第7話 加護



「そうか‥‥‥ まぁ選択の余地は無いがのぅ‥‥‥」


俺の言葉を聞いた咲耶姫は皮肉そうな言葉とは裏腹に優しく‥‥‥ そして悲しそうに微笑んだ。それはまるで俺を慈しむかの様な、そんな儚い笑顔だった。


「さて、ならば【別の世界】に転移するお主の為に、わらわの加護を授けてやろう」

「加護?」


小さく咳払いをした咲耶姫は、声を僅かに上げ俺を見つめる。

その咲耶姫から出た言葉を聞き、また鸚鵡返しをしてしまった。


加護ってあれか? 神様が授けてくれる力みたいな‥‥‥


「お主の考えている事で間違いないぞ」


モソモソと、いつの間にか煎餅を頬張っていた咲耶姫は言う。


ふむ‥‥‥ 前から感じてたが、こいつ読心術も使えるのか‥‥‥?


「まぁそう捉えて問題なかろう。 先に説明した様に、お主の霊力とわらわの霊力が交わり、【この空間】は不安定になっておる。

じゃがそれと同時に、わらわ達の霊力が共鳴し合い、お主のある程度の思考が読み取れるようになった。 恐らく霊力が共鳴した為に発生した副産物的なものじゃな」

「さいですか」


それほぼ読心術じゃねぇか。


これから幼女とか、貧乳とか考えない様にしておこう。


「お主、次また後者の事を考えたり言葉にしたら細胞1つ残さず消すぞ?」


バギィ、と咲耶姫が持った煎餅が無残に砕け散る。丸かった煎餅が粉と化した。

煎餅南無三。

と言うか、幼女は良いのか‥‥‥ 基準が分からん。


「話を戻すぞ‥‥‥ このままお主を【別の世界】に転移させても、所詮お主はなんの能力も無く、多少霊力と心身が強いだけのただの人間じゃ。

このまま加護を授けずに転移させれば、転移直後に賊に殺されるか‥‥‥ 運良く生き残っても、貧民街の片隅で浮浪者の様に生きている姿は容易に想像出来る。

このまま加護を与えず、お主が生き残れるかを酒の肴に傍観するのも一興じゃが、それではわらわの目覚めが悪い。

なにより! わらわは慈悲深く美しい女神じゃ。そんなわらわが、お主が簡単に死なぬ程度の加護を付けてやろう。どうじゃ! わらわの溢れんばかりのこの慈悲の精神! 感涙ものじゃろう?」


なんかこいつ段々態度がデカくなってきてねぇか? 幼女の癖に。

俺は重要そうな単語以外極力聞き流しつつ、咲耶姫に質問した。


「なぁ、加護って言ってもどんな感じなんだ? 小説とかでは見た事あるけど、いまいちイメージしにくい」

「‥‥‥加護と一言で言っても色々有っての。 まず代表的な物は、【眠っている力を目覚めさせる】や【超人的な身体能力を手に入れる】、【霊力を高める】、【魔法が使えるようになる】等じゃが、これは加護を受ける人間の生まれ持った資質で効果が大きく異なるのじゃよ。

ましてや、お主に眠っている力なぞ有りそうに無いし、身体能力も元からそこそこ有りそうじゃ。

それに【この空間】に来れる時点で、そこらの人間より霊力は高い。 魔法は転移した世界の理に習い、霊力を媒介すれば使えるやも知れん。確証は無いがの。まぁ、これらの加護はわらわの霊力を余り使わんから、わらわとしては楽なのじゃがな」

「じゃぁ加護なんて意味無いんじゃねぇの?」

「人の話は最後まで聞かぬか! 親に教わらんかったのか?」

「うっす」


悔しいがこの幼女の言う事は最もだ。

暫く黙って聞いていよう。


「ふぅ‥‥‥ 先程言った加護は【その人間に眠っている能力を解放する、又は高める物】じゃが、これらの他にも、お主の要望に沿った加護を与える事も出来る」


ん〜、小難しい話ばっかり聞いていたせいか疲れた。俺の炬燵に入って休ませてもらおう。


「例を挙げれば、お主が【1万の敵を瞬殺する攻撃が放てる加護をくれ】と、言えば与えられぬ訳ではない。

じゃが、こう言った加護は、わらわの霊力に頼る場面が多くての。幾つかの注意点が発生する」


説明しながら咲耶姫は、先程粉々に粉砕した煎餅とは別の煎餅を手に取りバリバリと食べ始める。


これ俺が食っても大丈夫なのかな?


