トリッパー捕獲
研究所の実験室で、トリッパー捕獲作戦を鬼塚が指揮していた。
既に、三人のトリッパーが行方不明になったパラレルワールドに、トリップマシンとプロの捕獲屋が送られ、作戦が実行されていた。仙道が開発したトリップマシンを使えば、これまで認識しているパラレルワールドに何の苦もなく翔んで行けるようになっていた。
「鬼塚所長、レンとユキノを捕獲しました」
「そうですか。ご苦労です。後はリキだけですね。リキの居場所は把握していますね?」
「はい。今日は、こちらの世界で言えば、西新橋にあたる場所にずっと留まっています。トリップマシンも準備できています」
「では、始めてください」
「承知しました。作戦開始」
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カララン。金のアンカーのドアが鳴った。
ドアが開くや否や、黒服にサングラスの男が三人入って来た。その動きは直立不動で稲妻のように早く、人間の動きでは無いかのように無駄が無く素早い動きだった。
そのうちの二人は、迷うことなく店の一番奥の席に座っているリキにまっすぐに向かい、一人が羽交い締めにしたかと思うと、もう一人が布をリキの口に当てた。リキは抵抗したが、すぐに気を失ってしまった。
三人目はカウンターの中に素早く飛び入り、シゲの腹に一撃を食らわせた。シゲはそのままカウンターの中に倒れてしまった。黒服の三人は、リキを抱え店を出て行った。あっと言う間の出来事だった。
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「鬼塚所長、リキも捕獲しました。今はまだ眠っています」
「期待のリキ君も手の内に来ましたか。楽しみですねぇ」
鬼塚はそう言うと、くっくっと笑い、リキが寝ている部屋のモニターを覗き込んだ。
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目が醒めると、白い天井が見えた。リキは、見覚えがある天井だと思った。だがそれがどこなのか思い出せなかった。
リキはベッドから起き上がり、周りを見た。何も無い白く広い部屋だった。あるのはリキが寝かされていたベッドが一つだけ。
正面にドアがあった。鍵は開いているだろうか。それよりも、なぜここに寝かされていたのか思い出そうと思った。金のアンカーで突然黒服の男たちが襲ってきて、薬を嗅がされた。そして気がついたらここにいた。
『お目覚めのようだね。港リキ君』
スピーカー越しに声が聞こえて来た。知らない男の声だった。少しすると、ガチャリとドアが開き、スーツ姿のスラッとした男が部屋に入って来た。
「はじめまして、港リキ君。気分はどうかな」
鬼塚は、腕を背中に組んで、まっすぐにリキを見て言った。
「あんた誰?ってか、ここどこ?」
「私は鬼塚と言います。この時空間研究所の所長です」
「時空間研究所?ここは時空間研究所なのか」
ということは、自分を拉致したのは時空間研究所ということだ。リキには訳が分からなかった。それに鬼塚は、自分を所長だと言った。
「所長?所長は仙道さんだろ」
鬼塚は、両手を広げておどけた外人のような仕草をして見せた。
「仙道さんをご存知でしたね。彼はもう所長ではありません。今は開発部長をしてもらっています。彼はビジネス向きでは無いのでね。もともと生粋の技術者ですから、この方が彼の力を生かせるのですよ。まあ、所長を降ろされたきっかけはあなたの脱走のようですが」
「俺の脱走?」
つまり、ここは黄色の世界だということだ。黄色の世界の時空間研究所から、あの黒服三人組が何らかの方法で金色の世界にやって来たということだ。
黒服はトリッパーなのだろうか。それに金色の世界は時空間研究所には知られていないはず。いや、俺が脱走したとき──赤のアンカーから金のアンカーに翔んだとき──、センサーを壊して捕捉されないようにしたが、それが間に合わなかったのかも知れない。
「そうですよ。あなたが脱走してトリッパーは一人もいなくなりました。その責任で降ろされたのです。ですが、そのおかげで、彼はトリップマシンの開発に専念できるようになりましたし、私が来たおかげで、ビジネスとしては軌道に乗った訳ですから、結果的には良い方向です」
