モノクロ世界に空色一滴

弘原海 天白

表紙に滲む、空の色

…眩しい。

カーテンの隙間からあたたかい陽の光が差し込み、まだ寝ていたいとベッドに埋もれる俺を

無理矢理起こそうとする。

時計を見るともう7時。そろそろ起きなくては、学校に遅刻してしまう…

仕方なく身体を起こそうとすると、頬から1粒の涙…らしきものがこぼれ落ちた。

机に置かれた手鏡で自分の顔を見ると、いくつもの涙の跡が。


___またか。

これが1度目ではない。朝起きると涙のあとがあること。

覚えてはいないが、きっと嫌な夢でも見たのだろう。

…なんとなく、想像はつくが。


涙のあとをごしごしと擦って消していると、部屋のドアが開いた。

「おはよう!朝ご飯よ、アリオト。支度しないと遅れてしまうわ!」

肘まである赤みがかった淡い色の髪、聴いていて安心するような聞き慣れた声に、それに似合った優しい顔。俺の母、リラだ

「おはよう、母さん。」

「あら、起きていたの、ごめんなさいね」

そう言うと母はにこりと笑いかけ、俺の手を引いて朝ご飯の並んだ机へ歩き出す。


椅子を引いてすとんと座り、手を合わせて

「いただきます。」


小さい頃から食べ慣れた、ふわふわ、とろとろの卵焼きに箸を伸ばす。

優しい香りが鼻腔を突き抜けて行く。1口、口に入れればとろんと幸せな顔になる。その様子を見て母は、

「まぁ、美味しいの?」

と聞いてきた。

「もちろん、食べ慣れた味が一番だよ。」

そう答えると母は嬉しそうに首を縦に振った。

ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-*


「ごちそうさまでした。やば、朝なのに満腹…」

食器を洗って片付け、服を着替えて洗面所へ。

ばしゃばしゃと、ひんやりとした水で顔を洗う。目が覚めるような感覚、俺はこれが好きだ。

ふわふわのタオルに手を伸ばし、濡れた顔をうずめる。

「うわっ」

優しすぎて鼻の奥が痛くなるような香りを感じて、思わずタオルをすぐに離した。

…柔軟剤の香りがいつもより強い。


いつもは10分かけて歯を磨くが、遅刻しそうなので今日は5分で済ませた。

授業で使うずっしりと重い愛刀と、カバンを担いで玄関へ。

「行ってらっしゃい、気を付けてね。」

母は心配そうに俺の背中を叩いた。

…やれやれ、心配性だなぁ。苦笑いで

「大丈夫だって、いってきます。」

と返す。ドアノブに手をかけ、鏡の隣に置かれた"双子の姉"の写真にも声をかけ、外に出た。

「プネヴマ、行ってくるよ。」


俺は双子の弟として産まれてきた。

姉の名はプネヴマ。あぶなっかしくて子供っぽくて、手のかかる姉…

それでも俺は姉の事が大好き、だった。


10歳の時、5年前くらいのこと。目の前で、最愛の姉がトラックに轢き殺されるところを見てしまった。

その時の耳に突き刺さるような悲鳴、鈍い音、血なまぐささ、その血で濡れた道路…それをまだ鮮明に覚えている。


ぼーっとしていたらもう学校は目と鼻の先。スマホで時間を確認する。

…まだ大丈夫、余裕があるくらいだ。


「やぁやぁアリオトくーん!!おっはよーーーーーーうっ!!」

「ウワ-----ッ!?」

完全に不意をつかれ、変な声を出してしまった。

背中から抱きつかれている…これは…

「びっくりさせるなよアルタイル!心臓が止まるかと思ったぞ!!」

彼の手を振り払って振り向くと、楽しそうに笑みを浮かべた親友、アルタイルが立っていた。


「いつも通り面白いはんのーを見せてくれてありがとう!」

「腹が立つようなコメントをありがとう。」


思わず触れたくなるような、片目を隠す真っ白の髪の上に、巻かれた懐中時計のネックレスがゆらゆらと揺れる。

赤く、ルビーのような瞳をもち、背丈は俺の肩ほどで、中性的…とも言えぬ顔立ちをしている。

こいつとは付き合いが長く、もう何年もさっきのように驚かしてくるのだが、未だに慣れない。

「困ってるのが分からないのか?」

笑い混じりで聞いてみると、彼は俺の腕に両手を巻き付かせ、

「分かってるけど分からないフリ〜っ」

とわざとらしく笑って見せた。

俺に対する行動の特徴は、過剰なまでのスキンシップ。正直に言うと、同性なので気持ちが悪い。


キ-ンコ-ンカ-ンコ-ン…


学校のチャイムが鳴った


「やっべ遅刻する」

「わわーっ!!」

道で話しているうちに時間が過ぎてしまったみたいだ。

アルタイルを引っ張り、急いで生徒玄関へ走り、教室へ滑り込み……

