勇者と魔王のTragic love
八木山蒼
第1話 勇者と魔王
邪な瘴気の渦巻く魔王城。
その最深部。生きる命は2つのみ。
剣を持ち構える男は勇者。女神の託宣と精霊の祝福を受け、手にした聖剣で世界の未来をただ1人拓く使命を負った勇者。
対峙するは魔王。巨大な体躯に漆黒の肌、巨大な角、人が夢想しうる邪悪の限りをゆうに越える魔の象徴。この世を破壊し闇に染めんとする魔族の王、人類の天敵にして勇者が討つべき巨悪。
両者とも満身創痍。勇者は息を荒げ体を染める血は己のものとも仲間のものともわからない。その背後には仲間たちが死体となって転がっている。対し魔王も魔族の青い血で身を汚し、滾っていた莫大な魔力も枯れつつあった。
永く続いた勇者と魔王の戦い。その決着がつこうとしていた。
「勇者よ……我にここまで抗うとは、見事だ……だがこれ以上続ければ間違いなく、互いに命を失うぞ」
弱った声で魔王が言い放つ。だが勇者の戦意は微塵も衰えない。
「覚悟の上だ! たとえ俺が死のうとも、貴様を討ち世界に光を取り戻す! それが、勇者としての俺の使命なんだ……!」
仲間の死をその背に負った勇者。その瞳に迷いなどなかった。だが魔王はその目を嘲笑った。
「いいだろう、貴様はそれで満足なのだろう。だが我は滅びん、ここで命尽きようとも我が野望はけして消えん!」
「なんだと?」
また魔王が低く笑う。その全身に、これまで見せなかった奇妙な魔力が満ち溢れていく。
「転生の禁術……! 我が魔族が幾星霜の末に作り出した禁術だ。この術により、我は記憶と力の一部を受け継ぎ、新たな生を零より始めるのだ! それも異なる世界でな」
「なんだと?」
「安心しろ勇者、この禁術は我を倒す猛者の出現を予期した術……転生する先はそのような者がいない、遠い遠い世界になるよう作ってある。我も見たことはないが、この世は届かぬだけで幾重にも重なった世界で作られているらしい……我が転生するのはその内のひとつ、この世界とは関係のない異世界だ。この世界の平和は約束されるぞ。満足だろう勇者、この世界を守れるのだからな」
「ぐっ……」
魔王の全身が白い光に包まれる。勇者は動くことができなかった。
「貴様の勝ちだ勇者、我はこの世界から、この世から逃げる。もとより我はどこでもよいのだ……我が支配し、牛耳れる世界ならば! 貴様はこの世界を守り続けるがいい、我は貴様のいない世界で、我の望む支配を成し遂げてみせる! くく、フハハハハハーッ!」
魔王を包む光が強さを増した。魔王の命が消え、異なる世界へと移っていく。
刹那の瞬間勇者は迷った。このまま動かなければ勇者は死なない。世界は守られ、平和になった世界で自身は生き残れる。
だが勇者は思い出す。幼き頃から支えとしてきた勇者の使命。旅の中で見てきた涙と死、そして仲間との誓い。
『魔王を討つ』。そのために勇者は戦ってきたのだ。
「逃がすか、魔王ォォォォォォーッ!」
勇者は光に消えゆく魔王に飛び掛かった。そして振りぬいた聖剣が、不可侵だったはずの禁術を切り裂き、勇者は魔王に肉薄した。
「な、勇者、貴様……!」
「どこへ行こうと必ず貴様を滅ぼす! それが俺の、勇者の……!」
その瞬間、両者は光に包まれ、消えた。
この世界での勇者と魔王の戦いは互いに命を落とす引き分け。魔王は消え、勇者とその同胞の命と引き換えにこの世界には平和が戻った。
――そう、この世界には。
転生というものがどんなものなのか、勇者はもとより魔王も正確には把握していなかった。
魔王にとっては自らの心と力が失われなければなんでもよかった。自身の支配欲を満たせれば、たとえどんな世界だろうと、どんな者に生まれ変わろうと。
勇者はただ魔王を殺す、その一念だった。
結果からいうと思惑通り、勇者と魔王はそれぞれ転生した。勇者の念が魔王に食らいつくように、互いに同じ異世界で、それもとても近い場所で。
だが本来ひとつの命を転生させる禁術に、勇者が無理に割り込んだことで、想定外の出来事がいくつも起こったのだ。
その結果のひとつが――勇者が魔王に、恋をするというものだった。
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