2.変わりはじめた、何か
――『生理的に受け付けないだけ』。
その言葉を聞いた時、俺が正直に抱いた感想は、失礼だが——『うわー、この人、何か面倒臭そう』である。
その一声に限らず、あの小さな口から飛び出す言葉の数々は、どれも横暴であり、無茶苦茶で、とにかく支離滅裂に思えた。
だが、一つだけ彼女の意見に同意してしまったのは確かだ。
――『無知が罪であることには、変わりない』。
その言葉を聞いた時、何故か自分が責められているような気がして、心臓がどきりと、一際大きな鼓動を刻んだのを覚えている。
♢ ♢
「ああー……馬鹿だろ、俺」
放課後。先ほどまで、蟲喰いの女性——基、先輩——と訳の分からない会話をしていた俺は、学校を出る気になれず教室に入り浸っていた。
目の前の机に頬を付けて、だらりと体の力を抜く。滑らかな机はひんやりと冷たく、熱くなった頬を冷ますには丁度良い。
今日は本当に色々な事があったせいか、重い倦怠感が背中に圧し掛かってきた。家に帰って風呂に入りたいが、同時に動きたくないと言う気持ちもある。
どうするかとウンウン唸っていると、忘れた教科書を取りに戻ってきた友人が、声をかけてきた。
「おい片瀬。大丈夫かお前? 何かいつも以上に疲れた顔してっけど、何かあった?」
「勝手に熱くなって……偉そうに説教みたいな訳の分かんねーこと言って、撃沈した……」
「はぁ?」
友人、風間の声が裏返る。既に部活用の体育着に着替えていた奴は、奇怪そうな顔でこちらを見ると、ふと思い至ったように声を漏らす。
「ああ、もしかして沢良宜さんのこと?」
「……違うけど、違わない」
「何だそれ? 何? 喧嘩したの?」
「……」
そういえば、その問題もあった。
沈黙で肯定の意を示す俺に、「え、マジで?」と呟く友人。もう良いから行け、と手を振って奴を教室から追い返した。ついでに自分もやはり帰ろうと、鞄を手に持つ。
「あとで教えろよー」なんて勝手なことを言う友人の背中が小さくなってゆく様を見ながら、俺も廊下を歩き出した。
「……無知、かぁ」
恐らくあの先輩は、花耶の所謂『鈍感』な所を指して言ったのだろう。
沢良宜花耶がどういう人間かと聞かれれば、簡単に正義感の強い、真っ直ぐな少女だと答えられる。例えば、車に轢かれそうになった人間を見かけたら咄嗟に飛び出すほどには、行動力もある。
懐だって、自分を襲おうとした妖を許して傍におけるほど、深い。まあ、それで時々『甘すぎる』と土御門に注意されるのだが。
そんなお人好しと称せる我が幼馴染には、けれど一つだけ、重大な欠点があった。
沢良宜花耶は純粋な人間だ。だが同時に悪く言えば、馬鹿である。
朽木文子の件でもそうだったが、彼女は偶に自分の価値観を他人に押し付けようとする時がある。だが、本人は質の悪いことに無自覚で、悪気があってやっているわけではないのだ。単純に『話せば分かり合える』、と信じていたのである。
花耶は人が抱く『負の感情』というものを恐らく、ちゃんと理解できていないのだ。あの時、彼女は朽木に対して『復讐をやめろ』と言ったが、彼女はそれが朽木にとってどれだけ大変なことなのか、理解していなかった。
あの図書館で大惨事が起きる前、この数週間で起きていた数々の事件の原因が朽木の仕業であると知った花耶は、まず彼女を説得しようと意気込み、こう言った。
『大丈夫。朽木さんならきっと分かってくれる』
この時、俺は思わずツッコミそうになったのをよく覚えている。いや、その自信はどこから来るんだ、と。
確かに自分たちの同級生である朽木文子は、去年同じクラスだったこともあり、偶に関わり合うことで、彼女がちょっとドジな、心優しい普通の少女だということを、俺もよく知っていた。
