第25話 今年最後のライブ

「どこに行くの?」


「それは着いてからのお楽しみ」


「そう。それじゃ、楽しみにしてるね」


 いつもなら鋭い視線を送って「……どこ?」と聞いてきそうなところだけれど、世羅はにこにこと微笑み雪を蹴っていた。


 そして僕らはバスに揺られ、メインイベントが待つスタジオへと到着した。



「ここって…?」


「まあ、どうぞ、どうぞ」


 僕は扉を開けた。


「おぉぉっ! 世羅ちゃんっ!」


 待機していたのか、アフロマンは扉のすぐ前に立っていた。


「…あっ! お久しぶりです。こんにちは」


「どうぞ。世羅ちゃんはこういうとこ初めてだと思うけど、ゆっくりしていって」


 アフロマンは僕を見ると目を閉じて頷いた。


「ここが俺らがいつも練習してるスタジオ」


「そう。そして俺の職場。ちょっと待ってて」


 自動販売機でカフェオレを二つ買い、アフロマンはそれをテーブルに置いた。


「ハッピーバーステデイ世羅ちゃん。これは俺から。っと、お前は後でちゃんと払えよ」


「えっ? あっ、はい。ありがとうございます」


「こいつから聞いててね。世羅ちゃん、もうすぐ行っちゃうんだって? せっかく会えたのに寂しいな」


 アフロマンは僕らに椅子をすすめ、自分も同じテーブルに腰を下ろした。


「こいつさ、世羅ちゃんがいなくなったらもう生きていけないとか言って、もう、本当に大変でさ。マジ、死ぬんじゃねえかって思ってたところで」


「……そんなこと言ってないですけど」


「言っただろ?」


「言ってないですって…」


「言ったって」


「うっ……」


 アフロマンの肘打ちが胸にヒットした。


「あっ、そう? そうだよな、言ったよな。うん」


「………」


 世羅はそんな僕とアフロマンを見て笑った。


「っと、それじゃ、ちょっと早いけどもう入っていいぞ」


「…ありがとうございます」


「うん?」


 世羅は僕とアフロマンを見て首を傾げた。


「ほら、ほら」


「…っわ」


 アフロマンのアフロアタックを手で押さえながら僕は言った。


「世羅、俺からの誕生日プレゼント。最後にもう一度…。…あぁぁっ。やめてくださいって…。あの、最後にもう一度、歌を聴いてもらいたくて。って、本当にもうやめてくださいよ」


「ということで、世羅ちゃん。コイツの歌を聴いてやってよ。ライブハウスと比べられたらちょっとあれだけど、でもそれなりに聴けるようにはしておいたからさ」


「ぶはぁぁ……」


 アフロは僕の手をすり抜け、そして…僕はアフロに包まれた。


「えええぇ? 本当ですか?」


「うん、マジ。コイツね、シャイな奴だから、こうでもしないと伝えられないって。あっ! って、今のは何でもないから。うん。そうそう。とにかく歌で思いを伝えたいって。あっ! ちょっ、今のもなしね」


「ははははは」


「…………」


 アフロの中の僕はそんな二人の会話を聞くことしか出来なかった。


「よしっ! それじゃ、いってらっしゃい!」


「っふううぅぅ」



 解放。

 僕は思いきり深呼吸をした。



「最高の歌で送ってあげろよ!」


「っんぶっ!」


 アフロマンは僕の背中をバシっ! と叩き、カウンターへと戻って行った。


「アフロマンさん、本当に面白いね」


「…まあ、行き過ぎなきゃね」


 テーブルに手をつき立ち上がり、僕は両手で顔をこすった。


「それじゃ、世羅。ということで、俺の初のソロライブへようこそ」


「うん」


 世羅は必殺のスペシャルスマイルを浮かべ、そして首を軽く横に傾けた。


「ありがとう、真樹君。招待してもらえて本当に嬉しいよ」


 歌う前からもう満足だった。

 こんなに喜んでもらえただけで心は破裂しそうなくらい満たされていた。

 もう一度何か嬉しいことを言われてしまったら…、きっと僕は…、僕は…、…どうなってしまうんだろう? たぶん、うん。どうにかなってしまうんだろう。発狂して叫びだしてしまったりとか、ギターを拝み出したりとか、そんな危ない感じに…。たぶん、そう。…たぶん。


