4.

 放課後。午後三時五五分。

 西新宿三丁目。


「……っし、これでラスト」


 人の少ない大通り。その隅で、片瀬桐人はゴミ拾いをしていた。

 仕上げだというかのように、最後の塵をゴミ袋へと投げ入れる。


「手伝わせてしまってすいやせん、片瀬さん。本当に有難うございやす」


 大通りにぽつんと立つ屋台から、ひょっこりと頭を覗かせ、眉尻を下げながら『化け狸』こと『たぬま』が、ヘコへコと恐縮したように頭を下げた。

 それに対して桐人は苦笑しながら手を扇ぐ。


「そんなに気にしなくてもいいって、たぬまさん。この前、美味いおでん御馳走してくれた礼もあるしさ」

「いえ、あれは看板の修理をしてくれたお礼でさ。あ、腹減ってるでしょう? ちょいまっててください。今、なにか食う物を」

「あ、だからいいって! たぬまさん!」


 思い至ったようにいそいそと、なにやら食事を用意しようとしているたぬまに、桐人は慌てて断りをいれようとした。


「まあまあ、良いじゃないですか片瀬殿。ここまで頑張ったんだし、折角たぬまさんが御馳走してくれるって言うんですから」

「……そういうお前は殆ど何もしてねーよな。人のことを此処まで引っ張ってきたくせに」


 屋台の椅子の上でだらける『からかさ小僧』に、桐人は白い眼差しを送った。

 そのなんとも子憎たらしい格好に段々と腹が立ってきたのか、「そのお気に入りのヒールをへし折ってやろうか」と拳を握りしめる。



 ――此処は西新宿三丁目、の外れ。所謂『裏新宿の入口』の一つである。


 ビルとビルの隙間。通れば妖の世界に辿りつくであろうその路の手前で、屋台の掃除を桐人たちはしていた。


 人通りが少なく、日が逢魔ヶ時に近づいていることもあり、ありのままの姿で闊歩し始める妖たちが桐人の視界にちらつく。……と言っても、どれも未だ小さな子妖怪なので、さほど気にする程のものではないのだが。


「さて、と」


 じゃれあう小さな妖たちを尻目に、桐人はゴミ袋を捨ててこようと袋を担ぎなおした。


「ちょっくら捨てに行って来る」

「はい、いってらっしゃいませ」


 優雅に何処から出したのか、酒まで嗜みはじめる唐傘からかさに桐人の口から溜息が洩れた。

 だが、いくら気にしても仕方がないので、諦めのはいった心情で足を踏み出す。


 なぜ、桐人がこのような場所に居るのかと言うと数時間前、からかさ小僧が訪ねてきたことに理由がある。


 昼休み中。万葉を追おうとした瞬間に突撃をかまされ、必死に追い返そうとしたのだが何故かからかさに「酷い」と連呼されては責められ、無理やり早退をさせられて、このような場所に連れてこられたのだ。


 桐人にとって、此処は初めて来た、場所ではない。

 だが、人が往来する時間帯には何度か尋ねたことはあるが、妖が活動し始める時間帯には殆ど無かった。

 何せ桐人は人間だ。例え、ここが隠り世へのほんの入口だったとしても、妖が集う場所へ赴くのは幾らなんでも危険すぎる。


 今はまだ日が落ちていない事もあり大丈夫ではあるが、もう少ししたら此処から立ち去らねばなるまいと、桐人は足早に進む。


(たぬまさん、今度は何を御馳走してくれんのかな……)


 ぐるると小さく鳴った腹は正直で、桐人は苦笑しながら――結局たぬまに飯を御馳走してもらうことにした。



♢  ♢


「けど、大変だったな。たぬまさん」

「へい……お騒がせしてすいやせんでした」

「いやいや、そんなことねーって」


 たぬまの屋台――『たぬま屋』。

 頼まれた仕事を完遂した桐人は、お礼にと御馳走された焼き鳥を頬張っていた。


「しっかし、ひでーことするよな。そのチンピラも」


 からかさ小僧の話を聞くにたぬまがまだ人に化けて屋台を開いていた昼時、二人の人間にいちゃもんをつけられたらしい。そしてその腹癒せにたぬまの営業を妨害し、屋台を滅茶苦茶にしたのだとか。