だから、そんな彼女があんな事件を起こしたと知った時、まずこう思った。
余程、あの教師が許せなかったのだろう。
朽木が警察に妹の自殺のことで、あの腐れ教師を訴えていたのは、噂で聞いていた。当時は証拠も何もなかったし、唯の虚言と片付けられていたので、結局すぐにそれも収まったのだが。
けど、今回の事件を通して、俺はなんとなく朽木の言っていたことは本当だったのではないか、という気がしはじめていた。
俺の知る朽木文子は何の根拠もなく、アソコまで出来る人間ではない。
実際、気になって色々と自分なりに嗅ぎ回った結果、あの教師が人気の無い場所で、良からぬことをしていた現場を昔、目にしたことがあると言う子妖怪たちの話を聞いて、その信憑性はより高まった。
花耶は、以前から部活関連でその教師と知り合いなこともあって、その話を聞いたときは僅かに戸惑っていたようだが。
あの教師が実際に朽木の妹に何をしたかなんて、詳しい所までは知らないが、妖怪たちの話で大体の想像はつくし、復讐したくなる朽木の気持ちも分かった。あの心優しかったはずの少女は、人を殺したいと思うほどの憎しみを抱えていたのだ。そんな彼女をそう簡単に、しかも口だけで止められるわけがない。
けど花耶の中では、朽木は優しい少女、イコール、必ず復讐をやめてくれる、という方程式が出来上がっていたのだ。
『今はきっと怒りで冷静さを失っているんだよ。大丈夫、話せばちゃんと分かってくれる』
そうだな。暴力に訴えるよりは、まず言葉でぶつかり合った方が良いだろう。復讐を止めようとするお前は間違っていない。だが、物事はそう簡単に都合よく運べはしないし、相手もそれなりの覚悟を持って事に及んでいるのだろうから、もう少しちゃんと考えような。と、忠告してみたが、正直相手がそれを理解していたかは今では定かではない。
だが、土御門も俺と同意見だったのか、朽木を刺激しないように、慎重に動くようにと口を酸っぱくしていた。
赤木、基、阿魂は『まどろこっしいことせずに、直接、潰せばいいだろ』なんて、とんでもない提案をして、花耶に叱られていたが、正直俺も今ではちょっぴり賛同してしまっている。土御門も説得が上手く行かなければ、力ずくで朽木を抑えるつもりだったようだ。
とまあ、そんなこんなで、俺も一緒に朽木と対談することになったわけだが、そうなる前に朽木の犯行現場に出くわしてしまい、其処で色々と起き、今に至る。
誰かを庇って一時的に気絶してしまったこともあり、目覚めた時には、事態がいつの間にか進んでいたので混乱したが、なんとなく花耶が朽木の地雷を踏んで、怒らせてしまったのであろうことは、察せた。
そして多分、というか十中八九、彼女の言動は、あの佐々木という先輩の逆鱗にも触れたのだろう。
彼女が戦いに乱入した時は、本当に驚いたし、少し怖かった。
花耶へと向けられた数々の言葉の刃はどれもキツイものであり、彼女に対する嫌悪感も見え隠れしていたので、困惑したものだ。
事件に収拾がついた今でも、無茶苦茶な理論を語って、唐突に朽木を殴った彼女に、花耶は難しい感情を抱いていた。
今でも度々彼女を校舎で見かけると、珍しく警戒心を露わにしている。出来ればその警戒心をあの変態鬼に向けてほしいのだが、今は置いておこう。
とにかくそんな風に、実にどうでもよさ気な阿魂以外、花耶たちは佐々木という妖にあまり良い感情を抱いてないようだ。俺も多少の苦手意識はあったが、けど彼女たちほどではなかった。
と言うのが、『結局あの人は何がしたかったんだ?』という仄かな疑問があったのと、事件が終わったその日の夜、朽木の診断をした陰察庁の者が教えてくれた結果から、意外な事実が判明したからだ。
