ショートショートをやります
斧
六畳一間の夢人形
死後。天界。
内蔵を剥き出しながらゲタゲタと笑う老婆をバールで殴打する。老婆が活動を停止し、少し休もうというところで、フロアの奥から甲冑をまとった老婆が向かって来る。困ったな。あの甲冑、バールじゃ無理なヤツだ。ターゲットされてるから隠れても駄目だろうし、どうしようもないな。
「だからさっき手榴弾使うなって言ったじゃん」
トモ姉が茶々を入れてくる。
「いやでも、さっき使わなかったらあそこで死んでたしさぁ…。あー、死んだわ。死んだ」
婆異様ハザード天界編。天界が舞台のゾンビゲーム。敵キャラは全てがゾンビと化した老婆。後半になると火を吐くゾンビ老婆やサイボーグゾンビ老婆、ドラゴンゾンビ老婆などが出てくる。そんなよくわからないゲームを僕は今やっていて、トモ姉はそれを見ながら「あーだのこーだの」言ってくる。
「なんでこんなのやらなきゃいけないの」
言う僕に、トモ姉が返す。
「クリアしてないのこれだけじゃん。やっぱほら、やり始めたんだからクリアまで行こうよ。何事も途中で終わらせるのは良くない」
「トモ姉がそれ言うの何かなぁ…」
「いいからほら。コンテニューコンテニュー」
「はいはい」
死後。天界。
操作キャラは初期武器でバールを持っている。初期位置から少し移動すると数体のゾンビ老婆が襲いかかってくる。それをバールで殴る。殴る。何度も殴る。
死後、安住の地であった天界はゾンビ化した老婆によって地獄と化してしまった。どうにか生き残れ。といったナレーションがあるくらいで、このゲームにはストーリー性がほぼ無い。ただ、襲い来るゾンビ老婆を処理しつつ、先を目指すだけの内容。舞台が天界である意味も特に無くて、敵がゾンビ老婆である意味も無い。
「てか、トモ姉はさ」
「何」
「こんなのやってるの見てさ、楽しいの?」
「いや、普通につまんないよ」
「マジかよ」
「マジだよ」
「うっわ。本当になんで今コレやってんだって気持ちになってきたんですけど僕は」
「だって他にすることもないじゃん。まぁ惰性だよ惰性」
「まぁそう言われたらそうなんだけどさぁ」
最初は何だったっけな。普通に皆がやってるロールプレイングゲームだったと思う。僕の家にはゲーム機が無かったから、向かいに住んでるトモ姉の家でやらせてもらった。それがはじまり。
いつしか、トモ姉が「これやれ」って指定するものをやるようになって、それは段々とホラーゲームやゾンビゲームになっていった。自分でやるのは怖いからなんだろうか、わからないけれど。
そんな感じで僕がゲームをしてトモ姉がそれを見ながら口を出す。たまに手や足を出してくる。そんなのが僕とトモ姉の日常だった。
で、今ここはトモ姉の家ではなくて僕が借りている六畳一間。ゲームも僕が買っている。まぁほとんどのホラーゲームやゾンビゲームはやり尽くしてしまって、クリアしていないのは今やっているようなよくわからないマイナーなヤツしか残っていないんだけど。
「うーわ。甲冑出た」
「ここで手榴弾使うとさっきの所で足りなくなるよ」
「いやでもどうすりゃいいのさこれ? あー…、駄目だ、死んだ」
「スーパーヘタクソ祭り」
「祭んなくていいから」
画面中央に「You died」の文字。死後の世界で更に死ぬってなんなんだ。コンテニューを選択し、老婆殴打作業に戻る。老婆を殴打。老婆を殴打。殴打。殴打。殴打。少しばかり嫌になってきたところでそれを察したのか、トモ姉は「飽きた」の一言を洩らし、僕はそれに合わせて手を休める。
「疲れた。休憩」
「いやあの、プレイしてたの僕なんですけど」
しばしの沈黙。
基本、ゲームをやってる時にトモ姉が口を挟むのが会話のベースとなってしまっている為か、特に何もしていないと沈黙の時間が多い。この、何も喋らない時間は嫌いでは無いんだけど幾ばくかの気まずさは感じてしまう。何かを喋った方がいいんだろうけど、そう考えてしまうと余計に何を喋れば良いのかわからなくなる。それに、別に今喋らなくても良い事を無理矢理ひり出すのも何か不自然でどうも違うような気もする。そういった事を考えているうちに沈黙の時間は流れ、それに退屈して喋り始めるのはいつもトモ姉だ。
「では、突然ですがクイズです」
「はい」
「今日のわたしはどこかがいつもと違います。さてどこでしょうか?」
そう言ってトモ姉は床に積まれた数冊の本の上に座りながら足をパタパタさせている。ジーンズではなくてスカートを履いているというのが正解なんだろうけど、そんな事は最初から気がついていた訳で、かといって僕は「今日はスカートだね」なんて自然に吐けるような人間では無いので、そこにはあえて触れなかったんだけど、質問されて即座にスカートと答えるのもどうなんだろうか。とか考えていると沈黙の時間が流れてしまい、トモ姉は大きく息を吐いた後に続ける。
「あのなぁ、スカート」
「はい」
「気づいてんだろ」
「はい」
「なんで言わないの」
トモ姉は続ける。
「もうそろそろ時間来るよ? 今日で最後だってわかってるよね? いいのかキミは、そんなヘタレなままで」
「んー、別に最後にするつもりはないし」
「は? どゆこと」
「実はさ、今後やる事は決めてんだよね。もうあと数分でトモ姉とは会えなくなるから、これを機にトモ姉に会いに行こうと思うんだよ」
「ほう」
「ま、運良く会えたらいいなって程度なんだけどさ。ここ数日、トモ姉と話してて改めて思ったんだ。トモ姉いない人生ってどうしても枯れてるんだよね」
「うわぁ、何そのキモい告白みたいなの」
「キモいかなぁ? まぁなんだろ。実際ずっと死んだように生きてたみたいなもんだったからさ、もうそういうの終わりにしようかなって思ってさ。まぁ、少し、怖いけど。ここいらで踏み出してみようかと思いまして」
「まー…、うん…。止めはしないわ。えっと、頑張れ?」
「うん。頑張る」
「決めたからにはしっかりやれよ。絶対ビビんなよ」
「うん。ありがとう」
最後の沈黙。そのまま少しずつ視界のモヤが晴れる。目の前には空になった瓶。
あーあ、終わっちゃったな。
ドリームドール。
日本での販売名は夢人形。
一錠で一時間程、都合の良い幻覚が現れる錠剤は全国の薬局、ドン・キホーテ、またはネット通販で販売され、飛ぶように売れた。一錠あたりの値段はタバコ一箱程度。それで目の前に理想の異性、昔の恋人、テレビタレント、アニメキャラクターなど、その時に自分が対話したい相手と対話できるものだから、ハマる人は文字通り夢中になって、毎日のように楽しんだ。それが販売停止に至るまでの数ヶ月間の話だけど。
実際に、最後にトモ姉を見たのは五年前。
いつものように部屋のドアを開けると、トモ姉はてるてる坊主みたいに浮かんで動かなくなっていた。理由は今でもわからない。何の前触れも無かったから。
さて、足元の積んだ本を蹴る。
麻縄の毛羽がチクチクして痒い。ビニール紐にしておけば良かったかも。
そういえば夕方にamazon来るんだったっけ。
まぁ、いっか。
死後。天界。
僕は初期武器でバールを持っている。
悪い夢みたいだ。
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