第26話 誰もいない雪の夜に僕は呟いた

「世羅ちゃん、それじゃね! また会おう。俺はいつでもここにいるからさ! 東京でも頑張って!」


 アフロマンは世羅の手を握り、アフロをゆさゆさと震えさせた。


「はい。今日はありがとうございました」


 世羅は丁寧にお辞儀をした。


「んじゃ、俺はスタジオの片付けするからよ。それじゃ、お二人さん。お疲れ。あっ、そうだ。今日のスタジオ代は俺のおごりだからよ」


「えっ、いや、悪いですよ、それは…」


「じゃあ、ツケな。次来たときよろしく」


 ……。


「あっ、そうだ。世羅ちゃん、聞いた? こいつから」


 ん? と世羅は首を傾けた。


「愛の言葉」


 

 !?



「はっ!? なにを言ってるんですか、突然!」


「聞いてなかったんだ。ダメだね、この純情少年はまったく」


「まったく、とかって…、なにを…」


 本当に何を言い出すんだ、このアフロ兄さんは……。

 さっきまでの感動を粉々にする気か……。

 こっちがまったくだ、まったく。


「そうだ。まさか、ないとは思うけど、世羅ちゃんから愛の言葉を…?」


 ……。


 ………。


「…………」


 破壊王。

 全てをぶち壊す破壊の王だ。

 喜びも感動もドカドカと叩き割り粉砕する…、そんな男だ。

 僕は頭を振り俯いた。


「真樹君からはたくさん感動をもらいました。アフロマンさんのサプライズもすごく嬉しかったです。ありがとうございました。最後にスティールのライブも見れて、大満足です」


 さすが、世羅だ。

 動揺度ゼロだ。

 う~ん。

 でも、これは…尊敬すべきことなのか、それともへこむべきことなのか……。

 考えると複雑になってしまう…。


「なんのことかさっぱり。それじゃ、俺は片付けあるからよ。後は二人でお幸せにな」


 アフロマンは後ろ手に手を振り、さっきまで僕らがいた部屋の中へと入っていった。


 



 外は雪が降っていた。

 ふわふわとした大きな雪が次から次へと音も無く地面に落ち立ていた。

 世羅の帰る方へと向かうバス停を目指し、街灯に照らされた雪の上を僕らはゆっくりと歩いた。


「でも、本当にびっくりだったよ。スティールのみんながいるなんてね」


「俺も。まさかね、いるなんてね。次のスタジオで何を言われるか…」


「困っちゃう?」


「困るというか、長い長いからかいに遭うってだけだけどね」


「あの女誰だよ、とか?」


 世羅は髪の毛についた雪を手で払った。


「うん。そんな感じで始まって、どんどんエスカレートしていく」


「ごめんね、なんか。迷惑かけちゃう感じで」


「大丈夫だよ。いつものことだから。それに、ほら。さすがにさ、夢の中で会った人なんて言えないしね」


「そっか。そうだよね」


「うん。そんなこと言ったら、もうあいつら大喜びだよ。夢の中? お~~、さすが! 俺らとは違うねえって」


「でも、それが本当なのにね」

 世羅は笑って言った。


「そうそう。そうなんだけどね。ボーイ、ボーイ、ボーイって言うあいつらの声が聞こえてくるよ、考えるだけで」


 いつもと変わらない帰り道だった。

 バス停に着いて、バスを待っている間も僕らはいつもの別れ際のように笑っていた。


 話したいことはたくさんあった。


 伝えたいこともたくさんあった。


 それなのに、その言葉を一つも言えなかった…。

 いつものように振る舞うことで精一杯だった……。


 アフロマンの髪の毛が扉からはみ出ていたことを思い出し笑った世羅につられ、僕も一緒になって笑った。

 ……なにやってるんだろう、自分。

 僕は笑いながら、一人自分に苛立ち悲しくなっていた。


「あっ、あれかな? バス来たみたい」


 世羅は道路の遠くに見える大きな二つのライトを指さして言った。


「ああ、そっか。それじゃ……」


「お別れだね。一年とちょっとの」


 これで終わってしまう…?