『……状態を見るに、相当な範囲まで侵食されてたみたいだけど、よく取り除けたわね。あと少しでも広がってたら、彼女、人に戻れなくなってたわよ』
それに、花耶も俺も、驚くと同時に顔が青くなるのが分かった。
まさか、そこまで事態が悪化していたとは思わなかったのだ。気付いてあげられなかった自分を悔やんで、拳を堅く握りしめた。
目の前の女医が、病室のような室内のベッドの上に横たわる朽木を興味深そうに観察しながら、ほう、と息を洩らした。
ここまで綺麗に、跡形もなく蟲を取り除かれたものを見るのは初めてだ、と零した女医に佐々木のことを説明してやると、なるほどと頷いていた。
『聞いたことはあったけど、蟲喰いって、そんな器用な食事の仕方も出来るのね……っと、そうだった。魂についた蝕みだけど、憑りついていた妖も消えたし、普通に生活してれば徐々に戻っていくはずよ』
と妙に蟲喰いに感心している彼女を横目に、良かった、と素直に安堵した。
共に居た花耶もどこか複雑そうではあったが、それでも朽木が助かったことにホッと息を溢していた。
佐々木がどういうつもりで妖を喰らったのかは分からないが、結果的に助けてくれた女性には感謝した。
だが、同時に『これから、朽木さんはどうするのだろう』、という不安も抱いた。
憑りついていた妖を取り除けたが、あの下種教師を断罪できたわけではない。あの男をどうにかしない限り、朽木はまた同じことを繰り返すのではないかと、以前から抱いていた疑念が、ようやくその時になって膨らんだ。
教師の罪を世間に暴けたら良いのだが、情報をくれた妖の証言だけでは信憑性が弱い。だけど、俺としてもあの教師を許せないし、出来るなら警察に突き出したい。
それを花耶たちに話すと、土御門はなんとか裏を探って証拠を得られないか試してみると言い、花耶は正面突破あるのみと、宣言した。
『先生に自首してもらえるように、頑張ってみる』
いや、待て。自首って、どうやってしてもらうつもりだ。
このとき受けた衝撃は、人生最大の物だったと言えよう。本気で頭を抱えた。きっと色々と限界だったのかもしれない。
その瞬間、俺は等々、口に出してしまったのだ。『お前は馬鹿か!?』と。
可笑しいな、彼女の成績は学年でもトップだったはずだが、これは一体どういうことだろう、なんて心底不思議に思いながら、俺はこの時、恐らく初めて花耶の考えを真っ当から否定したのだ。
いや、それは無理だろうと。
説得したくらいで、あの下種教師が自首するなら、初めから朽木の妹が亡くなった時点でしている。よって、花耶の計画は無謀である。というか、朽木の妹の件に正面から踏み込んで、それで奴の逆鱗に触れたら、何されるか分かったものではない。むしろ危険だ。
初めて俺が怒鳴った瞬間、花耶は最初何を言われたのか分からないような表情をした後、ハッと我に返って口を開いた。
そうして、花耶は『やってみないと分からない』と反論し、それにまた俺が意を返し、恐らく小学校以来になるであろう喧嘩が勃発した。
そして俺は声を低くしながら言い捨てた。
『大体、お前は考えが足りなさすぎる。朽木さんの時だけじゃない、金沢の時もそうだ。人間、誰しもお前と同じじゃねーんだよ。あの糞教師が、んな簡単に改心するわけないだろ』
『そんなの、唯の可能性じゃない!? 実際に話してみないと分からないことだってある!』
『お前、
『……で、でもやっぱり信じられないのよ! あの先生が、そんなことするなんて……もしかしたら、何か理由が』
『お前、やっぱり馬鹿だろ』
と、まあこんな感じだ。
そう。この時になって気付いたのだが、どうやら花耶はあの教師が、本当は自分の知る優しい先生だと、心のどこかで信じていたらしい。
