第12話 セシル・イェーガー




俺は夢を見ていた。

小さな頃の俺が、着物を着た女の子と一緒に遊んでいる夢だ。

だが可笑しい。何故か女の子の口から上は靄の様なものがかかっていて、顔が分からないのだ。


そんな靄のかかった女の子と俺は、2人でお手玉をしたり、花で首飾りを作ったりと、たわいも無い遊びをして笑っていた。


「・・・・・」


女の子の口が動き、何か喋っていたがその言葉は俺には聞こえない。まるで機械の様に、女の子の口が規則的に動く。だが暫くすると、徐々にだが女の子の言っている言葉が聞き取れる様になってきた。


「・・・・・ぬか」

「おい・・・・・起きぬか」

「おい帝よ。起きぬか」


ハッキリとそう聞こえると、俺は夢の世界から目を覚ました。


「何だ今の夢‥‥‥ それに此処は‥‥‥」


夢から目覚めた俺は、何故この様な状況になったのかを思い出そうとボヤける頭を働かせた。


そうだ‥‥‥ 俺は池の畔で白い毛をしたサーベルタイガーの様な狼、【ヴァイスヴォルフ】に吹き飛ばされてたんだ‥‥‥


意識が途切れる前までの出来事を思い出し、俺は周囲を観察した。

今俺が居るのはまるでコテージを連想させる木で作られた部屋だった。俺はその部屋に置かれたベットに寝かされていたらしい。


ベットの横にある窓から差し込む太陽の陽が俺を包み込む。


暖かい‥‥‥ この部屋は年季が入っているが、よく手入れされていた。まるで爺ちゃんの屋敷にいるみたいに感じる。


ベットも木で出来ているが上に敷かれてある布団の質が良いのか、ゴツゴツした感触はなくフワフワしていて寝心地が良い。


「おぉ、帝よ。やっとお目覚めかえ? 長い昼寝じゃったな。」


何時までもこの温もりに包まれていたい。と、感じている俺に咲耶姫は話しかけてきた。 まだハッキリとしない意識の中、頭に貧乳神様さくやひめの声が響く。


ズボンのポケットに入れていた馗護袋きごのぶくろが赤く光っていたから、これを介して俺に話しかけているようだ。


テッテレー

俺は馗護袋が赤く光ると、咲耶姫と会話が出来るという事を学んだ。


「うっせぇ貧乳。寝たくて寝てた訳じゃねぇよ‥‥‥」

「おい、次胸の事を言ったら永眠する呪いをかけてやるぞ?」

「おぉ怖い怖い‥‥‥ 以後気をつけますわ」


白狼ヴァイスヴォルフとの出来事を思い出し、アドレナリンが俺の身体を駆け抜ける。


ふふふ‥‥‥ 白狼ヴァィスヴォルフと戦った俺には咲耶姫なんてただの生意気な幼女にしか感じない。

何を言われても全然怖かないね。


あれが戦いと呼べるものなのかはこの際置いておこう。


「って言うか、お前さ。俺が窮地に陥ったら助けてくれるって前に言ってなかったか? なんであん時助けてくれなかったんだよ」

「ふん! あの程度の事を切り抜けられぬ様では、この先ずっとわらわの助けが必要になるぞ?

それにお主を助けるとなると、わらわも霊力を使うのでな‥‥‥ 無駄な霊力の消費は極力避けたい」


貧乳と言われて腹が立ったのか、不貞腐れた様に咲耶姫は言った。 俺からしたら結構なピンチだと思ったのに、それをこの幼女は「あの程度」とぬかしやがった。


この世界どんだけ危険なんだよ‥‥‥


安全に、そして安心して生活出来た【元居た世界】との違いを改めて痛感した。


そりゃそうか。

【元居た世界】で森の中を歩いても野生動物に襲われるなんて稀だ。 下手したら全国ニュースになる。


だが、あの森には動物の骨に混じって人間の頭蓋骨がいくつか混じっていた。 そして咲耶姫の口ぶりからして、この世界ではこれが極々当たり前の事らしい。 実際、この世界に来てから数時間で襲われたし‥‥‥


