第8話 転移
「ふふっ。覚悟を決めた様じゃの‥‥‥ 良い顔付きになった。それでこそ
「うるせぇよ」
幼女神様の軽口に対し、俺も軽口で答える。
此奴とは会ってまだ半日も経っていないが、何年も前から友達だった様な気さえしてくる。
此奴の人柄がそうさせるのか。お互いの霊力が引きつけあっている所為なのか。
何故かわからないが、兎に角、此奴と居ると心が安ぐ。 これは勘違いではない。 俺が19年間生きてきた中で、一緒に居てここまで気持ちが安らぐ相手に会ったのは初めてだったからだ。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
此処を離れるのが名残惜しい‥‥‥ という気持ちを咲耶姫に悟られない様に、俺はワザとおどけながら言った。
炬燵から出て勢い良く立ち上がる。
このままだと【この空間】から出たくないと考えそうだ。
それ程までに【この空間】は居心地が良かったのだ。 俺が此処に居るせいで、この空間が不安定になっているとは思えない程に。
「そうか‥‥‥」
咲耶姫は僅かに声のトーンを落としながら再度右手を上に挙げる。すると、先に出現していた魔法陣とは別に、更に数え切れない程の魔法陣が出現した。
改めて現れた魔法陣を見るとそれぞれの魔法陣は全てが異なった色で神々しく輝いており、それらが地平線の彼方まで連なる光景は圧巻だった。
「では最後に、この魔法陣の説明じゃ。この魔法陣は【転移転生の門】と言い、この【転移転生の門】が、【別の世界】に通じる入り口となっておる。
注意点は、1度この転移転生の門を潜ると、転移先に有る神器を介するか、わらわが霊力を使わねば、お主は此処に戻って来る事が出来なくなっておる位じゃ。
最も‥‥‥ 此処に戻って来て再度【別の世界】に転移する様なハメになれば、再び加護の読み込みが必要になるし、なにより【この空間】が今よりも不安定になるから、【元居た世界】へ通じる道が出来るまでは絶対に帰って来るでないぞ?」
「へいへい 」
「御託はこれくらいにして、覚悟は良いか?」
「あぁ。ちなみにこの【転生転生の門】の先にどんな世界があるのか、お前は知ってるのか?」
もう此処に戻って来てはダメなのだ。 咲耶姫に迷惑がかかる。 そんな未練を断ち切ろうと、俺は数ある【転移転生の門】を見て質問した。
数時間しかここに居なかった筈なのに、名残惜しさを感じるなんてな‥‥‥
「知らぬ。わらわが担当するのはお主の【元居た世界】のみ。 わらわの様な存在は、存在する神器の数ほどおり、担当する世界が決まっておる‥‥‥
故に【別の世界】への通じる【道】を使う事は出来るが、その先にある世界の事はわらわの管轄外。故に何も知らぬのじゃよ」
どうやら他にも存在する神器には、咲耶姫と同じ様な宿り神がいるみたいだ。
今の俺には関係ないから、どうでもいいが。
って言うか、これから行く【別の世界】の内容は完全に運任せになるって事かい。
技術が発達した未来の世界の可能性もあれば、人が洞窟で暮らす文明が発達していない世界、狂気と暴力な支配する戦ばかりの世界‥‥‥ そんな【別の世界】に転移する可能性もあるのか。
運任せなら迷ってても仕方ないな。
「よし‥‥‥これにするか」
俺は暫く悩み、赤と白に輝く【転移転生の門】の前に立った。
この門を選んだ理由‥‥‥
それは咲耶姫の服の色と同じだったからだ。 それ以外、特に深い理由は無い。
強いて付け加えるなら、ご利益がありそうな配色だったからだ。
「そう言えば‥‥‥」
【転移転生の門】を潜ろうと1歩足を踏み出した俺に、咲耶姫が不意に話しかけてくる。
「まだお主の名を聞いておらんかったの」
