第1話 雲の上にぞ陽を求むる

その朝、政秀はザアザアと降る雨の活気で起きた。一面に雲、空はどんよりしていて、部屋の窓から見える紫陽花の花はしっぽりと濡れ切っていた。政秀は時計を確認すると、短い針は6時を指していた。

「もう一眠りするかなあ…」

政秀はベッドの上に仰向けだったのが、ゆっくり体をねじって横向きになり、窓と反対側にある壁の方を向いて目を瞑った。目を瞑ると眠気が再びやってきて、うつろうつろの気持ちになる。そうした時に、思い出したのは、ああ、今日俺はそういえば誕生日だったのだということなのである。誕生日くらい早起きしても罰は当たるまいと思いつつ、眠たいのだけれどもゆっくりと体を起こした。なぜなら脳みそが誕生日ということに対して興奮して冴えてしまって、眠気が吹っ飛んだからなのである。


というのも、昨日の晩のことである。政秀が日記をつけていると、トントンと部屋の引き戸が 叩かれ「入ってもいいか」と祖父がやってきたのである。どうぞ、と政秀が返すと祖父はゆっくり戸を引いて、半身を政秀に現した。いつもにこにこしている祖父の表情がいつになく固く、言葉に詰まったような顔をしてこう言った。

「政秀…明日は20歳の誕生日だな…ほんに大きくなったなあ。明日大事な話をしなければいけない、まあそんなところだ。8時に書斎に来てくれ」

そう言って祖父はじゃあ、寝るかと戸を閉めた。いつもと違う祖父に怪訝さを抱きつつも、まあいいかと思った。


ということなので、尚更目が覚めたわけである。ちょっと早いが準備して書斎に行ってみようか、と思ったわけである。

そこで、政秀は好きなバンド、勿論ロックバンドだが、そのバンドのTシャツとジーンズを身につけた。Tシャツはジーンズに入れない。入れるとセンスが疑われるからだ。そして、政秀お気に入りのリストバンドを右腕につけて、洗面所に行き、顔を洗って髪を整えた。祖母はまだ起きてなかった。


あれからかなりの年月が経ったのであるが、政秀は立派に成長していた。身長は175cmであって、体重もそこそこあって、頭もそれなりに良かった。地元の国立大学に進学した政秀は文学部に入って、日本史を専攻していた。顔はどちらかと言えば祖父の平太のようにのんびりとした顔で、いつものんびりとした表情をしていた。美醜といえば、可もなく不可もなく、平均的な顔であるが、その雰囲気というのはどこか懐かしい温かさがあった。ともかく今筆者が伝えたいのは、あの、ヒョロガリで今にも消えてしまいそうなチビ助はいつの間にか立派に育ってしまったということである。そこにはどんなことがあったのかはまだ伏せておきたい。ともかくとして、物語を進めていく。


政秀が書斎に行くともう既に明かりがついている。

「じいちゃん、入るよ」と断って書斎のドアノブに手をかけ、回した。

祖父は書斎の中の机に向こうを向いて座っていた。机の向こうには窓があって、ここは2階だから遠くの景色がよく見える。祖父のお気に入りの場所だった。机に突っ伏して寝ているようだった。

「またか、もう仕方がないな」

そう言って政秀は祖父の肩に手をかけた。すると腕がだらんと下がって祖父の体全体がひっくり返るような反応をした。祖父・平太は死んでいたのであった。享年88歳。政秀の最悪の20歳の誕生日であった。

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