角使いのダンジョン・マスター
元音ヴェル
目覚めたらそこは、一面が白世界でした
目を覚ますと、そこは一面が白い部屋でした。
いや、違うか。あえて言おう。
「知らない天じょ--あれっ!? 灯りはあるけど照明器具はないじゃん!」
光源である灯りがあるから、白いと認識しているはず。でなければ暗闇と大差ない。
なのに、照明は一つも無い。
部屋全体が発光しているなら、もう少し薄暗いはず。自分の体が影となるためで、均一な明るさであるなら特に。
だが、部屋を見渡す事が出来るほどには明るい。
普通の照明は、天井から強い光を放つ事で明るさを保つ。電気が通っているなら、これは何気無いことの一つだ。
でも、この部屋は天井部分が強い光源ではない。床も光っているし、壁も光っている。だが、電熱がないのか熱くもない。
これだけとってみても、科学技術は優れていそうだ。
しかし、残念な事に、比べるべきモノがわからない。
具体的には、自分が誰なのか、ここはどこなのか、自分がどこから来たか、ここに来る前は何をしていたのか。
まったく思い出せない。
記憶云々の事は一旦保留にして、まずは現状を確認しよう。
今いる場所は白い部屋だ。
畳でいうなら六畳ほどの広さ。
四方の壁も六畳ほどはある。つまりは立方体の部屋。
先ほども思ったが、これで光源が一定なのに、見渡せるってちょっとおかしいような気がするんだよ。
ドア、窓、共に無い。
あ、これは酸欠で死んでしまうかもしれない。と、悠長に思ってみる。
酸欠でくたばる前に、この密室から抜け出せって事か。
その様子をモニタリングしてるんだな?
「おりゃっ! いたたっ! なんのっ! かってぇ!?」
パンチしてもキックしても無意味だった。
材質はコンクリとかかな? 厄介な……。
某ゲームだったら、素手でダイヤモンドを掘ったり、木を叩いて伐採するんだけどなぁ……。
「弱い箇所を当てるまで、殴ったりしろって事かな? その前に死んじまうって!」
何か、何か道具を。
素手で壊せるのは、非力な場合はドアや手摺とかに限るってば!
ゾンビや豚を素手で倒せる訳が無い。
豚って動物なんだよ!? 人間は無抵抗で無警戒な、犬や猫は素手でも殺せるけど、野生動物には絶対に勝てない。
だから道具を使う。
壁の厚みがどれくらいあるのかもわからないし、強度もわからない。
でも、椅子とかで殴り続ければ壊れる……はず。
室内にはガラス玉とそれを固定する台座、あとその前に本一冊だけ。
ベッドや机の類いはナシ。
ガラス玉で殴っても仕方ないし、辞典ほどの厚みがある本も無理。
台座は、金属製かな? あ、違う、ガラス製っぽい。
使えるモノがない。
着ている衣服や靴を調べてみるも、ポケットには何も無い。
しょうがないから、本を手に取り、角で壁を叩いていく。
何気に本の角って、当たると痛いからね!
金属製の縁取りもされてるから、コイツは余計に痛そうだぜ!
「ヒャッハー! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ……」
殴る。
壁を、殴る。
白い、壁を、殴る。
角で、しらみ潰しに、床を、殴る。
本の角で、部屋の角を、叩き、壁を、殴る。
両手で、何度も、光を放つ、硬い、白壁を、殴る。
本を、両手で握り、何度も、硬くて、白い、壁を、殴る。
金属の縁と壁が幾度となくぶつかり、不協和音が部屋に響く。
やがて角という角が丸くなってきた。
次は本を横にして、本の上から殴っていく。
片手で、本を支え、右ストレートを何度も打ち込む。
疲れたら本を壁に立て掛け、ローキックを繰り返すだけ。
右腕の疲れが幾分かとれたら、左の拳を本と壁に向かって、ぶちこむ。
早くしなくては! 酸欠が近いのか、息が苦しい!
運動なんてしていなかったのか、体中が軋む。
だけど、死が迫っているのを感じる。
心臓の音が大きく聞こえる。
それでも殴るのを止めない。この壁が壊れるまで、殴るのを止めない!
ひたすら、そう、ひたすら殴る。
これ絶対、走馬灯は殴っていた記憶しか見れない。なんてツマンネー記憶なんだろう。絶望したっ!
憎い、ここに連れてきた奴が。
憎い、こんなにも蹴ったり殴ったりして、傷一つ入らない壁が。
憎い、腕力すらない、非力な自分が。
憎い、来る前の記憶が無いことが。
憎い、自分の名前すら思い出せない事が。
憎い、酷使している手足の痛みが。
憎い、部屋にたいしたものが無いことが。
憎い、打開策の一つも思いつかない事が。
憎い、この光景を見て嘲笑っている奴が。
憎い、神様が。
憎い、酸欠で苦しいのが。
憎い、この部屋が。
憎い、この本が。
憎い、全てが!
狂ったように殴打するも、壁は無傷。
あー、疲れたなぁ。何だか眠いや。
意識が遠のくのを感じる。
目覚めて早々死ぬのか、短い人生だったなぁ……。
結局、壁を殴っただけで終わるのか……。せめて椅子くらいは置いといて、欲しかったかもしれない。
もしくは力があれば、こんな部屋からなんて出られたはず……。
そうして、私は瞼を閉じ、深い眠りへと落ちていく。
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