とりあえず混乱している頭を落ち着かせる為に一服だ。


「ふぅーん、簡単に言えば、俺の望む加護を授けてくれるって事か?」


俺も炬燵の上に置かれている煎餅を手に取り口に入れる。


バリッ


あ、うめぇ。さすが神様が食べてる煎餅。いや、関係無いか。


「うにゃ!? お主なに当たり前の様に炬燵に入ってわらわの煎餅を食べておるのじゃ!?」


気づくの遅ぇよ。

あとこいつ驚くと『うにゃ!?』って言葉が出るみたいだ。


「ずっと立ってて疲れたし、腹減ったから」


煎餅を食べ終わるとみかんを手に取る。おぉ、大きくて瑞々しいな。これも美味そうだ。


「はぁ勝手にせい‥‥‥ 先程の質問の答えはその通りじゃ。さて、その場合の注意点じゃが‥‥‥ まず与える加護によりわらわが使う霊力が増える。

そうなるとお主が【元いた世界】に戻る為の時間が伸びる」

「え? そうなの?」

「そうなのじゃ。まず、今わらわの持っている霊力を10としよう。この内お主の加護に霊力を5使うとする‥‥‥ そうなるとわらわに残る霊力は5という事になる。 ここまでは良いか?」


俺は頷きながら皮を剥いたみかんを食べる。美味しい。


「お主に5の霊力を使い加護を与えると、その与えた5の霊力は永久に戻って来ぬ」

「は? でもお前さっき、日本に繋がる道を作る為に霊力を貯めるって言ってなかったか? それで失われた5の霊力は回復するんじゃねぇの?」

「事はそんなに単純ではないのじゃよ。無論多少は回復するが、それでも10の霊力には遠く及ばぬじゃろう。せいぜい7まで貯まれば上出来じゃ。

つまり、わらわは5から7の霊力でお主が帰る【道】を作らねばならない。

そうなると10の霊力があった頃より、倍近い時間がかかると言う訳じゃ」


ふむふむ。つまり欲張って強い加護を貰うと、俺が【元居た世界】に戻るのには更に時間がかかると。


「次に、強い加護を与えると【別の世界】に転生した際、身体に何かしらの影響が出る可能性がある」

「身体に影響?」

「うむ。転移とは異世界と言うサーバーにお主を読み込ませる行為、と考えてくれれば良い。

この読み込みの際に与えた加護も一緒に読み込ませるのじゃが、その読み込ませた加護をお主の体に移す‥‥‥ アップデートする際に、副作用として激しい頭痛や、身体の一部に何らかの影響が出る可能性があるのじゃ。

注射で身体に薬を注入すると、微に違和感があるじゃろう? それが数十、数百倍の規模になってお主に来ると考えれば良い」

「マジで? その加護の読み込みは此処では出来ないのか?」

「お主、【この空間】を今以上に不安定にしたいのか?」

「ごめんなさい」


どうやら【この空間】での加護の読み込みは空間に悪影響を及ぼすらしく出来ないらしい。


そりゃそうか。俺が此処に来た事で俺の持つ霊力と咲耶姫と霊力が交わりだして、【この空間】が不安定になっているらしい。

ここで更に咲耶姫の霊力が落ちたら、この空間を作る咲耶姫と俺の霊力のバランスが一気に崩れて、取り返しの付かない事になるかも知れない。


「こんな所じゃ。さぁ、お主はどうする?」


俺は悩んだ。

この加護は今後異世界で生きていく上でこれ以上ない程重要な物となるだろう。

だが、欲張って強い加護を頼めば向こうの世界に行った瞬間、最悪死ぬ可能性もあった。


俺は考えた。


「例えば‥‥‥ 【元居た世界の軍事兵器を自由に呼び出す能力】を加護としてもらう事は出来るのか?」

「ふむ、戦車とかの事じゃな? まぁ‥‥‥ 出来なくは無いが、今言った加護を授けると、わらわの霊力を半分以上を使う事になるし、加護を読み込む際に発生するやもしれん影響も計り知れぬぞ?

