涼宮ハルヒの憂鬱シリーズ第12.5巻(むろん二次) 夏、偽SOS団な日々

齋藤 龍彦

第1話【涼宮ハルヒ(ただし光陽園Ver.)の来襲】

 『藤原、とでも呼ぶがいい』と言った僕だが実はその名の通り〝藤原〟だったりする。根が正直というのは困りものだ。その場その場で当意即妙に嘘がつければいいのだが。


 僕が『新聞』、という紙で出来た情報媒体を読んでいると、コンコンコンというドアをノックする音、ほぼ同時にインターフォンのチャイムが鳴り、次の瞬間には鍵穴に鍵を差し込む音がしてかんぬきがターンする音が続いた。

「藤原、いるなら開けなさいよ」と勝手極まりない事を言い、長い髪をたなびかせながら遠慮なく部屋に踏み込んできたのは涼宮ハルヒ。光陽園学院とやらの夏服姿。

 正真正銘ただの人間の方の涼宮だ。


 この女と僕を繋いでいる接点はともに『偽SOS団』の団員であるということ、そして、そこにしかない。


 僕は過去に戻り危険な賭け(本物、というのも妙だが北高の涼宮ハルヒの暗殺)に打って出た結果(それはもちろん失敗した)、高い代償を支払わされた。

 まず足の自由が利かなくなった。なんとか歩けはするがもう走れない。

 そして元の世界に帰れなくなった。時間線が途切れたのだ。だからといって敵対的未来人は僕に免罪符など与えはしない。いつ捕らえられてしまうのか、僕は追われる身となった。

 そんな僕が未だに捕まっていないのは、僕が身を置いているこの世界が異世界だからだ。ここは未来人達には絶対に手を出せない世界。


 僕は部屋の壁にかかる装飾の一切無い白い無機質な丸時計を見上げる。秒針が動いている。この世界でも時間は刻まれ続けている。だがこの世界には存在しない時間がある。それは昨年12月18日早朝以前の時間。

 僕は今宇宙人製の少女人形、長門有希によって造られた世界にいる。

 過去人はこの世界はこの世に3日間だけ存在して消えたと、そう信じ込まれ続けてきたようだったが、長門有希は時間線を切断することで消滅したものとして処理をしていた。


 この『12月18日からの世界』は今なお存在し続けている。


 とめどもなくそんなことを考え続けている間、涼宮ハルヒはぐるりとこの部屋を眺め回していた。

「座布団くらい用意しなさいよ」涼宮ハルヒが僕に命令口調で言ってきた。


 何の因果だ。女に命令されるとは。しかも僕が殺そうとした女とまったくおんなじ顔おんなじ名前の女に。

 実に苦い。

 しかし僕は寄る辺のない身の上になったのであり、そして生活力ゼロの男だ。こんな僕が今こうしていられるのも『偽SOS団』のおかげだ。『偽SOS団』が僕の生活をバックアップしてくれている。


 僕。

 佐々木さん。

 一般人でしかない光陽園学院の涼宮ハルヒ。

 橘京子。

 周防九曜。


 この総勢五名が偽SOS団員全員だ。僕にはここから〝抜ける〟という選択肢は無い。


 そしてこの『偽SOS団』の中心に居座っているのが目の前の涼宮ハルヒと——


「ああ、そうだっけ。あんた足が悪かったのよね。場所だけ教えなさい。座布団の」そう涼宮ハルヒが言った。案外マトモなことも言う。

「前と変わってない。九曜がそんなものを用意すると思うか?」

 僕がそう言うと涼宮ハルヒは僕を見下ろし、(おそらく)僕が床の上に直接座っているのを確認すると、

「しょうがないわね。くーちゃんは」と言ってその場にぺたんと座り込んだ。


 ——この『偽SOS団』の中心に居座っているのが目の前の涼宮ハルヒと——、もうひとつの中心、佐々木さんだ。

 この二人には特に頭が上がらない。


 勝手に鍵を開けられ勝手に踏み込まれ勝手に居座っている涼宮ハルヒ。だが部屋に上がり込まれてもこの部屋は僕の部屋ではないためこの無粋な女に『出て行くように』と言ってやることもできない。