 何も伝えられないまま。

 か、な、し、す、ぎ、る。


「そう、……だね」


「真樹君、元気でね。頑張ってね。応援してるからね」


 世羅は右手を広げ僕の前に出した。


「うん。…世羅もね。頑張ってね、向こうでも…」

 僕は世羅の手を取り言った。


「うん」


 ヘッドライトの光が大きくなった。

 結局、告白も出来なかったし、それに連絡先を聞くことも忘れてしまったし……。

 夢で会えるからっていっても…、現実の世羅にはしばらくの間会えないのに…。

 僕は……、寂しさと伝えきれなかった言葉に押しつぶされ、…混乱状態に陥った。

 心と体がバラバラになったような、そんな感覚だった。


「世羅」


「うん?」


「あの…、うん、うん」


「ん?」


「なんでもないっ」


 ……。


 ………。


 どうしようっ! 言いたいのに、……言えない。

 言葉が、言葉にならない……。


 バスはゆっくりと速度を落とし、僕らの前に滑り込んできた。


「世羅。会えて良かった、よ。あの、ずっと、っていうか、えっと……」


 もうダメだった。僕はダメになっていた。


「世羅っ!」


 意味もなく名前を呼んでしまうくらい。


「真樹君」


「…っと、なんていうか…、その、あれ、っていうか」


「私は必ず守るから。約束。次は東京でね。待ってるよ」


「…世羅」


 プシュゥっと音を立てバスの扉が開いた。


「あっ!」


 世羅はバックを開き、中から柄のついた封筒を取り出した。


「これ、私から真樹君へ」


 僕はそれを受け取った。

 色々な色の葉が描かれた封筒だった。


「それじゃ、行くね」


 世羅はバスのステップに足をかけた。


「またね、真樹君」 


「うん……」


 扉が音を立てて閉まった。


 世羅は曇った窓ガラスを手で拭き、そこから手を振った。

 僕もそれに応えたかったけれど、手は胸の辺りで止まっていた。


 バスはすぐに見えなくなった。





 街灯の灯りの下、僕はすぐに手紙を開いた。

 いつかアンケートで見たあの綺麗な字。


 真樹君へ――


 僕は手紙に目を落とした。



――これを書いている今は十二月二十五日クリスマスです。マンションは今日空っぽになっちゃったから、今、ホテルの部屋でこれを書いてるの。お父さんとお母さんは、二人で上の階にあるバーに行ってるの。たまには二人でどうぞって、私がすすめたの。この手紙を書くためにね。ふふふふふ。


 真樹君がこの手紙を受け取ったってことは、私は期待していた言葉をもらえなかったってことみたいね。


 きっと期待通りだったら、この手紙は私のバックの中にあるはずだから。

 どのくらい前からかな。今日の夜のことを考えると、すごくね、ドキドキしちゃってたんだ。

 もしかしたら、もしかしたら、真樹君にって。


 だから、今日の私はすごく緊張してたんだと思う。どれだけ笑っていても、冗談を言っていても、私は心の中でドキドキドキドキしていたんだと思う。きっとね。


 でもね、残念。

 そうはならなかったみたいね。


 真樹君は気付いてたかな? う~ん。たぶん、わからなかったと思うけど……。


 私ね…。

 えぇと。恥ずかしいな…。


 あのね、私、真樹君に恋をしていました。


 手を握ってもらったときなんか、もう…、どうしようってくらい緊張しちゃってたの。もちろん、もちろんね、私はそんな素振り全く見せなかったけどね。


 今になって思えば、きっと初めて見たときから気になっていたんだと思う。

 私ね、真樹君の夢の中で「初めまして」じゃなかったの、実を言うと。


 夏休みに入るちょっと前にね、一度真樹君を見たことがあったの。ほら、あの真樹君が私を尾行したあの大きな本屋さん。あそこのすぐ近くで。真樹君ね、倒れた自転車の前ですごく楽しそうに笑ってたんだ。祐介君も悟史君も学君もみんないたよ。自転車に乗ってね。みんな楽器を持っていたから、あぁ、たぶん、バンドやってる人達なんだなって、そのときから気付いてたんだ。


 そして終業式の前の日。その夜に、私は真樹君の夢の中に入って行ったの。あの男の子はなんであんなに楽しそうに笑ってたんだろうって。良いな、私もあんな風にみんなと笑えたらって。それで真樹君のことを思い出して強く願ったの。そうしたら、あのベンチにいたの。


 今まで言わなくてごめんね。なんか言っちゃたら気持ち悪がられそうな気がして…。夢の中までついてきたのかよって。だから、言えなくて。ごめんね、今更。


 でも、今でも本当によく覚えてるよ。そのときの真樹君の笑顔。思い出すだけで、微笑んじゃうくらい素敵な笑顔だったよ。本当に、冗談じゃなくて。こうして書いている今もちょっと微笑んじゃったりしちゃってるんだから。


 そして、夢でも現実でも会うようになって、会う度に私は真樹君のことが気になっていったの。

 ということ。これ以上は書ききれなさそうだし、それに書けば書くほど恥ずかしくなっちゃうからやめておくね。



 長くなっちゃったけど、これが私の気持ちです。






 好きだよ、真樹君。


 また東京で会える日を楽しみにしています。


 

 世羅





 膝をつき、雪の中に顔を埋めて、思いっきり叫びたかった。

 けれど、その気持ちを押し留め、「乗りますか?」と声をかけるバスの運転手に小さく手を振った。

 発車するバスのエンジン音に重ねて、僕は大きな溜息をついた。



――ここでお前がただ彼女を見送るようなことしか出来ねえんなら、お前はぜっっっったい、後悔する。


 いつかのアフロマンの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。


 その通りだった。確かにその通りだった。

 僕は後悔していた。

 深く深く深く底なんて全く見えないくらい深く。


「世羅……」


 誰もいない雪の夜に僕は呟いた。


 


「好き、…だよ」 

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