奴は朽木の妹が通っていた学校の剣道部の顧問なこともあって、ウチとの対抗試合を通して、よく花耶とも顔を合わせていたようだ。
俺はよく知らないが、彼女の話では、その時の奴はとても紳士的で、他校の選手にもとても親身になってくれる優しい先生だったそう。
だから、花耶の中ではこんな考えが出来上がっていた。
あの子妖怪たちや朽木の言う通り、あの腐れ教師は朽木妹に確かに許されないことをしたのだろう。けど、きっとその裏にはどうしようも出来ない理由があったのだ、と。
完全にそう信じているわけではなかったが、そう信じたい気持ちがあったらしい。
俺からしてみれば、男の性というか、妬みというか、彼女から聞く奴の態度は、逆にそれが胡散臭すぎてちょっと信用できなかったし、実際ごく一部の剣道男子からの評判は最悪だったので、花耶の話に同意することは出来なかった。
そして、この際だからと、似たようなことをして失敗しそうになった過去の事例を掘り起こして、花耶に忠告した。もう少し、色んな視点からちゃんと考えろ、と。
口喧嘩をすること、凡そ十分。
陰察庁の一角で喧嘩をしていたこともあって、近所迷惑だからと土御門に無理やり中断され、建物を追い出された。そしてそれから三週間、花耶とは碌に口を聞かずに時は過ぎ、何時の間にか糞教師が警察に捕まっていた。どうやら朽木が自分で、妹の自殺の真相を暴いたらしい。
それに内心驚きながらも、尊敬の意を感じると同時に、自分がとてつもなく情けなく思えた。
結局、俺は何も出来なかったのだ。
元々俺は何の力も無い一般人だ。誰かを救えるなど、大それたことは思っていない。だが、それでも何も出来ずに、何時も事件を傍観するだけで終わってしまう自分に、歯がゆさを感じてしまった。
ちなみに花耶はと言うと、宣言通り、あの教師の元へと押し掛けていたようで、その時に信じていたものが覆されてしまい、かなりショックを受けたらしい。
と言っても、俺が話しかけようとしても避けられるので、実際どうなってるのかは、よく分からないのだが。
「……なんか、疲れた」
顔を合わせても、相変わらず幼馴染に避けられる日々。それに合わせて、なぜか学校に遊びに来ていた傍迷惑な変態傘と、先程の佐々木との会話。
キレイごとキレイごと、と花耶を批難されたからだろうか。反発するようなことを言ってしまった。
本当に何故、自分はあんなことをしたのだろう。
思い出すだけで憂鬱で、もう溜息しか出てこなかった。
「……帰って、風呂入って、寝よう」
宿題はもうこの際どうでもいい。
明日の朝、誰か写させてくれたら写そう。
♢ ♢
「……で、なんでアンタが此処に居る」
「花耶に追い出された」
「答えになってねーよ! それでなんで俺の家に来るんだよテメェは!?」
自宅の寝室。鞄を部屋に置いて、それから風呂場へ向かおうと自室の扉を開けたら、なぜか酒を仰ぎながら寛ぐ鬼が居た。
床に空き缶が既に十本ほど散乱している。
可笑しい、俺の目は妖にでもやられてしまったのだろうか。
今すぐに視界から消したい光景に口元を引き攣らせながら、人の布団の上で勝手に寝そべる野郎に絶対零度の視線を送ってみるが。
「なんだ、機嫌が悪いな。女にでも振られたか?」
全く通用しない。
「お前と一緒にするな。そして今すぐゴミを片付けろ、でもって今すぐ出てけ不法侵入者」
ニタニタと鋭い八重歯を覗かせながら笑う阿魂を一睨みしながら、追い出そうとするが、相手はそんなものどこ吹く風。
むしろ、『人間に化けて正面から入ったら、普通に母に上げてもらった』という真実を明かされて、俺の方が膝を着くことになった。
くそ、と憎たらしい不法侵入者に毒吐こうとして、ふと、ある疑問を抱く。
「つか追い出されたって……アンタ、何したんだよ」
