出会い

第36話 目撃者



皆さんおはようございます。

西園寺 帝です。


さてさて、皆様はいかがお過ごしですか?

勉学に励んでいますか?

労働に勤しんでいますか?


え?俺ですか?


俺は......


「ぐーたら過ごしてますよっと...... 」

「み、ミカドいきなりどうしたの?」

「いや、何でも。ただ、元居た世界に想いを馳せてただけさ」

『ワウ?』

「あ、えっと...... その...... 」

「っと。別にセシルが気に病む事はないぞ?」


本日は10月の第3日龍日。

元居た世界で言えば、10月21日の日曜日。冷え込む大地に暖かな日差しが惜しげも無く降り注ぐ。


俺とセシルがギルド登録を正式に終えてから早くも1週間が経った。


のだが......


俺達はこの1週間で1回も、たったの1回もギルドの依頼を受けなかった。

ちなみに今は早朝の訓練を終え、庭先にある木陰で日向ぼっこと洒落込んでいる真っ最中だ。


火照った身体に冷たい風が当たる。

うん。気持ちが良い。


日本では毎日勉強とバイトに追われ、ゆっくりしている時間が余り無かったが、この世界ではそんな物はない。

時間がゆっくり流れていく。毎日が日曜日の様だ。


正直、元居た世界と比べ不便だと思う事は有るが、この点だけは俺にとって有り難かった。


さてさて。話を戻して......


依頼を受けてない理由としては、まず武器をほとんど持った事の無いセシルに武器の訓練をさせ、武器の扱いに慣れて貰う為。そして、俺がこの世界の文字を完璧に書けるようにする為に時間を使ったからだ。


この1週間は実に有意義だった。


まずセシルは1週間みっちりマンツーマンで特訓したお陰で、この短期間で俺と木刀を使っての模擬戦を出来る程に成長した。


更にベレッタの扱いも同様に慣れ、先程マガジン1本分。計15発の9mmパラベラム弾を、約25m離れた場所にぶら下げた直径30cmの的へ目掛けて撃たせてみた所、ほぼ全弾を円の内側に命中させる成長ぶりを見せた。


ベレッタを初めて撃った時は射撃時に発生する反動に涙目になっていたが、今ではそのような事も無く、キリッとした目付きでベレッタを扱える様になっている。


俺の方も【1度集中すると、余程の事でもない限り集中力を切らすことは無い】と言う生まれ持った特技をフルに使い、セシルにこの世界の文字を教えて貰いつつ、召喚した大学ノートにびっしりと書き込んだ。


そして書くスペースが無くなった大学ノートが3冊を越えた頃、俺はこの世界の文字を余裕で読み書き出来る様になっていた。


つまり、俺はこの1週間を、俺達が今後生活していく為の基盤作りに利用したという訳だ。


「そう?あ、でも何かあったら相談してね?」

「おう。ありがとなセシル」

「気にしないで。私とミカドの仲なんだから!」

「ん...... 本当にありがとな。セシルと出会えて良かったよ」

「えへへ...... あ、出会えてって言えば、ロルフも出会った時と比べると大きくなったよね〜。ベレッタの発砲音でも驚かなくなったし」

「ん、そうだな。初めは片手で持てる位だったのに、今じゃ両手じゃねぇと持てない位デカくなった」


余談だが、ロルフもこの1週間の間に色んな意味で成長している。


まず体型だ。俺と出会った当初は小型犬程の体格だったのに、それが今では中型犬くらいの大きさになり、ヴォルフ系の特徴である牙も心なしか大きく、鋭くなってきた。

それにベレッタの発砲音にも慣れてしまったのか、以前みたいに唸り声をあげ警戒しなくなった。


ちなみに、コイツは大きくなっても相変わらず俺と一緒のベットで寝起きしている。

折角ロルフの為に作ってやった寝床は1度も使われた形跡が無い...... 怒る事も諦めた俺は、毎朝胸への圧迫感で目覚めるのだった。


「ロルフが此処で暮らす様になってからは、安心して買い出しに行ける様になったよね〜」

「ふっ...... だな。仮に泥棒が来たとしても、ロルフを見たら逃げ出すだろ」

『ワン!』

「ふふ。私、ロルフとも出会えて良かったよ」

『ワウ〜』


俺はロルフを撫で回すセシルを見て微笑んだ。


動物の子供の成長は早いものだと良く聴くが、その中でもロルフの成長速度はずば抜けて速い気がする。


この成長の早さと適応力の高さ。

これがヴォルフ系が全大陸に生息地を広げられた理由かもしれない。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



