いけいけ我等の看板娘!

織部健太郎

いけいけ我等の看板娘!

 今日も朝から不届き者発見よっ!

「あんた、それでも大人?」

「えっ……な、何? 誰?」

 久々だわ、こんな失礼な輩に会うなんて。

「どこ見てんのよ。こっちよ、こっち!」

「ん? えっ!」

「本当に失礼ね、あんた。あたしも知らないなんて〝御近所さん〟でも〝お客様〟でもないわね?」

「え? えぇー!」

「うるさい。何が〝絵〟よ。そうよ、私は絵よ? だから何?」

「絵、絵が動いてる。しゃべってるし……ど、どうなってんだ? 超薄型ディスプレイ?」

 たまにいるのよ、こういう奴、自分がわからない事は何でも〝新技術〟だとか〝トリック〟だとか言うのよね。うん、この前もいたなぁ。それにTVや新聞は見てないのかしら? 私もローカルじゃちょっとした有名人なんだけどな。

「そんな事よりさ、拾ってよ」

「ひ、拾う?」

「あんた、ほんっとにバカね! その吸殻拾いなさいって言ってんのよ! 〝ポイ捨てダメ! ゼッタイ!〟って知らないの? いい大人がポイ捨てしてんじゃないわよ! 子供が見てたらどうするの! その子が非行にはしったらあんたが責任取ってくれるわけ?」

「はっ、はいっ! すみません! ……これ、ドッキリ?」

 あたしを知らないなんてこっちがドッキリだわ……そうそう、今度からはちゃんと携帯灰皿に入れなさいね。持って無いなら食べなさい。毒? 毒だと思うなら吸わなきゃいいのに。人間って変ね。わからないわ。


 んー、朝一に一仕事、さっすがあたしね。

 え、あたし? あたしはこのお店、〝浪江書房{なみえしょぼう}〟の看板娘で名前は〝ナミエちゃん〟よ。この〝虹の町商店街アーケード〟全体のガーディアンエンジェルでもあるの。自分で〝ちゃん付け〟はおかしいって? しょうがないじゃない、だって設定だもの。

 あたしは数年前に描かれて、それからずっと看板に住んでるんだ。二次元もいいわよ。これが〝住めば都〟っていうヤツね。

 数年前って何年前だって? 何野暮な事聞くのかしら。女性の年齢は謎なのよ。そう、あの〝稲文子{いねふみこ}〟みたいにね。ミステリアスなほうがいいじゃない。あ、でも、一応十六歳らしいわ。そういう設定なんだって。

 設定って何? って顔ね。わかったわ、説明するからよーく聞いててよ。以前この店でバイトしてたあの人、あたしを描いたあの人がそういう事にしたらしいのね。あの人っていうのは、今じゃプロ漫画家でメジャーデビューしちゃったから名前は出せないんだけど、まぁ、あの人なのよ。で、そのあの人があたしを描いた時に決めたわけ、「このコは十六歳くらいかな?」って。でもね、〝くらい〟って何? 〝くらい〟って!

 あ、ごめんね、脱線しちゃった。

 つまりあたしは、看板に住んでいる推定十六歳の二次元っコで名前はナミエちゃんってわけよ。わかった?

「おはよう、ナミエちゃん。おや、今日も新しい服だね。ワシも今日からほれ、あの〝クールビール〟だわ。はっはっは!」

 毎日時間キッカリお隣の大衆食堂〝タベルナ〟の御主人、大目志{おおめし}さんが今朝も玄関のお掃除に出ていらしたみたい。

「おはようございます、大目志さん。御洋服、よく御似合いですよ。あたしのも昨日届いたものなの。ネット通販でーす!」

「うんうん、よく似合ってるよ。デブリだねぇ」

「似合ってます? ありがとう!」

 あたしもね、言っていい事と悪い事の違いはわかってるの。この場合、〝クールビール〟と〝デブリ〟についての指摘ね。

 前者は大目志さんらしいと思う。大目志さんはビール好きだから。来年もあるかしら、〝クールビール〟……省エ○ルックみたいに消える気がするなぁ。

 問題は後者よ。〝デブリ〟はちょっと、ね。正確には〝デニム〟、デしかあってない。宇宙ゴミじゃないんだから。何十年か先に〝玩具箱〟とかいう名前の宇宙船に拾われるのかしら? ま、褒めてもらえて嬉しいから気にしなーい。