まだ先生も来ていない、セーフっ。

「ぜぇー…はぁー……」

アルタイルは息を切らし、壁に寄りかかった。

俺はどちらかと言うと体力の無い方だが、こいつは尋常ではないほどのモヤシっ子。100m走の後に倒れてしまうほどだ。


「ふふふ、来ましたわね我がクラス1のラブラブカップル」

「はぁ?」

「ごめんあそばせ、こちらの話ですわ。うふふ…」


クラス1髪の長い女子、アルテミスがこちらを見てニヤニヤとほくそ笑んでいる。

金髪の毛先をくるくると指先でいじり、誤魔化しているようだがバッチリと聞取った。…あまりいい気分ではないな。


首をかしげて席に座り、朝会が始まった。


ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-*


放課後、

「あ"〜~~~…疲れたー。」

唸り声にも近い声を上げて、アルタイルはため息をついた。

感じ取れる、乾いたスポンジのような脱力感、…これは恐らく肉体的にではなく、精神的に疲れているのだろう。

「ハイハイ、お疲れちゃん。」

肩をぽんぽんと叩いてやると、彼は蘇ったかのように元気を取り戻し、嬉しそうに飛び跳ねた。

「あ、ちょっと図書館寄りたい、良いかな?」

「んー、行ってらっしゃい」

俺が面倒くさそうに手をひらひらと振ると、

「ちょっとー!!付いてきてよっ」

としがみつかれた。やれやれ、手のかかる親友だ………姉にそっくりだ。


ここの学校の図書館は古いものではあるがかなり規模が大きく、

校舎の3分の1程度、いや、もっと大きいかも知れない。

右も左も本、本、本。まるで異世界、手が届きそうにもないくらいの高さの本棚がずらりと並んでいる。

館内は人が多いにも関わらず、誰も居ない部屋のように静か。静かにするのは図書館のマナーだ。


アルタイルは言葉を発せず、はしごに登り、高い位置にある本を黙々と漁っている。


ふと、横を見ると、新しい本に混じってボロボロで、背表紙の文字も読めないような本があった。

「なんだ、これ」

その本に手を伸ばすと、近くに居た先生が突然、声を張り上げた!

「ダメだ、その本に触っては!!」

けれどその頃にはもう本の背表紙に触れていた。


…なんともないぞ?そう思った次の瞬間…

強い風が吹き、目の前が急に真っ暗になった。

何が起きたのか、さっぱりわからない。目の前にあったはずの本棚は消え、あるのは壁……と、壁にかかった武器。天井はあまり高くはないみたいだ。

ドンドンと壁を叩くような音と、叫び声が僅かだか壁の向こう側から聞こえる。

これは…隠し扉と言うやつだろうか。

振り返ると、本棚と小さな照明、それぞれ1つずつ配置されている。

照明1つでは薄暗くて前がよく見えない。


…本棚の分厚い本が、カタカタとひとりでに動き出した…

「これが噂のポルターガイストか!?」

咄嗟に、壁に掛かった武器を手に取り構え、一歩下がる。

本は激しく震え始め、本棚から飛び出し、床にバサりと落ちる。

ここまで奇妙な出来事を目の当たりにしたのは生まれて初めてだ。

大さじ一杯ほどの恐怖は感じている。けれど、実際に心霊的な恐怖を感じたのは初めてだ。


「…本の震えが止まった…?」

恐る恐る、本に近付き、床に落ちた本を拾おうと手を伸ばすと…


バサッ!!


急に本が開き、黒い影…いや、暗くてそう見えるだけかも知れない、二つの影が飛び出した!!

影の片方は眩く光る2本の剣でもう一方の影を斬り裂き、飛び出た反動で浮き上がった本も目にも止まらぬ速さでバラバラに斬り裂く。

双剣の光によって、影の主の姿が見えた。

…人?


当然、俺は驚いて尻餅をついた。

目の前の現実が嘘のようで夢だとしか思えない。


双剣の主は鞘に剣を収めると、振り向き、こちらへ向かってくる。

…殺される…?

立ち上がることができない 、どうしてだ、体が言うことを聞かない、声すら出ない、動け、動け!!



俺の目の前で足を止めた。

思わず目を閉じてしまう。

……


…あれ?


ゆっくり瞼を開く。

…手だ。手を差し伸べてる…?


「え…あっ…ええっ?」


頭の中がはてなマークでいっぱいだ。

顔を上げると、さっきまでよく見えなかったた、青く、空の色のような髪の青年…いや、女性…?が申し訳なさそうな顔をして立っていた。

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