第2話

「どうぞ」

 テロなんて強行に及ぶような少年に見えなかった。まだ自分の意思で動かせる声、そこから表現する彼の性格は、とても柔らかで人の良さそうな感じが滲み出ている。

 こういう事になった自分の人生を卑下するような雰囲気も全くなく、何もかもを受け入れているような、そんな印象だった。

「どうしてこんな事を? 今回のような事件を?」

「そうですね――」

 彼に表情を残せための機能がまだ残っていたなら、嘲笑していたのかもせない。そんな質問をした僕と、そんな質問をされるようなことをした自分を。「世界を変えてみたくなったんですよね。少し青臭いですね」

「そうだね」

「もっと具体的に言うと、それはやっぱり現状の世界制度に対する不満がありました。僕たちは最低限の人間らしい生活は保障されています。だけど見てください。街で笑ってる人なんて一人もいないでしょ? みんな下を向いて、お金の計算ばかりをしながら歩いている。これって本当に人間らしい生活なんですかね?」

「僕にはわからない。だけど君はそういう不満を感じて、今回の犯行に及んだんだね?」

「ええ。そうです」

「けどさ、人間らしい生活を営んでいない僕たち、そしてそういう生活を強いる世界制度を運営している政府、これに対する不満が、どうして政府ビルに乗用車で突っ込むことで解消されると思ったのかが、僕には理解できないんだけど、話してもらえるかな?」

 僕の問いに、少年はしばらく口を閉じる。顔の筋肉は全く動かないので、考えているのか、それとも答えに窮しているのか、僕の質問で不機嫌になったのか全くわからなかった。

 カメラで捉えている映像が、僕のラップトップに表示されている。天井をずっと見つめたまま動かない少年。

「それは」

 唇だけが動く。二つの瞳は乾いて潰れていた。彼は何も見えていない。

 その言葉の後には何も続かない。沈黙が生まれる。僕は質問をした。

「結局、君は自分自身の存在を社会に認めて欲しくて凶行に走ったんじゃない? 世界制度への不満も確かにあったし、今回の犯行にはきっと政治的な意味も多かれ少なかれあっただろうけど、自分は、周りにいる人間とは違う、特別な存在なんだ、そういうことを示す為にやったんじゃないかな?」

 沈黙だった。少年は僕の言葉に何も返してこない。

「何も言いたくない?」

 また沈黙。

 乾いて潰れた瞳の黒めは萎み消えてしまっている。白目だけの少年の脳裏には何が映っているのだろうか。

「十五歳だよね。先日、進学する高校選定のための全国統一テストがあったよね。事前の模擬で君は、全国で七位。どこでも好きな高校に進学できるチャンスを手に入れるチャンスがあったわけど、どういう訳か本番ではボロボロ。全国順位は八万十二位まで落ち込んだ。これって下から数えたほうが早いよね? 特別だった自分が、全くそうじゃなかったことになってしまった。高校も希望のところには行けなくなった」

 事前に調べてあった。地域では神童と呼ばれているような子だった。頭脳明晰で運動神経も抜群。いつもニコニコ、近所の人にも愛想が良く、年の離れた妹の面倒も良く見ている、そういう子だった。

「違いますよ」

 これまでの沈黙が嘘のような反応速度だった。無表情だが、それが嘘だと言う事はわかった。「そんなくだらないプライドのために犯行に及んだわけじゃないんです」

 僕はそんな彼の反論を無視して持論を展開してみる。

「君は全国統一テストでの失敗を認められなかったんじゃないか?」

 全国統一テストでの結果により、中学校卒業後、進学する高校が決まる。自由を買うための金を稼ぐ経済活動を政府によって禁止されている学生は、勉強が自由獲得の唯一の方法だった。上位の者ほど、希望の学校へ進学出来る、下位は余り物を掴まされる。一発勝負の全国統一テストは、十代の一代イベントだった。

「僕は自分をそんなものだと思ってましたよ」

「本当に?」

「ええ」

「じゃ少し話を変えて、どうして当日は、こんな散々な結果になったの? これまでは四回あった模試では常に全国の上位をキープして、一桁台から落ちたことはなかったよね?」

「あの日は」と、彼は当日のことを話し始める。「お腹が痛かったんです。ずっと」

「我慢しながら挑んだんだ」

「笑っても良いですよ」

「いや、僕もそういうことはあったから」

「気を使わなくても良いです」

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