第17話 誕生日

 ガシャアアアァァン! 


 ドバアアァアアンっ!


 僕はベンチから転げ落ちた。

 顔を上げ、音がした方を見ると……、親指を立て、凛々しい表情を浮かべた世羅が立っていた。


「………」


 吹き飛んだように土産物屋の壁が大破していた。割れたガラスが散乱し、砕けた壁が辺りに飛び散っていた。

 世羅はそんな散乱物の上に立ち尽くしていた。


「………」


 あまりの驚きに胸はドンドンとバスドラのような音を立てていた。


「戦う女って感じでしょ? どう?」

 ポーズも表情も変えずに世羅は言った。


 ……何を言ってるんだ。毎回毎回こうやって人の寿命を縮めるようなことをして。

 特に最近は本当に酷くなった。

 やり過ぎだ、行き過ぎだ、暴れすぎだ。


 ふうぅぅ~。


 僕は頭を振った。


 そんな僕を見て、世羅は嬉しそうに笑った。

 僕はまた頭を振った。今度はもっと大きく。


 


 一時半就寝。

 これを守ってから、またいつもの夢を見るようになった。

 曲作りの時間を減ったけれど、曲作りのペースは上がった。

 世良曰く、「驚きがもたらすインスピレーション」だそうだ……。

 僕としては勘弁極まりないことだけれど、曲が出来ることは良いことだ。それも以前よりも良い出来だと思える曲が出来上がっている。もしかすると、本当に世羅の言ったとおりなのかもしれない。

 そしてまた夢を見るようになってから、世羅の登場アクションはさらに激しさを増し、破壊活動は一層強力になった。

 僕が驚く度彼女は喜び、スペシャル級の笑顔を浮かべた。

 僕らはまたいつものサイクルの中へと戻っていった。

 そしてそうやって、新鮮で刺激的でドキドキするような日々はカウントダウンを刻みながら過ぎていった。


 

 *  *



 十月に入り、気温はぐっと下がった。

 世羅は紺色のブレザーの袖に手を隠し、時折口元にその手をあてた。

 キラキラとした輝きを放っていた夏服の世羅も良かったけれど、シックでエレガントな雰囲気の冬服の世羅もまたチャーミングだった。


「寒くない?」


 日陰のベンチを吹き抜ける風は心地よさゼロだった。

 不快度八十点の冷たすぎる秋風だった。


「ちょっと寒いけど、大丈夫」

 世羅は袖の中に隠していた手を出し、ぱっと広げて見せた。

「冬生まれだからね。寒さには強いの」


「ん? 冬生まれって、誕生日いつ?」


「十二月二十六日。クリスマスの次の日」



「ってことは、クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントは同じだったりするんでしょ?」


「ううん」

 世羅は首を横に振った。

「クリスマスにプレゼントをもらって、次の日誕生日にまたもらうよ」


 …素晴らしい。

 なんて羨ましいんだ。

 僕の周りにいる正月やクリスマスに近い誕生日の友人達は皆そろって嘆いていた。

 クリスマスプレゼントと誕生日プレゼントが同じだとか、お年玉が誕生日プレゼントだとか。

 まあ、普通に考えて大体はそんな感じなんだと思う。うん。

 やっぱり、お嬢様は違う。こういったところに歴然とした差が出る。


「真樹君は?」


「五月十五日」


「覚えやすいね。ゴ、イチ、ゴか」


 ゴ、イチ、ゴ、ゴ、イチ、ゴ、ゴ、イチ、ゴ。


 世羅は繰り返した。


「よしっ。これで忘れない。来年は誕生日プレゼント期待しててね」


「うん。期待してるよ」

 僕は笑って言った。


「それじゃ、期待を裏切らないように今から考えなきゃね」

 世羅も笑った。


「あっ、そういえば。東京に行く日は決まったの? 今年いっぱいはこっちにいられそう?」


「う~ん。どうだろう。今年いっぱいは難しいと思う。まだいつ行くって話しはしてないけどね」


「誕生日の日は? 二十六。ちょうど冬休みが始まる日だよね」


「うん。…どうだろう。でも、準備とかも色々しなきゃならないことがあるし、二十六はまだこっちにいると思う」


「そっか…」


 もしも、誕生日の日に世羅がまだこっちにいられたら。

 うん。

 思い出に残る感動の誕生日プレゼントを。


 !?


「っん! なんだよっ、いきなり」


 僕は体をのけぞらせた。

 ちょうど胸のあたりに世羅の顔があった。


「なに考えてるのかなって思って」


 ふふふふ。

 世羅はからかうように笑った。


「もしかして、素敵な誕生日プレゼントを贈ってくれるのかしら?」


「世羅がまだいて、で、…俺の気が向いたらね」


「気が向いたらじゃなくて、気を向かせてよ」

 世羅は僕の顔の前で人差し指をくるくると回した。

 「旅立つ友人のここでの最後の誕生日なんだから」


 回転する細い指は僕の眉間の前でぴたりと動きを止めた。

 ムズムズとした気持ち悪い感覚が眉間に留まった。


「わかったよ。うん。わかった」


「なにが?」


「誕生日プレゼント…、贈るよ」


「本当!? 真樹君がそう言ってくれるなら、私いるよ。二十七以降にしてって今からお母さんに言っておくから」

 世羅は胸の前で両手を組んで喜んだ。


 自分からそう仕向けておきながら。

 なんて強引な…荒技。

 まあ、でも、僕もそうしたかったのだから、結果オーライってことなのだけれど。


「素敵なプレゼント期待してま~す」

 世羅は組んだ手を頬にあて首を傾げた。

「あっ、それと、ここでの最後の誕生日にふさわしい感動的なデートもねっ!」


 僕は何も答えず、ただ小さく笑った。

 思い出に残るような最高の誕生日プレゼント。

 いつまでもずっと褪せることのない記憶になるような、そんなプレゼント。

 なにが良いだろう…。

 隣で笑う世羅の笑顔を見つめながら、僕はそう考えていた。

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