野生動物に襲われる度咲耶姫に助けを求めていたらそれこそ1人では生きていけないし、何より男としての沽券に関わる。


「あぁそうかい。わかったよ。ならお前の力を借りなくても、余裕であの白狼ヴァィスヴォルフに勝てるくらいの力を付けてやる!」


志を新たに、俺は声を張り上げた。


コンコンコン


自分を鼓舞している丁度その時、部屋にドアをノックする音が響いた。


「この家の者が来た様じゃな。では通話を終えるぞ。

今のお主を見られれば、頭をあの獣にやられ、お守りに話しかけている危ない奴と思われそうじゃ」


そう言うや否や、馗護袋から発せられる赤い光が消えた。 やはり馗護袋が赤く光ると咲耶姫と会話が出来るのは間違いないみたいだ。


っていうか‥‥‥あいつは何の為に通話してきたんだ? 極力この世界への干渉は避けたいとか言っておきながら、話した内容はあいつの胸の事と世間話レベルの事だ。


わからん。


「はい」


考えても仕方ないので俺はお守りをポケットに入れ、ノックをした相手に俺が目を覚ましている事を伝えた。


一呼吸置いてドアが開くと、そこには赤茶色の髪を短く切り揃え、筋骨隆々で腕に大きな傷跡を持つダンディーな男が立っていた。


首には動物の牙か骨で作ったネックレスを下げていて、それがキラリと太陽の光を反射させる。


「よぉアンちゃん。目が覚めたみたいだな」


俺の事を馴れ馴れしく、『アンちゃん』と呼んだ男は、ダンディーな顔付きからは想像出来ない親しみやすい笑みを浮かべ、俺の側に歩いてきた。


「あ、はい。お陰様で‥‥‥ ここは貴方の家ですか?」

「おう。アンちゃんが倒れてるってセシルに言われてな。すっ飛んでったら、血塗れのアンちゃんが倒れてて、んで俺の家で手当てしたって訳だ」

「そうでしたか‥‥‥ すみません。お陰で助かりました」

「がははっ! なぁに気にすんな。困った時はお互い様ってな」


豪快に笑う男は掌を差し出してきた。


「挨拶が遅れたな! 俺の名前はダン。ダン・イェーガーだ。この【始原の森】で狩人をやってる。よろしくなアンちゃん!」

「俺はみかど‥‥‥ 西園寺帝さいおんじみかどと言います。ダンさん改めてありがとうございました」


差し出させた分厚い掌を握り、握手を交わす。このダンさんは見かけによらず親しみやすいし、優しい性格のようだ。


ダンディーなおとこダンさん。うん、覚えやすいし良い名前だ。


「ミカド‥‥‥ か。不思議な響きの名前だな。にしても、スゲェなアンちゃん! あの【ルディ】に挑むなんてよ!」

「【ルディ】? あの隻眼の狼の事ですか?」

「おう! あいつはここいら一帯にいる生き物の頂点なんだ。ルディに挑む命知らずが俺以外にいるとはな!」


ここで俺は疑問に思った。


あの白狼と会った時、白狼の頭の上には【ヴァイスヴォルフ】と現れた。俺はそれが名前だと思ったのだが、ダンさんは【ルディ】と言う。

何故だ?


「すみません。実は俺、旅をしていてこの辺りの事をよく知らないんです。

確か‥‥‥ 前に見た事のある資料には、自分と会った白い狼はヴァイスヴォルフと記されてたと思うのですが」


ここで俺はちょっぴり嘘をついてしまった。


色々な情報を聞いても不審に思われない様、自分は世間知らずの旅人であるという事にしたのだ。


この世界に転生したばかりで、この世界の知識が全く無い俺でも、遠くから旅をしてこの地に来た旅人だという事にしておけば、怪しまれずに済む筈だ。


まぁ、前に見た資料ってのは、ヴァイスヴォルフの上に出た名前の事なんだけど‥‥‥


「そうなのか? だから聞き馴染めねぇ名前なんだな。見た目も見たことねぇ感じだし‥‥‥ それより若けぇのに立派だな! アンちゃん!

