第33話 受理



「なぁ、女性にこういう事を聞くのは失礼だって分かってるんだけど...... セシルって何歳なんだ? 見た目は俺とあんまり変わらないみたいだけど」


俺とセシルはノースラント村に続く道をのんびり歩いていた。

昨日急いで撤去したテントや医薬品、非常食等が入った荷車の車輪が、後方でゴロゴロと音を鳴らす。


今日ギルドでの用事が終わったら、これ等の道具を持ち主だったカルロさん達の家族に返そうと、序でに持って来た訳だ。


ノースラント村まで歩いて、片道1時間〜2時間の距離。

その間ただ歩くのはつまらない。


故に俺とセシルはのんびり雑談をしながらノースラント村に向かおうと思い、話を振ってみた。


俺とセシルは結構長い間...... と言っても、2、3週間だが、1つ屋根の下で暮らし、同じ釜の飯を食べた。

だが、俺はセシルの歳や好きな食べ物、趣味等...... セシルという女性の事を全くと言っていい程知らないと先日悟った。

なので、 ( 暇つぶしの面も多少は有るが )もっとセシルの事を知りたいと思い、質問してみたのだ。


「ん?今年で19歳だよ〜」

「そうなのか!俺と同い年だ!」

「へぇ〜 私と同い年なんだね!てっきり私より年下かと思ってたよ」

「年下?何で年下だと思ってたんだ?」

「だってミカド、普段はしっかりしてるけど妙に子供っぽい所があるんだもん。

初めて会った時は大人っぽいな〜って思ってたけど、今朝火龍石を見た時とか子供みたいだったから」


そう言われると、我ながら確かにと思ってしまった。


この世界には俺が元居た世界に無かったもので溢れている。

この世界の常識とされている事でさえ俺には未知の事で、驚きの連続だった。

思い返せば、知る事知る事に対して子供の様に大袈裟な反応をしていた気がする。


ちょっと気恥ずかしい。


それにしても初めて会った時か......

初対面の時はお互い敬語で話してたっけな。


初めの内は、お互い遠慮がちで距離感を掴みにくかったが、今ではだいぶ打ち解ける事が出来て距離が縮まった気がする。


「そう言われるとそうかもな〜 この世界は俺の世界に無かった物が沢山あるからさ。

見るもの全てが初めて尽くしなんだ、多少子供っぽい反応にもなるさ。

逆にセシルが俺の世界に来たら、俺と同じ様なるかもしれないぜ?」

「そうなの?この世界とミカドが居た世界って、そんなに違うの?」

「あぁ、火打ち石を使わなくても火が出る道具が沢山有るし、地上数百mの高さの建物とかも沢山あるぞ」

「へぇ〜!全然想像出来ないよ!いつか行ってみたいな〜」

「ははっ。もしセシルが俺の元居た世界に来たら、俺がお返しに色々教えてやるよ」

「うん!よろしくね!」


と、こんな感じで他愛もない話をしながら木々に囲まれた道を歩く。


こんな安らかな時間を過ごしたのは何時ぶりだろうか。

こちらの世界に来てからは、野生動物に襲われたり、盗賊と勘違いされたりで散々な目に遭ってきたので、こんな心休まる時間は本当に久しぶりな気がする。


楽しいと感じていると時間はあっという間に流れ、気が付けば俺達はノースラント村に着いていた。

村の入り口には、村人や馬車等が引っ切り無しに出入りしている。


正直な所、ノースラント村の人達に良い印象は無い。

初めてここに来た時にジロジロと俺を物珍しそうに見てきたからだ。


ちょっと前まで普通の大学生だった俺には、好奇の視線に耐性は無いので少し嫌な思いをした。

その所為か、無意識に歩幅が狭くなったが、セシルが俺の手を引いた。


「さ!早く行こ!」

「あぁ、待て!分かったから引っ張るな!」


俺はセシルに引き摺られる様に、ノースラント村ギルド支部に連れて行かれた。


「ようこそ。ノースラント村ギルド支部へ。ミカド・サイオンジ様ですね?」


ノースラント村ギルド支部の門に着くと、この前同様、営業スマイルを浮かべた門番さんが声をかけてきた。

ミラ辺りが今日俺がここに来る事を門番さん達に伝えておいたのか、門番さんは俺の顔を見るなりそう言った。


この髪の色と瞳の色だと、人違いをする事はないだろうな......

