炎の聖女と千剣の少女

頭に衝撃が加えられて重い瞼を開くと、アイネが自分の尻尾の方をずっと見ている。

閉じそうな瞼を無理矢理開けてアイネと同じ方を見ると、昨日拾った金髪の女性が、大きな旗の付いた槍をこちらに向けていた。


「貴女に問います、そのドラゴンと仲間なのですか?」


「仲間と言うより、生贄です」


「やはり、今すぐこちらに来て下さい。本当にドラゴンが存在するだなんて」


女性とこちらに生じている温度差に、アイネは最早話を聞いてすらいない。


「大丈夫ですよ。生贄の私の痣や傷を治して、服までくれたお人好ひとよしですから。あ、食べる度胸が無いだけかも知れません」


「おぬしは突然言う様になったな」


「わざとですよ、アイネさんの事は好きですから」


「そうか、私がおぬしの親を喰ろうておってもか?」


「それはどうでしょう」


欠伸あくびをして人型になったアイネに、女性は手の中の槍を構えて踏み込む。

足下から振り上げられる槍に、服の裾を掠め取られたアイネは、飛び退きざまに女性の足下の土を抉って動きを封じる。


「やはり貴様は人を喰らう邪竜」


「血気盛んじゃな、本当に若くて羨ましい限りだ」


何故か勝手に動いていた私の体が、着地した瞬間のアイネに飛び掛かり、首を両手で絞めて、地面に叩き付ける。

馬乗りになって全ての体重を細くて白い首に乗せ、自分の手が痛くなるまで力を入れる。


片目を閉じて苦しそうにするアイネだが、抵抗らしい抵抗を見せず、私の目を見続ける。


「な、何を……その手を汚してはならない!」


地面から抜け出した女性が私を突き飛ばして、両肩を手で掴んで声を掛ける。

そこでようやく体から力が抜けて、自分の呼吸が荒くなっている事に気付く。


き込んでいるアイネは怒る事も無く、私と目が合うと、弱々しく、儚く微笑む。


「大事無いかクライネ、息が荒いぞ」


「後免なさい、私は大丈夫です。アイネさんも、御免なさい」


「構わん。私も変な事を言ったからな、流石に人は食わぬよ」


全員が何も喋らなくなって変な空気が漂い始めた頃、二足歩行の兎が前を駆け抜けていき、その後ろを少女が走って追いかけて行く。

消えていった森の奥でぐしゃっと音がすると、兎の耳を掴んだ少女が戻って来る。


怯え切ってガチガチに固まった兎は、手に持っている懐中時計を力強く握っている。


「さっきドラゴンが居たと思うんだけど、私の気のせい?」


「……私の事か」


手を挙げたアイネに歩み寄った少女は、腰の剣を抜いて突然斬り掛かる。

首に吸い込まれた刃は肌に通ること無く、硬い鱗に阻まれて止まる。


「本当にドラゴンだ! ここの世界はやっぱり鏡の中なのね」


「ふむ、訳が分からん。珍しい服を着た好戦的こうせんてき女子おなご、そして鎧をまとった落ち着きの無い女子。ただ頭のおかしな生贄、壊滅的かいめつてきなパーティーじゃな」


地面の花を指先で突っついていたアイネは、服に付いた土を手で払って立ち上がる。

馬鹿にされた私と女性は目線で打ち合わせをして、木にぶら下がっていた木の実をアイネに投げつける。


馬鹿にされたと理解していなかった少女だったが、その光景を見て、掴んでいた兎をアイネに投げる。


「やめぬか」


ドラゴンに姿を変えたアイネは口を大きく開けて、炎を吐き出して空に火柱を作り上げる。

それを合図と勘違いしたのか、女性が体に炎を纏って槍を構え、少女が剣を抜くと背後に大量の剣が現れる。


「私はアリス・プレザンス・リデル!」


「私はジャンヌ・ロメです」


「アイネ・トールだ」


「私はクライネ……って、待って下さい!」


3人の間に入って声を上げると、アイネは止まるが、ジャンヌとアリスは止まらずに獲物を振り上げる。

2人の刃が私に襲い掛かるが、アイネの翼に覆われて守られる。


人型に変わったアイネに抱えられて地面を転がり、額から流れている血が滴り落ちて頬に付く。


「おぬしは何故無茶をする、私が負けるとでも思うたのか」


「アイネさんの心配じゃなくてジャンヌとアリスの心配です、アイネさん容赦無く潰しそうなので」


「私をなんだと思うておるのだ」


「ドラゴンです」


「もうちと答えをひねらぬか」


溜息ためいきを吐いたアイネは額の傷に手を添えると、急速に塞がって綺麗に修復される。

再び大きく時間をロスした為、少し機嫌を悪くしたアイネと、加わった2人と急いで街を目指す。

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