「遅くなってごめんな。でも、たぬまさんに怪我がなくて良かったよ」

「片瀬さん……」


 ホッと安堵したように笑う桐人にたぬまは感極まったように眼を潤ませた。


「よくないですぞ、片瀬殿」

「え……うぉっ! 近っ!!」


 いつの間に距離を詰められたのか、僅か五センチほどの距離まで、からかさに顔を近づけられた桐人は驚きの声を上げた。


 相も変らずマスカラもアイシャドーもバッチリな一つ目に口を引き攣らせる。あまりに距離が近いので遠ざけようと傘の顔を押し返すのだが、逆にグググっと更に接近してこようとするので、焦って「わかった。分かったから離れろ!」と声を荒げる。


 それを耳にした唐傘は納得したのか一つ頷くと、大人しく詰めていた距離を離した。

 それに桐人は脱力しながらたぬまに差し出された水を仰ぐ。


「私は何度何度も早く来いと言ったのに、肝心の片瀬殿は授業だのなんだのと時間を伸ばそうとし……」


 はあ、と重い嘆息を吐くからかさ小僧。

 「やれやれ」と此方を呆れたようにチラ見する傘を桐人は改めて圧し折りたくなった。もちろん、今度はヒールではなくその中棒を。


「たぬまさんが大変な時に、あなたと言う人は」

「……おい、待て」


 ひくりと口元が痙攣した。どうやら昼間、奴の呼びかけにかなり渋ったことを未だに根に持っているらしい。


 そもそもだ。言い訳をするようだがからかさ小僧が桐人に助けを求めに来たのは昼時。まだ学校がある真っ最中だ。簡単に午後の授業を抜けることなど出来ないし、からかさもからかさで「大変」としか言わず、要領の得る説明をしなかった。それに奴の言う「大変」はいつも碌なことではなく、大抵は奴のお気に入りのヒールに関する問題だったりするので、桐人は聞く耳を持たなかったのだ。


 確かにあのような態度を取ってしまったことは桐人も反省している。次からは例え碌な願いでなくともなるべく直ぐに答えようとも考えを改め直してもいる。

 だが、ああして直ぐに学校を出ようとしなかったのは元はと言えばこの唐傘にも要因があるのだ。よってこいつにだけは言われたくなかった。


(でも、そうだよな……)


 しかし、ふとあることに思考が辿りついて、桐人は俯いた。


「そこまでにしてくだせぇ、からかささん。幾ら頑張ってもチンピラが立ち去る前にこちらに来るのは無理でしたし、こうして助けに来てくださったんだからお礼を言いこそすれ、文句なんてとんでもねぇです」

「……いや、たぬまさん。助けるつったって掃除しかしてねーよ、俺」


 たぬまに弁護されて同意するどころか、何故か項垂れる桐人。どうやら彼は彼で、気に病むことがあったらしい。


 しかし、たぬまにとっては、例え間に合わなかったとしても、それでもたぬまのために其処へ駆けつけたことこそに、意味があるのだ。

 たぬまの言いたいことは、桐人も分かっている。


 だけど走って走って現場に辿りついた時、目にした光景に桐人は己の不甲斐なさを痛感させられた。

 床に散らばる料理や塵。

 それらを一つ一つ拾い上げた時、どんなに胸が痛んだことか。


 折れた看板に土埃塗れの旗竿。横倒しにされた屋台に大きな損傷は無くとも、散らかって台無しにされたたぬまの手料理がソレをより悲惨な光景に見せていた。それを目にした時、桐人は言いようの無い感情を覚えた。思い出すだけで顔を顰めそうになって、思考を振り払うように首を振る。


 こうして色んな問題に対面した時、いつも桐人は思う。


 ――もし、これが花耶や土御門たちだったらどうしたのだろう?