少し片言なのも、言い慣れてない名前だからだろう。


「はい、連れのセシル・イェーガーも一緒でも構いませんか?」

「それらの判断は我々には出来かねますので、中での指示に従ってください。ではご案内させていただきます」


門番さんは少し困った様な笑みを浮かべながら、小城の内部に繋がる扉を開けてくれた。

俺とセシルは入り口の近くに荷車を置いて扉をくぐる。


今日はセシルに教えてもらった曜日で言う所の10月の第2日龍日...... 俺が元居た世界での10月の第2日曜日に当たる日らしいので、ギルド内部には両手で足りる程度のギルド組員らしき人と、以前ミラが着ていた制服を纏った職員しか居なかった。


こちらの世界でも、日曜日は休む日とされている様だな。


「お〜い!アンナ!件のミカド様とお連れのセシル様がいらっしゃったぞ!」


門番さんは小城の中に入ると、俺が初めてギルドに来た際に案内された席の女性に向かって声をかけた。

その声をかけられた女性は、初めて俺に対応してくれた茶髪の可愛らしい受付嬢さんだった。


この受付嬢さんの名前はアンナと言うのか......一応覚えておこう。


門番さんの声に「わかりました」と、キリッと返事をしたアンナが受付席から出てきて、俺達の前に立った。


「お待ちしておりましたミカド様。 部屋を用意しておりますので、そちらまでご案内させていただきます」


アンナと呼ばれた受付嬢さんは洗練された動きで頭を下げた。

最初の時の様な威圧感は全く感じず、淡々と業務をこなしている様に見える。


ふと、改めてセシルとアンナを交互に見てみる。

出会った当初、小柄な印象を受けたセシルだが、目の前にいるアンナはそのセシルよりも小さい。


無論身長の事だ。胸の事ではない。


目の前に立つ身長160㎝を下回るアンナを見ると、子供が背伸びをして親の仕事を手伝っている様な感じがした。


「セシルも一緒に行って大丈夫ですか?」

「......それは私では判断しかねますので、ミラ副支部長の判断で......」


そんな事を頭の片隅で思いながら門番さんに言った事をアンナにも伝える。

アンナは一瞬悩んだ様だが、自分では判断しかねるとミラに丸投げした。


俺が元居た世界での市役所を連想させる。

お役所仕事ってどこの世界でも変わらないんだな......


「では、こちらにどうぞ」

「あぁ」

「は、はい!」


一瞬だけ顔を蹙めた受付嬢さん、もといアンナは、凛とした表情に戻ると歩き出した。

俺とセシルもその後をついて行く。


少し城内を歩き、用意した部屋と思しき場所でアンナは立ち止まる。


「では、ミラ副支部長が来るまでこちらで少々お待ちください」

「了解」

「わ、わかりました!」


そして、そう言いながらドアを開けた。

そこは、前回通された殺風景な取調室とは真逆の豪華な部屋だった。


とりあえず目につく限りでは、この前の取調室の5倍はあろうかという室内の壁には大きな窓がはめ込まれ、太陽の光を惜しみなく部屋に運んでいる。

部屋の端には高級そうな壺が飾られ、椅子や机、ソファーは妙に凝った作りになっている。

床には赤い絨毯が引かれており、より豪華さを演出していた。


元がレンガ造りの小城の為、派手さは余りないが、この部屋はこの城の中で最も良い部屋だと言うのは一目でわかった。


俺とセシルは促されるまま部屋に入り、とりあえず2人掛けのソファーにセシルと並んで腰掛ける。

このソファーも良い生地を使っているのか、フカフカとしていて座り心地が良かった。


ふと隣に座ったセシルを見てみると、肩と顔を強張らせガチガチに緊張していた。


「セシル...... 大丈夫か?」

「だ、だ、大丈夫!ただ、こんな良い部屋に案内されるなんて思ってなかったから少し緊張しちゃって...... 」


ギギギと音が出そうな動きで顔をこちらに向けたセシルが、これまたギギギと音が出そうな身振りで話す。

まぁ確かに、ここまで良い部屋に通されるとは予想外だが、そこまで緊張する程の事かな?


