七夕の日は窓辺でサイダーを。

高瀬涼

七夕の日は窓辺でサイダーを。

 ムシムシとした夏の夜。

 湿気でいくらか体重が増えているのではないかと思うほどだった。

 

 豊島にいな、があたしの名前だ。

 携帯には珍しく誰からも連絡が入っておらず、私は手帳型の携帯カバーをぱたん、と乱暴に閉じた。

 ベッドに仰向けになって天井をぼんやり見つめる。

 クーラーが今時部屋にないので、窓と扇風機が頼りだ。


 七夕の日って、会えない恋人たちが会える日、願いが叶う日としてロマンチックな日である。

 だから、過去のあたしも好きな人には七夕に告白した。

 そうすれば、夏休みに会えるし、花火大会だって一緒に行けてしまう。

 一石二鳥だ。


 ところが、現実はそう甘くなく、七夕に告白した人はみんな、あたしをふっていった。

 なので、あたしはいつの間にか七夕がくると憂鬱になった。

 安易に告白ばっかりするものではない。

 焦った年には、少ししか知らない顔がいいだけの男子に告白だってした。

 もちろん、相手にしてもらえるわけがない。


 にいなはさー、七夕に夢を見すぎだよ、大抵雨だし、特に何もないべ?


 これは友人の珠美の言葉である。


 電話越しに言われた言葉なので、相手の様子は見えないがきっと、ネイルをしながら言っていたような気がする。

 翌日、ネイルに色が夏色になっていたし。

 学校の先生は見逃していた。


 それはともかく、今年はおとなしくしている。

 七夕の夜。

 特に何も起きない。

 小学校の頃は七夕ゼリーが給食に出たな。

 幼稚園の頃は、短冊に願いごと書いたな。


 なんて書いたっけ。

 あー、お嫁さんになりたいだったかな。安直だなァ。

 このまま、自分の人生には特別なことなど起きないのではないとさえ、思った。


 また、気になって携帯を眺めていると通知が来ていることに気づいた。

 ツイッターにコメントがついたらしい。


 あたしは学校から外に出かけることが多いからという理由で写真部に所属していた。

 その写真部の若い先生からコメントが来ていた。


 『豊島さんの作品が地域フォトコンテスト懐かしき七夕の風景で佳作をとったと連絡ありました』


 先生とはSNSでしか繋がっていない。

 あたしは、急にどきどきしてきた。

 思い切り、ベッドから起き上がり、先生に詳細を尋ねるコメントを返信する。

 すると、すぐに先生から返信が来た。

 表彰式があること、地元の百貨店で飾られること、賞金があることが書かれていた。


「ひゃっほー!!」


 久しぶりにテンションがあがった。

 七夕の奇跡。

 やっぱり、いいことあるじゃん。願ってもないことだけど。


 蒸し暑いと思っていた窓から少しひんやりとした空気が入ってきた。

 雨が降り始めている。

 今年の七夕も雨だ。

 織姫と彦星はまた逢えない。

 まあ、逢えない日々は、愛を育てるよ。がんばってね、お二人さん。


 

 あたしはあたしで、とりあえず、冷たいキンキンのサイダーで祝杯をあげるからさ。




おわり。




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七夕の日は窓辺でサイダーを。 高瀬涼 @takase

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