エプロン
織部健太郎
エプロン
ゴーグルを額にあげて、ワーカー(注・人型重機の事。非軍用の物だけを指す)から二十歳前後の女性が飛び降りた。空は快晴だ。
「よっと」
「カツラギさん、こんにちは。御疲れ様です」
「あ、いや、あの何で?」
「はい?」
ナナミは首を傾げて質問に質問で返した。
錆と油が染み付いたツナギ、テカリが出るほど使い込んだ分厚い皮手(注・皮手袋の事)、頬に黒く何かで筋が付いた顔、世辞にも清潔感があるとは言えない風貌のカツラギミノリの前に小奇麗なナナミがいる。
「何でここにナナミちゃんがいるわけ?」
「再生されるためですけど?」
ミノリは言葉につまった。
(なんて言えばいいんだろう?)
「お店のほうはいいの?」
いくらか混乱した頭でミノリは無難な話を切り出した。
「はい。何も問題ありませんよ」
「でも、ナナミちゃんがいないと困るでしょ、お店」
「新しい子が入りましたから大丈夫です」
ミノリはさらに困惑した。それを察したナナミも不思議そうな顔をする。
ナナミはヒューテック社製JP七七三型マリオネッタ(注・人型ロボットの事)だ。よく見ないと人間と区別はつかない。ミノリの行きつけの本屋の店員でふたり(正確にはひとりと一体)は面識がある。ナナミはいつもの『ムームーブックス』と書かれたエプロンをつけていないだけで、ミノリには普段と変わらないように見えた。
「ナナミちゃん、解雇されちゃったの?」
「そうです。私は不要になりました」
「でも、何でうちにまわってくるわけ? 中古ショップだってあるのに」
「私と同型機初期ロットが出荷されてからニ年一ヶ月になります。商品価値はありませんから」
「ナナミちゃんは初期ロットじゃないでしょ?」
「はい、違います。私は出荷から一年八ヶ月です。型が古い事には変わりありませんので、私にも商品価値はありません」
マリオネッタの買い替えサイクルは短い。流行はいつでも最新型、ミノリの無骨なワーカーなどと比べれば著しく短命だ。低下する労働人口を補うために生まれたはずのマリオネッタでも流行の影響をさけられない。
マリオネッタの中古屋が無いわけでも無いのだが、型遅れのものが新品でもタダの時代に中古屋はあまりに儲からない商売だと言える。ナナミが言う通り、同型機は今ならタダか、もしかするとすでにマーケットにも無いのかもしれない。(その代わり所有税とメーカーサポートは機種を問わず高額)
「ナナミちゃん、ここが何処で、私の仕事が何かわかってるよね?」
「はい。〝カツラギ再生〟の屋外作業所です。不要になったものを有益に再利用する御仕事ですね」
にっこりと笑みで返すナナミを見て、ミノリはさらに困った。
(この子、本当にわかってるのかな?)
ミノリは幾つかのコンテナを指差した。
「あっちはAⅠ分類の再利用部品を入れるヤツ、どんどん続いて向こうの端がRⅨ分類用」
「それが何か?」
「ナナミちゃん、貴女だと最低十二種類に細分化されるんだよ?」
「知っていますよ。私の身体だと正確には十五種になります。私こう見えて勉強家なんです」
ナナミは自慢気に胸をはる。ミノリは憂鬱になってきた。
(あぁ、困ったなぁ。嫌な仕事……家業だから仕様が無いけど)
「ナナミちゃん、本当にいいの? バラバラになっちゃうんだよ? ……この手で」
ミノリはナナミから視線を逸らし、ワーカーの大きく冷たい手に自分の手をのせた。
「私は構いませんよ」
ミノリからは見えないが、ナナミはおそらく笑顔で答えたのだろう。
ミノリは振り向かずにワーカーに乗り込んだ。
〝カツラギ再生〟の事務所でミノリは茶を飲んでいた。
いつも通りの仕事、今日もいつもと変わらない。
「あぁ……BⅥの引き取り値がまた落ちてるよ。参ったな、結構在庫あるんだよねぇ」
モニターを見ながらミノリは愚痴る。
「でも……それよりも」
コツコツと足音が聞こえ、椅子を回す。
「ミノリさん、御客様がみえています」
「うん、ありがとう、ナナミちゃん」
(どうしようかなぁ)
結局ミノリはナナミを解体できなかった。すでに自動登録されていたムームーブックスとの契約は破棄できなかったので、ナナミを解体して出るはずだった売り上げとナナミにかかる諸費用をミノリが丸々かぶってしまったのだ。
「お客様にこちらへ入って頂きましょうか?」
「そうだね、そうしてもらえる?」
「はい」
返事をするナナミは『カツラギ再生』とプリントされたエプロンを着けている。柔らかな物腰で事務所を出て行くナナミをミノリは目で追う。
「ま、ガッチリ働いて出た足引っ込めようかっ!」
残った茶を飲み干して、ミノリは大きく伸びをした。
了
2005
2006 改稿
エプロン 織部健太郎 @kemu64
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