夏の15センチ

むらもんた

第1話

ーーーー7月ーーーー

 15センチ。それは男女が異性として強烈に意識し始める距離である。この距離では相手の匂いや顔のシワ、小さなホクロや息づかいまで鮮明に感じ取る事ができると言われている。と何かの雑誌で取り上げられていた。


「本当かよ。15センチかぁ。まぁそんな距離で女子と接した事ないからわからんなぁ。」と俺は蒸し暑い部屋で1人呟いた。

 俺の名前は東條司とうじょうつかさ。今年の4月に県内の高校に入学したばかりだ。

 入学してからあっという間に3ヶ月が過ぎた。外はもう息をするだけで汗が流れてくるような暑さが続き、セミの鳴き声が聞こえてくる。


「司、早く準備しないと学校遅刻するわよ。」と階段の下から母親の呼ぶ声がする。

「今いくよ。」カバンに必要な教科書を入れ返事をした。


 リビングには焼きたての食パンに目玉焼きが添えられていて、急いで口に詰め込んだ。「ほらほらそんなに詰め込んだら詰まるわよ。」母親の忠告の後案の定「ごほっごほっ。ぎゅう……にゅう……ちょうだい。詰まらせた。


 支度を全て終わらせいつものように駅に向かった。学校までは電車で通学している。電車に乗り2駅ほど先の駅で身長が180センチはある顔立ちもハッキリとした爽やかな青年が乗ってきた。

「おはよう!つっこ。もうちょいで夏休みだな。色々遊び行こうぜ。」と肩を組んできて言った。

 この完璧なまでのモテ男は俺の親友の山田亮平やまだりょうへい。高校に入って同じクラスになり、席も近く好きなバンドが同じだった事で意気投合した。

つっこというのは俺のあだ名だ。何故か昔から友達にはつっこと呼ばれた。そして俺はこいつを山ちゃんと呼んでいる。


 学校の最寄りの駅に着き、俺達は歩き始めた。学校への道はほぼ一直線で周りには田んぼや畑、住宅があるような田舎道が続いた。その途中にある駄菓子屋は学生や近所の子供達の憩いの場であった。


 学校に着くと2人は席に座り、ホームルームまでたわいもない会話を続けた。

 しばらくすると「つっこ!これおばさんから。また弁当忘れてたよ。山ちゃんもおはよう。」と1人の女子生徒が弁当を渡してくれた。「あっ、まじありがと!助かったぁ。遅刻しそうで焦ってきたからな。」笑いながら答えた。

「おはよう菜美。」と山ちゃんも答えた。

 

 この弁当を届けてくれた子は、佐伯菜美さえきなみ。俺の家の隣に住んでいる幼馴染だ。肩の下くらいまで伸びた綺麗な黒い髪やパッチリとした目、鼻、口のバランスも良く性格も明るく社交的。1年のモテ女子ランキングでも1位か2位を争っている。

 俺が4歳の頃に隣に引っ越してきた菜美は小さい頃は体が弱く内気な性格だった。お互い1人っ子だった事もあり親同士は俺達をよく遊ばせるようになった。

 遊ぶうちに菜美も明るくなってきて体も丈夫になっていった。虫の捕まえ方やザリガニの釣り方、鉄棒や雲梯、ブランコも全部俺が教えてやった。 

 そして自然と兄弟みたいに小、中学生時代を過ごした。高校も当たり前のように同じ高校を目指した。


「じゃあまた昼休み屋上で。」そう言って菜美は隣の教室に戻った。

「いやぁ菜美は相変わらず可愛いなぁ」山ちゃんがニヤニヤしながら言った。

「そうかぁ?小さい頃から見てるからよくわかんないなぁ。てかのろけかよ!ラブラブじゃねぇか!」何故だが俺は素直に可愛いとは言えなかった。

 


 そして親友のモテ男と幼馴染のモテ女は付き合っていた……



     ーーーー4月ーーーー

 黒い新品の学ランに着替え、慣れない電車で今日も学校に向かった。入学してまた3日しか経っていない事もありまだ少しドキドキした。



 学校に着き席に座ると入学式の時に好きなバンドが一緒で意気投合したモテ男の山ちゃんが待っていた。「つっこどぉよ。気になる子は出来たか?」山ちゃんはニヤニヤしながら周りの女子に目を配った。

「いやぁ、まだ全然かな。山ちゃんは?」首を振り質問を返した。

「実はさ、隣のクラスでスッゲー可愛い子いて気になってるんだけど、まだ名前もわからないんだよね。」と山ちゃんは目を輝かせていた。

 すると1人の女子生徒が俺の席まで来て「つっこ。弁当忘れてるよ!おばさんから頼まれたから。はい。」そう言って弁当を届けてくれたのは幼馴染の菜美だった。弁当を届けると菜美はすぐ自分の教室に戻っていった。

「おい。つっこ……今の子だよ!俺が言ってた気になってる子って!ってかスゲー親しくしてたけどお前らどういう関係だよ。」驚いた表情の山ちゃんが言ってきた。

「山ちゃんの気になってる子って菜美の事だったの?」頷く山ちゃんに続けた。

「あいつは佐々木菜美っていって俺の幼馴染。小さい頃に隣に引っ越してきて、よく遊んでただけ!兄弟みたいな関係かな。」と説明した。

「兄弟みたいってことは恋愛対象ではないんだな?」真剣な表情をしている山ちゃん。

「ないない!お互いないよ。」呆れた顔で答える俺。

「佐々木菜美ちゃんていうのかぁ。てか菜美ちゃん付き合ってる人とかいるの?連絡先は知ってる?」めっちゃグイグイ聞いてくるなぁと思いながら答えた。

「付き合ってるとかは聞いた事ないよ。連絡先なら知ってるよ。教えていいか菜美に聞いてみようか?」そう俺が言うと山ちゃんは餌を待つ子犬のような顔で頷いた。

 あまりにも嬉しそうにするから菜美にすぐに聞いた。

【さっきは弁当ありがとう。てかさっき俺の隣にいた背の大きいイケメンが菜美の連絡先を知りたいって言ってるけど教えてもいい?名前は山田亮平っていいます。】


 すぐに返信がきた。

【しっかりしなよ!山田亮平君ね。女子の間で有名だから知ってるよ。連絡先かぁ。信用出来そうな人?】

入学して3日しか経っていないのに山ちゃんは既にモテ男だった。だが、菜美はあまり乗り気ではない?メールではそんな風に感じ取れた。


【さすが山ちゃんだな。既に人気なんだな。俺仲いいけどホントにいい奴だし、信用出来るやつだよ。】

友達歴3日だがその誠実さや爽やかさは山ちゃんから滲み出ていて裏のないその性格も俺は大好きだった。そんな山ちゃんは自信を持っていい奴だと言いきれた。


【つっこがそういうなら連絡先教えてもいいよ。私はつっこを信用してるから。】


「山ちゃん。菜美が連絡先教えてもいいって。」俺がそう言うと

「マジ?超嬉しい。」今までに見たこともない嬉しそうな表情を見せて答えた。

その表情の顔は男の俺ですらドキッとするほど魅力的だった。

 そして山ちゃんに菜美の連絡先を教えた。

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