Brave Week Online
ながやん
2029/07/10(火) - ゲームを開始しますか? -
第1話「はじめましての小さな一歩」
目の前に表示された
宝石に花びらをあしらったそれへと意識を向けて、
すぐさま彼女は、
しかしまだ、この段階では
『ようこそ、冒険と神秘が渦巻く
高らかに
即座に緋瑪は、【
『新規で遊ばれるお客様は、登録手続き画面へお進みください』
ここから先は、もう一つの現実。
この時代、人類は
テレビやパソコン、クレジットカードや携帯電話等は全て、その機能を【エルフターミナル】へと集約された。そして、それらは副次的な機能でしかない……真の価値は、【ユニバーサルネットワーク】の様々なコンテンツを、全感覚で体験できることだった。
緋瑪は迷わず、いつもの慣れた調子で仮想現実の奥へと進む。
瞬間、彼女の意識は広大な【ユニバーサルネットワーク】の中を信号化して駆け巡り、その片隅に賑わう【石花幻想譚】の世界に、もう一人の朱崎緋瑪を生み出した。
と、同時に足元の感覚が喪失する。
『ご利用規約をよくご理解のうえで、同意確認にチェックを――』
直接頭の中へと、堅苦しい文章が流しこまれる。表示される文字の羅列に同意を命じれば、落下速度が加速した。
『現在、【石花幻想譚】は完全無料にてサービスを提供中で――』
知っているので先送りした。
無料でなければ緋瑪は、大勢で賑わうネットゲームに興じる趣味は持ち合わせていない。ましてあんなことがなければ、その必要性も感じなかった。
そう、あんなことが――緋瑪には今、【石花幻想譚】をプレイせざるを得ない理由があった。それを思い出し、浮かぶ疑念を胸中になぞった瞬間、不意に現れた熱砂の大地に落下する。
同時にナビゲーションの声が、情感たっぷりのナレーションに切り替わった。
『いまではない時、ここではない場所』
よろめきながら立ち上がり、緋瑪は突然のことに「は?」と、間の抜けた声を
突如放り込まれた風景は、熱砂の砂漠だった。シャツが現実同様、汗にじっとりと濡れはじめる。しかし何より緋瑪をびっくりさせたのは……目の前に、巨大な
『四方を深い霧に囲まれし、唯一にして無二の大陸――冒険の舞台は【ブライダリア】』
突然左右から、若い男女が飛び出した。
緋瑪の耳に、気合を叫ぶ声が響く。男は手に槍を
――ああ、ファンタジーってこんな感じなんだ。
我に返った緋瑪は、死闘の空気に肌をひりつかせながら、やっとゲームのオープニングに放り込まれたと気付く。
その後も多くのシーンを緋瑪は文字通り体験し、氷の洞窟で寒さに凍えたり、広がる大平原で名も知らぬ草の
『
しばし
彼女はすぐ横を通り過ぎる
『終わりと
流石の緋瑪も思わず、圧倒的なデモムービーに言葉を失った。バーチャル空間のデータとは思えぬ龍は、巨体に倍する翼を広げて
衝撃に思わず目を細める彼女は、落下する先に小さな点を見出す。
「……人?」
思わず声に出して呟いた瞬間にはもう、点は小さな人影となり、
一瞬で視線が並び、歴戦の勇者を思わせる男が
『現在、サービス終了まであと六日……【石花幻想譚】では最終イベントクエスト【
音声がアナウンスを告げる機械的なものへと切り替わった。人と龍の死力を尽くした戦いが、徐々に飛び去ってゆく。その音と光が感じられなくなるまで……気付けば緋瑪は、
『キャラクターデータ作成画面へとお進みください』
ゲームの進行を
数値を
この時点で彼女はトントンと肩を叩かれ、現実世界へと引っぱられる。
安全の為にも、外部から接触すれば【エルフターミナル】は装着者の意識を現実へ戻すようできていた。
ゆっくりと目を開く緋瑪は、目の前に満面の笑顔を見た。
「たっだいまー! 緋瑪ちゃん、お久しぶりっ! あら、また歴史のお勉強?」
約束通り半月ぶりに帰宅した母の呼びかけに、意識が完全に現実世界へ復帰した。
緋瑪は【石花幻想譚】のアプリケーションが
「ん、まあ。おかえりなさい」
「あーもう疲れた! 緋瑪ちゃん、夕ご飯は?」
「もう食べた。母さんの分、レンジにあるから」
「やたっ、緋瑪ちゃんの手料理! んもう、久しぶりだわ~」
リビングのソファから身を起こして、緋瑪は時計を見る。
唯一の家族である母が、元気良くスキップでキッチンへと駆けてゆく。その姿を見送り、テーブルのマグカップを持って緋瑪も後に続いた。彼女は手早く洗い物を済ませて、
そんな緋瑪を母は呼び止めた。
「緋瑪ちゃん、もう半年だけど学校には慣れた? 母さんはあんまり構ってあげられないけど、お友達とか家に連れてきてもいいのよ? 今回の仕事はもうすぐ終わりだけど、まだまだ忙しさは続きそうだし」
「……通信学習でよかったのに」
「駄目よ、やっぱり若いうちは学校に行かなきゃ! 学校は楽しいわよ~」
「そ、そうかな?」
「そうよっ! ふふ、緋瑪ちゃんもそのうちわかるわ。そもそも学校っていうのはね――」
ダイニングテーブルに
「ま、緋瑪ちゃんも今度の学校では、友達作ってくれると母さん嬉しいな~」
「う、うん」
「【エルフターミナル】も、言ってくれればもっとオシャレな新しいのを買ってあげるのに」
そう言って笑う母の耳に、最新モデルの高級モデルがピンと立っていた。母の性格を綺麗な金色で体現している。【ユニバーサルネットワーク】の中でデータ管理の仕事をしている母にとって、それは二人っきりの家族を支える大事な仕事道具でもあった。
それは母に限らず、現代社会の誰もがそう。
【エルフターミナル】は今、生活必需品だった。
「べつに、これでいい」
対照的に緋瑪の物は、少し古い安物のターミナルだった。緋瑪は同級生達がするように、キラキラ光るシールを散りばめたり、やたらとアクセサリをぶら下げたりはしない。色も地味なベージュ。もっとも中身に関しては、かなりいじり倒してゴリゴリにカスタマイズしていたが。
しかし母は
「あらそれ、【メモリング】? なぁに、また歴史小説や三国志とかが入ってるんだ?」
【メモリング】とは、データ
「別に」
「別に、ってことないでしょー……あ、わかった! 友達から何か借りたんでしょ」
「ち、違うし」
「んー、じゃあもしかして。格好いい男の子からの、ラブレターとか?」
チン! と電子レンジが鳴った。
当らずとも遠からず。ある一点だけ、母の言葉は
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