また飽きずにセクハラをしたのかと呆れたように溜息を吐くと、奴はどこから持ってきたのか、次の缶ビールをぷしゅりと勝手に開けながら、意外な事実を明かした。
「さぁな。事実を言ったら、泣きそうな顔をするもんで慰めてやろうとしたら、怒られた」
おかしい。慰める、とは真面な言葉のはずなのに、この男が言うとなぜか卑猥に聞こえる。
ぜってぇに何かしただろ、と心の中でツッコミを入れるが、それよりも気になることがあって奴に問いかけてみた。
「事実って?」
「人間は面倒臭い」
その一言だけで、阿魂が話した内容が分かって、俺は「そっか」と呟きながら、着替えを取り出した。
「……花耶の奴、それで何て言ってた」
「何も」
「そうか……」
沢良宜花耶は馬鹿だ。そして、純粋な女だ。
正直、よく此処までそんな馬鹿みたいな理想論を信じ続けてこれたな、と思ってしまうほどに純粋なのだ。
『どんな人間にも善の心はある』と、根っから彼女は信じている。そして、その信条をあの腐れ教師にも向けられるほど、彼女は馬鹿なのだ。
けど、俺はそんな彼女を悪いと、否定することは出来ない。
確かに彼女が語るそれは馬鹿みたいな夢物語だ。
だけど、それを馬鹿みたいに信じ続ける彼女が、眩しく見える時があって、実際にそれで救われた者たちを前にして、思うのだ。『ああ、こいつが居て良かった』と。
例えどんな所業を起こした妖でも、どんな汚い人間でも、彼女は馬鹿みたいに相手を信じる。それは本当に馬鹿みたいなことだけど、だけど、それは誰にでも出来ることではない。
あくまでも俺の想像でしかないが、たとえ朽木と同じ立場に置かれても、花耶は変わらない気がする。
どんなに虐げられても、彼女が復讐に走ったりする姿はなんとなく考えられないのだ。
そう、きっと、どんな怒りと憎しみに苛まれたとしても、彼女が人を殺めることはないのだろう。
むしろ、葬りさられた真実を、身を犠牲にしてでも、自分で暴こうとして、どんな事があっても、決して諦めずにボロボロになりながらも戦い続けるのだ。
復讐して、あの教師を殺したって、あの教師の知人や家族が悲しむから、と言って彼女なら泣き笑いを浮かべそうな予感がする。それほど、沢良宜花耶は馬鹿なのだ。そして、だからこそ彼女は朽木の気持ちを、本当の意味で理解出来なかったのだと思う。
けど、そんな、いつだって自分を顧みないで、誰かを信じて、助けようとする姿が、俺は嫌いじゃない。
だが、その姿勢は時に傲慢で、理不尽で、知らずに誰かを傷つける時がある。それを、花耶は自覚していない。
いい加減、花耶は気付かなければならないのだ。人は皆、彼女が思う程キレイでも、簡単でもない。けど、
「なぁ、阿魂……さん」
「あ?」
「花耶に変わってほしいって思うのに、変わらないでほしいって思う俺は、可笑しいのかな」
ぽつり、と無意識に零れた己の疑問と矛盾に、阿魂は少しの間を開けると、口を開いた。
「さあな。けど、あれは自覚しても、変わらず馬鹿のままでありつづけるだろうな」
そう言って、なんてことの無いようにアルコールを口に含む奴が、幼馴染の俺より後に現れたくせに、花耶のことをよく知っているような気がして、少し悔しくなった。
阿魂の予想する結果が、良いことなのか、悪いことなのかは、分からない。
というかそもそも、偉そうなことを言っておきながらなんだが、俺だって自分の意見が本当に正しいのかなんて分からない。本当は間違っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
だけど、それでもちゃんと自分の意見を口にして、誰かと反発し合って、それで、成長できたら良い。
「……そういや」
反発、と言えば不思議と佐々木のことを思い出して、俺は少し憂鬱になった。