いかんせん、兵器とは人間がこの世に生を受けた数千年以上前から数多存在しておる。それこそ星の数程な。

それらを全て召喚する加護を与えるとなると、それ相応のリスクは覚悟して貰う事になるぞ?」


なるほど、ならこの能力は却下だな。リスクがデカすぎる。

武器を自由に呼び出せたら、少なくとも簡単に死ぬ事は無かったと思うのだが‥‥‥


俺は更に考えた。


「なら、【想像した物を形にする能力】だとどうなる?」

「ほほぅ! お主、中々に面白い事を考えるのう。 その加護じゃと、わらわの使う霊力を10で表せば、2.5程度で事足りるの」

「ん? ちょっと待て。何で今言った加護に必要な霊力が、【元居た世界の軍事兵器を自由に呼び出す能力】の半分以下なんだ?

想像した物を召喚する方が、霊力を使いそうな気がするんだが‥‥‥ 」

「先程の【元居た世界の軍事兵器を自由に呼び出す能力】は既に形ある物を呼び出すのじゃろ?

あれらの物は、霊力を宿しておらぬ鉄の塊じゃ。霊力を宿しておらぬ物を召喚するのは、霊力が宿っている物を召喚するよりも霊力を使うのじゃよ」


咲耶姫はお茶を啜る。


「【想像した物を形にする能力】‥‥‥ この加護を使いお主の想像した物には、創造主たるお主の霊力が宿る。それがわらわの加護と共鳴する事で、少ない霊力で召喚出来るようになるのじゃ。

ちと、お主に【ある程度の決まり事】が発生するが、代わりにわらわが使う霊力は少なくなるのじゃよ。

結論から言えば‥‥‥ 同じ姿形、性能の武器を召喚する場合、【元居た世界の軍事兵器を自由に呼び出す能力】で召喚するよりも、【想像した物を形にする能力】でお主が想像し召喚した方が、同じ物を召喚出来る上、わらわの使う霊力も少なくて済むと言う訳じゃな」

「なるほど。で、その‥‥‥ ある程度の決まり事って何の事だ?」

「お主が【別の世界】に転生した直後じゃと、【想像した物を形にする能力】で召喚できる物は限られる。 そんな感じの物じゃな」

「と言うと?」

「転移したばかりじゃと、まだお主の身体と加護は完璧に馴染んでおらん。その為いきなり戦車を召喚しようとしても無理と言うことじゃ。

ある程度お主の身体と加護が馴染み、かつそれ相応の経験値を積めばそれらは可能になると思うがの」


という事は‥‥‥


例えば陸自自衛隊の主力戦車メイン・バトル・タンク90式戦車を【想像した物を形にする能力】で想像し召喚しようとしても、転移直後では身体と加護が馴染んでいないから召喚出来ない可能性が高いが、時間をかけて経験値を積めばそれは可能になると‥‥‥


なら戦闘に巻き込まれたら、初めのうちは剣とかで戦う事になるかもな。


よし、多少のリスクはありそうだが決まりだな。右も左も分からない場所に行くには、安全の為に最低限、身を守れる自衛策が必要だ。


この加護を授けて貰えれば、それを解決出来るだろう。


咲耶姫の使う霊力もそんなに無いようだし、加護を読み込む際の身体への影響も少なさそうだ。


「理解した。なら【想像した物を形にする能力】を加護として与えてくれ」

「ん? その加護で良いのか? まぁお主が決めた事ならとやかく言うのは辞めておこうかの‥‥‥ どうなっても自己責任じゃし」


俺の決心を他所に、咲耶姫が何処からともなく出した饅頭を両手で可愛らしくモキュモキュと食べていた。


咲耶姫が何か言っているが、気合を入れ決意を固めている俺には気にならなかった。


俺はやるぞ。


絶対に【別の世界】で生き抜いて【元居た世界】いや‥‥‥ 日本に戻るんだ!


絶対に生き残ってやると自分に言い聞かせ、拳に力を入れた俺は、白い靄がかかる空を見上げた。

空にかかる白い靄は、心なしかこちらに来た時より澱んでいる気がした。




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