「さて、朝の掃除終わり。またね、ナミエちゃん」

「はい、ではまた」

 デニム地の靴、ジーンズパンツに白いTシャツ、今日は至ってラフな服装かしら。ここはアーケードがあるから雨で靴が汚れる事も無いし……もっとも、看板の中に居るから降ってきても平気だけどね。

 通販? 使ってるよ、普段から。注文するのはほとんど服ばかり。あの人が一着しか描いてくれなかったから通販にはまっちゃってね。んー、ちょっとこのカメラアングルだと見えないかな? あっちのほうに全部吊ってあるわ。

 でもね、ひとつわからない事があるの、聞いてよ。

 なぜか更衣室はここなのよ、ここ! 着替える時はカーテンを閉めるから見えないんだけど……カーテンを閉めると後ろのライトが勝手につくわけ。これだとシルエットは見えるわよね。変えたいけどこれも設定らしいから変えられない。ライトは不要、もっと積極的にイヤ! これってセクハラじゃない?


 そうだ、今日はお客様が来るんだった。

 ん? あれかな? やっぱりあれだ。店長が言ってたのはこの人達ね。

「屋根があると梅雨でも楽だなぁ」

「そうッスね」

 今日のTV局はHAB、か。あたしも〝木曜なんでしょう〟みたいに全国進出したいな。

「うぉ! このコか……生で見るのは初めてだ。しっかし、凄いな。本当に動いてるぞ」

「チーフ、あんまりジロジロ見てると嫌われますよ。女の子はデリカシーの無い人嫌いますから。撮影拒否とかされたらどうするんッスか?」

「すまんすまん、つい。……あ、こんにちは浪江さん。私、HABの今撮流造{いまとるぞう}です。ナミエちゃんの撮影に伺いました。今日は一時間ほどお店の前を使わせて頂きます。お騒がせするかと思いますが、よろしく御願いします」

「電話でお話しした今さんですね。御疲れ様です」

 このダンディーなおじさまがウチの店長です。浪江磯平{なみえいそへい}さん、この時代では珍しい大家族の大黒柱でこの薄い頭髪がチャームポイントよっ!

「今日はナミエちゃんの御機嫌は良さそうですか?」

「さて、どうでしょうな? どうだい、ナミエ。この方達が話してあったエイチ……えっと?」

「HABです」

「あ、どうも。そのエイチエイビーの皆様だ。ナミエは大丈夫だね?」

「はい、店長。浪江書房と虹の町商店街のためですもん。あたし、がんばります!」

「ありがとうね。今日も頼むよ。……今さん、私は中に居ますので御気になさらず御仕事に専念してください」

「ありがとうございます。……さぁ、準備準備! レブ板もうちょっと上だな。そう、その位置で」

 撮影にも慣れちゃったかな。あの人がレポーターさん? わぁ、知ってる。見た事ある。TVで見るよりも綺麗……あたしもあんな美人になりたいなぁ。ん? あたしは成長しないのか。忘れてた。

「はじめまして、ナミエちゃん。私は白瀬陽子{しらせようこ}です。今日はよろしくね」

「白瀬さん、はじめましてー。〝ズームアップ今朝〟、あたし知ってます!」

「私も知ってるわよー。ナミエちゃんは可愛いから熱狂的なファンがいるほどだもの」

「あたしにファン? ちょっと嬉しいかも」

「ネットにはファンクラブもあるのよ。知らないかしら?」

「ホントに! 調べてみます! ……いつの間にかあたしも全国進出?」

「そうよー、ネットだから世界的にね。で、そこの掲示板で読んだんだけど……この前は大変だったんでしょう? 怪我とかしなかった?」

 この前? あれかな?

「あたしの看板にバイクが突っ込んできた事ですか? ここってバイクの乗り入れ禁止なんですよ。ホント、マナーの無い人ってダメだと思いません?」

「う、うん、いけないわよね。……ナミエちゃんは身体、大丈夫だった?」

「あたしは怪我しませんよ。二次元ですから。でも、前の看板は駄目になっちゃったから新しくこれを作ってもらいました。引越しはあっさり完了! 思ったより楽でした」

「引越し……したんだ、うん。この看板は新しく描いてもらったの?」

「えっと、前よりちょっと大きめの無地の看板を用意してもらっただけです。店長に新築してもらったんですよ。ピッカピカで居心地抜群! 綿延厚樹{わたのべあつき}さんが来ても恥ずかしくないくらいに! 『この空間がゆとりを感じさせますね。素晴らしい』って言ってくれそう」