 

 カウンターの向こう側で指を指す、アフロマンの指の向きに従い僕はスタジオの扉を開いた。そして入ってすぐのところにある照明のスイッチをオンにした。

 アフロマンがゼラを貼って仕込んでいてくれたのか…。

 中央のマイクスタンドだけがオレンジ色のライトに照らされ、その他の照明は様々な色を部屋に落としていた。


「ん? あれ?」


 って、なぜに……。


「どうしたの?」


 …なぜに。


 なぜに。



 なぜに、メンバーの楽器までセッティングされている…んだ。



「…いや、なんかちょっと変だなって、思って…」


 アフロマン、まさか、というか、この状況は間違いなく…あいつらに…。


「お邪魔しま~~~っす!」


 …やっぱり。


「おう」と学は手を上げた。


「ハローーーーーっ!」


「………」


「あっ、世羅ちゃん? 本当に噂通り綺麗だね。真樹もどうも~~」


 悟史はアンプのスイッチを入れ、ベースを肩にかけた。


「どうも」

 祐介はそう言うと、スタジオの扉を閉めた。


「水臭い奴だよな、ホント。俺にも言わねえなんてよ」


「……って。なんだよ、この展開は」


「なに言ってるの、真樹。今日はライブでしょ? お客さんが一人でちょっと残念だけどね。でも、世羅ちゃんめちゃくちゃ可愛いから、俺はやる気全開だけどね」


「百人くらいは来るんだろうなって思ってたんだけどな。でも、ライブはライブだから全力で行くぜ」


「ほら、真樹。セットリストは足下にある通りだから。今日も最高のライブよろしくな」


 マイクスタンドの下にはセットリストを書いた紙が置かれていた。

 十曲。…ほぼ全曲だ。

 そしてご丁寧なことに、MCの枠までちゃんと作ってくれている。


 ありがたくて、…迷惑な下準備だ。


「真樹、始めるぞ」

 祐介はそう言うと、ミキサーの前にしゃがみ何やらと操作をした。


「オッケー。ほら、真樹、早くしろよ」


「ああぁっ。待って。世羅ちゃん」

 悟史はベースを置くと、世羅の前に立った。


「っとね、椅子もうちょっと後ろの方が良いよ。出来たら一番端の方が良いかな。その方が音良く聞こえるからさ」


 世羅は悟史の言葉に従い、椅子を持って壁際まで下がった。


「うん。ありがとう。そこなら俺らの音を一番良く聴けるよ」


 悟史は僕に向かって投げキスをし、またベースアンプの前に戻った。


「開始の合図よろしくボーカルさん」


 ギターを肩にかけ、マイクスタンドの前に立つと、後ろから学の声が聞こえた。


 正面に座る世羅に僕は困った顔を浮かべて見せた。

 世羅は声を出さずに口だけを動かした。

 僕が首を傾げると、世羅は微笑んで何度か頷いた。


「…ってことで」


 僕はそう始めた。


「なんでかわからないけど、こんな展開になっちゃって……。まあ、犯人はわかってるんだけど。でも、なんていうか、良かったかなって思ったりもしてる。俺一人だけじゃ二時間ももたないだろうし、それに飽きちゃうんじゃないかって、そんな気持ちもあったから。それじゃ、スティール今年最後のライブを楽しんでもらえたらと、そう…、うん、そう、思います」


