その距離15センチ

美作為朝

Before the day その日の前に

 今日は、重要な日だ。


 この日本超高高度探査機構、JUHAXO(Japan Ultra Hyper Altiutude Exploration Organisation)。通称ジュハックスにとっても、私の妻にとっても。

 人類史上といっても、有史以来だが地球のみならず、太陽系に最接近する、巨大隕石ニアラ・メテオラ。大きさは直系が丁度月の半分程度。

 これは、地球的規模の大ニュースとなった。初期は、地球衝突の可能性の可否をかけて、全地球的科学論争となり、その後、太陽系の各惑星との衝突の可能性がないとなるや各国、各機関、各機構は、各種観測衛星ならびに、観測宇宙船を宇宙に放ち始めた。これは、壮大な太陽系規模の天体ショーであり天体観測だった。宇宙物理の実験観測分野で100年分ぐらい進む可能性があった。


 この日本も例外ではない。

 観測衛星とニアラ・メテオラに最接近する無人観測宇宙器を送り出すことになった。

 時間はそれほどなかった。

 ニアラ・メテオラは、宇宙の彼方からやってきて、地球に近づき、そしてどんどん離れていく。

 ありあわせのエンジンに搭載できる、最重量の計測観測機器を積み込んだ、人工衛星と観測宇宙機、この二つを別々でなく、一度打ち上げる。

 この二つのまぁ人工衛星と呼んでいいだろう。

 は、オス型メス型の男女の対になっている。というか、別々に二体分、最接近用、観測用と開発し別々に打ち上げる余裕がJUHAXOにはなかったのだ。

 イオン・エンジンを搭載した。オス型から、イオン・エンジンを抜き取り、オス型からデータをもらう受信装置と地球へデータを送る発信装置を搭載した、メス型。

 丁度、アダムとイブのように、アダムからイブが創られ、性能が別個に割り振られていた。 

 ニアラ・メテオラに最接近する、イオン・エンジン搭載の無鉄砲なオス型を伊耶那岐いざなぎ、データの受信と送信を担当する、メス型を伊耶那美いざなみと名づけられた。

 二人は、夫婦として、約10ヶ月前に、ロケットだけは、二段式の新型のH6型エンジンで打ち上げられた。

 このロケットもありあわせの突貫工事で作られたものだけど、問題なく、打ち上がった。ロケットエンジンは所詮使い捨ての燃料を吐き出すだけの風船である。

 無事、第一宇宙速度を突破した。しかし、これは、メディアや報道なんかでは伏せられているが、相当なあぶない橋だった。ギャンブルといってもいいぐらいの。

 各国の観測衛星の打ち上げなんかからは、かなり遅れて、日本の一番古いこの夫婦は、宇宙にとびたった。

 

 もう一組の飛び立てない、夫婦が居た。それも、この日本超高高度開発機構JUHAXOに。職場結婚した。私と妻の奈々美だ。

 その名も、大園夫妻。

 はっきり言って、あんまり詳しく書きたくない。

それは、私の敗北の歴史だからだ。大敗北というか、連戦連敗の歴史だ。

 丁度、JUHAXOの歴史と似ている。

 日本が先の大戦で某超大国に手痛い、敗戦をしてから、宇宙開発はおろか、航空機開発まで、制限され、他の先進国から遅れに遅れた。無条件降伏だったから、国民全体で飢えていたから、理由は後付けでなんとでもなった。この辺も大園夫妻の場合とよく似ていた。 日本は先の大戦まで軽く作ることが性能に直結する航空機技術はどうにか先進国のレベルにしがみついていた。

 しかし、敗戦により戦勝国に航空機の開発とその製造を完全に止められてしまった。日本は、民生用のトラック程度しか製造を許されなかった。

 日本が自前の航空機を製造できるようになったのは、60年代に入ってからである。その間に織機メーカーが車を作って大メーカーになっていた。しかし先進国はもっと早く、もっと高くとべる機体を大量に生産していた。

 出来た飛行機は旅客機だった。しかもターボプロップ・エンジン。なにも、ターボプロップ・エンジンを馬鹿にするつもりはない。だけど、他の国はもっと先を行っていた。ジェット・エンジンも、ロケットエンジンも。

 

 JUHAXOそのものが、国の対面を保つためけに、始まったような機構だった。

 これには、文部関係を牛耳る、一人の最大派閥の超大きな金脈を握った保守系大物政治家が絡んでくるのだが、これはJUHAXO史的には、重要だが、そこで、働いている、私たち夫婦には、殆ど関係ない。

 奈々美が巨大与党に投票していないのは普段の政治のニュースの見具合を見ていれば、かんたんに推測できる。

 ちなみに私も戦勝国が傀儡と言ってもいいぐらいの安定政権を得るために二つの大きな保守系の与党をくっつけた巨大与党には投票しない。

 そんな暇はないし、政治には全く興味がない。

 まだオタクという言葉なかったころから、オタクだった私は、行政が提供する学びの場で既にいつでもどの局面でも少数派だった。

 いじめられていたわけではないが、いじめられないように盛大に振る舞う様にいつも迫られていた。ある意味、学びの場での兵隊だった。今の結婚生活とさして変わりはない。


 この小さな国の出遅れた、宇宙開発団体は、他の先進国が、有人宇宙計画を完全に諦めるか、めちゃくちゃ推進するかの決断に迫られている中、もともと対面を保つだけぐらいで始まった同好会レベルの機構だからして、有人宇宙計画も組織のスタートからきっちりと保持していた。そして、その日陰者の部署に私は居た。

 しかし、これも、対面上だけで、予算は少なく、大きな看板が宣伝の代わりにかかっているぐらいのノリだった。機構内ですら、時々、

「普段は何をやっておられるのですか?」

 と真剣な表情で食堂で同僚に聞かれることがある。

 就職後、第一段階は、真剣に嘘をついていたが、もう第二、第三段階に入っている僕は、何も答えなかった。 

 同じ職場で給料を得ている同僚にそんなことを真剣に尋ねてはいけない。


 しかし、妻は違った。私と結婚しても、旧姓を便宜上と称し、名乗り、堂々とこの機構のメインストリーム、もっとも予算を食う花形部門で働いていた。

 そう、超高高度探査部。佐竹奈々美はここの部長だった。

 このニアラ・メテオラ観測計画の部長だった。計画推進なんとかになっていた。詳しく訊くつもりはなかった。

 ミッドウェー以降の大日本帝国と同じく敗北がより鮮明になるだけである。数年後、大日本帝国は地図上から完全に消えた。みんなが予想していて知っている結末を実際になぞるのは、とてもつらい、みんな嘘つきだった。

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