第24話 釈放
「失礼しますミラ副支部長。今し方、ダン・イェーガー様のご自宅に向かった職員と、ヴァイスヴォルフの亡骸が有ると思しき場所に向かった調査隊が帰還しました」
「そうか。ご苦労、報告してくれ」
「分かりました」
一言断って中に入ってきたのは、1時間程前に俺をこの牢屋の様な取調室に案内した茶髪の受付嬢さんだった。
小脇に抱えた数枚の紙は、調査結果をまとめた用紙だろう。
それにしても、もう調査が終わったのか? 早いな...... まだ調査隊が出発してから1時間程度しか経ってないはずだが......
俺と会話をしていた所為か、赤髪のポニーテールの女性ミラは、この茶色い受付嬢さんにも敬語を用いず、軽い感じで話しかける。このフランクな態度が彼女の素の様だ。
初対面の俺をいきなり盗賊扱いした事は未だに不愉快だが、ミラとしばらく質疑応答という名の雑談をしたおかげで、俺もミラと言う人物の事をそれなりに知る事が出来た。
ミラという女性は、自分の自論に従い行動しているようだ。
相手が疑わしいと思えばまず徹底的に疑い、後はその相手と言葉を交わして人となりを見極める。そこで自分の考えは間違いで、相手は信用に足る人物だと判断すれば、その後は一切疑わない。
ミラはそんな人物みたいだ。
少なくとも、この数時間で俺はそう感じた。些か傲慢な感じがしないでもないが、ミラは根が素直な人なのかもしれない。
「早いな...... まだ調査隊が出発してそんなに時間が経ってないだろ」
「ここはギルドの本部があるラルキア王国のお膝元だ。
仕事の出来ない者を此処に配属させる方が難しい...... それに調査隊には出来るだけ足の早い馬を与えている。
ここから始源の森に行く程度、造作もない」
「そうですか。ってかお前、俺には敬語で話さねぇのな」
「お前には仕事口調で話すより、自然体で話す方が話しやすい。これでも親しみを込めてるつもりだ光栄に思え」
「はいはい、そいつは光栄だ」
咲耶姫といい、ダンさんといい、このミラといい、俺に関わる奴はフランクな人が多い気がしてきた......
変に固苦しくされるよりは、こっちの方が気が楽だから別にいいが......
「ゴホン!」
受付嬢さんがワザとらしい咳払いをした。
聞くまでもないが、一応少し黙って報告を聞く事にしよう。
「改めて調査結果を報告させていただきます。
結論から言えば、全てこのミカド・サイオンジ様の証言通りでした。
拠点として使っていた丘の上には未だ撤去されてないテント等があり、ダン・イェーガー様を始め、ブラウンヴォルフ討伐依頼を受けた狩人4名のお墓もありました。
その...... 死者に対しての無礼を承知で、多少掘り返した所、遺体は丁寧に埋葬されていました。
お墓には木が添えられており、そこで眠る者の名が彫られていました」
小柄な受付嬢さんは、手に持った用紙をめくる。
「次にヴァイスヴォルフと戦闘したと記された場所には、ミカド様の証言通りヴァイスヴォルフと番の死骸がありました。
どちらの死骸にも矢傷、または鋭い刃物で出来た切り傷があり、戦闘の末死んだものと思われます。
最後に現在ミカド様が住まわれているダン・イェーガー様のお宅にお邪魔した所、家にいらした女性、ダン・イェーガー様のご令嬢、セシル・イェーガー様の証言も取れました。
以上の事から今回のブラウンヴォルフ討伐の際に起こった事は事件では無く、事故と断言出来ます。ミカド様、この度は大変失礼致しました」
背筋を伸ばし、手に持つ紙を捲りながら調査の報告をし終えた受付嬢さんは、俺の方を向き頭を下げる。その声には、俺をこの部屋に案内した時の様な不信感や警戒心は感じられず、心から謝っているのがハッキリとわかった。
「やはり私の勘違いだった様だな...... 改めて謝罪する。ミカド・サイオンジ。申し訳なかった」
ミラは立ち上がると、座っている俺に対し受付嬢さんと同じ様に頭を下げた。
上半身を90度近く倒した綺麗な最敬礼だった。
「おいおい、ギルド支部の副支部長様がそんな軽く頭を下げていいのか?」
盗賊扱いされた腹いせに、少し意地悪い事を言ってしまった。
