スマホ部っ! 〜まずは友達からはじめませんか?〜
深田風介
第1話 奇妙な出会い
「そこの少年、近代機器研究部に入ってみる気はないか?」
「すみません、お断りします」
桜舞う四月。多くの生徒が登校してきている中、俺は校門で待ち受けていた女子生徒からの誘いを丁寧に断った。
「なぜだ? 成績優秀で運動神経も抜群、おまけに絶世の美女であるこのわたしの誘いを断るなんて」
「だからですよ」
「普通の男子なら一発なんだがなぁ」
「普通の男子じゃないですからね。周りの生徒の目が気になるのでそろそろ行きます。お誘いいただきありがとうございました」
俺はそう言い残し、そそくさとその場を離れる。
危なかった。平静を装っていたが内心は冷や汗でいっぱいだ。
彼女の名前は春藤朱音しゅんどうあかね。校内で知らない人はいないほどの有名人だ。だから自然と情報が耳に入ってくる。
春藤先輩はさっき自画自賛していたが、その内容は概ね正しい。学年どころか全国模試で一位をとってしまうほどの学力。体力テストはオール満点。絶世の美女、は言い過ぎかもしれないが学校の中でずば抜けて整った容姿であることは間違いない。流麗な柳眉、大きなツリ目がちな瞳からあふれんばかりの活発さ。スッと通った鼻筋に、桜色の唇。均整のとれた完璧なプロポーション。長いサラサラとした長髪からはふわっと花の香りがただよう。
そんな先輩から部活の誘いを受けた、なんて噂が広がったら、確実に大多数の男子から反感を買う。それだけはなんとしても避けなければ。
俺、
他にもクラスでの振る舞いや先生に対する接し方などなど気をつけるべきことがたくさんある。毎日が戦いなのだ。
そのため部活動をする余裕などこれっぽっちもない。それに、校内人気ナンバーワンの春藤先輩から直々に誘われた、なんてことが広まったら友達を何人か失いかねない。俺の把握している中で、春藤先輩に本気で恋をしている男子生徒は二十人、女子生徒は六人。その中で、いいな~俺、私に紹介してよ~と言ってくるであろうポジティブな性格の持ち主は八人程度。残り十八人には悪感情を抱かれてしまう。
ここはさっきみたいにスルーするのがベストだ。目立ちすぎず、かといって空気にならないよう立ち回るために面倒ごとは回避。
後ろから先輩が追ってきてないことを確認し、歩を進める。この学校は私立で理事長が多額のお金をつっこんでるからか校門から下足箱の距離がとにかく長い。今の時期は桜が満開のため、新入生は胸をおどらせてこの道を歩く。去年見て慣れているとはいえ満開の桜に迎えられながら歩くのは悪くなく、心なしか足取りが軽くなる。
そんな風にして桜を眺めながら歩いていたら、視界の端に珍しいものがうつった。
三毛猫だ。しっぽを優雅に振りながら桜の木々の中へと入っていく。
俺はほんの出来心でその猫についていった。いつもだったらこんなことしないんだけど、一瞬だけこちらを振り向いて一瞥してきたから、ついていった方がいいのかな、と思ってしまったのだ。
三毛猫は木と木の間をすり抜けながらスイスイ進んでいく。やがて小さな広場のような場所にたどり着いた。
ただ単にひらけた場所で何かあるというわけではない。強いてあげるとするなら広場の中心のひときわ大きな桜の木ぐらいだ。
三毛猫はその桜の木の下で立ち止まると、空を仰いだ。 俺もつられて目線を上へ。
そこにはなんと、女の子がいた。
腕に黒猫を抱えて、大きな枝の上に立ちながらぼーっと空を眺めている。
小柄な身体に、陽の光を弾き返す黒くてツヤツヤとしたセミショート。あどけなさを残しつつも、将来はとんでもない美人になるだろうなと思わせる整った顔だち。
そんな彼女を見て俺は。
その場から速やかに離れることを決意した。
胸のリボンの色を見るに一年生だろう。同学年以外にはあまり興味がない。なぜなら関わる機会が少ないからだ。先輩や後輩に友達、知り合いを作るよりも同級生に友達を作った方がよっぽど有益だ。登校してから授業開始の間にもやることが山積みだから、こんなところで時間をつぶすわけにはいかない。
木の上の彼女も青空に夢中でこちらには気づいていないようだ。このままここで見たことは記憶から消してなかったことにしよう。こんなところで一人で猫を抱きながら空を眺めてる女の子とかトラブルのにおいがプンプンする。面倒事やリスクは極力回避。それが俺のモットー。
来た道を戻るべく振り返ろうとしたそのとき。
神風が吹いた。……うん、ただの突風なんだけど。
そのせいで、木の上の女の子のスカートがぺろんとめくれあがる。
ポップなお魚さんがコンニチハ。
女の子はあいていた片手でスカートを押さえると、目撃者がいないかあたりをキョロキョロと見回す。
当然、木からやや離れたところから見上げていた俺と目が合う。
お互い驚きのあまり目を見開きながらみつめあったあと、女の子の方が思い出したように顔を赤くさせ、うつむいた。
俺はといえば、後輩のスカートの中を偶然とはいえ見てしまったことに対する罪悪感と、このことを言いふらされたりしないだろうかという危機感でいっぱいになった。
「ご、ごめん! わざと見ようとしたわけじゃないんだ!」
まずは謝罪が先だ。身の潔白を証明せねば。
女の子は俺の方も見もせずに、ただ小刻みに震えていたかと思ったら、急に木を降りはじめた。片手に黒猫を抱え、片手で枝をつかみながら器用に降りていく。
華麗に着地したのち、優しく黒猫を地面におろすと、おもむろに手とひざを地面につく。体育の短距離走とかでやるクラウチングスタートの構えだ。
桜の花弁が舞う中、腰を低くおとした女の子と向かい合う俺。はたから見たらさぞかしシュールだろう。
女の子は徐々に腰をあげていき、足に力をこめる。そして、見事なロケットスタートをしてみせた。
真っ直ぐにこちらに向かってくる。え、俺この位置にいたらまずいんじゃ。というかもしかして狙いは俺? パンツを見ちゃったことに対する制裁なの?
ならば、甘んじて受けよう。これで許してもらえるなら、何度でも受けようじゃないか。
俺は静かに瞳を閉じ、大きく腕を広げながら受け入れ体勢をとる。これだけスピードがでてるんだ。その衝撃は相当なものだろう。さあ、来い!
だが、予想に反して衝撃は訪れなかった。
女の子は俺にぶつかる前から軌道をズラしていたようで、すぐとなりを風のごとく駆け抜けていった。風圧で俺の前髪がばさあと舞い上がる。
猫と、聖職者のごとく腕を広げた俺だけが広場に取り残される。
……戻るか。
乱れた髪をととのえてから、何事もなかったかのように澄ました顔をして来た道を引き返す。これからは不用意に猫に近づかないようにしようと密かに決意した。
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