この物語の始まりへの別れ

日が昇った街には祭りの喧騒けんそうすでに無く、祭りの後の独特どくとくさみしさを残して静まり返っている。

どこか空虚くうきょただよう宿のベッドから体を起こすと、祈りを捧げているジャンヌと、一生懸命短い腕をばたつかせて、ヨルムの腕から抜け出そうとしているアイネが視界に入る。


ベッドからい出てアイネの腕を掴んで引っ張るが、ヨルムは全く離す気配が無く、起きてるのではと疑惑すら出て来る。


「いだだだだだだ、止めぬか千切れるであろう」


ぱっと手を離すと、うつ伏せになったヨルムに、小さなアイネが飲み込まれる。

急いでヨルムを押して横向きにさせると、アイネの髪を咀嚼そしゃくしていた。


「ジャンヌさん手伝って下さい」


「はい? あ、はい」


祈り続けていたジャンヌを引っ張って加勢させ、2人で同時にアイネを引っ張る。


「これ、千切れると言うておろうがー!」


「我慢して下さいアイネさん」


「神が守って下さります」


「私がその神だ馬鹿者」


すぽんとヨルムの手の中から抜けたアイネは、勢い余って窓を押し開けて外に放り出される。

直後にむくりと起き上がったヨルムは、伸びをして私たちに微笑みを向ける。


「おはようございます」


「御早う御座いますヨルムさん」


「おはよ~、アイネちゃんはどこ〜?」


「あー……飛んで行きましたよ、凄い勢いで。ねえ、ジャンヌさん」


「あ、はい。申し訳ないです」


ドアをゆっくりと開けて入って来たアイネは、食べられてべとべとになった髪を拭きながら、一言も発せずに椅子に座る。

怒ってるオーラが見えているのは、恐らく私とジャンヌだけで、ヨルムは何も感じていないのだろう。


気不味い空気が漂う中、ヨルムが鼻を鳴らして外を見る。


「あ〜、森が燃えてますよ~」


ヨルムの背中に手を着いて外を見ると、予想したくもない推測が、頭の中を巡る。


「アイネさん……あそこ、私の村じゃないですか」


「なに」


素早く立ち上がったアイネは、隣の窓を開けて外を見ると、窓枠に足を掛けて飛び下りる。


「何処に行くんですか?」


「見に行くだけだ」


「私も行きます、私の村かも知れません」


「危険だ、それにおぬしは生贄。おぬしが現れれば……分かった乗れ」


何かを感じてくれたのか、アイネは私が下りるのを待っていてくれて、合流すると手を取って走り出す。


「ヨルムたちはアリスを頼む。この街から出ていろ、何処かで合流する」


「分かったよ~、行ってらっしゃ~い」


街から出て森の中でアイネがドラゴンの姿になり、かなり小さくなった頼りない背中に乗る。

雨が朝から降っているのにも関わらず、火の勢いは弱まらないが、何故か広がる事も無い。


「妙な燃え方じゃな、近頃人間が研究していると言う魔法か」


「魔法?」


「あぁ、体内の魔海まかいと言う部分にある力を、術式で変幻自在に変えて放出する。我々ドラゴンは龍力だが、人間のはまた違う。人間が遂に再び魔法を身に付けたか、随分と早いな」


「よく分かりません。でも何で私の村が同じ人間に焼かれてるんですか」


村に近付いたアイネは急降下して、衝撃を殺して地面に着地する。

ドラゴンから人型に姿を変えて、翼、角、尻尾を仕舞って歩き出す。


「それを今から探りに行く、私から離れるでないぞ」


暫く焦げ臭い森の中を歩いていると、前方から酷い火傷を負った、見知った顔の男が、よろよろと歩いて来ていた。

その男は私を見ると、目を見開いて、拳を握る。


それを見たアイネは、すかさず私の前に立つ。


「やっぱり逃げてたのか、お前の所為せいで村が焼かれたんだ。死ね魔女め、皆が死んだのは、お前が犠牲にならなかったからだ!」


石を持った手を男が振りかぶると、男の背後から、炎が槍のように迫る。

凄まじい速度で迫っていた炎は男を貫き、同時に防御姿勢をとっていたアイネの腹に浅く刺さる。


「づっ……逃げろクライネ!」


「嫌ですアイネさん!」


膝を折ったアイネに駆け寄ると、傷口は焼けて、出た血が熱によって固まり、周りの皮膚にこびり付いている。


「こんな所に逃げた村の者が3人も。1人やり損ね……やっと見つけました、我らが新王」


そう言って私を指さした騎士は、立ち上がったアイネを、不愉快そうな目で睨みつける。


「この国の騎士が何の用だ、クライネを渡す訳にはいかぬな」


「渡す訳も何も、渡してもらわなければ困るのです。勇敢な弟さんですが、ここで死ぬ事になります。王権争いで弟は邪魔になりますから」


剣を抜いた騎士に対して、アイネはヨルムがロキに対して使っていた、ミョルニルを取り出す。


「槌一本で倒せると見られてしまいましたか」


「逃げろクライネ、早く!」


「無駄ですよ、ここから出られませんから。この炎を駆け抜けられるなら、話は別ですが」


騎士の言う通り、周囲は炎の壁に阻まれ、これ以上この場から離れる事が出来ない。

炎がまとわり付いた剣を振るう騎士は、ミョルニルをしなやかに受け流して、小さな的に的確に剣を振り下ろす。

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