潜み住むモノ達

ひやニキ

再会

 2015年、春。

その日、"私"はワインと酒のつまみの材料を片手に、O線S駅に降り立った。


と、言うのも高校時代の友人であるDが、実家である茨城県から東京へ転職のため引っ越してきたのだ。

その入居祝いのため無類の酒好き同士でパーティーとしゃれ込むためだ。

同じ線沿いに、嘗て同じ学び舎で仲良く過ごした友人が越してきた。

そんな出来事に心が弾まないわけがない。


向かう電車の中、青空を眺めながら思い出が蘇る。

空の教室で先生の目を盗んでカードゲームに興じたこと。

互いに苦手な科目を試行錯誤して教えあって結局テストがボロボロだったこと。

センター試験の高得点祈願のため、寒い体を震わせながら一緒に神社に行ったこと。

そんな過去の日々に口元が微かにほほ笑む。


 駅について10分ほど、12時を少し過ぎる頃。

改札前に、Dと再会した。

少し小柄な体躯、真っ直ぐでさっぱりとした黒髪、細く切れ長の目に高い鼻。

筋肉付きの良いシルエットと浅黒い肌は、昔野外スポーツをしていたことを如実に表している。

ずっとメールと通話アプリで連絡はとっていたものの、実際に何年ぶりにも会ってみると心が弾むものだ。


 「よう、久しぶりだな。

卒業式以来だから7年ぶり位か。

だいぶ瘦せたんじゃないか?

こちらに来て食うも苦労する生活を送ってはいるのか。

人間体が資本、きちんと体を鍛えておかないと直ぐに倒れてしまうぞ」

そう言いながら力こぶを作る。

「その意見には大いに納得だけど、僕は生憎Dのようにスポーツや筋トレに取り立てて興味のある人間ではなくてね。

いつも大縄で1人引っかかったり、バスケットボールを顔面で受け止める運動音痴だから」

「あ、その言葉。高校の卒業式でも同じこと言ってたぞ。

この数年間で全く何も変わっていないんだな」

「変わってない?変わったさ。」

「何が?」

「体が経年劣化した」

「それはお互い様だろう。

なんにせよ久々に会ったんだ、先ずは飯にでもしよう」

笑顔で明るく話すDの姿に、高校の頃の姿を重ねる。

あれから年月が経ったのだなぁ、としみじみと私は感じていた。


「昼間から酒をガツガツ入れたいところだがな、家に行く途中旨いラーメン屋があるんだ。

それをどうしても食わせたくてな」

こんなにもワクワクとしているのは、互いに昔のようなやり取りが出来て郷愁と歓喜で胸中を膨らんでいるからだろう。

それを体で表現するかの如く、私もDもどこか足取りは軽くて空気が穏やかである。

『喜怒哀楽がハッキリしている故非常に付き合いやすい』

それは出会った頃から感じている。


 何故ガリ勉でどこか暗くて人付き合いの苦手な私と、明るくスポーツマンなDが友人となったのか。

正反対という言葉が似つかわしい私達が仲良くなった経緯は未だ私の中で混沌としてている。

Dとの出会いは高校1年まで遡る。

大学で獣医学を専攻したかった私は高校の生徒の中でも取り立てて勉強と小説以外興味はなかったし、それ以外に興じなかった。

加えてコミュニケーション能力も絶望的で人と断絶していたので正に根暗なガリ勉の典型のような人間であった。

だから、クラスメイトも積極的に声をかけてこようとはしなかった。


 しかし、入学から3ヶ月経ったある日、当時野球部にいたDがなんの前触れもなく、声をかけてくる。

「俺らと一緒に飯食わないか?

弁当の中身見せろよ、俺のはのり弁!