(……なんか、気まずいし。出来れば、もう鉢合わせたくないな)
数時間前の会話を再び思い出して、大きな溜息がついつい口から溢れ出た。いや、あれは本当に緊張したし、気まずかった。
突然、大袈裟に肩を落とした俺に気付いた阿魂が面白がるように、笑う。
「なんだ? 女との喧嘩に疲弊でもしたか?」
花耶のことを指しているのであろう阿魂に暗い双眸を向けながら、忘れかけた着替えの下着を取り出す。
「良い解決策を教えてやろうか」
「……なんだよ」
薄々と嫌な予感を覚えながらも、一応聞いてやる俺はきっと、間違いなく阿保なのだろう。
「女は啼かせれば大抵機嫌を直す」
「アンタ本当に最低だな」
人間は簡単じゃない、なんて言う複雑な話を女にしておきながら、よくそんな最低なことを言えたものだ。
半分冗談なのだろうが、奴の経験談も含まれているような気がして、なんかムカついた。
「まあ、花耶に手ぇ出したら殺すけどな」
「お前は大事なところを失くせばいい。全ての女性のために」
ふざけたことを抜かす野郎を、汚物でも見るような目で一瞥してやる。そして、さっさと出てゆけと命令すると、何故かじっ、と観察するような金色の双眸を向けられた。
「な、なんだよ……」
「言うじゃねーか」
「は……?」
唐突な発言に丸くすると、奇怪な顔をしながら阿魂は言葉を続けた。
「人の物の周りをウロチョロする蝿はえかと思えば、随分と口が働くようになったようだ」
その言葉に心当たりがないわけではない。
確かに俺は事件に関わることがあっても、今まで殆ど口出しをせず、ただ流されるがままに事を傍観していた。
それが、今回の事件で俺は初めて花耶に真っ向から反論し、一歩も彼女に譲らなかったのだ。
そのことに対して、花耶だけでなく土御門も驚きを見せていた。どうやら阿魂も同様らしい。
確かに、今までは勝手に部屋で寛がられることはあっても、ここまで阿魂と言葉を交わすことはなかった。
その事実に少し驚然としながらも、一つだけ訂正させてもらう。
「俺がウロチョロしてんじゃねー、オメーらにいつも巻き込まれてんだよ」
こちらとて、自ら望んで事件や騒動に飛び込んでいるのではない。
家が隣同士で、小学校からずっと同じ学校に通ってると、花耶たちと関わる機会が自然と多くなってしまうのだ。おまけに小学校からの習慣というか、なんというか、登下校も一緒で、クラスも一緒となってしまうと、逃れるに逃れられない。
周囲をウロチョロするなと言われても、困る。
それともあれか、花耶と幼馴染の縁を切れってか、でもって引っ越せってか。それとも徹底的にあいつを避けて、近所や学校の奴らの周囲から、針の筵に座らされろってか。
なんて、不満を見せたら、痛いところを突かれた。
「あ? 知るかよ、んなもん。傍観者面してたくせに、結局ウロチョロとあの朽木って女のために、自分から動いてたのは何処の誰だ」
案に自分が流されやすい人間だということを指摘されて、言葉に詰まった。
ああ、そうだとも。
なんだかんだと不満を言いながらも、結局こういう事件に関わっている原因は、俺にある。どこかに、事件に関わらずに済む選択肢があったはずなのに、結局自分はこうして、関わってしまっているのだ。
俺も、自分のそういう悪い所を認めよう、そして直す努力をしよう。
だが、とりあえず、花耶よ。
この前のことは謝るし、何なら土下座しながらアイスでも、桜餅でも好きなだけ献上してやる。だから、頼むから、この糞鬼を回収してくれ。
――目の前で煙管を吸い始めようとする暴君を前にして、俺は切に願った。
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