「ありがとうございます」


 世羅は椅子から立ち、僕らに向かって頭を下げた。


「それじゃ…」


「あぁぁぁっ! ちょっと、待ったああぁ!」

 悟史が叫んだ。


「忘れてる、忘れてるって。世羅ちゃん! 誕生日おめでとう~~! ハッピーバースデイ!」


「あっ! そうだそうだ! おめでとう世羅ちゃん! 十七歳おめでとう!」

 フロアタムをドンドンと鳴らし学も大声で言った。


「おめでとう!」

 二人の言葉に続いて祐介も言った。


「本当に、なんて言ったらいいのか…。ありがとうございます」

 世羅はまた立ち上がって言った。


「じゃあ、っと」

 足下の下のセットリストに目を落とて一曲目を確認した。

「世羅、誕生日おめでとう。それじゃ、聞いてください。セピア」


 学渾身の四小節のフィルインの後、僕はピックを振り下ろした。

 サウンドが一斉に弾け、グルーブが駆け回った。

 手を叩き、体を揺らす世羅を見つめながら、僕は言葉を歌にした。


 

 僕らはライブと同じ勢いとノリで次々と曲を演奏した。

 そして、三曲ごとに設けられたMCでは、悟史や学がいつものような冗談を言った。もちろん、その冗談のネタは僕だった……。


「世羅ちゃん、真樹のことどう思う?」


「おい、そんなこと聞くなって。真樹はな、いつも世羅ちゃんだけを思って歌ってたんだ。ここでよ、キモイとか言われたら真樹歌えなくなっちまうかもしれねえだろ。ボーカルに辞められたらバンドは終わりだぞ」


「そうだね。真樹はガラスの心を持ってる純粋ボーイだからね。世羅ちゃん、今の質問はなし。忘れてね。ほら、俺らこれからもっともっともっとナイスでイカしたバンドになりたいからさ。だから、困っちゃうんだよね、真樹がいなくなっちゃうと」


「…勝手な話しに人を巻き込むなって」


「真樹、お前は何も言わなくていいって。全部わかってるからよ」


「そうそう。真樹は何も言わなくていいよ。俺らはわかってるから。ボーイのことは全部」


「好きに、どうぞ……」


 世羅は涙を流して笑った。

 世羅が笑うとリズム隊はさらに冗談を口にした。

 そして僕はまた二人のネタとして俎上に載った。

 そんな冗談の勢いに乗って、世羅の笑い声も大きくなった。


 

 セットリストはシルエットで締められていた。

 バンドにとっては初めての音源になった思い入れの深い曲。そしてこの曲は僕にとっても思い入れのある曲。

 あの日世羅にCDを渡したときのことが頭をよぎった。

 CDを胸にあて涙を浮かべながら喜んでくれた世羅。



「最後の曲になりました。この曲はバンドにとって、とても大切な曲です。初めて音源にした曲で、この曲が僕らにまた新しい始まりをくれたような、そんな気がする曲、です」


 世羅は両手を膝に乗せ、小さく頷いた。


「そして、この曲は僕自身にとっても本当に大切な曲です。この曲を歌うとそのときのことを思い出します。今日の最後にその曲を送ろうと思います。ええっと、今日はスティールのライブに来てくれてありがとうございました。今日のことをずっと忘れないでいてくれたら、僕らは、これ以上嬉しいことはありません。それじゃ、最後にこの曲を送ります。シルエット」


 緊張しているのか、自分達の演奏に感動しているのか、それとも世羅が目の前にいるからなのか。

 さああぁっと腕から頬にかけ、ピリピリとした鳥肌が立つ感覚が走っていた。

 世羅と過ごした夏の日々が映画のシーンのように浮かんでは去って行った。

 僕は少し震えた声を押し出すように歌った。


 