 なにしろこの部屋の主が合い鍵を涼宮ハルヒに渡してしまったのだからな。主の名前は周防九曜。

 僕は九曜のマンションの部屋の中にいる。考えたくもないが客観的には僕は居候であり女に頼って生きている〝ヒモ〟になっている。

 ただ、九曜が厳密な意味において女であるかどうかは微妙なところがある。のでその点まだ救われていると言える。



 しかし目の前に座り続けられているとなんとなく居にくい。

「九曜はいつ帰るか解らない」僕は涼宮ハルヒにそう言ってやった。

「あっ、そっ」

 涼宮ハルヒは僕の嫌味にはなんらの反応を示さず、僕の〝行為〟の方に反応を示した。

「藤原、あんた曲がりなりにも〝未来人〟よね? それが未来人のすることなの?」

 そう言われた。さらにダメ押しで、

「——なんだか大昔のオッサン臭いし」

 放っておけ。

 とは言っても僕はたった今、あぐらをかいて『新聞』、という紙の情報媒体を開いていたところだった。時代遅れもいいところだな。

「九曜の趣味だ。アイツは妙にアナログ好きなところがある」

「じゃあその〝あぐら〟はなに?」

「九曜が部屋の中に家具を一切置かないからだ。現に座布団の一枚もここには存在しない」

「でも藤原、あんたの布団はあるって言ってたわよね?」

「一つしかないがな」

「いやらしい」

「なっ、」

 ペースが乱される。

「九曜が布団を使っているのを見たことはないし、だいいちアイツは本当に〝女〟なのか?」

「どう見ても美少女でしょ。そう言えばくーちゃんが夜どうやって寝てるのか見たこと無いけど、今度見に来てみようかしら」

「言っておくが僕も九曜とはめったに顔を会わさない。九曜はほとんどこっちの世界——いや、『12月18日からの世界』にはいない」

「その『じゅうにがつじゅうはちにちからのせかい』って言い方気に食わないのよね」

「仮に今ここに九曜がいたとしてこんな部屋に泊まれるのか?」

 僕がそう言うと改めて涼宮ハルヒは九曜の部屋をぐるりと見廻す。

「まあそうよね。快適に過ごせるかっていうと……くーちゃんったらミニマリストなんだから」

「いや、それは少し違う。ミニマリストとは『最小限の物はある』という意味だ。この部屋には最小限にすら物が無いだろう」

「あるじゃない。時計と新聞が」

「……」

「ところであんた、本当にくーちゃんと何かをしてないでしょうね?」

「なにかってなんだ?」

「やらしいこと」

「……」

「なに黙り込んでんのよ。まさか本当にやってないでしょうね? くーちゃんって好奇心旺盛だから」

「そこまで堕ちちゃいない」

 相手は宇宙人製の少女人形だぞ。いくら今の僕でも——、とそれを口に出せないのが苛立たしい。


 この涼宮ハルヒの顔を見れば周防九曜に対するスタンスが解る。九曜のことを親友にしているのだ。ソイツの事を悪し様に言ったらどうなるか。コイツも僕とおんなじで芝居ができない。


 僕は、と言えば女のご機嫌取りをしなければ〝居る〟こともできないとは。何度思ったか解らないくらいだが改めて我が身の境遇を嘆きたくなる。

「微妙に棘を感じるわよね」涼宮ハルヒは言った。

「そいつは思い込みだな。僕は僕を助けてくれる存在には誰であれ感謝する。男でも女でも人間じゃなくてもな」

「でもここで一緒に住んでいるのよね?」

「何度も念を押しておく。確かにここは九曜のマンションだ。しかし九曜自体はここに常駐していない。丸一日会わない日だってある」

「本当でしょうね?」

「アイツの目的は北高にいる方の涼宮ハルヒの監視だ。こっちの世界にいてもしょうがないだろう」

「だけどたまには来るのよね?」

「たまにはな」

「ならあんたに伝言頼みたいんだけど」

「どんな伝言だ?」

「あんたには言わない。くーちゃんに直接言いたいの」

「そうか」

「〝そうか〟じゃないわよ。くーちゃんが来たらすぐあたしに連絡しなさい。これあたしのスマホの番号ね」

 そう言われ紙片を手渡された。

「人のことアナログ人間呼ばわりしていたのにこれか」

 〝電話番号を紙に書いて寄こすとは——〟という意味だ。

「あんたスマホを契約できないでしょ」

 不法な手段で手に入れない限りはな。

「解った」

 僕はそう言うしかない。

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