終わらせる者

突然変わった景色に、何者かの力が加わった痕跡こんせきを見つけ、すぐに臨戦態勢りんせんたいせいをとる。

木々に囲まれた広場に人影は無く、女がすすり泣く声だけが聞こえる。


声の主を探そうとするが、不気味な程に声は反響して、居場所を掴むことが出来ない。


「何者だ」


そう声を掛けると泣き声は止まり、森は静寂せいじゃくに包まれる。

背後はいごで草木が擦れる音がして振り返ると、1人の女性が座り込んでいた。


「おぬしか、泣き声の主は」


問い掛けに答えず、うつむいたままの女性に近付き、顔に掛かっている髪を手で退けようとすると、突然顔を上げて飛び掛って来る。


「トーールぅぅぃぃぁぁ!」


このテンションの高さと整い過ぎた顔から、一瞬で誰かとさとる。


「何じゃロキか、何故なぜ女子おなごの格好をしておる」


「え? だって僕可愛いじゃん?」


「変わらぬな」


「トールはミョルニル何処やったんだよ~」


「あぁ、売った」


「えー! 何してんのさー」


「冗談に決まっておる。それより早く退け、男とくっ付く趣味は無い」


いつまでも上に居座るロキを蹴り飛ばして、ロキが触れた箇所と地面に付いたお尻を手で払う。


「えっ、それ酷くない?」


悪戯いたずら好きのおぬしの事だ、何か付いていそうで怖い」


「酷いな~、砂遊びして手を洗ってないくらいだよ」


「おぬしまた埋めたのか、もう殺しは辞めよ」


街に帰って心配しているであろう4人の前に、1秒でも早く帰らなければいけない。

そう思って森を抜けようとすると、突然着ていた服がぶかぶかになる。


うろこ調節ちょうせつして寸法を合わせて、ひと回り小さい服に変える。


「おぬし何をした」


「別に子どもの姿にしただけだよ~」


「早う戻せ、これではあやつらが認識出来ぬではないか。体の調節も封じよったな」


「久し振りの感動の再会だと言うのに、こんなにも冷たいとは失礼だな~。旅をして育まれた絆は嘘だったのかな~」


悪戯を楽しんでいるロキに抱き上げられ、指を鳴らした途端とたん、景色が街に戻る。

突然前に現れた私とロキに驚いたクライネは、しばらく固まってヨルムたちの後ろに隠れる。


「アイネだー! 小さいよー!」


私を見たアリスはそう声を上げて、小さい小さいと騒ぎ回る。

これはこれで結構傷つくのだが、気付いてくれた事がまず嬉しい。


「あっれーヨルムンガンドだ、お父さんに会ったのに嬉しそうじゃないんだね」


「私を海に投げ捨てた人が、父親だなんて名乗らないで下さい」


「だって君はトールが大好きじゃないか、トールは友である僕が殺す。だから強い君は邪魔だったんだよ。そうそう、ヘルは上手くヘルヘイムの王になったよ。出来損ないの君と違ってね」


拳を固く握ったヨルムは角と尻尾を出して、虚空こくうに現れたつちを掴んでロキに襲い掛かる。


「アイネちゃんに触るな! それに貴方を親だと思った事なんて、一度も無い!」


「ヨルム! 街の中で辞めるんだ、角と尻尾を隠せ」


ロキの腕の中から抜け出してミョルニルの柄に手を当て、真正面から一撃を受け止める。

小さな体には想像以上に力が無く、全力で受け止める為に角と尻尾が出てしまう。


尻尾を地面に突き刺して、きしむ腕が折れないように全力で踏ん張る。


「……っっっ、アイネちゃん御免なさい。大好きなアイネちゃんに刃を向けて、怒りに身を任せて……私は、情けないです」


「私も情けなかったな。ミドガルに隠せと言っておいて、受ける為に角と尻尾を出してしまうとはな、お相子だ馬鹿者」


「アイネちゃんの武器でアイネちゃんを攻撃してしまうなんて……」


「流石に私の武器だけあって凄い威力だ……歩けぬから運んでくれぬか。先に槌を仕舞しまえ、ロキが去り際に街の者の記憶を消してくれたようだ。見られる前に角も尻尾も隠せ」


深呼吸をして角と尻尾を仕舞ったヨルムを見て、私は青紫色に変色してれた腕をだらりと下げる。

宿への帰り道では、クライネの嫌味と、私が悪いと主張するヨルムに謝られ続け、それを微笑ましそうに見るジャンヌ、分からずにまだ私が小さいとはしゃいでいるアリスの声が、それぞればらばらに飛び交って、心地が良いまま意識が落ちた。

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