そんなこんながあり、明くる10月第4月龍日。


俺は今朝方の戦闘訓練で模擬戦をした最、初めて引き分けに持ち込んだセシルと一緒に朝食に舌鼓を打ちながら、その本人を見つめていた。


この模擬戦は3日程前から実戦を意識して、朝晩と毎日行っている。


内容は、お互い木刀を持ち相手の急所で【寸止め】する事。

と言っても、【寸止め】はセシルにはまだ難しいので、この寸止め縛りは俺へのルール。


俺は出来るだけ防御に徹し、隙が出来たときだけ攻撃するスタンスを取っていた。


セシルへの課した課題は、【俺の体に攻撃を当てる事】なのだが、セシルはこれまでの模擬戦で開始早々、隙を突きた俺の攻撃の前に敗れ続けた。


しかし、今回のセシルは違った。

セシルはどうすれば俺の体に攻撃を当てられるかを考えていたらしい。


そして導き出した答えが、持ち前の身体能力を生かして、攻撃をしたら移動。攻撃をしたら移動。と素早く動き回り、俺が防御し難い所へ攻撃を繰り返すという方法だった。


これはやられるかもしれない。と思ったが...... セシルはこの直後にスタミナが切れた。しかし、最後の最後で我武者羅に放った攻撃が俺の右脚に当たったのだ。


それと同時に俺はセシルの喉元に木刀を付きつけ、結果相打ちとなった。


この模擬戦での収穫は『セシルには【突き】を多用する癖がある』事と、『攻撃力の高い一撃を繰り出すより素早く移動しながら、突きを多用した連続攻撃をする方が向いている』と言う点が分かった事だ。


いや。1番の収穫は俺に食らい付き、偶然ながらも一本を取ったという点かも知れない。

何と言っても、10年近く我流とは言え訓練して来た俺に、たった1週間程で追い付いたのだから。


ちょっと悔しい。


閑話休題それはさておき


これまでは俺が教え易いという理由で木刀での素振り等を教えていたが、セシルには突きと波状攻撃に特化した【レイピア】を召喚するのも有りかも知れない。


そんな事を考えながらも、俺はセシルに話しかける。


「なぁセシル。もうベレッタや刀の扱いには慣れたか?」

「うん。最近はベレッタでの射撃でも狙った所に当たるようになったし、木刀での模擬戦でも何とか喰らいつける様になってきたよ!

まぁ、さっきの模擬戦は偶々だけどね」

「ん。でも一本を取ったのには変わらないさ。そこで今日の模擬戦でいくつか思った事があるんだけど...... 」

「何々?ご教授ください師匠!」


鼻息荒く俺を師匠と呼んだセシルは、履いているズボンから手帳を取り出した。

この手帳は俺が召喚しセシルにあげた物だ。中にはベレッタの各部の名称や構え方。模擬戦での結果やアドバイスが書き込まれている。


「今までは俺が扱い慣れているって理由で刀での訓練をしてきたけど、セシルは刀よりレイピア...... 突きに特化した剣のほうが良いと思った。

それとセシルは素早く動いて、素早く攻撃する戦いに向いている気がする。

突きの事は無意識なのかもしれないけど、振り下ろしたり薙ぎ払ったりするよりセシルは圧倒的に突きが多い。

今度突きに特化した剣を召喚するから、試しに1度使ってみて欲しい。

素早く動いて素早く攻撃するって部分も、突きに特化した武器は相性がいいからさ」

「ふむふむ......」


セシルは一心不乱に手帳に俺の言った事をメモしている。

セシルが一通りメモを書き終えたのを確認した俺は、本題に入った。


「セシル。この1週間でセシルはだいぶ変わった。1週間前に初めて武器を持ったとは信じられないくらいにさ。

今のセシルなら、簡単なギルドの依頼ならこなせると思う......

そこで本題なんだけど、今日ギルドの依頼を受けに行かないか?

今俺が言った模擬戦のアドバイスを気にしてるなら、無理はしないでゆっくり訓練してからにしても良いけど」

「ギルドに依頼を...... 」


俺は、本心からセシルはこの1週間で強くなったと断言出来る。


だから、今のお互いの持っている実力を測る為にこの提案をした。


セシルが唾を飲み込む音が聞こえ、顔も微かにこわばっている。


依頼は予期せぬ事態で命を落とす事がある。俺も実際に目の前でダンさん達を亡くしている。


緊張するのもわかる......

