035. 日没のアレグザ

 涼一たちが消えた後も、佐藤はリーダーの責を果し続ける。


「おら、グズグズすんな! 殺されるぞ!」


 いざ外へという土壇場で弱気になった住人を、彼は大声でけしかけた。

 境界側の住人が全て出発すると、彼はハイツの玄関へ取って返す。


 しかし、駐輪場には、まだ一人住民が残っていた。

 眼鏡をかけた若い男が、ただ茫然と攻め来る兵の方を向いて突っ立っている。


「何してやがる、あいつらが見えねーのか!」


 ハイツには、槍をもった歩兵がすぐそこまで迫っていた。彼の怒鳴り声に反応し、兵たちの顔が駐輪場へ向く。


「○×○&@!」


 ――六人もいやがる、クソッ。


 彼が肩に掛けた銃に、もう弾は入っていなかった。


「早く行きやがれ! 考えるのは走りながらにしろ」

「は、はいっ!」


 佐藤の気迫に圧され、ようやく男は足を動かす。

 

 ――こいつもオレも、大して変わりねえ。


 立ち止まれば、自分もつまらないことを考えてしまうと、彼も重々わきまえていた。

 先のことも、昔のことも、もうどうでもいいことだ。


「てめえらが、最後の手向けだ。通さねーよ」


 帝国兵に向かって、彼は堂々と歩き出した。佐藤の頭にあるのは、直前の駐車場での住民の姿だった。


 ――あれがマズかったな。あの坊主が住人に説明したとき、最初に質問した母親。ガキまで連れていやがった。


 至近距離まで詰め寄った兵の一人が、勢いをつけて槍を突き出す。

 避ける気の無い佐藤の腹を、鋭い槍先が一息で貫いた。


「痛てえよっ、この野郎!」

「△×&△!」


 叫びとともに、もう一本の槍が彼の肺の辺りに突き出される。

 串刺しになった彼の口から、ゴボゴボと温い血が吹き出た。


 ――来いよ、ほら。


 兵を迎え入れるように広げられた、佐藤の両手。

 その手には、涼一からもらったライターが握られていた。


「&@○××!」


 兵たちの目が、見開かれる。


 ――酷い一日だぜ、まったく。


 カチッ――小さく響く、電子式ライターの着火音。


 爆散した佐藤の肉片は、炎の渦となって、帝国兵たちを焼き尽くしていった。





「司令、南障壁に煙幕が発生しました!」


 ガルドの南本部テントに伝令が飛びこんできたのは、日没後すぐだった。


「煙弾か? 何本撃ち込んできた?」

「いえ、それが……、見たことのない濃さの煙です」


 兵の様子に尋常でないものを感じた彼は、すぐに外に出た。

 数十メートル離れた本部からでも分かる。煙弾で、こんな現象は起きない。

 白い壁が、障壁よりも高くそびえ、ゾーンと外界を区分けていた。暗さもあって、中が全く見通せない。


「遺物の術式だ。敵が抜けて来るぞ」


 即座に推察した司令の発言を受け、参謀が指示を求める。


「狙撃班は、煙の前方に配置しますか?」


 クラインの意見は当然のものだ。これほどの煙幕、敵が真横にいても視認しにくく、その利を生かして突破するつもりだと考えられる。

 しかし、ガルドはさらに慎重な対応を命じた。


「狙撃班は半分に分け、南西と南東に配置せよ。煙から出て来る者は、予定通り歩兵で対応する」


 彼が考慮したのは、初日の報告にあったゾーンへの侵入者たちだ。魔弓兵やリザルドたち、どちらも詳細は不明だが、ゲリラ戦のプロであろう。

 慎重過ぎるくらいで丁度いいと、煙幕に兵を集中させることは認めなかった。それよりは、敵の思惑の裏を行くべきだ。


「煙弾を障壁地帯に撃ち込め。あの煙の左右を主にな」


 クラインの眉がわずかに動く。


「煙を広げるのですな?」

「そうだ。せっかくの派手な演出だ、便乗させてもらおう」


 軽く敬礼したクラインは、指示を伝えに下士官を呼び寄せた。彼は司令官の意図をみ、的確な指示を与えていく。

 征圧部隊の侵攻状況は、内部に潜入させた偵察員から、ガルドにも伝えられていた。

 混乱の元となった奇襲に待ち伏せ。遺物を利用したそのやり口は、帝国の人間の発想ではない。


 ――ド・ルースは、虎の尾を踏んだのではないか。であれば、虎狩りは私の仕事だろう。


 彼はそのまま外に立ち続け、更なる報告を待ち受けた。





 障壁部隊から選抜された兵によって、いくつかの精鋭部隊が司令の直轄で動いている。狙撃班もその一つだ。

 ガルドの命を受け、狙撃班は二つの小班に振り分けられた。東西六名ずつに割れ、東は隊長であるリゼルが指揮する。


 今回がガルドと初顔合わせとなったリゼルも、軍では名の知れた存在で、術式を使える工作兵はゾーン任務に相応しいと、クラインに抜擢された。

 彼らの持つ弓も、通常の物ではない。追魔の弓、術式矢を用いた帝国の新型弓だ。

 抗魔の盾を備えた征圧部隊に対し、追魔の弓を擁する障壁部隊。帝国の術式攻撃に対するもう一つの回答が、この狙撃班である。

 配置に付く前に、リゼルが隊員に訓示を行う。


「対術式戦を想定して、装備を確認せよ」


 最初から通常矢は使うな、という意味である。


「相手は魔導兵ですか?」

「赤い魔線に注意すべし、とのことだ」


 リゼルはその赤光を知っている。狙撃班の初戦闘にはうってつけの相手だ。


「では、行動開始!」


 隊長の掛け声で、黒い軍服に身を包んだ精鋭たちは、アレグザの闇に紛れていった。

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