 自分とは違い、知恵も力もある彼女たち。

 もし、からかさ小僧が助けを求めた相手が彼女たちだったのなら、自分よりももっと早くに現場に辿りついて問題を解決していたのではないだろうか?

 許せない事をしたチンピラたちにそれ相応の制裁と罰を与えていたのではないのだろうか? 


 そんなありそうで無さそうな想像を桐人は何度も繰り広げ、そして、実感した。


 ――自分がどうしようもないほどに無力だということを。


 霊力も腕力も知力も、特に秀でたものが何もない少年。例え相手が子供だろうが女性だろうが押し負けてしまう程に気弱で、残念極まりない人間だ。

 桐人いつだって、事件に巻き込まれても何時も何も出来ずにただボサッとそれが終わるのを待つことしかできなかった。


 自分は本当にこれで良いのだろうか。


 桐人は思う。

 こうして妖たちの頼まれごとを断れないでいるのは、其処に優越感と安心感を見出しているからだ。

 誰かに頼られることで自分に力があると過信し、礼を言われることで自分は間違っていないのだと安堵する。

 妖たちに頼られることで桐人は自身のちっぽけな自重心を保っているのだ。そのくせ、小さな手助けは出来ても肝心なところでは役に立てない。本当に情けない男である。


「ごめん。俺、肝心なところで役に立てなくて……花耶たちだったらもっとスマートに助けれたのにな」


 自分と言う人間の小ささをありとあらゆる意味で実感し、桐人は暗い顔をした。


「そ、そんな! 片瀬さん、本当に気にしないでくだせぇ! 屋台は結局見ての通り無事でしたし料理なんて幾らでも作り直せます!」

「そ、そうですぞ片瀬殿! 片瀬殿は本当によくやってくれてます! 今のは冗談です、だからあまり気にしないでくださいませ! わ、我々は片瀬殿だからこそ助けを求めているんですぞ!?」


 「しまった、からかいすぎた」と軽く後悔をするからかさとそれをジト目で見るたぬま。

 わたわたと手を忙しなく動かす二人に桐人は少し困ったように「ごめん。ありがとな」と笑顔で返す。ついでに「おかわりは如何ですか?」たぬまに問われてもう一皿ほどつまみと握り飯を注文した。


「……片瀬さん。からかささんはこうやって時々片瀬さんを責めるようなことを言っていやすが、実際には感謝しているんですよ。どんな他愛のないことでも手を差し伸べてくれて。あっしも片瀬さんには頭があがりやせん」

「いや、他愛のないことでもっつーか……俺、その他愛のないことしか出来ないんで」


 そうやって自虐的になりつつある桐人にたぬまは続けた。


「それでもですよ……どんなにちっぽけでくだらないことでも、嫌な顔をしながらも助けてくれる貴方のその行為自体に意味があるんでさぁ」


 そうやって優しく目を細めながら、湯煙を立てる餃子と握り飯を差し出すたぬまに桐人はじんと胸が熱くなった。


 ――たぬまさんって、本当に良い人だな。


 こちらこそこんなに御馳走してもらって頭が上がらない、と手を合わせる。そして反省しているのか照れているのか、隣でいじけたように体育座りをする唐傘にスッと餃子を一つだけ差し出してやった。


「……片瀬殿」

「俺が不満なら次からは、花耶にでも頼れ」

「はい、喜んで」

「おい待てコラ」 


 ケロリと落ち込んだ様子も何も無く、平然と了承するからかさ。

 終いには「私、おにぎりの方が好きなんですよね~」とチラチラと握り飯を見る奴を前にして、「やるんじゃなかった」と桐人は深く後悔をした。


 そうして、愚痴を零したり他愛のない話をしはじめてから数十分。時刻が迫っていることに気づいた桐人は急いで席を立った。


「たぬまさん、ごちそうさま。飯、本当にありがとな。あと、気を付けて帰ってな」

「はい、こちらこそ有難うございやした。けど片瀬さんも本当に気をつけてくだせぇ。最近物騒になってやすからな」

「物騒?」


 思い掛けない言葉に首を傾げた。新宿は前々から物騒だったので今更なのだが、何かあったのだろうか?


