やさしいfff
千里亭希遊
1.故郷の足跡
「おう? ヒサシじゃねぇか、帰省か?」
ここの店主だか責任者だかのおっさんは、俺が挨拶する前からもう声をかけてきた。そのことに多少の敗北感を抱えながら、改めて挨拶をする。
「うっす、盆休みです。
「あーあーかたっ苦しくすんじゃねぇ、また機材いじりやってくか?」
四藤さんを始め、常連客の見知ったおっさんたちはニッと笑いかけてきた。
「やらせていただけるならぜひ。今日は何か予定あるんすか?」
「おうよ、今日はお堅いほうだから、あんま
四藤さんがお堅いとかいうなら、今日のライブはクラシック系か。
「っつーかそこの貼り紙にあるやつだ。地域でまとまってる合奏団の演奏会だ」
おっさんが指さす先には、A4サイズのビラが貼ってあった。紙質が凝ってあるようで、古紙のような見た目をしている。
「しかし合奏団って、ステージの広さ足りなくないっすか? この団体オーケストラ規模じゃないですか」
腐っても地元民だ。名前くらい目にしたことがある。ぼんやりその貼り紙を眺め、開演は15時からのワンドリンク制で、演目がいくつか並んでいるのを確認する。
「……あぁ、全員一気にやるわけじゃないんすね」
「そうそう、ピアノ+他種の楽器数人、だな」
「これだけ演目が並んでるなら、夜に入りますね」
「まあいくらなんでも特定遊興になるまではないだろうさ」
深夜0時を超えるようなら、営業形態が変わってしまう。
ビラに書いてあった曲目は、比較的短いものばかりだった。
だから、それどころか小中学生以下が心配になる時間帯にもなるまいよ、と四藤さんは言う。何かトラブルがない限りはそうだろう。そして音響に関してトラブルを起こさないようにするというのは、中学生ごろから俺がここでやらせてもらってた『機材いじり』の一部だ。
PA──
「そういやヒサシ、お前昼飯食ったのか?」
「めんどくさいっす」
「おめーはまたそういうこと言いやがって」
普段はなんでもかんでも笑って受け入れるおっさんが、珍しくまじめな表情をしたので俺は目をそらした。そうだ、こういうことを言うといつも怒られた。
そしてそらしたさきで目に映ったあの凝ったA4サイズのビラに、気になるモノを発見して思わず凝視する。
「どうした?」
俺が昼飯のことを誤魔化そうとして変な顔をしているのではないと分かるのだろう、四藤さんはなにごとかと聞いてくる。
「いや──この合奏団、俺くらいの年のやつ、所属してたりします?」
「そこまで詳しいこたぁ俺もしらんが……どうしたんだ?」
俺の表情がどうなってたかは自分でも分からない。分からないが、四藤さんがしきりにどうしたと聞いてくるくらいには変な顔をしているのだろう。
「……なんでも、ないっすよ」
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