もっと気楽にすれば良いのに。


「変に緊張しても仕方ないだろ?今はこのソファーを堪能しようぜ」


俺は背凭れに凭れ掛かり、体をソファーに沈める。


あぁ〜このソファー、座り心地が凄く良い...... 今なら寝れそうな気がする......


「ミカドは緊張感が無さ過ぎだよ......」


苦笑いしながらセシルが言うと、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、一呼吸置いてドアが開かれた。


「わざわざ来てもらってすまないなミカド」

「ミラか。いや、これは俺に関わる事なんだ。謝らなくて良いって」


ドアの向こうから現れたのは、このノースラント村ギルド支部の副支部長ミラ・アレティスだった。


「ん?そちらの女性は?」


ミラはセシルに気づき視線をセシルに向ける。


「あぁ、ダン・イェーガーの娘のセシル・イェーガーだ。彼女も同席して良いか?」

「そうか、お前が...... うむ。他人に聞かれて困る様な話ではないしな。許可しよう」


小動物の様にビクビクしているセシルを見て、思う事があるのか、ミラは目を細めた。


そんなミラの表情に気が付いていないのか、セシルは隣で「良かった...... 」と安堵の溜息をついていた。


ミラは俺達と向かい合った所に置いてある椅子に座ると、手に持っていた書類を机の上に置き、数枚を手に取り話し始めた。


「それでは早速だが、ミカドの処遇が決まったので通達する。まずはブラウンヴォルフ、並びにヴァイスヴォルフ討伐の件だ。

ギルド未登録のミカドがこれらの魔獣を狩った事に対し、ギルド本部職員とノースラント村ギルド支部長、そして私が協議した結果......」

「「ゴクッ......」」


静まり返った部屋に俺とセシルが唾を飲み込む音が響いた。


「今回は自己防衛の為にブラウンヴォルフ、ヴァイスヴォルフを狩ったという点を考慮し、ギルド側はこの件を情状酌量の余地有りと判断し不問とする。

通常なら、ギルド登録をせずにギルドが国から管理を任されている地域...... 今回は始源の森だが...... で意図的に狩猟等を行った場合は罰金等の処罰がある...... が、それらは一切無いから安心しろ」


ミラの言葉を聞いて肩の荷が下りた。

ダンさんから事前にギルドには色々な規約があると聞いていたから、内心冷や冷やしてたが、お咎めなしは本当に嬉しい。


「「良かったぁ......」」

「私が本部や支部長に進言したお陰だ。感謝しろ」


俺とセシルが見事にシンクロしながら安堵の息を漏らす。

ミラの最後の一言が余計だったが......


「さて、それでは...... ミカド。改めて確認するが、お前はギルド組員に登録する気はあるか?」

「あぁ。勿論だ。今日はその為に来たつもりだし」

「わかった。では、ギルド登録するお前にもう1つ報告がある。

この前も言ったが、ヴァイスヴォルフの討伐は【ルーク級】以上の者しか受けられない。これは良いな?」


俺は頷く。

それほどまでにルディ達は強敵だったと言う訳だ。


「この事も話し合った結果、ミカドは特例としてギルド登録が完了と同時に【ビショップ級】とする。

そしてギルドが指定する依頼を受け、達成したら【ルーク級】に昇格する事となった。

お前はヴァイスヴォルフを狩ったが、本部の奴らは「偶々だ」とか「狩る前に既に瀕死の状態だったんだろう」なんて言ってな。そこで話し合った結果、お前の本当の実力を見るためにポーン級とルーク級の中間、ビショップ級でいくつか依頼をこなしてもらう事になったと言う訳だ。

登録完了時にポーン級ではなく、ビショップ級という所以外は通常と変わらないがな」


つまりは飛び級という事か。

1つだけの飛び級だが、チマチマと依頼をこなし級を上げるよりこっちの方がありがたい。

セシルが隣で「凄い......」と歓喜の声を上げていた。


「では、お前に関する報告はこれで終わりだ。お前は今日ギルド登録していくのだろう?

