ハッピー・ハッピー・ピーポー

館 伊呂波

どうしたらあなたに言葉を伝えられますか?


 私は魔法少女だ。

 

名前は秘密。けれど、リリーと愛称で親しまれているよ。


 どんな力を持っているのか知りたい?そうだよね、知りたいよね。


 でもそう簡単に教えたら、乙女なんて務まらないでしょ。


 だから教えない。


 ………………。


 うそ、うそ。話さないとやっぱり話は進まないもんね。


 私の能力は簡単に言えば、人を助けることだよ。


 例えばと聞かれたら、すこーし長くなっちゃうんだけど、この間は肝臓が悪い人を助けたんだ。


 その子はね、生まれつき肝臓が弱いらしくてね、よく病気にかかってたらしいんだ。


 肝臓は心臓と肩を並べるほど臓器の機能としては重要な役目を持っていて、機能しなくなると普通に死んじゃうんだ。だからこそ肝心なんて言葉もあったりするほどだけどね。


 そしてその肝臓には主に三つの機能があるのだけれど、物質の合成や分解を行う代謝、アルコールなどの化学物質を無害化する解毒作用、消化を助ける作用を持つ胆汁の生成がこれらが仕事になる。


 どれも体にとって必要不可欠な要素であるんだけど、どうにもその子は解毒作用が弱いらしいみたいなんだ。


 だから体の悪い物質をため込んでいっちゃって死にそうになっていたんだ。


 じゃじゃーん。そこで私の登場。


 なんと私の持つこの細長い金属製のステッキでその子に向かって一振りする。もちろん詠唱もあって、エイブラハムエイブラハム……。


 嘘です。違います。


「我が名の下に精霊よ、答えて!かのものに癒やしを!」


 これが私の詠唱。結構簡単でしょう?


 宙に浮く私の体は光ピカピカに輝くんだ。


 そしてあらま不思議、光が消えるとその子の肝臓は正常に動くようになっているのでしたー。はいパチパチー。


 そうして自然と見えないように消え去っていく。


 どう?私ってかっこいいでしょ。まさに夢に見るような、かわいくて正義の味方って感じがするでしょ?


 けど私と似たような魔法少女は少ないけど他にもいるんだ。


 ここに必ずしもいるわけでもないし、同じように治せるかといったら、やっぱり魔法適性があるみたいで、無理なところもあるみたいなんだ。


 私は目を治すことが出来ないんだけど、仕方ないよね。


 まあ、そんな感じで本当の意味で命を救うことをしてる魔法少女なんだけど、私としてはやっぱり悪の根源を打ち倒すみたいなことを夢見ていたりはしたよ。


 いや、失敗したというべきかな。


 この世界には普通の人には見えないのだけれど、魔王が住んでいて、とても強いんだ。無論私も挑んだけれど、結果は惨敗。それでこうして逃げてきて魔王を倒す

のを任せて私は人助けに従事してるって訳。


 別に回復を専門に行う魔法少女も聖女みたいな感じで、悪くはないから良いんだけど。


 まっ、そんな感じで人助けして、人を幸せにしていくってこと。


 ◇


 さて、今回の任務を発表しようか。


 助けるべき対象は二人。


 片方は耳が悪くなった人で、もう一人は心臓が悪くなって死にそうな人なんだ。


 同じ病院で寝ているらしいから、さっさと行って同時に助けて任務を終わらせちゃいましょう!


