烏鎮(うーちん)

きりもんじ

第1話祖父の死

静江の祖父が亡くなった。

今年30歳になる静江は一人娘の死後、

重度のうつ状態になり離婚して旅に出た。


中国の雲南省を中心に半年ほど、

何も考えずに大自然の中を歩き回った。


雪をいただく山々をボーっと眺めながら

素朴な人々と触れ合った。やっと傷が癒えて

実家にたどり着いた時、母の第一声は、


「おじいちゃんが亡くなった。もうすこし

早ければ、死に目に会えたのに」


母はそう言って古びた茶封筒を静江に

手渡した。表に毛筆で静江と書いてある。


「おじいちゃんから静江にだって。小さい頃

ずいぶん遊んでもらったからね。お前が孫達

の中で一番可愛がってもらえた」


静江は頑丈にガムテープで包装された茶封筒を

かなりの力を入れてこじ開けた。母がじっと

手元を見ている。古ぼけた手帳とロケット


ペンダントが一つ出てきた。ロケットを開くと

セピア色の幼い子どもの写真が貼ってある。

母と二人で覗き込む。王美麗と書いてあった。


「王美麗?知ってる母さん?」

「知らないわ。中国の人ね。2歳くらいかしら?

あなたこそ心当たりはないの?おじいちゃんが

あなたにと指定した形見なのよ」


「そうだよね。この手帳に手がかりがあると思うわ」

「そうだね。私は夕飯の支度で忙しいから、

ゆっくり上で読んで後で教えてね」


「分かった。そうする」

静江は2階の自分の部屋に上がっていった。


『何故、母ではなくて私なのかしら?』

そう思いながら静江は手帳を広げた。


<烏鎮2>

「昭和12年11月10日、杭州上陸。

10月ニ上海ニ上陸シタ我ガ軍ハ敵軍ニ

包囲サレテ苦戦シテイル、ソノ背後ヲ突ク作戦ダ」


「11月12日、イヨイヨ人ヲ殺サネバナラヌカ

ト思ウト身ノ毛ガヨダチ気ガ狂イソウダ。幸イト

後続部隊ナノデ敵軍ト真ッ向勝負ハナサソウダ」


「11月14日、水郷地帯ヲ北上スル。民家ニハ

誰モイナイ。部屋ヲ確カメ最後ニ火ヲ放ツ。

遠クデ銃撃ノ音ガ聞コエル」


「11月16日、指揮官ヨリ作戦指令アリ。我ガ

部隊ノ作戦ガ功ヲ奏シ敵ハ大挙シテ南京に敗走中。

上海ノ部隊ト共ニ全力デ北上セヨ。南京一番乗リ

ヲ果タスベシ。奪イ尽クシ殺シ尽クシ焼キ尽クセ」


「11月18日、小サナ集落ニ入ッタ。周リヲ取

リ囲ム。一人ノ民兵ガ叫ンデイル。早ク早ク。

老父母ハ走レナイト泣イテイル。扉ヲ蹴破ッテ


銃声十数発。三人ノ死体ガ転ガル。他カラモ銃声

ト叫ビ声ガ聞コエタ。火ヲ放チ焼キ尽クス。新兵

ハ皆怖クテ震エテイル。イキナリ上官ニ殴ラレル」


「11月20日、次ノ集落ハ近ヅクト銃撃シテキタ。

二手ニ分カレ裏ニ回ル。心臓早鐘ノ如シ。逃ゲル

敵兵ヲ狙ヒ撃ツ。殺サナケレバ殺サレル。初メテ銃


ヲ乱射シタ。敵兵ノ顔面ガ血デ染マリ、モンドリ

ウッテ地面ニ倒レタ。一人二人三人・・・・」


「11月22日、モウ何モカモドウデモヨクナッテキタ。

戦友ガ目ノ前デ吹ッ飛ンデモナントモ思ワナクナッタ。

恐怖ト虚シサノ極限デ人ハ笑エルモノナノカ。


時折気ガ狂ヒソウニナル。自殺者一人ト発狂者一人ガ

出タ。発狂者ハソノ場デ射殺サレタ」


「11月24日、イツ何処カラ弾ガ飛ンデ来ルカ刺

サレルカ分カラナイ。侵略者ハ常ニ狙ワレテイル。

本能ノ命ハ真実ヲ覆ヒ隠セナイ。神経ガ異常ニ昂ブ

ッテイル。命ハ叫ブ、我々ハ招カレザル客ナノダト」


「11月26日、烏鎮トイウ村ノ酒蔵デ一人ノ病気ノ女

ヲ銃剣デ刺シタ。女ハ絶命スル瞬間ニ首飾リヲ差シ出シタ、

中ニ写真ガ貼ッテアル。敵襲ノ声ニソノ場ヲ離レタ」

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