「へい。最近、蟲が人に憑りつく事件が発生しているそうなんでさぁ」

「……蟲が?」


 朽木文子と似たような事件内容に桐人は眉を顰めた。どういうことだ。土御門からは何も聞いていないぞ、と頭を捻る。


「そういえば、言われてみればいつにも増して空気悪いですねぇ……新宿ここ。人間同士のいざこざも結構起きているみたいですし……もしかしてあのチンピラも」

「いや、流石に其処までは……唯、かなり多発していて陰察庁も手こずっているみたいなので気をつけてくだせぇ。何処に蟲が潜んでいるかなんて、分からないもんですから」

「……わかった。教えてくれてありがとな、たぬまさん」


 知らないところで多発している事件に軽く不安を覚えながらも二人に手を振って、桐人は自宅へと向かう。

 とりあえずこの区域から出れば安全なのは分かっているので、人通りの多い歩道へと足を急かした。


(蟲による事件、か……)


 なんとも不安を煽る内容に嫌な予感を覚える。

 

(出来るだけ早く解決することを祈るしかない )


 そんな思考をしながら繁華街を歩いている時だった。


「あれ? 片瀬?」

「は?」


 不意に誰かに名を呼ばれて立ち止まる。

 聞き覚えのある声に振り返ってみれば、病院帰りなのか妹らしき少女を連れた風間が其処に居た。


「風間! ……と、妹さん、だよな?」

「おお、菜々美ななみな」


 ぺこりと奴の隣で会釈する少女に桐人も礼を返した。

 黒髪のツインテールのせいか高校生、というよりは中学生に見える。まあ、去年までそうだったのだから無理はない。


 白いマスクで覆われた口元を見るに風邪はまだ治っていないらしい。それでこんな所に居て大丈夫なのかと心配に思いながら、桐人は風間に問いかけた。


「ああ、いま病院の帰りでさ……熱もあんま無いし、外の空気吸いたいからってタクシー蹴ったんだよ」

「え、でも昨日倒れたんじゃ」

「そうなんだよなー……けど、こいつ言うこと聞かなくって。まあ、家からんな距離は離れてねーしちょっとぐらい良いかなって……こいつもうるさいしな」


 「外の空気吸いたいって、マスク着けてどの口が言うんだか」と呆れたように妹の頭を撫でる風間。

 妹の菜々美は撫でられるがままにされているが、どこか不満そうだ。


「だって、中に篭もってばっかじゃ息詰まるし……」


 ぶーぶーと文句を垂れる彼女はどことなく可愛らしく、桐人は思わず頬を緩ませた。

 自分もこんな妹が欲しい、と少し、風間が羨ましくなった。


「つか、お前いま帰りか? 早退したんじゃなかったのか?」

「あ、ああ……ちょっと頼まれごとされちまって」

「なるほど、片瀬はずる休みと」


 にやりと口角を上げる友人に頭が痛くなった。これは弱みに使われるなと冷汗を垂らしながら、とりあえず話題を逸らそうと口を桐人は開く。


「じゃあ妹さん……えと、菜々美ちゃんは大丈夫なのか?」

「あ、はい。熱も大したことないし、ちょっと体がだるいけどお医者さんは身体を休めばすぐ治るって」

「そっか、なら良かった」


 問われてもごもごとマスク越しに返事を返す菜々美。

 確かに思ったほど顔色は悪くなさそうだと納得しつつ桐人は、相槌を打った。


「じゃあ、俺らはこれで。また明日な、片瀬。お疲れー」

「おう、また明日ー。菜々美ちゃんもお大事に」

「はい、有難うございます」


 手を振りながら先に進む二人を見送って、自分ももう帰ろうと踏み出す。


(家帰って、風呂はいって……あとは)