 聞いた情報によると、耳が悪い方は耳小骨という、聞いた音を何倍にも大きくして伝えるという器官が壊れているらしくて、なかなか音が聞こえないらしいんだ。


 さあ、どうやって見つからないようにして助けようか。


 目的地の病院はとても大きいから、一発でこの場所と当てるのは難しい。


 場所が分かっていれば窓からしゅるしゅるりと、入ることは可能なんだけど、あいにく情報不足だ。というのも、上の方も忙しいらしくて、どこの部屋で寝ているかなんて、そこまで情報を把握できなかったらしい。


 まあそうなったら、ここは正攻法でいくことにしようじゃないか。


 おっと、それにはまずこのいかにも魔法少女ですなんて格好を止めなければなるまい。そうしないと悪目立ちするし、熱い視線をもらってしまう。


 リリーは病院をいったん全体を見渡した。


 ふむ。着替える場所がないから、近くのトイレで着替えるとしようか。


 さあ、ショータイムだ。


 魔法でポンッと服を取り出すと、こそこそと上に来ているのを脱ぎ出す。


 えっ、そこは魔法でパッと着替えるんじゃないのかって?


 期待を裏切ってごめんなさい。実は私そこまで器用な技を持ち合わせておりません。羨ましい限りの話ですが、ここはアナログ式方式、もとい手動で着替えを執り行わせてもらいます。


 まずは印象を強く持たせるため、ツインテールにしていた髪をほどく。


 次にバッと衣装を脱いだら、用意してあった制服に着替えます。


 もちろん女子大学生なので、セーラー服ですよ。


 んっ、大学生は少女じゃないって?いやいやご冗談を。大学生だろうが少女はまだまだいけるはずですよ。


 そしておとなしい子に見せかけるため、ゲフンゲフン。おとなしい子だから控えめなカチューシャで決めていきたいと思います。


 さてさて変身完了です。どうです?私の制服姿は。


 似合ってる?


 えへへ、そうでしょう、そうでしょう。もっと褒め称えてくれても良いんですよ。なんていったって私は誰もがうらやむほどの美少女ですからね。そりゃあもう、普段の生活でも、もてまくりですよ。


 おっと、忘れてた。魔法のステッキを鞄に持ち替えておかなくては。


 危ない危ない。もう少しでただの変態扱いになるところでした。


 公衆面前の中でステッキを持った美少女大学生、うっ、考えるだけでも恐ろしいです。


 よし、着替え終わったことだし、行くことにしますか。


 いざ、出陣じゃあー。


 ◇


 さあ、今リリーはどこにいるでしょうーか?


 リリーを探せ、残り十秒前。


 え、分からないって?情けないなあ。ほら、いるでしょ。目の前に。


 ということで二回目の病院にやってきました。


 さっきは格好も格好だったから軽く通り過ぎるだけだったけれど、今度はちゃんとしっかりと見渡してから行くぞ。


 まずは門番。でっかい建物なら必ずいて、弱いと分かっていても最初に倒さなければならないかわいそうな奴。実際には警備員さんだから無害だけれど。


 次に病院の大きさ。十階建て、病棟はおよそ十棟くらいかな。全面白い壁で統一されていて、いかにも清潔感があるように見せている。


 次に駐車場。やはり大きな病院だけあって、車の出入りはもの凄く激しいようだ。出てくる車と入る車が止まらない。おまけに駐車場は結構埋まっているから、

これは人がもの凄く多そうだ。


 そして病院といえば幽霊!


 ……。


 見当たらない。あれ、おかしいな。いつもなら襲ってくるはずなんだけれど。


 まあ、いないならいいか。それはそれで戦わなくて済むから楽だし。


 えっ、魔法少女なら戦うのは普通だって?


 うーん、さっきも言ったけど、私戦うのが仕事じゃないからなあ。でもどうしても戦うところ見たいっていうなら仕方ないかなあ。一応これでも魔法少女だし、魔王と戦ったことあるし。