 曲が終わると、世羅は長い間手を叩いてくれた。


「ありがとう。スティールはやっぱり最高! 最後にまたライブを見れて本当に嬉しくて、もう、本当に…、言葉にならないくらい……」


 世羅はバックからハンカチを取り出し目にあてた。


「最高の、誕生日をありがとう…」


「ってってってって! っちょっと、世羅ちゃん。感動はこれからなんだから。まだ涙を流すには早いよ。ストップストップ!」


「そうそうそう。それじゃ、真樹が美味しいとこ持ってけねえよ。まあね、俺らの演奏が最高だってのはわかってるんだけどな」


「そっ。今日のアンコール曲はバンドの演奏じゃないからさ。俺らはここまで」

 祐介はミキサーの前に行き、そこにしゃがむとCDデッキからCDRを取り出した。


「世羅ちゃん。これは俺ら三人から。今日の今までの演奏をノーカットで録音しといた奴だから。俺らのこと忘れそうになったら聴いて思い出してやってよ」


 祐介は世羅にCDを渡した。


「そう。さっきの世羅ちゃんの感動の言葉もしっかり入ってるからね~」


「えぇぇっ!? それは…、ちょっと…」


「もうダメ。ばっちり録音されちゃってるよ」


「恥ずかしいなあ…」

 世羅は前髪を指先ですきながら言った。


「そんじゃ、俺らは行くか。アンコールは真樹王子に任せてっと」


「そうだね。それじゃね、世羅ちゃん。次は東京で会おうね」


 三人は楽器を片付けると、手を振ったり、怪しく微笑んだりして部屋を出て行った。

 熱気が残された部屋には、まだ騒々しさが残っていた。


「ありがとう、真樹君。最高のプレゼントもらっちゃった」


「あいつらがいるなんて、俺もわかんなかったんだ」


 僕にとってもサプライズだった。

 サプライズの仕掛け人にまでサプライズを仕掛けるなんて……。


「そうなの?」


「うん。アフロマンのサプライズみたい」


「そうなんだ。真樹君がここに案内してくれたから、てっきり真樹君がみんなを呼んでくれたのかなって思って」


「ここに招待したのは俺なんだ。でも、俺のプレゼントはもっとささやかなもので…」


「うん?」


「っとね、バンドの演奏じゃなくて、弾き語りでやろうと思ってたんだ、本当は」


「聴きたいな」


「…バンドの演奏の後じゃ、ちょっと物足りないと思うけどね」


「ううん。そんなことないよ。聴きたい」

 世羅は椅子を持って、僕の近くに座った。


 

「お願いします」

 長い髪の毛がふわりと揺れた。



 僕はマイクスタンドを曲げ、部屋の隅から椅子を一つ持って来た。


「それじゃ、アンコール曲ってことで」


「やった!」


 世羅は両手を上に上げて喜んだ。


「初めて、誰かのためを思って作った曲です。その人がずっと今日のことを忘れないでいてくれたらって思います」


 目の前で微笑む世羅に向かって僕は言った。


「出会えて本当に良かったなって、えっと、そう、そう思います。そして、また会える日が早く来ないかなって、そう思っています。この出会いに、あの日の夢に、感謝しています。ありがとう。これ以上ない最高の時間でした。っと…、ええと…。うん。まずは、聞いてください」


 もっともっと伝えたいことはあったのだけれど、これ以上言葉を口にするとぐっと支えた胸の痛みが涙に変わってしまいそうな気がした。

 ここで僕が泣いてしまったら、僕の考えとは違う忘れられない思い出を提供してしまうことになってしまう。

 誕生日プレゼントにと歌を歌ってくれた男が歌う前に涙。

 それはちょっと、違う気がした…。


「いきます。インマイドリーム」


 足でリズムを取り、丁寧にミスをしないようにアルペジオを鳴らした。

 そして、世羅への思いをそっとマイクに伝えた。


 


 君の声がする まだ僕を呼んでいる

 二人だけの秘密の場所 In my dream

 君の声がする まだ僕を呼んでいる

 振り返る僕 いつかの日に君を描く


 僕は急ぐ 約束の場所へと

 君が僕を思い出の中に置いていってしまわないように……

 伝えたい言葉はまだ胸の中

 君が残した横顔に僕はそっと呟く この思いを


 記憶の扉に手をかければ君が溢れ出す

 過ぎ去った時間を埋めるのは君の声とシルエット


 僕は歌う 約束の日を思い

 君との明日を壊してしまわないように 失わないために

 伝えきれない言葉に胸が痛む

 僕はそっと君の後ろ姿に思いをかける 小さな声で


 君の声がする まだ僕を呼んでいる

 二人だけの秘密の場所 In my dream

 君の声がする まだ僕を呼んでいる

 振り返る僕 いつかの日に君を描く


 僕は急ぐ 約束の場所へと

 君が僕を思い出の中に忘れてしまわないように……


 


