短冊は天の川の橋となる

相田 渚

短冊は天の川の橋となる 1

 授業が1コマ空いた時、大学の校内にあるカフェテラスに集まるのが野川伊織と友人達の習慣だ。

 

 授業が終わり伊織がカフェテラスに向かうと、きゃあきゃあとはしゃぐ声が耳に届いた。

 

「おはよー。何してるの?」

「伊織おはよう。今願い事書いてるの!」


 ほら、と掲げられた桃色の短冊には彼氏欲しい!とでかでかと願い事がかかれている。


「そうか、もうすぐ七夕だもんねえ」


 自分の背丈よりも大分大きい笹の葉を見上げ、伊織は呟いた。

 いつから飾られているのか気付かなかったが、既に笹の葉には色とりどりの短冊がぎっしりとくくりつけられている。

 

「私上のほうにつけよーっと」

「えー下のほうが目につかないんじゃない?」

「ねえ、見てこれ、皆同じこと考えてる」


 ピラ、と友人が手にした短冊を見ると今年こそ彼氏を…!と切実な空気が伝わってくる願いが書かれている。


「今年中に5キロ痩せたい、単位欲しい、お金欲しい、内定欲しい、筋肉つけたい、彼女ほしい…」

「皆が幸せでいますように、家族が全員健康でありますように、戦争なくなれ…」

「こっちは完全ウケ狙いだわ。世界征服する、ブロッコリーになりたい、この後のバイト間に合え、ラーメンが伸びる前に食べられますように…って短冊書いてる場合じゃないし!」


 ツッコミを入れる友人に笑いながら、伊織もふと近くの青色の短冊を手にとってみた。

 

 今年こそ、あの子と金平糖を食べたい。


 一画一画のトメハネが激しいせいで、躍るような特徴的な文字。

 伊織は息を呑んだ。 


 ぼく、あまのなつひこ。きみ、のがわいおりって言うの?すごいや、ふたりあわせると天の川だよ。7月7日は僕たちの日だね!


 脳裏にソプラノの高い声がよみがえる。

 幼稚園の頃からの幼馴染の天野夏彦と、初めて会った時の言葉だ。

 

「伊織、私達今日はこの後授業ないから帰るわ」

「願い事もばっちり書いたしねー」

「伊織も書いときなよ」


 はい、と水色の短冊とペンを伊織に渡し、友人達は夏休みをどうするだのテストが憂鬱だのと話しながら去って行った。

 手元に残った短冊を見つめ、伊織はぼんやりと幼馴染と過ごした日々を思い出していた。

 

 ・。・゜★・。・。☆・゜・

 

  幼稚園の年長組みの歳に、伊織はそこに入園した。


「のがわ、いおりです…」


皆の興味津々な目に圧倒されてやっとこさ名前を名乗ると、体育座りをしていた幼児達の中の1人がぴょんっと立ちあがった。


「ぼく、あまのなつひこ。きみ、のがわいおりって言うの?すごいや、ふたりあわせると天の川だよ。7月7日は僕たちの日だね!」


 にこっと笑いかけてきた夏彦に緊張がほぐれた伊織もつられて笑い返すと、彼はますます瞳を輝かせてお気に入りのおもちゃに飛びつくように伊織を抱きしめた。


「いこう!幼稚園のこと、教えてあげる!」


 それからというもの、夏彦は毎朝幼稚園について伊織を見つけると走り寄り、夕方のお迎えがくるまでずっと彼女の傍にいた。 

 かくれんぼの時のとっておきの場所、いちおしの絵本、幼稚園のメンバーの特徴を得意げに披露する話し方や、伊織の反応を目をキラキラさせながら伺う様や、ぴょこぴょこと跳ねる毛先や身体をたくさん使い走りまわる行動は、さながら小型犬のようであった。


「そういえばはじめてあった時夏彦は、私と合わせて天の川だって言ったでしょう?天の川が何だか知ってるの?」

「知ってるよ!おりひめさまとひこぼしさまの間に流れるそらにうかぶ川だよ」


 おりひめさまとひこぼしさまは一年に一回七夕の時だけ会えるんだぞ、と胸をはって言う夏彦の頭をよしよしと撫でる。

 それに機嫌を良くした夏彦が更に知識を披露する。


「あとはー、七夕の日には笹の葉に願い事をかいた紙をくくるんだよ!」

「お願い事かあ…」

「伊織は何をお願いするの?」

「うーん…えーと…こんぺいとういっぱい食べたい。10個よりもいっぱい!」


 知っている最大の数以上を表すように伊織は両手を広げた。その仕草に、夏彦は訳知り顔でふんふんと頷く。

 伊織はお星様のような形の色とりどりなこんぺいとうが大好きで、おひるごはんのでザートにいつも持ってきていたのが、最近になって虫歯を心配した母親によって、金平糖は誕生日等特別な日にしか食べることができなくなってしまったのだ。


「じゃあ、お誕生日とクリスマスだけじゃなくて、七夕の日も伊織がこんぺいとう食べられるよう俺もお願いする!その時は俺にもちょうだい!」

「いいよ~。今年も来年もそのつぎもずっとずっとたくさん一緒にこんぺいとう食べようね」


 ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます。


 幼稚園の教室で小指を絡めて交わした約束どおり、その年も次の年も同じ小学校に通うようになってからも、2人は一緒に金平糖を食べた。

  

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