此奴に言われて初めて気がついた。
此奴のペースに乗せられた事と、【この空間】に来て以来、ずっと動揺しまくってた所為ですっかり忘れていた。
「そう言えばそうだったな‥‥‥
俺の名前を聞いた瞬間、咲耶姫は一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに悪戯っ子の様に戻り、ニコッと魅力的な笑顔を浮かべた。
「帝か‥‥‥ 良い名じゃな」
「ありがとな。名付けてくれた爺ちゃんも喜ぶ」
俺の名前を聞いて何故咲耶姫が驚いた様な表情を浮かべたのかは分からない。
だが、咲耶姫の言った言葉を俺は前にも言われた事がある様な気がした‥‥‥
「次会う時は、その慎ましい胸が成長してる事を祈ってるよ」
胸の中に浮かんだ疑惑を打ち消そうと、俺は軽口を叩く。
「煩いわ馬鹿たれめ。次会ったら、わらわに対する無礼を泣いて詫びるまで傷めつけてやるわ」
軽口を受けた咲耶姫も軽口を返し、お互い小さく笑いあう。
「お前、生意気な所があるけど良い奴だな」
「生意気とは失敬な! 愛くるしいと言え愛くるしいと! それにお主の方が何百倍も生意気じゃと思うぞ」
「そうか? 全然普通だろ?」
「はっ、ぬかせ小僧が」
「でも本当にありがとな。咲耶姫と話せてだいぶ気持ちが楽になったよ。
【別の世界】に行っても、何とかなりそうな気がしてきた」
俺は本当に無意識に、動物とじゃれ合う様な感覚で咲耶姫の頭を撫でていた。
撫でている時に気づいたが、俺今結構やばい事しちまったんじゃねぇか?
そんな事を遅まきながら感じつつ恐る恐る咲耶姫の顔を見ると、なんか顔を真っ赤にして唇をかみ締め手に力を入れ、プルプルと震えていた。
え、なにこの小動物みたいな奴。
「にゃ‥‥‥ にゃにをする! 無礼者! わりゃわの高貴な頭を撫でるなど万死に値するぞ!?」
顔を真っ赤にしている咲耶姫の頭を2~3秒歩度撫で続けていると、咲耶姫の感情がいきなり爆発した。
動揺して呂律が回らなくなっている。
こう言った表情を見ると、小柄な背丈と相まってとても可愛らしく思える。
最後に良いものが見れたな。
「ははっ悪ぃ悪ぃ。んじゃ、またな」
「帝!」
「ん?」
俺は笑みを浮かべ咲耶姫を撫でるのを辞めると、改めて1歩【転移転生の門】に近づいた。
そんな俺の背中に、咲耶姫が声をぶつける。俺は顔だけ後ろに向けて咲耶姫を見つめた。
後ろには、顔を真っ赤にさせたまま左手で自分の着物の裾を掴み、右手の人差し指を俺に向けて叫ぶ咲耶姫の姿があった。
「帝よ! お主はわらわの高貴な頭を撫でたのじゃ! この屈辱はいつか必ず晴らす! じゃからお主は何としても生き残るのじゃぞ!」
「 ‥‥‥あぁ! 屈辱を晴らされるのを楽しみにしてるよ」
咲耶姫の言葉に右手を挙げながら答える。これはこいつなりのエールなのかも知れない。
こりゃ死ぬ訳にはいかねぇな。
俺は笑みを浮かべたまま【転移転生の門】に足を踏み入れた。
「西園寺 帝の行く末に幸多からん事を‥‥‥」
顔を真っ赤にし大きな声で叫んでいた咲耶姫から次に出た声には、少しだけ不安の色が籠っていた。 しかし、その声は心に染み渡る様に温かく、同時に優しさに満ちていた。
咲耶姫が俺の数歩後ろで両手を組み、祈ってくれている。
俺はその言葉を聞きながら【転移転生の門】を潜った。
「死ぬなよ帝」
眩い光に包まれる刹那、咲耶姫のか細く消え入る様な声が聞こえた気がした。
爺ちゃん、心配かけてごめん‥‥‥
俺、行ってくるよ。
そして俺は【別の世界】‥‥‥もとい異世界に旅立った。
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