 とにかく帰ったらまず風呂だな、と決定づけながらゆっくりと帰路を辿る。







♢  ♢


 翌日。午後一時五分。

 小宮高校図書館。


「平和だ……」


 館内の一角。人の居ない窓際の席で、万葉は優美に寛いでいた。

 膝元には読みかけの本。窓からは柔らかな日差しが差し込み、優しく万葉を包み込んでいる。

 長閑な時間にほう、と満足そうな吐息が彼女の口から漏れた。


 昨日は土御門春一と対面し、沢良宜花耶と言葉を交わす羽目になってしまったせいか、ドっと疲れを感じていたのだが、今は心も身体も晴れやかで軽い。あのメンバーと顔を合わせなかっただけでこんなに気が楽になれるなんて、と肩を揉み解しながら万葉はしみじみと感動を覚えた。


「あれ、先輩?」

「……え?」


 呼びかけられて顔を上げる。すると、驚いたようにこちらを見やる風間かざま祐二ゆうじが万葉の視界に映った。


「あら、風間くん? 今日、当番だったかしら?」

「あ、はい。しばらく放課後は無理そうなんで、昼の番と替えてもらいました」

「そうなの」


 そう言いながら少年は腕に抱えていた本を棚へと戻してゆく。どうやら貸出本の処理と整理を請け負っているらしい。だが、それももう終わったのか最後の一冊を片付け終えると、何故か万葉の元へと駆け寄ってきた。


「先輩は読書ですか? 本、本当に好きなんですね」

「いや、好きというか……まあ、そうね」


 正直、読書が好きなのかは数は自身にも分からない。

 一度もそう考えたことがないので、言われて一瞬戸惑ってしまったが、確かに暇になれば本を開いていたのでそうかもしれないと相槌を打つ。


「そういえば、妹さんは? もう大丈夫?」

「ああ、いや……それが」


 風間の歯切れの悪い答え方から、万葉は大体の事情を察した。どうやら容体はあまり良くないらしい。


「昨日は元気だったんですけど、病院から車に乗らずに歩いて帰ったのがいけなかったのか、夜中に悪化しちゃって」

「あら……」

「今、寝込んでます」


 困ったように笑う風間。かなり気に病んでるようで、万葉は労りの言葉をかけてやった。


「そう、大変ね。でも大丈夫よ。ただの風邪ならちゃんと薬を飲んで休めば治るから」

「はい……」


 「有難うございます」と頷く彼に万葉は微笑すると、受付へと視線を移しながら注意してやる。


「ところで、風間くん。受付の四宮さん、一人で大変そうだけど?」

「え……あ! 本当だ!」


 珍しくも人の列が出来てる其処に目を見張らせながら風間が慌てたようにカウンターへと向かう。

 その後ろ姿が完全に遠くなる前に、万葉はもう一つ忠告をしてやった。


「風間くん」

「はい?」

「妹さんの具合、早く良くなって欲しいのならお守りとかお札を貰った方が良いかも……」

「え……?」


 唐突に奇怪な発言をしはじめた万葉に目を丸くする風間。そんな彼を、ゆっくりと、目を細めながら、注意深く観察する。


「三年の土御門くん。そういうもの沢山持っているから、片瀬くん伝手にお願いするのも手よ」


 ますます意味不明な言葉を並べる彼女に困惑し、狼狽しながらも疑問形で礼を言うと、風間は急いで受付へと走り去った。

 どこか引いたように見える彼に肩を竦めながら、万葉は再び読書に耽った。

 そして、思考した。


 ――だって風間くん。がするんだもの。


 それは微量な妖気。

 万葉でさえも気づくのに時間がかかった『匂い』。それは風間から直接香っているというより、誰かから『移った』残り香のようだった。


 ――ああ、面倒事の匂いがする。


 しばらく家に篭もろうかと、頁の文字を目で追いながら、万葉は黙考した。




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