用紙を持ってくるから暫く待っていてくれ」


ミラはそう言うと立ち上がった。

するとセシルが遠慮がちに手を挙げながら


「あ、あの...... ミラ副支部長さん...... 私もギルド登録したいので、私の分の登録用紙のお願い出来ますか......?」


とおっかなびっくり言った。

その声には緊張以外に、多少の恐怖が混じっている様だった。

俺に対する少々高圧的な話し方と、キリッとした雰囲気でこちらを見つめるミラを、セシルは少し怖いと感じた様子だ。


「あぁ構わない。では2人分の用紙を持って来よう」


そう言い残しミラは応接室を後にした。


「はぁ...... 怖かったよぉ......」


ミラが部屋を出てから数秒後、セシルは涙声になりながら机にへたり込んだ。


「そうか?確かにちょっと雰囲気は怖いけど良い奴だぞ?」

「それはミカドの精神が図太いからだよ...... 」

「うるせぇ」

「でも確かに悪い人では無さそうだけどね」


今サラッとひどい事言われたぞ俺。

しかしあの凛々しい見た目と口調だと、ちょっと怖いと思うのも頷ける。


机にへたり込んだままのセシルに軽口で返す。 と、ドアをノックする音が聞こえた。

ノックし、入って来たのは2枚の紙を持ったミラと、ソフトボールを一回り大きくした位の麻袋を持った茶髪の受付嬢、アンナだった。


セシルはノックの音が聞こえたと同時にビクッと体を震わせて、借りてきた猫の様にピンと背筋を伸ばしソファーに座り直していた。


ミラは先程座っていた椅子に座り直し、アンナは後ろに控える様に立って俺達を見つめた。


「登録用紙を持って来たぞ。この紙に名前や年齢、今住んでいる国又は地域、ギルドに登録しようと思った理由を記入してくれ」

「あ〜...... すまん、セシル頼む」


ミラはそう言いながら、机の上に置いてあった筆ペンとインクを俺達の方に差し出す。


やはり字を書く場面が出てきた。

俺は何とか自分の名前だけは書ける様になったので名前だけ書き、後は全てセシルに丸投げした。


「ひ、ひゃい!」


その任せた相手、セシルは緊張の余り呂律が回っていなかったが、何とか字は書けるだろう...... 書けるよな?


しかし不安はほぼ的中し、プルプルと手を震わせるセシルは、何とか自分の用紙に住んでいる地域とギルドに登録しようと思った理由を5分近く費やしてやっとこさ書き終えた。


......ダメだ。可哀想で見てられない。


「セシル、ちょっと筆ペン貸してくれ」

「ふぇ?」


セシルから筆ペンを半ば奪い取る様に受け取った俺は、住んでいる地域の所をセシルの用紙を見ながら写した。


問題は次の登録しようと思った理由の所だ。


考えても仕方ねぇか......


俺はある1文を認め、セシルの用紙と一緒にミラに手渡した。


「ん......?これは何と書いているのだ?」


セシルの方の用紙に目を通し終わったミラが、俺の用紙に目を通し首をかしげる。

セシルの方は大丈夫みたいだな。


「その字は俺の居た地域の文字だ。書いてある意味をそのまま読むと......

『悲しむ人を助ける為。魔獣から人を守る為。』

これが俺がギルドに登録しようと思った理由だ」

「なるほど...... では問題は無いな。セシル・イェーガーと、ミカド・サイオンジ。2人のギルド組員登録を正式に受理しよう」


ミラは愉快そうに笑うと、胸ポケットから判子を取り出し、俺達の用紙に押し付けた。


こうして俺、西園寺 帝とセシル・イェーガーは無事ギルド登録を終え、ギルド組員になったのだった。

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