嬢と僕
@arara
prologue
「あんっ!あっ・・・!」
女の嬌声が部屋に響く。男の律動と共に、その豊満な胸と腹周りの脂肪が上下左右、これでもかとばかりに揺蕩った。
「おらおらおらおら!!」
タガが外れた咆哮と一緒に、男は欲望赴くままに腰を振り続ける。
じきに頂点を迎えると、女の中から自らをずぷりと引き出し腹の上にどろりと欲を放った。
すぐにシーツにまで垂れ始める液体。乱れたベッドの上には、呼吸を荒げながら虚空を見つめる男女が二人、桃色の照明に艶めかしく照らされていた。
*
「・・・あーすっきりした!・・なっ、麻里奈!?」
女、もとい袖谷麻里奈はこくんと頷くと、仰向けになって寝ている男の首に手を回そうとする。
「ちょ、やめろって!あちぃやろ!今運動したばっかやん?」
「・・・何やねん、いじわる・・・。」
言葉ではそう返すが、心の中では男への好意に終始満ち溢れていた。麻里奈には、まだ先ほどの行為が下腹部に残っている。それを思い返すとまた疼きだすほどだ。
「あ、やば。そろそろ出勤の時間や。」
ベッド脇の台に乗せていた腕時計を見やると、男はすぐに服に手を伸ばし始める。
しばらくはそんな様子を後ろからじっと見つめていた麻里奈だったが、ぽつりと呟きがこぼれた。
「なあ、今度はいつ会えるん?」
「・・ああ?お前が会いに来てくれたらいいやん?」
「そうじゃなくて・・・」
がばっと身を起こし男の方に詰め寄る麻里奈だったが、男は依然背を向けたまま、忙しそうに身支度をしたままだ。
「こうやってデートできんのはいつかってこと!」
「いつも言うてるやん?俺ほんま忙しいねんて。ナンバーワン狙ってるって言ってるやろ。こうやって今日会うのだって、俺ほんま無理して来てるねんで。」
「それはわかってるけど・・・。でも、うち、カズの彼女やんか。」
「だから会いに来いっつってるやろ?デートできへん分、店でいつでも会えんのが俺の職業のメリットやんか。」
「・・・。」
そこで初めて、男は麻里奈の方を振り返った。
「なあ、あの件考えてくれた?」
「・・・デリヘルのこと?」
「うん、前も言うてたけどさ、店長めっちゃいい奴やねんて!俺のダチやしな。
あそこやったらめっちゃ稼げるから。そしたらお前ももっと俺の店来れるやろ?」
「・・・うん、そやな・・・。」
「なっ、ええ子やから。今からでも電話してみ?麻里奈やったら即日採用やで。
・・・そんじゃ、俺行ってくるわ!」
「うん、行ってらっしゃい。」
男はぽんと麻里奈の頭を軽くたたいてやると、万札一枚をベッドの上に置き、その場を後にした。
カズ・・・、優しくてかっこよくて面白くて、私の大好きで大好きでたまらない、ホストの彼氏。
もっと一緒にいたい。もっと抱かれたい。もっと愛してほしい・・・。
「・・・あ、もしもし、カズの紹介で・・・、え?ああ、はいそうです・・・。え、でも今ホテルにいて・・・、あ、このままここで待ってていいんですか・・・」
とあるラブホの片隅にて、麻里奈はその日、デリヘルに足を踏み入れることを決意したのであった。
*
「・・・ふう。」
もう十分や。
パソコンの画面の向こう、まだあんあんと喘いでいる女の動画を止めると、橋山直樹はごろりとソファに横になった。
上がりきった吐息が徐々に落ち着き始めると、視界には散乱したティッシュが目に入り始める。まざまざと自分の為した行為を認識せざるを得ないこの時間が、直樹はあまり好きではなかった。
くだらない。女も自分も。
しかしそうは言っても求めてしまうのは男の性だ。たまらなく女体を求め、自らの劣情をぶちまけざるを得ない。
と言っても、いつでも画面の向こうの女でしかないのであるが。
20代の頃はそれでも十分満足していた。自分の欲を消化できるのであれば、本物の女でなくとも良かったのだ。
むしろ、本物の方が煩わしい。といっても、生身の女と付き合った経験など、そもそも一度もなかったのであるが。だがそれでも、思考や感情を有した生き物を相手に事を行うなど、彼にとってはプレッシャーでしかなかったのだ。
30に入ったころであろうか、自分でもよく分からない。
結婚適齢期とやらが、本能の奥底から最後の警鈴を出しているのかもしれない。
生身の女と触れてみたい・・・。
自分でも信じられないのだが、そんな欲望が直樹の胸を渦巻き始めたのであった。
しかし誰と?
女っ気など過去、現在、そしておそらく未来までも全くないであろう自分が、どうやって為せるというのであろうか。
ビニール袋にティッシュを拾い集めながらそんな考えに耽っていると、ふとそれとは違う種の紙が床に落ちているのが分かった。
手に取って確認してみる。
『激安ヘルス・・・、気軽に電話、ネット受付も可・・・』
つい先日上司達との飲みに付き合った繁華街で、客引き男に無理やりつかまされたデリバリーヘルスのちらしだった。
ポケットに入れておいたのが、落ちたのだろうか。
「・・・。」
昔ならこんなちらし一瞥もくれることなどなかった。
売春婦と交際を持つなど、自分には全く関係のない世界のことで、ありえない話だった。
そのはずだったのに。
今ここにはこのちらしを片手に思案する自分が確かに存在していた。
嘘やろ・・・、自分。それに、もしこんなもの利用していることが万一職場に知れたらどうするんや。
・・・、いや、バレることはないか。僕の住居周辺に職場の人間は一人も住んでいない。
それは全従業員の個人情報を管理する立場の僕には知り得ていることだ。
いやしかし住んでないからといって僕の家の前を通らないとは限らないのでは?
万一、近くを遊びに来た際に・・・、いや、こんな住宅地に足を踏み入れる機会なんて・・・、
あ、そもそも自宅に呼ぶ必要もないのか・・・?
直樹の思考はしばらくの間堂々巡りを続けていたが、最終的に一つの結論に落ち着くこととなった。
店に自分の知り合いがいない限りバレるはずがない、と。
かくして直樹の選択は、ほぼ固まりかけていたのであった。
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