《対セイネン期意思疎通許可証持ち》(ライセンス)持ちの《恋愛高等技術》(ラブセンス)⁉

言霊遊

プロローグ然とした定義

      ――LINNE社公式HPに掲載された記事――


 後悔は口開から! LINNE社が開発した最新デバイス「ホロウ」


 スマートデバイスの画面を一日中見続ける人間があまりに多い時代があった。しばらくして、赤ん坊は頭部にコンピュータを内蔵して生まれてくるようになった。


 神の罰か。いや、科学の恩寵だ。


 Parasite Personal Computer。通称、PPC。肉でできた賢く柔らかい生体コンピュータはその名の通り、寄生虫のように私たちの脳に貼りつき、機能する。人間の消費するエネルギーで稼働し、人間の細胞組織を使って自己の部品の交換まで行う。機能は私たちが使うスマートデバイスと同程度だ。電磁波の送受信、データの演算と記録にはじまり、骨伝導による音声出力機能や網膜に直接画面を表示する機能なども搭載されている。

 第一世代は、錠剤を飲むことでPPCを体内に生成する必要があった。錠剤にはゲノム編集用ナノマシン群が含まれており、消化器官の外部へ染み出すと、作業を開始する。遺伝子の螺旋に切り込みを入れ、切断し、挿入する。PPCの設計図を体内に刻み込むと、また消化器官へと戻り、排泄物と共に体外に排出される。

 この方法による事故の報告件数は完全に0だ。これほどの安全性でなければ、政府も全国民にPPCの所持を義務づけることはできなかっただろう。


 こうして日本国民全員の頭の中にコンピュータが生えてくることとなった。


 第二世代はもう錠剤を飲む必要はない。設計図は親から子へと自動的に継承される。産まれた赤子が言語を獲得し、一言「起動」と呼びかければ、PPCが稼働を開始。宿主が死ぬまで動作し続け、あなたの生活をつきっきりでサポートしてくれる。



 さて、歴史の勉強はこれくらいにして、わが社の素晴らしい発明の話をしよう。


 PPCの普及により最も発展したのはAR技術だ。私たちの視界はマスキングされ、現実はより一層デザインされたものとして映える。ビルの壁面は仮想の動く塗装に彩られ、信号機や道路標識は私たちの視界の中で遭遇するその都度生成される。一番恩恵を受けているのは着ぐるみのバイトだろうか。暑苦しい着ぐるみの中にその身を置かなくとも、マスコットキャラクターの外見を纏えるようになったのだから。もちろんジョークだ。本気でそう思っているわけではない。もっとも、当事者たちは心の底から感謝しているかもしれないが。


 PPCは、私たちが電脳空間に身体を半分浸したまま生活することを可能にした。ディジタルはアナログとの境界を飛び越えられなかったが、境界自体をぐにゃりと歪め、あたかもそれが実体を持つかのように、私たちの日常に突き出してきたのだ。そして今日、仮想現実の魔法は新たな発展を遂げることになる。


 あなたは執筆型コミュニケーションツール(Writing Communication Tool)、例えばメールやわが社のアプリ「LINNE」を使用して意思疎通を行う時、どれぐらいの時間をかけるだろうか。


 あなたは相手の意図を読み取り、行間を読み、想像し、最適な文章を書こうとする。あなたがあなたであることを証明する文章の表現を考える。絵文字のバリエーションは多岐に渡る。笑顔だけとっても三、四種類、顔文字を入れれば十以上の候補がある。誤字脱字も見逃せない。あなたは時間をかけて、正解の文章を送ろうとするだろう。それには意外と多くの時間がかかっているはずなのだ。


 では、あなたが実際に会話するときはどうだろうか。


 友達、家族、会社の同僚、エトセトラ。相手の意図を読んで、目線を読んで、表情を読んで、イントネーションを読む。文字だけのWCTと違って、膨大な情報がそこにはある。それに比べて、あなたに与えられた解答時間の何と短いことか。その圧倒的な短さは考えることを許してくれない。ほぼ反射の領域だ。あなたが用意した拙速な応答。おや、相手の眉が少し下がった気がしたぞ。声にも先ほどまでの快活さが失われたような気がする。今のは失敗だったかもしれない。ああ、またやってしまった。文章でなら、時間があれば、こんな失敗はしなくて済むのに。


 私は会話のような即応的な意思疎通の型を、瞬発的意思疎通様式ファスト・コミュニケーションと定義した。

 そして独自の調査を行ったところ、このファスト・コミュニケーションが得意かどうかで、将来的な収入や人間関係に大きく差が出ることが分かったのだ。特定の分野で卓越した能力を持っていても、このコミュニケーションが不得意であるなら、その人物は正当な評価を受けられないまま埋もれてしまう可能性は極めて高い。

 我々は誰もがクイズの回答者で、間違う度に得点を失うことになる。得点とは数値化こそされていないが、それはあなたの印象や好感度から確実に引かれていく。0になったらどうなるか。おお、考えただけでも恐ろしい。


 私はこの不公平を科学が見過ごしているのが、我慢ならなかった。

 視力が弱ければ、眼鏡を。聴力が弱ければ、補聴器を。人間の生活を豊かで公平になるようにするのが、科学の役割だ。いよいよ科学は、ファスト・コミュニケーションにメスを入れる。

 さて、下の写真を見てもらおう。私の首に、黒く光沢のある首輪のようなモノが装着してある。これが「ホロウ」だ。

 ホロウは、あなたの会話を代行する。大まかに、表情、声、言葉。ホロウはあなたの声そっくりの合成音声を発し、ARが生み出すあなたそっくりの顔のモデルが、表情を作る。あなたは網膜に浮かんだいくつかの選択肢を目線で選ぶだけ。あなたの意志を尊重したまま、何も考えることなく、正解を導ける。

 ホロウを使用したあなたは、メガネを初めてかけた人の様に感動するだろう。意志が伝わるとはこうも透明で、気持ちの良いことなのか、と。

 誤解なく意志疎通ができることは人間に与えられた権利であり、何者もこれを阻害することはできない。


 あなたの理想ホロが、あなたに追従フォロウし、追い越し、相手へと伝わる。


 私はホロウが、人類の進歩に大いに貢献することを確信している。

 

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