見ろよこのおかず、母さんの作る卵焼きは甘くて美味いんだぜぇ」

私からすれば毎日通る交通量がゼロに等しい交差点で、ある日急にトラックに突っ込まれた、そんな感じの唐突さと衝撃をクッション無しに食らった気分であった。

そんなものだから、私は口を開けてポカンとしていた。

きっと非常に滑稽な顔をしていたに違いない。

「答えないってことはイエスだな。おーい、O!M君!コイツも一緒に飯食うって!」

その言葉とともに抵抗する暇もなく、弁当と水筒を無意識に握りしめたまま引っ張られて行った。

そこにはクラス一の身長と体重を誇る、穏やかさを絵に描いたようなMと、日焼けた肌に髪をワックスでツンツンにした威勢のいい男、Oがいた。

どうやらよく小説を読んでる姿を見られていたらしい。

彼らも同じ小説が好きだったらしい。

他にも漫画やアニメの好きな傾向が非常に似通っているらしく、常々声をかけたかったらしい。


 それ以来、高校卒業までクラスが別になってもどこかに集まってはお昼を共にした。

互いの趣味をゲーム・小説・アニメ漫画、果てはスポーツでも共有する仲になっていった。

たった一度お昼に誘われたことから、仲良くなり其れがこんなにも続くとは当時思ってもいなかった。

 以上が私たちの仲良くなった流れである。

そんな私たちは時と場所を移して今こうしてやはりランチタイムを共に過ごしている。


 「再会してもお昼一緒に食う辺りホンット腐れ縁だな。

今昔両方、お前に飯誘われて振り回されてる気がする」

と、意地の悪いからかいを内角角度低めから投球する。

「まーそう言うけどな、あの時声かけてやらなかったらお前ずっとボッチだったろ。

救ってやった恩人に感謝しろよ、あっ、そっちの胡椒とって」

からかいは見事打たれた、というところか。


 30分ほどでラーメンを食べ終え、Dの新居に向かうことにした。

そこから歩いて10分もしないうちにDの越してきたマンションに着く。

マンションの外観は比較的新しい。

茶色のタイル状の壁を持つその立派な4階建ては、モダンな雰囲気を醸し出し、付近の住宅街にごく自然に溶け込む自然さも兼ね備えていた。

中々広い駐車場も裏にあり、車持ちの入居者にも優しい。

だだっ広い駐車場には少しお値段高そうな銀色の大型車が目を引く。

その奥には廃車なのだろうか、錆が生え始めた赤い普通車があり、私はどことなく不気味に感じた。


不気味と言えば、車のみならず建物全体がどことなく薄気味悪いと既に感じていた。

昼間もまだ14時にもなっていない晴れの日なのに、まるで曇り空のようなどんよりとした空気が周囲に立ち込めている。

まるで建物の周囲だけ一足先に梅雨の季節が到来し、降りしきる雨の中湿気に耐えながらじわりじわりと汗をかきつつ1か月過ごしたかのような、そんな独特の「重さ」があった。


同時に何故か生臭いような臭いがする。

どこかの部屋で豚肉を炎天下の軒先に吊るしては、触れるだけで肉汁が溢れ崩れゆくほど腐敗させているのではないか。

「なぁ、D。ここ何だか気持ちが沈む、というか空気が重いというか・・・何かしら暗い感じしないか?とてもヒヤリとしてて悲しい感じというか」

耐えられなくなり、私は今私の肌と心臓が直に感じている青く重い感情のようなものを、Dの背中へやんわり投げかけた。


「そうかぁ?別になんも変わらんと思うぞ。

それどころかゴミ捨て場も綺麗ならエレベーターもあるし、隣はコインランドリーで向かいは本屋さん。

設備は整ってるし不満になる点がない。

加えて同じ階の人に若い夫婦さんがいてだな、その奥さんの胸が中々たわわで・・・へへへ」

Dの顔が話してるうちにみるみるだらしなく締まりがなくなっていった。


胸がたわわなのは確かに気になるポイントではあるものの、私の感じている変な空気をDは感じていないようであった。

私もきっと気のせいだと、その場に於いては割り切ることにした。


否、その時点で違和感があったことに、正直言ってしまえば気づいていながらも、そこにある其の事実を心に仕舞って見ぬふりをしたに過ぎなかった。

思えばもっと確りとこの時私自身が五感で感受した出来事をDに言葉で形容してぶつけるべきだった。

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