第19話 約束




スペツナズ・ナイフの刃を、深々と突き刺された白狼は目の光を失っていく。俺は白狼が倒れる直前に、足の拘束が緩んだ隙を逃さず、転がる様に脱出した。


ドサッ!


白狼の体が大地に寝そべる様に倒れこむ、直前まで身体能力強化のスキルでスローモーションに見えていた動きが徐々に通常に戻る。


この身体能力強化スキルには時間制限があるのか、はたまた戦闘が終わるまで継続されるのか...... これは後々よく調べる必要がありそうだ。


「うっ......」


俺は胸を圧迫されていた事で未だに呼吸が苦しかったが、這う様にして血を流し倒れるダンさんに歩み寄る。


「ダンさん...... ダンさん......!」


ダンさんの体を起こし近くの木にもたれかからせると、俺はダンさんを揺すりながら何度も呼びかけた。

俺は持っていた包帯で止血を試みるが、血が止まらない......


「ダンさん!」


涙声になりながら呼びかけていると、ダンさんがゆっくりと目を見開いた。


「アンちゃん...... 」

「ダンさん!待っててください!今治しますから!」


ダンさんはこの世界に転生した俺が最初に親しくなった人だ。

血の繋がりの無い俺を、まるで本当の息子の様に扱ってくれた...... 僅か数週間の付き合いだが、俺はダンさんの人となりを知っていた。そんな優しいダンさんを死なせなくない。


だが、治すと言っても俺は元居た世界ではいたって普通の大学生だ。

医学の知識はほぼ無い。

俺は、白狼に切り裂かれ血が止めど無く溢れる胸に包帯を何重にも巻き、止血する事しか出来なかった。


だが、手持ちの包帯を全て使い切っても、血は止まることはなかった。


「ちくしょう!止まれ!止まれよ!」


俺は涙を堪えきれなかった。

包帯で巻かれた体からこれ以上血が出ない様に、両手で傷口を思いっきり押さえつける。

俺の手がダンさんの血で真っ赤に染まっていく。


「アンちゃん...... もう良い......」


ダンさんの顔は青白くなっていた。

口元には優しい笑みを浮かべるも、その目に力は無く、全てを悟った様な弱々しい目が俺を捉えて離さない。


「なぁ...... 最後の頼みを聞いてくれるか?」

「最後だなんて言わないでください!助けます!絶対に助けますから!」


涙をボロボロと流し、血で真っ赤に染まったダンさんを背負う。

丘の上に作った拠点に、傷薬や止血剤を僅かだが、仲間の狩人さんが持って来ていたのを思い出したからだ。


彼処に行けば、何とかなるかも知れない!


「アンちゃん...... 頼む。聞いてくれ」

「っ...... わ、分かりました...... 」

「アンちゃん...... これはセシル本人も知らない話なんだが...... セシルは...... 俺の本当の娘じゃないんだ...... セシルは赤ん坊の頃にこの森に捨てられていた...... それを俺が見つけて世話してきたんだ...... 」

「なっ!」


俺の背中でダンさんが呟く。

セシルとダンさんが本当の親子では無い......

あれほど仲の良い2人に血の繋がりが無いなんて、信じられなかった。

だから俺はダンさんの言葉に耳を傾けながらも足を進める。

一字一句聞き逃さない様に、全神経を集中させて。


少しでもダンさんを早く拠点に連れていける様にと、身体能力強化のスキルを使おうとしたが、何故か使えなかった。


脳裏をよぎる最悪の事態に狼狽え、歩き続けるしかない俺に、ダンさんは話し続ける。

今言わないと、もう言う機会が無いかの様に......


「俺が居なくなったら、セシルは独りぼっちになっちまう......

旅人のアンちゃんにこんな事を頼むのは虫が良い話だってわかってる...... でもお願いだ......セシルを...... 俺の娘を代わりに守ってやってくれ...... 頼む...... 」

「はい...... だから...... だから今は安心して休んでください......」

「ありがとな...... アンちゃん」


俺は歯を食いしばり、これ以上涙が溢れない様に呟いた。

小鳥たちの囀りが木霊する森の中で、か細いダンさんのお礼の言葉が俺にはハッキリと聞こえた。


拠点がある丘の麓まで着くと、ダンさんはそれ以降言葉を発することはなかった。


「ダンさん...... 着きましたよ...... 待っててください直ぐに治療を......」


拠点に着いた俺は、ダンさんをテントの中にダンさんを寝かせた。

ダンさんは晴れやかな笑みを浮かべて眠っている。まるで楽しい夢を見ている子供のような寝顔だった。


「......ダンさん?ダンさん!」


大きな声で何度もダンさんの名前を呼び、体を揺さぶる。

だが、目を覚まさない。

堪えていた涙がまた溢れてきた。


「ダンさん......!ダンさん!ダンさん!!」


心の何処かでは分かっていた。

でも俺は認めたくなかった。


この世界で初めて出会った人の死を。

この世界で初めて経験する親しい人の死を。

僅かな間だったが、父親の様に俺を可愛がってくれたダンさんの死を。


いったいどれ程の時間ダンさんの名前を呼び続けていたのだろう。

気がつけば太陽は沈みかけ.真っ赤な光が森を包み込んでいた。

俺は認めるしかなかった......


「うわぁぁぁあああああ!!!!!」


これまで自分でも聞いたことの無い様な叫び声が出た。

それは、自分はこれ程までに悲痛な声で叫べるのかと思う程、悲しみに染まった咆哮だった。


そして辺りが完全に闇に包まれた。


不気味な鳴き声が聞こえる森の中、俺は拠点があった丘の頂上に、ここで死んでいった勇敢な狩人達を埋葬する穴を掘った。


手の爪が半ば剥がれかけた頃、4人の遺体を埋葬する為の穴が完成した。

俺はそこにダンさんと、ルディに勇敢に戦い散っていったカルロさんを初めとする狩人仲間の皆を丁寧に埋葬した。


カルロさん達にも家族が居るだろう......


だから婚約指輪と思しき物や、形見となりそうな名前が刻印されたナイフなどを預かった。

後日ギルドにこの事を報告して、カルロさん達の住んでいる所を教えてもらい、その家族の皆にこの事を伝えなければならない。


それが生き残った俺の務めだ......


俺は4人の狩人が眠る墓に木を立て、幹の部分にここに眠る者達の名前を刻み込んだ。


【白狼と闘った勇敢な狩人 ダン・イェーガーここに眠る】


4人の勇者の名前を刻み終えると、俺は4つの墓に向かって頭を下げた。


「ダンさん...... 短い間でしたがお世話になりました......セシルの事は俺に任せてゆっくり休んでください......。カルロさん...... 皆も、お世話になりました......」



涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で最後の別れを交わす。


「勇敢な狩人達に!」


頭を上げた俺は、靴を鳴らしながら気を付けをし、この地で果てた勇者達に敬礼をした。


長い敬礼。俺はダンさんや仲間の狩人さん達の顔を脳裏に刻み込んだ。

そして俺は歩き出す。

ダンさんとの約束を果たす為に。


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