第21話 朝チュン?いえ、修羅場です

「スイ、眠いだろうが、ちょっとだけ耳を傾けてほしい」


 おかしいな。先輩の声が真上から降ってくる。寝ぼけているのだろうか。


「むぅ、もう眠りはじめているか。まあ、いいか。スイ、改めて言おう。わたしの部活に入ってくれてありがとう。心から感謝している。このスマホ部はな、サクのために作ったんだ。サクは自ら学校での居場所をなくしている。ネットの中だけが自分の居場所だと思いこんでいる。わたしから見ればそのネットの中ででも他人に壁を作っているようにも見えるんだがな」


 先輩の声が、妙に優しい気がする。大事な話のようだから、なんとか意識をつなぎとめようと試みる。


「そんなサクをどうにかしてやりたいと思って、まずはわたしとサクの二人だけのギルドを作った。そこにスイが居着いたわけだ。わたしたちとこんなに気が合うなら、リアルでもきっとうまくいくはずだと思った。その目論見はあたった。サクが家族以外の人間とこんなに普通に話せているのは見たことないよ」


 ……そうか、先輩はサクのために。……ダメだ、そろそろ意識が途切れそうだ。


「だから、これからもどうかこの部活で、今まで通り楽しく、騒がしく過ごしてほしい。そうすればいつかサクは……それに、サクだけじゃなく、実はわたしもスマホ部が学校の中で唯一心休まる場所なんだ。サクやスイと同じように、わたしもひどく臆病ものでね。教室でのわたしはおしとやかに振る舞い、口調も、普段あなたたちと話しているときとは全然違うの。みんなが理想としているわたしであろうと頑張っちゃうところなんて、あなたたち二人に似てると思わない? だからね、これは、お礼。あなたが寝ていてくれてよかった。普段ならこんなこと、恥ずかしくてできないもの」


 額に何かがそっと、優しく触れる。それが何なのかを考える余裕などなく、俺は夢の世界へと旅だっていった。


 チュンチュンチュン。

 俺はスズメの鳴き声と朝日で目を覚ますというなんともベタな起き方をした。

 カーペットといえど床であることは変わりないので、身体の節々が痛い。

 だがそれ以上に何者かによってがっちり拘束された両腕が一番痛い。

 いやもう起きた瞬間に察したんだけどね。今自分がとても危険、あるいは幸福な状況に置かれていることに。


 右腕は、大きくてマシュマロのような柔らかいもので包まれていて。

 左腕は、つつましくも確かに存在しているものを押しつけられている。

 ぶわっと冷や汗が吹き出す。どうすんだこれ。

 まずサクは激昂するだろう。オフ会ではじめて顔を合わせたときみたいに変態先輩とか呼ばれることになるはず。

 朱音先輩はまず写真とか撮って弱みを握ったのちゲラゲラ笑いだしそうだ。

 どちらが起きたとしても大惨事確定。俺が生き残るには二人に気づかれないようにここを脱出するしかない。

 まずはホールドされている腕からだ。力を入れてもビクともしない。はい、早速詰みました。

 いや、まだあきらめるのは早い。そう、足だ。足を山折りにして立ち上がるための力を利用してひきはがす!

 いいぞ、だんだんと外れてきている。このまま、このまま順調にいけば助かるぞ!


 ピピピピピピ。

 けたたましく鳴り響くアラーム音。サクの机の上のPCモニターたちがアラームオーケストラを開催しはじめた。


「むぅ、何事だ……はっ、まさか敵襲!?」

「ふあ~、もう朝か~。メッセージチェックしなきゃ~」


 当然のごとく目を覚ます二人。目を開けて真っ先に飛び込んできたのはきっとエビぞりになっている俺だろう。

 まー止まるよね、時間が。この時間停止が終わったあとの二人がどんな表情になるか容易に想像できるため、俺はギュッと目を閉じた。もうこうなったら神に祈るしかない。

 だがいくら待ってもその瞬間は訪れなかった。おかしいなと思っておそるおそる目を開けると、予想外の光景が広がっていた。

 それぞれぺたんと女の子座りをして、朱音先輩は自分の肩を抱き、サクはやたら髪の毛を手ですいていた。

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