俺としては謝ってもらったからもう気にしていないが、ちょっとくらいやり返したい気持ちもあったからだ。
「私はお前を疑った。だがそれは間違っていた...... 間違っていたなら謝るのは当然。それは国王もギルド副支部長も変わらない。違うか?」
「いや、違いねぇ」
呆気からんとした表情でそう言うミラを見て、俺はミラに対する見方が完全に変わった。
ミラは自分が間違った事をしたと思ったら、自分の立場も関係無く、謝る事の出来る誠実な人だった。
第一印象は最悪だったが、今はそんな感情は無くなっていた。むしろ好感を持ったくらいだ。
自らの過ちを素直に認め、更に頭を下げるのはそう簡単に出来ることではないと思う。
ただでさえ、この世界は数多くの国がそれぞれ軍を持ち睨み合っている、俗に言う群雄割拠な戦国の世界。
いくら平和条約があり、大規模な戦争が無いとは言え、少し前まで戦争に明け暮れていたこの世界では、プライドや名誉などの面子が尊ばれる筈だ。
位が高くなったり、栄誉ある職に就いている者はそう簡単に頭を下げない。いや、下げてはいけない。俺はそう考えていたが、ミラは違った。
そんな世界で生まれ育ったミラが、何処の馬の骨とも分からない俺の様な奴に頭を下げれるのは並大抵の事ではないだろう......
先程の言葉と行動は、俺がミラを心から信用出来ると判断するには充分だった。
「って言うか別に謝らなくても良いよ。誤解が解けただけで充分だ」
「ん......そう言ってもらえると助かる。それではブラウンヴォルフの討伐時の件はこれで終了だ。
さて...... 今回の一件が事件では無く事故となれば、この依頼の報酬はどうするべきか...... ミカド。お前ギルド組員登録は済ましていないんだよな?」
「あぁ。ブラウンヴォルフ討伐依頼が何事も無く終われば、今日ここで話を聞いてギルド組員登録しようかと思ってた所だったんでな...... まだ登録出来ていない」
「そうか。ギルドの級などの仕組みは知っているか?」
「あぁ、主な事はダンさんやセシルに聞いた。
登録すると【ポーン級】の依頼を受けられる様になるんだよな?」
「その通り。付け加えるなら依頼達成の報酬金を貰うには登録が必須だ。
だが...... 今回は少々ややこしくてな......
ブラウンヴォルフの討伐は【ポーン級】に出した依頼なんだが、お前が倒したヴァイスヴォルフとその番。
実はあいつらの討伐依頼も出ている。が......ヴァイスヴォルフ討伐依頼は【ルーク級】以上の者しか受けられないんだよ」
「そうなのか?でもポーン級のダンさんは前にヴァイスヴォルフと戦ったって言ってたぞ?」
「それは不可抗力的遭遇戦だな..... これはギルドの定めている規約の1つなのだが...... 詳しい説明はまた今度してやる。
話を戻すぞ?この級とは、知識も経験もない者が、いきなり自分の手に余る依頼を受けない様にする為の処置なのだが、お前は級以前にギルド登録をしていない。
我々から言えば、一般人がヴァイスヴォルフを討伐してしまった事になる...... 」
ボヤく様に呟いたミラは俺の目の前の椅子に座り、困ったと眉を下げた。
「それ位ヴァイスヴォルフは厄介な魔獣だったのか...... 」
「そうだ。しかもこの時期、ヴォルフ系は食料の確保が難しくなる冬に備えて大量の食料を食べる。
その為、この村周辺の動植物がヴォルフ系の魔獣に食べ荒らされる事案が多く発生していてな。
村の住人達には極力村の外への外出を控える様、外出禁止勧告まで出していたくらいだ」
「そんな命令まで出ていたのか」
「そうだ。話を戻すぞ。こんな事は前例がほぼ無いから、ギルド登録をするお前の級を従来の規約に沿って【ポーン級】にするか、ヴァイスヴォルフ討伐依頼を正式に受けられる【ルーク級】にするか...... 私の一存では決められないんだ。
本部の者やノースラントギルド支部長、私を交えて話し合わなければならない」
「なるほどね。つまり、その話し合いが終わるまで、俺はギルド登録が出来ないし報酬金も貰えないと?」
「そういう事だ」
ん〜...... つまり今日明日でのギルド組員登録と報奨金を貰うのは難しいって事か.....