鬼塚は、両手を背中の腰の辺りで組んで、少し自慢げにリキを見ていた。
「それで、俺に何の用なの。トリップマシンも完成して、ビジネスも軌道に乗ってるなら俺を拉致する理由が無いだろが」
リキは白けた様子でベッドに腰掛けていた。黒服はトリップマシンを使ったに違い無い。そんなことができるならトリッパーなどいらないではないか。
「それがあるのですよ。さらなるビジネスの拡大のためには、新しいパラレルワールドの開拓が必要なのですが、我々はそこに関しては何ら進歩していません。トリッパーがいないと新しいパラレルワールドを見つけられないのですよ」
「ふうん。トリップマシンは新しいパラレルワールドを見つけられないってか。でももう十分見つけただろ。最初の二人で二つ。俺が二つ。四つあれば言い訳立つんじゃないの」
リキは、ベッドであぐらをかいて、鬼塚を睨んでみせた。
「もうそういうことは関係ないのです。純粋にビジネスの場として新しいパラレルワールドが必要になっているのですよ。それと、あなたが見つけたパラレルワールドは三つですよ」
三つ。やはりそうなのだ。つまり、あの時、赤のアンカーから翔んだ金のアンカーの世界は捕捉されてしまったということなのだ。だから黒服がやって来れたのだ。
「今や、パラレルワールドは新しいビジネスの場として大変有効です。それで、スポンサーが早く新しいパラレルワールドをよこせとうるさくてね。だからあなたに来てもらったという訳です。あなたに新しいパラレルワールドを探して欲しいのですよ」
鬼塚は、リキを諭すように、腰をかがめてリキと目線を合わせて言った。
「嫌なこった。お断りだね」
リキはあぐらをかいたままそっぽを向いて、右手でイヤイヤをした。
「断れませんよ。理由はそれです」
鬼塚は、リキの左手首を指差した。そこには腕時計のようなブレスレットが着けられていた。文字盤にあたるところが透明で中に黄緑色の液体が入っている。ベルトはつなぎ目のない硬いプラスティック製で、どうやって着けたのか分からなかった。
「これが何だって言うんだ」
鬼塚はゆっくりと壁に向かって二、三歩歩き、向こうを向いたまま指で何かを指し示すように説明を始めた。
「中に入っているのは、いわゆる神経毒です。言うことを聞いてくれないと、中から針が出て来て腕に注入される仕組みなのですよ。ご心配なく、注入したら苦しむ間も無くすぐに死ねます」
鬼塚は、くっくっと笑っていた。
イカれてる。リキは、鬼塚はイカれてると思った。知っている限り、時空間研究所は真面目な開発者集団の組織だったはずだ。こんなイカれた人間はいなかった。こんな人間を所長にしているなんて、時空間研究所に一体何が起こったのか。
リキは鬼塚の目を見た。試している目のように見えた。もしや、この腕時計型の装置は、別のパラレルワールドに翔んでしまえばコントロールできないのではと思った。でも、もしセンサーが組み込まれていたら……
鬼塚はリキの表情を見て、勝ち誇ったように付け加えた。
「そうですよ。翔んでも無駄です。それにはセンサーが付いています。仙道さんが開発してくれましてね。あなたの知っているセンサーより、色々と便利な機能が付いているのですよ。あなたがどんなパラレルワールドに翔んだとしても、ここにいながら、そのブレスレットをコントロールすることが可能なのです。ですから、あなたは協力してくれますよ。よろしくお願いしますね」
そう言って鬼塚は、またくっくっと笑って部屋を出て行った。
部屋には鍵が掛かっていなかった。監視カメラはあるが、ドアの外には監視は付いていない。このブレスレットが着いている限り、逃げられないということを意味しているのだろうと思った。
一方で、時空間研究所がそんな無茶なことをする訳が無いとも思っていた。言うことを聞かなければ殺してしまう、そんなことは普通の人間はしないはずだ。それにここは日本だ。しかも国の息のかかった研究所だ。協力しなければ殺すなんておかしい話があるだろうか。
その時、鬼塚の異様な笑い顔が頭に浮かんだ。あいつは普通なんだろうか。リキは不安になった。
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