確かにアンちゃんが会った白い狼は正式にはヴァイスヴォルフって呼ばれてるが、俺や仲間の狩人達は彼奴の事を敬意を持って、ルディって呼んでるんだ。

ルディってのは、名高い狼って意味や、栄光の狼って意味があるんだ」

「もしかして、その腕の傷はそのルディに?」


先程、この男が「ルディに挑む命知らずが俺以外にいるとはな」と言っていたで、興味本位で聞いてみた。


「あぁそうだ! ルディの左目に傷があったろ? この傷はルディの左目を攻撃した時に出来たんだ。まぁ相打ちって所だな!」


ガッハッハ! と、また大笑いしながら、腕にある大きな傷跡を見せてくるこの男改めダンさんは案の定あの白狼、ルディに戦いを挑んだ事があるみたいだ。


ダンさんにとってこの傷は栄誉の傷という事か。


「でも聞いたぜアンちゃん。セシルが襲われそうになったんで、身を挺して守ってくれたって」

「そのセシルと言うのは‥‥‥ 」


これまで何回か出た【セシル】という人物? の事を聞いた。


「アンちゃんがルディに襲われる前に見た女の子の事さ。俺の娘だよ」

「成る程‥‥‥ あ! 彼女は無事ですか!?」


すっかり記憶から抜け落ちてしまっていたが、俺が意識を失った後、彼女が白狼ルディに襲われて無いか心配になった。


あんな大事な場面で意識を失うなんて‥‥‥ 不覚だ。


「あぁ。特に怪我はなかったぞ。俺が池に着いた時、既にルディは居なかったしな。

アンちゃんの攻撃で手傷を負ったから、ルディはアンちゃんとセシルに止めを刺さずに逃げたんだろう」


しかし、どうやらセシルと言う女の子は無事な様だ。

俺にとっては威力が足りないと感じた中脇差での一撃は、ルディにそれなりの傷を負わせられていたみたいだ。

もし傷が浅く、ルディが空腹だったら俺は今頃ヤツの腹の中だったかも知れない‥‥‥


幾つかの幸運が重なった事を神に感謝した。 咲耶姫も一応神だが、今回何もしなかったから感謝しない。

俺が感謝したのは、この世界の神様にだ。


「良かった‥‥‥ 」


俺は安堵の息を漏らす。


「アンちゃんをここに運んでからも、セシルがほぼ付きっ切りで看病してたぞ」


ダンさんがそう言いながら肘で俺を小突いてきた‥‥‥ 小突かれる意味が分からん。


あと一応俺は怪我人です。やめて下さい。


ふと俺は腕や胸に包帯が巻かれているのに気づいた。 そのセシルがルディにやられ出来ただろう傷を治す為に治療してくれたのだろう。


「今セシルはアンちゃんが倒れてた池に水を汲みに行ってる‥‥‥ 直ぐ帰ってくるさ」

「彼女1人で? 危険では?」

「今は大丈夫だろう。アンちゃんがルディに傷を負わせたおかげで、あの池の周囲はルディの血の臭いが染み付いた。そんな所に行くアホな動物はいねぇよ」

「ルディが再び戻ってくる可能性は?」

「断言は出来ないが‥‥‥ 戻ってくる可能性は低い。理由はさっきも言った通り、アンちゃんがルディに傷を負わせたからだ。

野生動物が傷を負った場所に戻ってくる事はほぼ無いんだよ。少なくとも傷が癒えるまでははな。

だが ルディの傷が癒えたら戻ってくる可能性もある‥‥‥ ルディはプライドが高いからな。受けた屈辱を返しに来るかも知れん」


ダンさんの言葉は続く。


「今まであの池にルディが来ることは無かったんだ。あいつの住処は更に森の奥の方にあるからなんだが‥‥‥

でも、ここ数ヶ月に1回位の割合でルディはあの池に来るようになった。

でも、さっき言った様にルディは手傷を負った。少なくとも1ヶ月は戻って来ねぇだろう。

何時もは俺が池まで水を汲みに行ってるんだが、あの時は狩人仲間たちと狩りに行かなきゃならなくてな‥‥‥ その準備をしてたから、俺の代わりにセシルに水汲みを頼んだんだ。まさかあんな事になるなんて‥‥‥ あの時アンちゃんが居てくれて本当に良かった」


ダンさんは微かに目に涙を溜めながら言った。ダンさんはセシルの事を本当に大事にしているんだと、ハッキリ感じる事が出来た。


屈強な大男は、目に溜まった涙を掌でガシガシと拭う。


「そろそろセシルが帰ってくる頃だな」

「ただいま! お父さん、あの人起きた?」


タイミングが良い事に、ダンさんが言葉を言い終えると同時に玄関が開く音がすると、元気な女の子の声が聞こえた。


この声の主がセシルだろう。


「あぁ、今さっき起きたぞ」

「本当!?」


部屋の外でドタバタと物音がする。

そして俺がいる部屋のドアが開かれた。


「良かった‥‥‥ 目を覚ましてくれて‥‥‥」


其処には、俺の姿を見るなり涙目になっている金髪の女の子が立っていた。


これが後に俺の相棒、頼れる仲間として一緒に戦う戦士。セシル・イェーガーとの出会いだった。


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