第十一話 盆踊り

 毎年お盆の時季になると、全国各地で盆踊りが開かれる。

 大勢の観光客が訪れるような規模の大きいものもあるが、ほとんどは地元の人だけが集まる、地域のためのイベントであることが多い。

 もともとは、お盆に帰ってきた祖先の霊を供養、あるいは霊と交流するための行事だったというから、どちらかと言えば、地域単位で小規模におこなうのが相応しいのかもしれない。

 ただこの場合、複数の地域が密集しているような都市部では、盆踊りも密集してしまうことになる。実際お盆のシーズンになると、「○○町×丁目盆踊り大会」などと細かく区切られ、短期間にそこかしこの公園で盆踊りが開かれることが多い。

 もっとも、同じ町内で複数の盆踊りが完全に同時開催されることは、あまりない。資材や人員を回したり、参加者の分散を防いだりといった、様々な配慮ゆえだろう。


 大学生のTさんの体験だ。

 夏の盛り、飲食店でのアルバイトを終えて、Tさんが夜の往来に出ると、賑やかな太鼓の音が聞こえてきた。

 近くで盆踊りをやっているらしい。興味をそそられて行ってみることにした。

 この界隈はTさんの地元ではないため、会場を見つけるのに少し手間取った。それでも太鼓の音を頼りに公園に辿り着くと、そこには「○○町×丁目納涼盆踊り大会」の看板が掲げられ、大勢の人々で賑わっていた。

 大きなやぐらの周りで、無数の提灯に照らされて、何人もの浴衣姿の人が踊っている。

 みんな手拭で頬かむりをしていて、顔はよく見えなかった。この辺りの風習なのだろうか――。Tさんはそんなことを思いながら、夜店で惹かれるままに焼きそばを買い、仕事終わりの腹を満たした。

 絶え間なく鳴り続く太鼓が、体を芯から揺さぶる。色とりどりの浴衣を着た人達とすれ違いながらゴミ箱を探していると、町内会のおばさんらしき人が「もらいますよ」と言って、Tさんの手から容器と割り箸を受け取った。

 手拭で頬かむりをした、丸い目のおばさんだった。白粉でも塗りたくったかのように、異様に白い顔をしていた。

 よく見れば、辺りを歩いている浴衣の人達も、妙にぺったりと白い。

 これも風習なのだろうか。

 何だか自分だけ浮いている気がして、Tさんはそれ以上は留まらず、公園を後にした。

 ドンドンという太鼓の音が、Tさんを送り出す。駅へ向かって歩く。

 太鼓の音は、一向に途切れない。

 まるで盆踊りに付きまとわれているかのような気がして、Tさんは足を速めた。

 そして――道に迷った。

 気がつけば、慣れない町の路地裏にいた。辺りに人影はない。

 太鼓の音だけが聞こえる。

 見渡すと、近くに賑やかな一角があった。公園で盆踊りが開かれていた。

 一瞬、さっきの場所に戻ってきてしまったのかと思った。しかし景色が違う。掲げられている看板も、「×丁目」の部分が変わっている。

 なのに、踊っている人が同じだった。

 ……いや、頬かむりをしているから、そう見えるだけだろうか。

 顔を隠し、手足をカクカクとうごめかせて踊る浴衣の集団が、次第に気味悪く思えてきた。

 テントにいる係員に駅の場所を訪ねようと、近寄ってみた。

 みんな、ぺったりと白い顔をしていた。

 Tさんが道を尋ねると、係の人は「あっちですよ」と彼方を指した。

 礼を言って公園を出た。太鼓の音はやまない。

 歩いていくと、また公園があって、頬かむりの集団が踊っていた。

 大勢のぺったりした顔が、Tさんをいっせいに見た。

 怖くなって逃げ出した。太鼓の音がやまない。

 また別の公園があった。逃げようとするTさんを見て、ぺったりした顔が押し寄せてきた。

 一人が手拭を持って、Tさんの顔に押し当てた。

「着けなさい。着けとかないと、間違えられてしまうよ」

 意味が分からないまま、顔を塞がれた。

 そこで――意識が途切れた。


 Tさんが犬の吠え声で目を覚ましたのは、翌朝のことだった。

 ちょうど犬に散歩をさせていた近所の人が、誰もいない公園でカクカク踊るTさんを見つけたのだ。Tさんはそのまま病院に運ばれ、よく分からない熱で三日間入院した。

 ちなみにTさんが見つかった公園では、もちろん盆踊りなど開かれていなかったそうだ。

「この辺りは山を切り開いて出来た町だから、たまにこういうことがある」

 年老いた医師が、Tさんに意味ありげにそう語ったという。

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