思い付いたら増えるトキパカ以外SS
M.A.F.
第1話「ハシビロコウはなぜヒトに詳しかったの?」
皆がかばんを港から送り出す少し前、遊園地でのことです。
「かばんがあのとき驚かなかったのはお前の仕業だったのですか」
「美味しいところを持って行かれたのです」
アフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手が、ハシビロコウと同じベンチに座っています。
「そう言われても……」
「まあいいのです。お前がヒトに興味を持つことを止めたりはできないのです」
「知識は広めていくべきです。我々はかしこいので」
ハシビロコウが先にかばんとサーバルにヒトのことを教えていたために、ヒトのフレンズであると博士が告げても、二人の反応はあっさりしたものになってしまいました。
では、ハシビロコウはどのようにしてヒトのことを知ったのでしょうか。
それは、ヘラジカとライオンの合戦が本格的に始まる少し前のことです。
ヘラジカ、シロサイ、そしてハシビロコウの三人は、ライオン達との戦いに備えて自陣となる場所を探していました。
平原の開けたところを避け木々の中を進んでいると、横長に整った形をした岩のようなもので囲まれた空間を見つけました。ヘラジカ達には岩のように思えたのですが、実際にはヒトが遺したお寺のような建造物の痕跡です。
その空間は充分高くて丈夫な壁に囲まれ、入り口は限られていました。これならライオンの手下が簡単に攻め入ってくることはありません。
「ようし、このあたりの様子を調べてみよう!」
ヘラジカはここがすっかり気に入って、拠点にするための準備を進めることにしたのです。
三人がその空間の中や周りを歩き回ってみると、高く育ったコナラやケヤキ、アカマツの間に、十歩分ほどの幅しかないごく小さな建造物がありました。
正面に壁はなく、入り口が大きく開いています。
「誰か住んでいる気配はありませんわね」
耳をそば立てて鼻も利かせたシロサイが言うとおり、中には角張った遮蔽物が並んでいる以外、ほとんど何もありません。
この建物は、ヒトがいた頃には売店だったものです。しかし、手前の低い棚も、中央や壁際のチェストも、売り物はとっくに引き払われていました。今となっては天井にアシナガバチの古巣がぶら下がり、壁にはセミの抜け殻やイラガの繭が取り付いています。
そんな場所だとは知らず三人は建物を調べ始めました。
「おおっ、良い物があったぞ!」
ヘラジカが嬉しそうに拾い上げたのは、隅に打ち捨てられていた緑色ののぼりでした。
アイスクリーム、と書かれているのですが、もちろんヘラジカに文字を読むことはできません。
「まあ、とても合戦らしいですわ!」
「分かってくれるかシロサイ!」
シロサイがすぐにヘラジカの考えを汲んでくれたので、ヘラジカはとても嬉しくなりました。
そしてこの収穫があっただけでここにはもう用はないと思ったのです。そのときでした。
ばさっ、と、ハシビロコウが急に羽を広げる音がしました。
「どうした!」
ヘラジカとシロサイはすぐに角を構えて、音のした建物の奥に向かいました。
「あっ、ごめんなさい。おかしなものがあっただけで、何も」
「おかしなもの?」
「何ですの?」
二つ床に横たわっていたものは、ハシビロコウにも二人にも、一瞬、小さな動物の死体に見えました。
しかしそうではないことはすぐに分かりました。匂いはほとんどしませんでしたし、妙に丸っこく、また短い毛がびっしりと生えそろった見慣れない毛並みをしていたからです。
「何だろうな……」
二つあったうち、ヘラジカは灰色のほう、シロサイは薄茶色のほうを拾い上げました。どちらも片手でつかめる程度の、全体がふわっとして軽いものでした。
灰色のほうには片方に黄色い楕円の部分があり、反対側からも黄色い細長いものが二つぶら下がっていました。鳥に見えないこともありません。
薄茶色のほうは、もっと濃い色をした長い毛で出来た輪があり、また、四つの出っ張りと、細い房がありました。動物のようでもありますが、とてもずんぐりとしています。
ヘラジカの持った灰色のほうを、ハシビロコウはじっと見つめました。
その灰色はハシビロコウの羽と同じようにわずかに青みがかっています。端にある黄色い部分はハシビロコウのクチバシ……今では髪飾りですが、いくらか似た形をしています。
さらに、もしこれが鳥の形をしているなら目にあたるところに、金色に光る丸いものが付いています。それが、ハシビロコウ自身の鋭い輝きを放つ瞳にそっくりなのです。
「気になるのか?」
ヘラジカに問われてハシビロコウはうなずきました。
なんだか、自分に関係あるもののような気がしたのです。
のぼりを手に入れてヘラジカもシロサイも満足していましたし、二つのふわふわには害も役もないと判断すると、それをハシビロコウに持たせて陣地の真ん中に帰ることにしたのでした。
翌日、ハシビロコウは二つのふわふわと二つのジャパリまんを胸に抱え、ジャパリ図書館へと飛んで行きました。
ハシビロコウやペリカンのような大きな鳥は飛べないものと誤解されることもありますが、それは飼育するときに逃げないよう羽を切った場合のことで、本当は大きな翼で餌場から餌場へと飛んでいくことができるのです。
