第23話 疑惑



「どう言う事ですか......」


予想よりやや悪い方向に向かい出した展開に、俺は目をパチクリさせながら赤髪ポニーテールの女性に声をかける。

ポニーテールの女性は、燃える様な赤い瞳をギラギラと光らせながら語り出した。


「先程も言いました通り、貴方には盗賊の疑いが掛けられています。

我々ギルドの考えでは、貴方はダン・イェーガー様達が討伐したブラウンヴォルフ、並びにヴァイスヴォルフの討伐依頼達成の証拠となる牙を奪い、ダン・イェーガー様達を口封じの為殺害したと考えております。

つきましては、この件の調査を私ミラ・アレティスが担当する事となりました」


赤髪ポニーテールの女性は淡々とした声色で話し続ける。

彼女の名前はミラ・アレティスという名前らしい。ミラの物言いは丁寧だが、俺を盗賊だと決め付けている感じが滲み出ていた。


それにしても大変不愉快だ。

俺がダンさんを殺した?

第三者から見たらそう思われても仕方ない状況なのは分かるが、不愉快だ。実に不愉快だ。


声を荒げて反論したい気持ちに駆られるがグッと堪える。ここで声を荒げて反論でもした日には、更に疑いの目が強くなるだろう。

俺は冷静になる様に集中した。


「貴女方ギルドからすれば、そのお言葉は最もです......

ですが俺にはダンさんを殺す理由がありません。 俺は遠くから旅をしていて、誤って始源の森に迷い込みルディ...... ヴァイスヴォルフに襲われ傷を負いました。

そんな俺を助けてくれたのがダンさんです。そんなダンさんを殺す訳がない。

むしろダンさんは今回のブラウンヴォルフ討伐の際、ヴァイスヴォルフの攻撃から俺を庇い亡くなったんです」

「では他の狩人の方々は?」

「カルロさんを始め、他の皆はそこの受付嬢さんにも話した通り、行方不明になったカルロさんを探しに行った際、ヴァイスヴォルフにより殺されました。

そこに私とダンさんが駆けつけたんです。俺達が駆けつけた時には、既に皆は亡くなっていました......」


俺は怒りを堪えながら、淡々と答え続ける。

冷静になろうと集中しても、ここまで怒りを感じるのは俺がダンさんを殺したと思われてるからだろうか......


「俺は今回、依頼の拠点として使った丘の頂上にダンさん達のお墓を作りました。

私が盗賊なら、その様な事をするでしょうか?

普通の盗賊なら、目当ての物を奪ったらすぐ立ち去ると思います。それに俺はこの後、亡くなったカルロさん達の家族の元へ行き、彼等の最後を伝えに行くつもりです。繰り返しますが、俺が盗賊ならその様な事をするでしょうか?」


ダメだ。

冷静になろうとしても冷静になれなかった。


どんどん言葉には怒りが含まれ、最後には声が怒りで震えてしまった。


俺は声を震わせながら、カルロさん達の遺品が入れられている小袋を取り出し、机の上に置いた。 その小袋の中にはカルロさん達が持っていた名前が彫られたナイフや、結婚指輪と思しき物が入っている。


俺の言葉に気圧されたのか、ミラと受付嬢さんの顔が僅かに強張る。


「...... では、その拠点とした丘の場所やヴァイスヴォルフを討伐した場所、今貴方が住んでいる場所をこちらの地図に記入してください。

これよりギルドの調査隊を派遣し、調べてまいりますので」


ミラは後ろに控えている受付嬢さんから1枚の紙を受け取ると机の上に広げた。

2m四方の大きめの机に広がったそれは、ノースラント村を中心にしたこの近辺の地図だった。

始源の森も描き込まれてあり、俺がルディと初めて遭遇した池もしっかり描かれている。


俺はミラから差し出された筆ペンを受け取ると、地図に描かれていた拠点とした丘やルディ達と戦った大まかな場所、ダンさんの家の部分を丸で囲った。


「ここが、拠点とした丘でこの頂上にダンさん達のお墓があります。

ここがヴァイスヴォルフと戦った大まかな場所...... 昨日のままの状態なら、2匹のヴァイスヴォルフの亡骸があるはずです。

最後にここが、今住まわせて貰っているダンさんの家の場所です。

ここにはダンさんの娘のセシル・イェーガーが居るので、俺の事などを聞いてくだされば俺の言っている事が嘘では無いと分かる筈です」


丸で囲った部分に指を差し、何とか心を静めた俺は口早に説明する。

受付嬢さんが俺の言った事を聞き逃さない様、素早くメモを取っていた。


「わかりました。ではこれよりギルドの調査隊を現地に派遣し調査を行います。少々お待ち頂けますか」


先程、この部屋に案内した時の受付嬢さんの様に、ミラは俺に拒否権はないと無言の圧力を向ける。

この何も無い部屋で俺は待つしか無い様だ。


「えぇ......」


ぶっきらぼうにそう返した俺は、調査隊が戻ってくるまでレベルアップした際に召喚したい物でも考えて時間を潰そうと考えた。

なにぶん召喚したい物は沢山ある。


いい暇つぶしになるはずだ。


ミラは後ろに控えている受付嬢さんの耳元で何かを話していた。ミラの話を聞き終えた受付嬢さんは頭を下げて部屋から出て行いく。


はぁ...... 別に逃げたりするつもりは無いから、せめて後ろの警備員さん達を下がらせて欲しい。


ずっと睨まれているのは精神的によろしくない。


それにしてもこのミラとか言う女は苦手だ。まず第一印象が最悪だ。


人をいきなり盗賊扱いは流石に頭にくる。ダンさん達を殺したと疑われた時、我ながら良くキレなかったと自分を褒めてやりたいね。

このミラは警備員さん達以上に、精神的によろしくない。出来れば受付嬢さんと一緒に出て行って欲しかった。


そんな事を考えながら椅子の背もたれに寄りかかっていると、不意にミラが俺に話しかけてきた。


「そう言えばお前、旅をしているんだったな」


なんか話しかけてきたぞ此奴......