だから俺はセシルの言葉を待つ...... セシルがまだ怖いと言うならそれも良し。

その不安が無くなるまで、徹底的に訓練すれば良いのだ。

行くと言うなら、俺が全力で守りつつ、今の自分がどれくらいの実力なのかを自身で確認してもらおう。


「そうだね...... 私もどこまで出来るのか試したいし...... よし!それじゃ朝ごはん食べたらノースラント村に行こ!」

「レイピアはどうする? 一応召喚出来るけど」

「それじゃ、出発前にちょっと貸して?軽く使ってみて、問題が無さそうなら依頼に持っていく!」

「了解。んじゃ依頼は、セシルのギルドクラスに合わせてポーン級クラスの依頼を受けよう。

ポーン級の依頼なら、俺達向けの簡単な依頼が多いはずだし」

「うん、そうだね。でも油断しないでよね?」

「分かってるって。それじゃ」

「「ご馳走様でした!」」


2人で手を合わせご馳走様をした後、セシルは食器を洗いに、俺はご飯を食べて直ぐに寝てしまったロルフを俺の部屋のベットに移動させた。

今回もロルフにはちょっと留守番をお願いした。


「留守番は頼むぞロルフ」


と言いながら、夢の世界にいるロルフの頭を撫でる。

サラサラとした鬣の感触を楽しんだ俺は、依頼を受けに行く用意を始めた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「お待たせ~」

「いや、俺も今準備が終わった所だから全然待ってねぇよ。ほら、セシル用のレイピアだ」

「わぁ!ありがと!早速使ってみるよ!」

「おう。違和感とかあれば言ってくれ」

「うん!」


それから15分後、まるでデートの待ち合わせしたカップルかよと思いたくなる台詞を言いながら、身支度を整えた俺とセシルは庭に出ていた。


俺はまず、待っている間に召喚しておいた突きに特化した武器、レイピアをセシルに差し出す。

刃渡りは40㎝程でナックルガード付きだ。

重くなりすぎない様に、刃のサイズを少し短くした物をセシルに手渡す。


「ふっ!やぁ!」

「おぉ!」

「わぁ!これ良いね!凄く使いやすいよ!」


セシルにレイピアを手渡した後、俺が知っている限りの構え方や攻撃の仕方を教え、動いてみたセシルは驚きの声を上げた。


正直俺も驚いた。


木刀を持っていた時と動きのキレが段違いなのだ。やはりセシルには刀より、レイピアを使わせた方が良いな。


ここに加え、これまで自分と相性の合わない刀を使っていた所為なのか、レイピアを手にしたセシルはそれなりに激しく動き回っても息を切らす事はなかった。


セシルにレイピアを持たせれば今より強くなるとは思ったが、ここまでとは......

俺の判断は間違っていなかったな。


さて、今回は依頼を受けに行くだけで、その後直ぐに依頼を行う訳では無い。


ただギルドに依頼を受けに行くだけならラフな格好で大丈夫だろう。


セシルがレイピアの感触を確かめ、家の中へ片付けた後、俺達はノースラント村のギルド支部へ向かい出発した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「ダメだ寒い!」


そして家を出てから数十分後。俺はノースラント村と家の丁度中間地点で寒さに震えていた。


ピューピューと吹いてくる風は冷たく、肌に突き刺さる。


よくよく考えれば、暦的にもそろそろ冬の時期に入るから当たり前と言えば当たり前か......

数時間前の日向ぼっこは特訓終了直後で、身体が火照っていたから涼しいと感じたが、今は肌寒いを通り越して寒いと言ってもいいレベルだ。


まぁ今日は晴天だし、歩いていればその内温かくなってくるだろう......


そう考えていた時期が僕にも有りました。


「だ、大丈夫?凄い震えてるけど......」


長ズボンに長袖を着ている俺は微かに身体を震わせているのに、隣で同じ様な姿のセシルは何事も無いように俺の顔を見上げてくる。


「いやだって...... こんなに寒いと長袖長ズボンでも辛いって...... セシルは良く平気だな......」

「この辺りはこの時期になると冷え込むからね。私は小さい時から慣れてるから」

「なるほど...... 俺の居た世界はだいぶ暖かかったんだな...... ってもうだめだ!寒すぎる!」


俺は寒さに我慢できず【想像した物を形にする能力】で、裾が膝下まである黒を基調としたロングコートを召喚して着込んだ。


このロングコートは俺が日本に居た頃、興味があった第2次世界大戦時のドイツ軍のコートをモデルにし、召喚した。

オリジナルにはなかった銀色のファーを付けて召喚してみたが、我ながらカッコいい。

この厨2病感が1週回ってカッコいい。


それに温かい。凄く凄く温かい。


「もう、ミカドって実は寒がり?子供は風の子だよ?」

「寒いもんは寒いっての。って言うかその諺こっちの世界にもあるんだな」

「え?ミカドが居た世界にもあったの?」

「あぁ..... 意味は......」


俺はセシルと雑談を交わしながら街道を歩く。

この時、道の外れの林からこちらを見ている視線に俺は全く気が付かなかった。


「な、なに今の...... 何も無いところからいきなり服が......」


まさかこのちょっとした行動があんな事になるとは想像していなかった......

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