廃墟の守護者

反戦の意思を3人で誓ったものの、何から始めて良いのか分からず、取り敢えずアイネが取っていた宿のベッドで会議をする。

一番の戦力であるアイネはどこかに行ってしまったし、アリスは既に寝る寸前で参加してすらない。


結局良い意見も出ず、2人とも知らない間に眠っていた。

鳥のさえずりに起こされて上体を起こすと、アイネがひとり机に向かって、何かを削る様な音を立てて作業をしていた。


「アイネさん?」


ビクッとして顔を上げたアイネは、私を見てから、また机の方に向き直る。


「どうした」


「いえ。それは何をしてるのですか」


「身を守る物を作っている」


「人を傷付ける物ですか?」


溜息を吐いたアイネは、手に持っていた塊を私に見せる。


「これは私の爪だ、削れば刃にもなる。今は戦争の只中ただなかだ、これくらい持たなければ、いつかおぬしが倒れる事になる」


「私にはアイネさんが居ます」


「私ではどうしようもない時くらいある、自分の身は自分で守るのが基本だ」


そう言ってまた作業を始めたアイネの隣に座って、机に突っ伏して肩を寄せる。

嫌がる事もなく作業を続けるアイネの顔を見上げると、しっかりと大きな目が合う。


今宵こよい随分ずいぶん愛嬌あいきょうがあるのだな、村が恋しくなったか?」


「馬鹿言わないで下さい、居場所も無かった場所が恋しくなりますか?」


「思わぬな、清々する」


「それがなってしまったんです、お母さんが居た時ですが」


持っていた爪とナイフを置いたアイネは、立ち上がってドアノブに手を掛けて振り返り、「こっちゃ来い」と言って部屋を出ていく。

部屋から出るとアイネの姿は既に無く、乏しい月光げっこうに照らされた廊下が伸びる。


足下がよく見えない階段を下りて宿の外に出ると、腰を誰かに掴まれて宙に浮く。


「誰で……」


口を押さえられて声が出なくなった後、空高く投げられて、宙に浮いたまま尻餅をつく。


「驚かせたのうクライネ」


「街の真上でドラゴンになったら、きっと大騒ぎになりますよ」


「心配せずとも良い、認知する事も不可能だ。そんな事より上を見てみろ、夜空が綺麗じゃぞ」


「本当ですね。アイネさんの背中も案外居心地が良いですし、良い夜ですね」


しばらくゆったりとした遊覧飛行ゆうらんひこうを続けると、1番高い丘の上に降り立つ。

2つの足で立ったアイネは空を見上げて、人の姿に形を変える。


大きく翼を広げたアイネは尻尾を振って空に手を伸ばすが、その手はふらふらしていて定まらない。


「おぬしは本当に戦争を無くす気なのか」


「私の夢にそれも加わりましたからね、本当に無くしたいです」


「昔、この丘であるドラゴンと誓いを交わしてな。だがそいつは、今どこで何をしておるか分からん。噂では、人と一緒にひっそり暮らしているとも、死んだとも言われておる」


「その人と、また会いたいですか?」


背中から草の上にゆっくりと倒れたアイネは、空を掴もうと漂っていた手を私に伸ばして、ワンピースのすそを掴んで座らされる。


「会いたいとは思わんよ、私は別れを沢山経験しておる。未だに慣れはせんがな」


「なんで座らせたんですか」


「理由は無い、隣に誰かが居るだけで違うものであろう」


「まぁ……そうかもしれませんね。アイネさんが居ると、何故か落ち着きます」


地面をぺちぺち叩いていた尻尾の上に頭を置いて寝転がると、アイネが小さく跳ね上がって、尻尾を引き抜かれる。

草の上に落ちた頭に鈍痛が走って、尻尾を抱き締めているアイネに睨まれる。


代わりに出された腕に頭を置くと、尻尾を真ん中に挟む形になった。

瞼を瞑っているアイネの顔を尻尾の陰から覗いて、自分の気が済むまでそれが続いた。

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