それに初対面の俺に向かってお前って......

少し前まで、それなりに丁寧な言葉遣いだったのに、何でいきなりタメ口になってんだよ。


「そうですが、それがどうかしたんですか」

「お前の事を知る為の質疑応答だ。それと私の個人的な暇潰し。おい、お前達下がって良いぞ」


ミラは、俺の後ろで直立不動で睨みつけて、警備員さん達に出て行けと指示する。警備員さん達は驚いた表情を浮かべるも、黙ってその指示に従った。抗議するかと思ったが意外だった。


警備員さん達の大人しい態度から察するに、ミラはここで高い役職に着いている可能性があるな......


この警備員さん達、人を睨みつける以外の表情も出来たんだな。

それより質疑応答するとかまともな事言っておいて、最後の最後に暇潰しって......


「改めて、私はこのノースラント村ギルド支部の副支部長のミラ・アレティスだ。

後ろから睨まれていたら言いにくい事もあるだろう?これは個人的な暇潰しも兼ねている...... お前もフランクに話せ。堅っ苦しいのは苦手だ」


警備員を下げたのは俺への気遣いだった様だ。ありがたいこった。


それにしても、此奴はここの副支部長だったのか......警備員達が逆らわない訳だ。

見た限りでは、それなりの規模の支部のナンバー2みたいだから、俗に言うエリート様って事になるのか。

俺とほぼ同い年くらいだろうに、スゲェもんだ。


堅苦しいのは苦手という事は、さっきまでの口調は一応仕事だからそれなりに丁寧な話し方だったのだろう。


「そいつはありがたい。俺も相手にもよるが、堅っ苦しいのは苦手なんでね。

さっきの質問に対する答えはその通りだ。俺はここから遠く離れた所からここに来た。そのおかげで、この国の文字とか書けねぇし、地名とかも知らん。

ここの村の名前もセシル・イェーガーに教えてもらうまで知らなかった」


正直此奴の話に付き合うのは面倒臭いので、半ば投げやりに答える。


「なるほど、余程遠くから来た様だな。人間大陸共通の文字も書けないとなると、他の大陸から来たのか?

だが、黒髪黒目以外は普通の人間だな......

亜人大陸に住む者の様に小柄ではないし、妖精大陸に住む者の様に尖った耳や羽があるわけでもない...... 獣耳や龍の翼も持たない所を見ると、獣人大陸から来た訳でもなさそうだ...... お前はどこの大陸の出身だ?」


だいぶズケズケと踏み込んでくるな此奴.....


そう言えばダンさんがこの世界に黒髪、黒目を両方持つ人は居ないって言ってたな......

だからノースラント村の人たちが俺をジロジロ見てたのか......


それに文字は人間大陸共通という情報はありがたい。

国ごとで文字が違ったら、其々覚える手間が掛かる...... そんなものをいちいち覚えるのは面倒臭い。

まぁ、どっちにしろ、文字が読めたり書けたりしないのは不便だから、早めに覚えなければ......


「その質問にはノーコメントだ。色々訳ありでね」

「ほう?出身大陸を言えないと?」

「あぁそうだ。でも旅をしている目的なら教えられる」

「ふむ、ならば聞くが、お前は何故旅をしている?」

「生きる為。生きて元居た所に戻る為だ」


俺の言葉を聞いたミラは目を見開いた。


そりゃそうだ、俺の言ってる事と行動が矛盾している。

俺だって同じ事を言われたら『なに言ってんだこいつ?』って顔もしたくなる。


もしくは医者を紹介されるだろうな。


なに言ってんだコイツ...... みたいな表情をしていたミラは直ぐに黙り込み、考え込む様に自分の顎に手を置いて真っ直ぐな目で俺を見据える。髪色と同じ赤い瞳が俺を捉える。


無言の時間が続き......


「お前は中々面白い男の様だ。それにお前が嘘を言っている感じも無い...... ヴラウンヴォルフ討伐の件も嘘では無い様だな」

「へぇ、まだ調査隊の結果が出てないのに俺の言う事を信じるのか?」

「これでも話した相手の人となりを見る目はあるつもりだ。

それに自論だが、自らの疑いが晴れたのに自分からそれを蒸し返す様な言動をする奴は、そのまま何も言わずに謙ったり、声を荒げて自分が正しかったと言う奴より信用できる。と思っているんでな」


ミラの話を聞く限り、ミラはミラなりの考えのもと行動している様だ。

少し前まで俺を盗賊だと疑ってた癖に良く言うぜ......


それ以降ミラの纏う雰囲気が幾らか柔らかくなった気がする。


その後もミラは幾つか俺に質問をしてきた。

その質問は俺が住んでいた地域はみんな俺の様に黒髪黒目なのか? とか、名前の由来などとりとめの無い質問だった。


俺が旅をしている理由など踏み込んだ事を聞いたりしなかったのは、ミラなりの気遣いだろうか。


そんな雑談の様な質疑応答をしていると、コンコンと部屋のドアをノックする音とが響いた。


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