 最後の一音を静かに弾き、ボリュームスイッチをゆっくりと反時計回りに回した。

 ラブソングと呼ぶには遠回りしすぎている歌だけれど、僕にとっては精一杯の気持ちを詰め込んだ愛の歌だった。

 世羅はどんな感想を口にすることもなくただ黙って僕を見つめていた。


 ……。


 ………。


 …不発…?


 バンドの演奏の後の弾き語りじゃ、…やっぱり物足りなかったのかも。


「っと、こんな感じ」


 ギターをスタンドに置き、冗談っぽく笑って言った。


「…………」


 …うん。

 この反応はやっぱり…。


 さっきのバンドの演奏の後に見せた喜びの輝きはどこにも見えなかった。

 なんと言っていいのかわからなくて、言葉を探しあぐねている…そんな状態だ。たぶん、うん。きっと。


「……真樹君」


「あっ、バンドの後じゃ、微妙だったでしょ?」


 胸の焦りを隠すように僕は続けた。


「もうちょっと上手くやれるかなって思ったんだけど。まだまだだね。もっと練習して、こうやってギター一本でも表現出来るようになんないとね」


 喋れば喋るほど焦ってしまう。

 一人パニック、一人勝手にパニック状態…。

 こうなったら、最終手段。

 喋り続けるしかない!


「でもね、これでも俺のベストな一曲になったんだ、この曲。曲はね、すぐに出来たんだ。世羅とのことを、特にね、あの日初めて夢の中で出会ったことを思い出しながらギター弾いたらどんどんメロディーが浮かんできて。歌詞の方はちょっと大変だったけど、でもいつも書いているときと比べたら、かなりスムーズに書けたんだ。いつかこの曲をバンドでやれたらって、今ね、そう思った。きっと、あいつらが今の何倍も良い曲にしてくれると思う。なんだかんだいって、あいつらのお陰だから。俺が作った曲を磨き上げてくれるんだ。想像もつかないくらい眩しい感じに。だから、本当に感謝してる」


「真樹君」


「東京に行ったときにはこの曲をバンドで…」


「真樹君」


 世羅は椅子から立ち上がった。


「…ん?」


「本当に本当にありがとう。どう言葉にしていいかわからなくて……。本当に真樹君に会えて良かったよ。この曲を聴いて、今日のことを思い出して、また真樹君に会える日のことを考えて、私、頑張るから。ずっとずーっと、忘れないよ、今日のことは」


 優しくて、切なげな微笑みだった。

 手を握って、肩を抱き寄せて、出来ることならきつく抱きしめたかったけれど、僕はただ目の前の世羅を見上げていた。


「ありがとう、真樹君。今日まで、本当にありがとう」


 静かにすーっと涙が頬を伝って落ちた。

 美しいものは壊れやすい。

 そして、その儚さこそが美しさを引き立てる。

 零れ落ちる滴のキラメキに、僕はそんな詩人っぽいことを思った。


「こっちの方こそ、ありがとう……」


 ドンドンドンドン。


 ノックの音に扉の方を見ると、ゆっくりと開いた扉の隙間からアフロが見えた。


「時間ですよ~~ぉぉ」


「あっ、はい。今行きます」


「申し訳ないねぇ。お二人さんの時間を邪魔するようで。次が入ってるもんでねぇ」

 それだけ言うと、アフロマンは扉を閉めた。


「アフロマンさん、面白過ぎるね」

 世羅は指先で涙を払った。


「一応気を遣ってるつもりなんだろうね」ギターをケースに仕舞いながら僕は言った。


「ふふふふ。アフロは見えてたけどね」


「見えてたっていうか、はみ出てたって感じだけどね」


 はははははは――――

 世羅が笑って、僕も笑った。



 そして僕らは扉を抜け、今年最後のライブを後にした。

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