

「ふっ...... ふはははは!」


俺の言葉を聞いたゼルベル国王陛下は微かに上げていた口角を更に上げ、愉快そうに大声で笑った。

俺達は元より玉座の後ろに控えているギルバードさん、横に控えているユリアナ、そしてユリアナの妹らしき人物も何故ゼルベル国王陛下が笑ったのか、理解出来ない様子だ。


「ふふ...... すまん。みっともない所を見せてしまったな。

其方らは年若いのに随分と遠慮がちだと思ってな...... つい笑ってしまった。許せ」

「いえ、そんな...... 」

「よし、ならばこうしようミカド、セシル、ティナよ。

其方らに何か欲しい物が出来れば、ここに来ると良い。

余が与えられる物であれば、何でも与えよう。其方は我が娘の恩人、いつでも気兼ね無くここに来て良いぞ」

「「「はっ!有難き幸せ!」」」

「ゼルベル陛下、そろそろお時間が...... 」

「む、もう時間か...... 分かった」


俺達が跪き、ゼルベル国王陛下のご厚意に礼を述べると後ろに控えていたギルバードさんがゼルベル国王陛下に何やら耳打ちをした。


「すまぬな。余はこの後、所用があるので謁見はこれで終いとする。此度は誠に感謝している。苦労を掛けたな」


ギルバードさんに耳打ちされたゼルベル国王陛下は、残念そうに眉を下げ立ち上がった。


「朝早くここに来て疲れた事だろう。ここでゆっくりと過ごしてから帰るが良い」


ゼルベル国王陛下は優しい笑みを浮かべながらそう言うとギルバードさん、ユリアナ達を引き連れて謁見の間を後にした。

ゼルベル国王陛下達が謁見の間を出て数秒後、タイミングを見計らった様に俺達が入ってきた扉が開き、俺達をここに案内してくれたメイドさんが入って来た。


「皆様、お疲れ様です。お疲れの所恐縮なのですが...... 実は先日からユリアナ様が謁見が終わった後、皆様とお話をしたいと仰っておりまして...... この後ユリアナ様の元まで来てはいただけませんか?」

「ユリアナ殿下が......? わかりました」

「はい、俺達は大丈夫です」

「ありがとうございます。では、ユリアナ様がお待ちになられているお部屋までご案内させて頂きます」


俺達は丁寧に頭を下げたメイドさんに案内されて、ラルキア城内を歩いた。

そして青い百合が彫刻されている扉の前で立ち止まった。


「ユリアナ様。ミカド様、セシル様、ティナ様をお連れ致しました」

「ご苦労様です。入って下さい」


メイドさんが扉を軽くノックすると中からユリアナの声が聞こえた。俺達とメイドさんは「失礼します」と言いながら部屋の中に入った。


部屋には椅子に座ったユリアナと、その後ろにお付きのメイドさんが2人居た。


この部屋はユリアナの自室だろうか。


「ありがとうございました。用があれば呼びますので、3人とも下がって構いませんよ」

「「「畏まりました。失礼致します」」」


ユリアナはメイドさん達に部屋を出る様に指示した。メイドさん達は恭しく頭を下げ部屋を後にする。


「さて、皆さん謁見お疲れ様でした。緊張したでしょう?」

「いえ、そんな...... 」


メイドさんが下がったのを確かめたユリアナは優しい口調で言う。

確かに緊張したが、国王陛下の娘の前で正直に言うのもアレなので俺は言葉を濁した。


「ミカド様。今、この部屋には私達しか居ません。ミカド様も前、話した時の様に話して欲しいです」

「ん...... 分かった。それじゃこの前みたいにさせてもらうよ」

「はい! あ、どうぞ座って下さい。お菓子や紅茶も用意してありますので、良ければどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「お気遣い感謝します。ユリアナ様」

「ティナさんもセシルさんも、ミカド様と同じ様に話してくださって良いのですよ?」


ユリアナはキラキラした顔で俺を見てきた。そんな顔をされたら嫌と言える訳がない。

俺はユリアナの好意に甘える事にして、早速椅子に座らせてもらった。

そしてユリアナは少し寂しそうな表情を浮かべセシル、ティナを見つめる。


「で、でも私なんかがユリアナ様と友達の様に接して良いのでしょうか...... 」


困惑しながらセシルがユリアナを見つめ返す。隣に立っているティナも同じ気持ちの様で少し困った様な表情を浮かべていた。


「全然構いません!お願いします」

「...... わかったわ。私もミカドみたいに接するわね?」


困った顔を浮かべたセシルとティナだったが、先にティナが折れてユリアナに笑いかける。


「わ、私も...... その、よろしくお願いします!じゃなかった、よろしく...... ね?」


そして最後にセシルが挙動不審になりながらもユリアナを見つめた。


「はい!よろしくお願いしますね!これでセシルさんとティナさんも私の友達ですね」


そう言ってユリアナは嬉しそうに頬を赤らめた。

俺も友達としてカウントされていてクスッと

静かに顔を綻ばせた。


それにしても、女の子達が仲良くしている姿は見ていて癒される。

本人達も幸せそうだし、見ている俺も幸せだ。


「ユリアナ姉様〜!」


俺が幸福に浸っていると、いきなり俺達が居る扉が勢い良く開かれ、先ほど謁見の間で見た紅いドレスを着た金髪の女の子が飛び込んで来た。

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