 よし、ならよく見ておきなさい、特別に魔法を放ってあげるわ。


 敵がいないからただの素振りになっちゃうけど、そこはご了承をお願いね。


「我が名の下に召喚獣よ、答えて!おいでワンワン!」


 ガサガサ。


 わんわん。


 草むらからリードが付いている犬が現れた。


 うむ、上出来ね。この召喚獣を使って敵が現れたときは戦うのよ。


 キャウーン。


 あらかわいい。そんな声で鳴かれたらもふもふしたくなっちゃうじゃない。


 リリーはどうする?もふもふする。決定。


 もふもふもふもふもふもふもふもふ。


 犬は逃げ出した。


 あら、主人の命令を聞かないとは良い度胸ね、今度はサファリボールにでも入れてあげるわ。


 っと。目を覚ましなさい、そんな時間は無いはずよ。


 と言って鞄に入っているスマホの画面を開く。


 あらら、予想外に時間を食っちゃったわね。さっ、さっさと行くわよ。


 ふむ、やっぱり人が多いわね。


 ベンチは隙間無く埋まっているし、付添人に関しては立っている人までいる。

 受付にも人がめちゃくちゃ並んでいる。


 だが、私はそんなの気にしないわ。


 どの階にどのような患者がいるかは表示を見ればすぐに分かるもの。


 ふむふむ、耳の子は六階にいそうね。


 えっ、助ける力があるのなら他の人は助けないのかって?


 ごめんなさい。あまり力を使いすぎることは出来ないのよ。不便なことだけれど力を行使するのは一定の決まりがあるの。不本意ではあるけれど、こればかりはどうしようもないわね。


 でも安心して、そのためにお医者さんがたくさんいるじゃない。彼らの仕事は病気や怪我を治すことなんだから、大丈夫よ。


 私はそれでも治せない人を優先的に直す。これでこそ魔法らしいでしょ?


 ◇


 六階の一室。


 今回の任務ターゲットを発見。


「はい!あなた、こんにちわ」


「……」


 あら声が聞こえてないのかしら。ああ、そうだった。声が聞こえない患者なのだった。


 てへぺろ。


 舌を出して頭をコツン。

 見向きすらしてくれなかった。残念。


 というか窓の外をじっと眺めて、こっちの存在に一向に気がついてくれないのだけれど。どうすればいいんでしょう?


 まあ、いいか。別に気付かれなくたって問題は無いし。


 私はこうして力を使って、他の人が幸せになれれば良いし、手と手を取り合って

楽しく生きられるようになってくれるならそれで十分だ。


 だって、私はもう幸せには慣れないし。


 何より、この後にもっと重症な患者が待っているんだもの。こっちは早めに終わ

らせて次のところへ行かないとね。


「さあ、魔法で直してあげるわ、しっかり見ておきなさい」


 見事にそっぽ向いちゃってるけど。気にしない気にしない。

 ステッキを鞄から取り出す。


「我が名の下に精霊よ、答えて!かのものに癒やしを!」


 速効魔法発動!ヒーリングソウル!


 ぴかーっと光が輝き出す。


 そして私は思う。


 今私、超神々しくない?こうやって光を全身から出して癒やしの力を与えるなんて、まるで神とか天使の所業みたいじゃないですか!


 うん。魔法少女だからそんなのどうでも良いけどね。とりあえず光もおとなしくなったし、決めゼリフは言わなくちゃね。


 とっくにその子のライフは満タンよ。もう勝負は付いたわ。


 白衣を翻して、眼鏡の鼻の上を指でカチャリ。


 もちろんそんなもの無いので、普通に出て行くんですけどね。一応、そんなシーンに憧れます。だって女の子なんですもの。


 冗談はともかく、早く次の場所へ向かわないとね。


 ◇


 あっ、一つだけ言い忘れていたんだけど、私次の人を助けたらしばらくお仕事お休みなんだ。


 どうしてかって聞かれたら、力の使いすぎでもう動けなくなるから。


 単にそれだけなんだけど、なんかさあ、少し寂しいよね。


 まあ、それだけ人を幸せに出来たと思えば嬉しいんだけど。


 じゃあ、どうするのかと聞かれるとは思うんだけど、これまた答えは簡単で、そうしたら私はしばらく眠りにつくの。もう、人ではなく魔法少女だからこそ起こりうる話なんだけれどね。