「いいなぁ、私も広い部屋って憧れちゃう」

「ナミエちゃん、白瀬君、そろそろカメラテストするから用意しててくれるかな」

「はい、チーフ」

「はーい」

 なんとなく話し込んじゃった。いけないいけない。

 ちょっとだけ打ち合わせしてこれからが本番、あたしもすっかり慣れちゃったみたい。

「こちらが虹の町商店街のガーディアンエンジェル、ナミエちゃんです。こんにちは、ナミエちゃん!」

「こんにちはー!」

「ナミエちゃんの御仕事は虹の町商店街を護る事なんですね?」

「はい! 〝お客様にはにっこりふんわり。悪いヤツにはしっかりガツンとっ!〟がもっとうです」

「御仕事は大変?」

「お店の場所を聞いてくる方に説明したり、道にゴミを捨てる人や他のお客様に迷惑な人を叱るだけです。あたしはここからでられませんし。でもでも、少しでも皆様のお役にたてればいいなぁ、とは思ってます!」

「すっかり虹の町商店街には欠かせない存在ですね。ところでナミエちゃん、最近面白かった出来事は何かありますか?」

「んー、学者さんが来た事かな? 大勢の学生さんも連れて」

「どんなお話をしたんですか? 教えてくれるかな、ナミエちゃん」

「どこかの大学の偉い学者さんだって言ってました。で、いきなりひくーい声で『君は存在しない。なぜなら平面とは体積が無く、体積が無いという事は質量も無い。質量が無いという事はこの世界では存在しないという事と同義だ。故に、君は存在しない』とかって言うんですよ」

「ナミエちゃんはどう答えたのかしら?」

「あたしは、『あたしはここに居るじゃないですか。あたしが存在しないなら、存在しないはずのあたしと話している貴方の存在も怪しいわね』って」

「うんうん、そうしたら?」

「そしたら、その学者さん後ろの学生さん達をちらっと見てから咳払いして、『君の意見にも一理ある。私も私自身の存在について改めて定義する必要がありそうだ。君、今日は失礼したね』と残して帰りました」

「刺激的な日々ですね。疲れる事は無い?」

「いえいえ、これくらいでは疲れませんよー。あの時のほうが大変だったし」

「〝あの時〟と言うと?」

「『悪霊退散!』の一声からはじまって、延々三時間ほどむにゃむにゃ言われた時です。店長にお願いしてその方には帰って頂きました」

「まぁ、そんな事も?」

「あたし悪霊じゃないのに、普通の看板娘なのに酷いです」

「ふ、普通かなぁ? ……ナミエちゃんは昨日も悪の秘密結社〝ソッカー〟相手に大活躍を……」

 結局、今日の撮影は一時間と十二分で無事終了です。慣れてても緊張したー。ちょっと疲れちゃったかも。

 それはそれとして、白瀬さんとお話できたのは楽しかったなぁ。メールアドレスも交換してくれたの。〝業界人〟とメール交換したのは初めて。あたし、メル友欲しかったんだ! ……しまった「メル友募集中」って言えばよかったかな?


 虹の町商店街は今日も平和ね。じんわり日が降りてきて、もう夕方だわ。

 ややっ! またしても仕事が!

「太司{ふとし}君、小学校の帰りでしょ。買い食いしちゃダメだよー」

「あっ、ナミエおねえちゃん……ごめんなさい」

 この御近所はいい子ばかり、〝学級崩壊〟ってどこで起きてるのかしら?

「うん、もうしないよね?」

「うん……しないよ」

「それ、レアチーズクレープ? ヨンキョウブレッドさんのところの?」

「うん、そう」

「あたしもそれ好きなんだー。美味しいよね!」

「うん、おいしい!」

 二次元じゃ、クレープなんて食べられないだろうって? そんな事無いわよ。デジカメで撮ってプリントすればこの部屋で食べられますぅー。

 太るぞ? それも無い無い。だって、あたしは看板娘よ? あの学者さんだって言ってたでしょ。あたしには質量が無いの、故に体重も無いわけ。あの人の設定でもあたしはスレンダーなの。設定は誰にも変えられないわ、例え神様仏様でもね。……編集者さんには弱いけど。

 美味しいものは食べ放題、看板の中は広くて楽々、新環境基準にも適応! さらに、不死身のガーディアンエンジェルのあたしにはコアなファンもいるみたい。

 どうかな、アナタも二次元で暮らしてみない? 快適看板生活はじめよっ!

「ナミエ、今日も御疲れ様。今店の中に入れるからな、ちょっと待っとってくれんか」

「はい。店長、御疲れ様でーす」

 それじゃ、また明日ね。


 了



 2004


 

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