博士と助手は受け取ったジャパリまんを食べながら、ふわふわを色々な角度から見回して言いました。
「面白いものを見つけたですね」
「これは建物と同じで、ヒトの遺したものなのです」
「ヒト……?」
ヒトの噂を聞いたことがあるフレンズも港の近くなどにはいるのですが、ハシビロコウには初耳でした。
博士は図書館の建物を指差します。
「あの図書館も、中にある本も、お前達が見つけたという場所も、ヒトが作ったものなのです」
「かつてパークに多数存在し、自分達が考えて作ったものをパーク中に遺していった、極めて器用なけもの。それがヒトなのです」
ここでそれを教わるまで、四角い岩のような場所や、平たく固い道などは、ハシビロコウにとってただそこにあるだけのものでした。
それが、見たこともない動物の手によって作られたものだったなんて。ハシビロコウは怖いようなわくわくするような、不思議な気持ちになりました。
「ヒトは図書館みたいな大きいものだけじゃなくて、こういう小さいものも作ったの?」
「そうです。それはぬいぐるみというものです」
「しかもそれは、ハシビロコウとライオンのぬいぐるみなのです」
この言い方はハシビロコウにとってピンとこないものでした。
「私とライオンが持つべきものっていうこと?」
「そういう意味ではないのです」
「お前とライオンの持ち物という意味ではなく、そのぬいぐるみはお前やライオンの、フレンズになる前の姿に似せて作られたものということです」
助手はさっとひとっ飛びして、館内からやや大きな本を持ってきて開きました。
中には、動物の姿がいくつかありました。ただし、本物の動物とは少し違っています。
細長かったり、角が大きかったり、あまりにも激しいポーズを取ったりしています。しかも表面は毛皮ではなく、何か黒い石のようなものでできています。
「これはヒトがけものに似せて作ったものを記録した本です」
正確には、動物に関する美術品についてまとめた本でした。
「ヒトはけものの姿を身近に留めるために、様々な方法でけものをかたどったのです」
助手が本の別のところを開くと鳥の姿もありました。
「ぬいぐるみもそのために作られたものです」
「けものの可愛らしさに着目して作られたものなのです」
「可愛らしさ……」
ぬいぐるみになったハシビロコウやライオンがとても丸っこい姿をしているのが、ハシビロコウにもすっかり納得できたのでした。
そしてそれは、ヒトがフレンズになっていない鳥のハシビロコウを多少とも可愛らしいものと考えたことの証拠でもありました。
それから五十一回の、ヘラジカやハシビロコウにとっての負け戦があり、五十二回目でかばんの介入によりようやく引き分けに持ち込むことができ、そのかばんを助けるため、巨大なセルリアンの退治にヘラジカやハシビロコウ達も加わりました。
そしてかばんを別の島へ送り出す準備が進められていた間のことです。
「ほら見ろライオン!これはお前なんだぞ!」
「なんだよー、なんでこの不細工なのが私なのさー」
「何を言う、こんなに愛らしいじゃないか!」
ハシビロコウが持ってきたライオンのぬいぐるみを、ヘラジカが楽しそうにライオン本人に見せつけています。
ハシビロコウは、自分のぬいぐるみを両手で胸の前に掲げたまま、かばんを見つめていました。
「どうしたんですか、ハシビロコウさん?」
「これ……、鳥だった頃の私に似せて、ヒトが作ったものだって」
かばんはぬいぐるみを受け取り、左右に向けたり頭のところをなでたりしてみました。
「可愛いですね!」
何気ないかばんの一言に、ハシビロコウはどきりとしました。
かばんならきっとそう言うと思ってはいましたし、かばんの考えもかつてぬいぐるみを作ったヒトと同じだということに過ぎません。
しかしハシビロコウ本人は、鋭い目つきを怖がられることを気にしているのです。
「私は……」
「ん?」
「ぬいぐるみじゃないほうの私は……」
するとかばんは、ハシビロコウに笑いかけてこう言いました。
「ハシビロコウさんも可愛いと僕は思ってますよ!」
ハシビロコウはぱっと明るい気持ちになるとともに、とっさに思いついたことを口に出しました。
「それ、あなたにあげる!」
「いいんですか?」
「いいの。そうするもののような気がするの。……私だと思って、持っていって」
珍しくハシビロコウが大きめの声を出したので、聞きつけたヘラジカもやってきてライオンのぬいぐるみを差し出しました。
「それならこっちも持っていくといい。いいよな、ハシビロコウ?」
ハシビロコウは快くうなずき、かばんも喜んで受け取りました。
「ありがとうございます!」
「私はもう本物のライオンと好きなときに会えるからな!」
「だからそれ私と絶対関係ないってー……」
ライオンは目をそらしながら、ヘラジカの言い回しにわずかに頬を赤らめています。
「そっちは私と思わないでね」
「そんなの寂しいですよ!」
なにはともあれ、ハシビロコウはずっと胸につかえていたものが取れたような気持ちでした。
そして、売店の廃墟に忘れ去られていた二つのぬいぐるみも、お土産としての本来の役目を果たすことができたのです。
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