 魔法少女ってやっぱり寿命短いんだね。しみじみ思うよ。


 女の子の憧れではあるけれども、どれもこれもバッドエンド多過ぎい。


 まっ、そんな辛気くさい話はこれくらいでおしまい。だって、私は笑っている方が好きだもの。笑顔がなきゃ幸せなんてつかめないよ。


 よし、笑ってくれたね。じゃあ行こうか。




 患者さん。ちわー、リリー屋でーす。


 ご注文の品を届けに来ましたー。


 反応がない。そりゃそうだ。心臓を悪くしているんだもの、ベッドから動けないのも無理はない。


 その子は眠っていた。チューブに繋がれて息をしている状態で、献血も同時に行っているようだ。やはり相当の重症である。


 でも私にかかればこんなの朝飯前よ。


 ランランルーでもすればすぐによくなってしまうわ……おっと、また間違えちゃった。私ったらほんとドジね。これは某ハンバーガー協会の洗脳魔法だったわ。


 敵対はしていないけど、しない方が良いわ。だって、ネズミ王国同様、存在ごと消し去られちゃうもの。


 脱線脱線ゲフンゲフン。重症患者の前でそんなことしている場合じゃなかったわ。


 先ほどと同じようにステッキを構えなきゃ。


 そして最後の魔法を唱えるのよ。


 今までで一番、派手になるくらいに思いを込めてね。


「我が名の下に精霊よ、答えて!かのものに癒やしを!」


 ティロ・フィナーレ!


 あっ、最後は余計だったかな。まあ、心の中で言っただけだから大丈夫なはず。


 どちらにせよ、自分のやることはやったからいいでしょう。


 うん、これで君も幸せになれるといいね。


 私はその子が目覚めるまで待つことは出来ないから、さっさと踵を返しましょう。


 私だって、もう眠たいもの。


 ◇


 少しばかり、特殊スキル。全速前進ヨーソローを発動。


 こんな病院の廊下なんかで倒れるわけにはいかないもの。


 どうせ眠るならあるべき場所でないとね。それがお姫様ってものでしょ。


 えっ、そんなの大丈夫なのって?

 ふっふっふー。これから行けば十分に間に合うから心配しなくて良いわよ。


 だってこの病院だもの。


 それにもう着いたわ。ここよ。


 至ってシンプルで普通の病院の一室のドアに見えるけれども、ここを私がくぐれば別世界にたどり着けるのよ。


 でも出来れば付いてきて欲しくはないかな。私の眠る姿なんて見せたくはないから。


 …………。


 そう、付いてきたいのね。


 短い間だけど私の美貌に惚れちゃったのかしら。仕方ないわね、許してあげるわ。


 コマンド、中に入る。


 実行しますか?はい。エンター。


 ◇


 そこには人がいた。


 中年の男女や、若い男性や女性。


 あれはリリーの家族や恋人、友達だ。


『やっほー。ただいま』


 両親は近くまで寄ると、優しくリリーの頭をなでる。


「よく頑張ったわね」


 そして母は涙を流してまで褒めてくれた。


 その母を腕に抱き留めて父は支えて静かに見守っていたが。


 そんな両親を目の当たりにして弟や妹は少し後ろで私の体を眺めている。


『やっぱ、こんなつぎはぎだらけの格好じゃ恥ずかしいかな』


 家族はともかく、友達にまで見られるのは少々恥ずかしい。

 特に私の彼氏は、車椅子がありながらも、顔をしっかり見るためか、無理に立ってじっと見つめている。


「ゆっくり眠れよ」


 彼はそういった。


 ……どうしよう、私も涙が溢れてきちゃった。


 ああ、もう少し眺めていたのに前が見えない。


 せめて、せめて、思いは伝えなきゃ。


 聞こえなくても良いから、私が満足であれるように。


 だから、だから。


『わたし、しあわせだったよ』


 ◇


 事故が起きたのは数ヶ月前。

 ドナーカードを記入していたのはその前日という奇跡だった。

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