出来れば今日中に登録と報奨金を貰って、カルロさん達の家族の元に向かいたかったが......
「その話し合いの結果が出るのはいつ頃になりそうなんだ?」
「早くとも2日以内に」
「分かった。なら2日後にまたここに来れば良いか?」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「了解。それじゃぁ今日はとりあえず帰っても大丈夫なんだよな?」
「うむ。それで問題ない。長々と時間を取らせてすまなかったな」
「いや、大丈夫だって。んじゃ今日は帰るとするよ」
俺はブラウンヴォルフやヴァイスヴォルフの牙が入った袋を、ミラの後ろで静かに控えていた受付嬢さんに渡す。
これらの牙はノースラント村ギルド支部が一時保管してくれるとの事なので、有難く保管してもらう事にした。
一時はどうなるかと思ったが、何事も無くて良かった......
牙を入れた袋を持った受付嬢さんが部屋を出る。
その後に俺とミラがそれに続く。
ずっと窓のない部屋にいたせいで気がつかなかったが、日は既に傾いていた。
赤い光がノースラント村ギルド支部がある城の中の廊下を照らす。
「ミカド。お前はここに来るのは初めてだったな?入り口まで送ってやろう」
「ん。悪りぃな。助かる」
俺はミラの一歩後ろをついて行く。
こうして改めてこいつを見ると思いの外小柄だった。
俺の肩くらいの身長しかない。
こんな小さな体で激務をこなしているのだろう...... 俺も負けていられないな。
「それにしても副支部長様のお見送りとは贅沢なもんだ」
「なに、お前とは長い付き合いになりそうだと思ったのでな。
若者の新たな旅立ちを見送るのも、また一興だよ」
達観した様な物言いのミラと、何気ない雑談を交わしながら城の中を歩いて行き程なくして城の出入り口に着く。
ほぼミラが話題を振り、俺が返答すると言うものだった。この雑談の間にカルロさん達が住んでいる場所を教えてもらったりした。
受付や依頼を張り出している掲示板の前には、日もだいぶ傾いたせいか人はあまり居なかった。
「道案内と見送りありがとな。それじゃまた2日後に」
「あぁ、2日後に」
別れの挨拶をして出入り口の扉を開く。
よし、今からカルロさん達の家族の元に行って彼らの事を伝えなければ......
カルロさん達の家の大まかな場所をメモした手帳を見て目線を上げると、入り口の近くに女性を中心とした人だかりが出来ている。
なんだ?と思いながらその人だかりを見ていると、その中心からワン!と言う聞き覚えのある鳴き声が響いた。
「あっ!?」
すっかり忘れていた。
この城に入る前に付いて来てしまったルディの子供を入り口近くの木にリードで固定していたんだ。
マズイ...... あいつはヴァイスヴォルフの子供......正体がバレると色々面倒だ。
すみません!すみません!
と人だかりをかき分けながら中心に行くと、案の定、人ごみの中心には白い毛玉が腹を見せながら撫でられたり、餌の干し肉を貰ったりしていた......
その姿からは、始源の森の頂点の遺伝子を継いでいるとは欠片も思えない......
ルディが今のお前を見たら悲しむだろうなぁ......
そんな白い毛玉は俺の姿を見ると、一目散に俺に走り寄ってきて飛びかかってきた。
俺は反射的に飛んできた毛玉をキャッチした。
よく見ると、此奴が居た周辺には皆んなが置いたと思われる干し肉等の山が出来ている。
マスコットとかそんな扱いか......
「あ、あの...... その子は君の子犬?」
「えぇ......そうですが......」
人だかりの中に居た女性がおずおずと話しかける。
なんか皆が皆俺の髪や目を見てくるのが分かる。だって皆、俺と目が合うか、目線が上に向いてるんだもん...... 超わかりやすい。
皆からしたら珍しいのだろうが、皆もうちょっとミラを見習ってほしい。
ミラは俺と初めて会った時一瞬だけ興味深そうな視線になったが、その一瞬以外は俺を好奇の目で見ることは無かった。
好奇の目に晒されるのは大変不愉快なので、俺は毛玉を繋いでいた木からそそくさとリードを外す。
「すみません。この後用があるので」
足早にその場を去る。
うん、好奇の目に晒されるのは良い気分はしないな......
小脇に毛玉を抱えた俺は、メモ帳に書いてあるカルロさん達の家に向かい早足で歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます